眠れる森の美女(英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団)

2018/05/20

東京文化会館で、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ段の「眠れる森の美女」を観ました。演出はピーター・ライト版、そしてオーロラ姫は、2月のハンブルク・バレエでもその姿に接したアリーナ・コジョカルです。

「眠れる森の美女」はチャイコフスキーの三大バレエのひとつですから、頻繁に観ているものと錯覚していたのですが、振り返ってみると前回観たのはなんと2009年で、そのときの演出はウラジーミル・マラーホフ版ですが、オーロラはやはりアリーナ・コジョカル。つまり、9年ぶりに彼女のオーロラを観ることになるわけです。

オープニングは、式典長の部下が燭台を手に登場して幕を開くと豪勢な広間がそこに現れるという洒落た演出。プログラムの表紙の写真を見ればわかるように、褐色を基調に黒と金が上品な豪華さを醸し出す絵画のようなセットで、夜の設定なので全体に照明は暗めにしてあります。そして中央奥の開口部にはオベリスクのような柱が立ち、プロローグではオベリスクの左側にカーテンがかかっていました。

豪華な衣装を身にまとった登場人物たちがお話の筋に沿って次々に姿を現す中で、ピーター・ライト版の特徴はリラの精がマイムの役であることです。涼やかに美しいロングドレスをひらめかせ、お付きの者たちを伴って登場したリラの精のノーブルさは舞台を穏やかに支配するかのよう。一方、六人の妖精のヴァリエーションは、一人一人が短い時間での無駄のないダンスで各自の性格を端的に示して気持ちいいほど。次々に繰り広げられるダンスによって命名式の祝祭感が最高潮に達したところでリラの精が祝福を授けようとしたときに、雷鳴と共に手下たちが担う黒い輿に乗って登場したカラボスが、それまでの美しい時の流れをいっぺんにひっくり返してみせました。漆黒のドレスに身を包み、妖怪じみた手下たちと共に左右に揺れながら周囲を威嚇するダンスのキレ。マイムの中で「私の言うことを聞きなさい」というときの、口から蛇を吐き出す仕草の禍々しさ。続くリラの精とカラボスとのマイムの応酬にも深い演劇性が感じられ、英国のダンサーたちは練達の演技者でもあるということに思い至ります。

続いて第一幕。舞台上のセットはそのままですが、昼の設定であるために燭台の蝋燭はなく、オベリスク左のカーテンが取り外されていました。男女六人ずつによって華やかに踊られる花輪のワルツの後に、皆が期待をこめて見つめるオベリスクの左奥から遂にオーロラ=アリーナ・コジョカルが登場すると、会場の中の雰囲気がはっきりと変わりました。輝かしいティアラと薄いピンクのチュチュを身につけたアリーナ・コジョカルは最初からオーラ全開。そして四人の求婚者を相手とするローズ・アダージョの安定感はやはり素晴らしく、アティチュード・アン・プロムナードから王子のサポートを離れて手をアンオーに上げる場面には、一度もためらいや揺らぎがありません。最後の静止からアラベスクへ伸び上がったアリーナ・コジョカルの姿には貫禄すら感じるほどですが、それでいて乙女の初々しさを失わないところが彼女ならではなのかもしれません。その後に続くピルエットを多用するオーロラのヴァリエーションもきびきびとしたものでしたが、老婆に変装したカラボスが差し出した花束の中の糸巻きに刺され、舞台を巡りながら正気を失って倒れてゆくまでの姿には、生まれて初めて自分の血を見たのであろうオーロラの、ジゼルの狂気にも似た迫真のおののきが見てとれました。

第二幕、100年後だけあって衣装の雰囲気は近代的(ヴィクトリア朝風?)。王子の側近を目隠し鬼ごっこでいじめたり、ギターと笛を持つ楽師たちを背後に優雅に踊って見せたりとある種やりたい放題の伯爵夫人に対し、マチアス・ディングマンの王子は、自身のヴァリエーションで大らかなノーブルさを見せながらもどこか浮かない様子で、二人の関係の微妙さが浮き彫りに。一人残った王子の前にリラの精と共に現れた十二人の妖精たちによるバレエ・ブラン、浮遊感を伴う幻影のパ・ド・ドゥとオーロラのヴァリエーション、そしてカラボスの敗退と王子によるキスの後に、初演時にはカットされたヴァイオリンによる間奏曲を用いてオーロラと王子により目覚めのパ・ド・ドゥが踊られるのも、ピーター・ライト版の特徴です。出会いの喜びをしっとりと踊ったオーロラが王子にリフトされ、上手に消えていってこの幕は終了。

第三幕はディヴェルティスマンを伴う結婚式。宝石のパ・ド・カトル、長靴をはいた猫と白い猫、青い鳥とフロリナ王女、赤ずきんと狼と続きましたが、青い鳥の跳躍に高さが感じられなかったのが残念だったのに対し、宝石たちはとにかく楽しく、赤ずきんと狼はコミカルさ満載でした。そして全幕のフィナーレを飾るオーロラと王子のグラン・パ・ド・ドゥは、アダージョでのスピーディーに連続するフィッシュ・ダイヴやオーロラのヴァリエーションに見られる自信に満ちた緩急の変化から、成熟した女性となったオーロラの生命力が溢れ出すようです。最後にアポテオーズのファンファーレが奏される中、結婚の誓いと共に舞台上に金の雨が降り注ぎ、リラの精が二人を後方から祝福する形になって幕が下りました。

冒頭に書いたように「眠れる森の美女」を観たのは9年ぶりでしたが、プティパ=チャイコフスキーのコンビによよる傑作を、満足度の高いプロダクションとダンサーたちの見事なダンス&演技で堪能することができて、実に幸福な3時間でした。ピーター・ライトの演出も面白く、特に、このバレエの主題と言うべき善の力と悪の力とをそれぞれ代表するリラの精とカラボスの対比が鮮やか。二人を共にマイムで競わせることによって、善と悪とが鏡の表裏のようなものであり、同じ妖精(人間)の二面性であることも明瞭になっていました(この二人はカーテンコールの中でも互いににらみ合ったままで登場して見せて、観客を喜ばせてくれました)。この演出を支える英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団のダンサーたちの卓越したダンスと演技は特筆ものですが、やはりアリーナ・コジョカル(客演)が期待以上。彼女のローズ・アダージョを観られただけでも、安くなかったチケット代が十分に報われたことは間違いありません。昨年一児の母となり、年齢的にも30代の後半に入っている彼女の今後のキャリアがどのようなものになるのか、これからも機会がある限り見続けていきたいものです。また、彼女とペアを組んでノーブルな王子ぶりを見せたプリンシパルのマチアス・ディングマンも、本来はテクニシャンとして知られているようですが、今回はアリーナ・コジョカルに万全のサポートを提供することに傾注していた感があるので、別の演目での再来日が楽しみです。

キャスト

国王フロレスタン二十四世 ジョナサン・ペイン
王妃 サマラ・ダウンス
オーロラ姫 アリーナ・コジョカル(英国ロイヤル・バレエ団)
フロリムンド王子 マチアス・ディングマン
カタラビュット(式典長) マイケル・オヘア
カラボス ジェイド・ヒューセン
リラの精 チャン・イージン
美しさの精 ジェンナ・ロバーツ
誇らしさの精 淵上礼奈
謙虚さの精 水谷実喜
歌の精 ルース・ブリル
激しさの精 平田桃子
喜びの精 セリーヌ・ギッテンヌ
四人の王子 厚地康雄 / ファーガス・キャンベル / セザール・モラレス / ヴァレンティン・オロヴィヤニコフ
伯爵夫人 イヴェット・ナイト
王子の側近 ジェイムズ・バートン
パ・ド・カトル カーラ・ドアバー / 淵上礼奈 / アイトール・ガレンデ / ガス・ペイン
長靴をはいた猫と白い猫 ジェイムズ・バートン / ブルック・レイ
青い鳥とフロリナ王女 チョウ・ツーチャオ / ベアトリス・パルマ
赤ずきんと狼 ローラ・パーキス / ヴァレンティン・オロヴィヤニコフ
指揮 ニコレット・フレイヨン
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団