成上り / 杜若

2018/05/18

国立能楽堂の定例公演で、狂言「成上り」、能「杜若」。

5月2日にネパールから帰国してから急に思い立ってチケットをとったので、席は脇正面の一番後ろの列となりました

成上り

清水寺へ参詣した主と太郎冠者。参籠する主から預かった太刀を、寝ている間にすっぱに盗られてしまい、その言い訳として太刀が成り上がって違うものになった、という話。これまでいずれも和泉流の野村扇丞師野村萬師の太郎冠者で観ていますが、この日は大蔵流で、若手・大藏教義師を太郎冠者とし、昨年襲名した五世・茂山忠三郎師が主、大藏吉次郎がすっぱという布陣です。

話の大筋は変わりませんが、和泉流では太郎冠者の成上り話の後にすっぱを捕らえようとして太郎冠者が失敗するドタバタが続くのに対し、こちらの大蔵流では太郎冠者の言い訳のおかしさにフォーカスしている点が大きく違いますし、細かいところではすっぱが太刀とすり替えるのが青竹ではなく細い竹杖だという点も異なります。そして肝心の成上りの言い訳も、最初は嫁→姑、子犬えのころ→親犬、渋柿→熟柿(甘柿)と当たり前のものばかりで主に憮然とされるのですが、続いて山芋→鰻、田辺の別当のくち縄太刀(盗人が入ると鞘から抜け出て盗人を追い出す)と奇怪な成上りの例を上げながらさりげなく太刀の話に持っていって、最後に「人が有徳になり出世するときには、身の回りの物が成り上がる」と持ち上げつつ主の太刀が杖に成り上がった!と粗末な杖を見せるものの、間髪入れず主に一喝されて終わるという流れです。

若い太郎冠者は主を言いくるめることをむしろ楽しんでやろうと思ったものの、結局は叱責されてしまうという未熟さを露呈。主は大尽の風格があり、すっぱは飄々としたおかしみを見せて、三者それぞれの持ち味を見せてくれた楽しい「成上り」でした。

杜若

金春禅竹作の三番目物。在原業平の「かきつはた」の歌を織り込んだ、季節感あふれる曲です。これもこれまでに金森秀祥師(宝生流)と武田尚浩師(観世流)の二度観ていますが、今日は金春流。シテはベテランの櫻間金記師です。

最初に連綿と長く美しく奏される名ノリ笛に乗って登場したのは、旅僧出立のワキ(野口能弘師)。冒頭の名ノリから道行へと、見所の隅々までよく通る美声を聞かせます。そのワキが三河の国・八橋に着いて、そこで今は盛りと咲き乱れる杜若をあら美しの杜若やなと正先から見下ろしていると、いつの間にか揚幕の前に出ていたシテが声を掛けました。小柄なシテの出立は、銀色の地におとなしい色遣いの小さい花を散りばめた総模様の紅無唐織着流で、面は節木増。以下、シテとワキとの間で在原業平の東下りの故事にまつわる問答がテンポよく交わされたのですが、地謡の初同在原の跡な隔てそ杜若……は曲の流れを緩やかにしようとしてか、打って変わってゆったりと謡われました。

そして物着となり、ワキは脇座へ、シテは後見座へ。囃子方が物着アシライを奏する中、後見二人の手を借りてシテは唐織を脱ぐと長絹をまとい、さらに初冠を頭上に戴きます。ところが、物着の様子を注視していると、シテは自ら手をぱたぱたさせながら盛んに長絹の袖や初冠の紐、その下の追懸の位置を気にしているように見えました。少し手間取りつつも物着を終えて立ち上がったシテの姿は、在原業平のトレードマークである初冠に追懸、そして紫地に金扇と白い藤花の文様の美しい長絹、裾には腰巻にした縫箔が見えていてそのオレンジ色も鮮やか。長絹はこれこそ歌に詠まれたる唐衣、たかき子の后の御衣、初冠は業平の、豊の明かりの五節の舞の冠、そして自らは杜若の精であると明かしたシテの姿は両性具有の観世音菩薩の化現となって、イロエ〜クリ〜サシと地謡の力を借りながら伊勢物語の「初冠」の故事を語り、舞い続けます。さらにクセの前半は「東下り」、後半は陰陽の神と呼ばれた業平の和合の徳が地謡によって謡われ、ことに後半に入ると地謡に業平の心がこもりシテの舞にもその魂が乗り移ってきたところで、太鼓が合流していよいよ序ノ舞。

この序ノ舞は、実に素晴らしいものでした。やはり年齢のせいか、それまでのシテの謡にはやや力がなく、ともすれば囃子方の演奏の中に埋没しがちで、ワキの美声と比較しても弱さを感じていたのですが、そうした印象をいっぺんに払拭するような、優美でいてしかも揺るぎのない安定した舞に感動しました。曇りがちの面が作る陰翳に富んだ表情で、舞台を巡る、足拍子を踏む、長絹の袖を翻す、扇を掲げる、後ろずさる……シテのあらゆる所作が、緩急をきかせ心配りの行き届いた地謡と相まって、今ここに在原業平が実在することを実感させてくれます。

最後に、夜明けと共にシテが舞台上から揚幕の方に向かって留拍子を踏み、悟りを得た杜若の精が帰ってゆく姿を示すことで、夢幻能としてのこの曲の性格が明らかになりますが、中入なく物着でシテの姿を変えるこの「杜若」は、現在能と言っても違和感がないほど自然に見所を杜若の精が作り出した夢の世界へ連れ出してくれていたようでした。そして自分はと言えば、この日本の情緒、宗教、自然を最も強く感じさせてくれる芸能である能楽に久しぶりに接することができたことの喜びの余韻に浸りながら舞台上が無に帰するのを見届けて、国立能楽堂を後にしたのでした。

配役

狂言「成上り」(大蔵流) シテ / 太郎冠者 大藏教義
アド / 主 茂山忠三郎
アド / すっぱ 大藏吉次郎
能「杜若」(金春流) シテ / 杜若の精 櫻間金記
ワキ / 旅僧 野口能弘
アイ / 所の者 高野和憲
藤田次郎
小鼓 曽和鼓童
大鼓 柿原崇志
太鼓 桜井均
主後見 横山紳一
地頭 本田光洋

あらすじ

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