横山大観―東京画壇の精鋭―

2018/01/27

山種美術館で、横山大観生誕150年を記念し同館が所蔵する横山大観の作品40点を一挙に公開する展覧会が開催されるという話を聞いて、行ってきました。横山大観の作品を集めた展覧会としては、これまで2002年2005年2008年と見てきており、さらにこの山種美術館では2010年に「大観と栖鳳―東西の日本画―」と題する展覧会で《心神》《楚水の巻》《燕山の巻》《作右衛門の家》を見ています。

まず「第1章 日本画の開拓者として」と題したコーナーで、横山大観が師事した橋本雅邦や東京美術学校の同期生である菱田春草、下村観山、西郷孤月らの作品と共に、大観の明治から大正にかけての作品が並びます。

こちらは唯一写真撮影を許されていた《作右衛門の家》(1916年)。右手、仕事から戻ってくる作右衛門の様子を、左手の厩舎の中で馬が何やら嬉しそうな顔をしながら耳をたてて窺っているところがユーモラスです。

《燕山の巻》(1910年)は同時に出展していた《楚水の巻》と共に中国旅行に題材をとった水墨画で、後者は河口から川を遡り、この絵に至って長城に画される山並みが描写されます(いずれも長大な巻物に描かれており、会期の途中で展示する場面が変わることになっています)。

吉祥画《喜撰山》(1919年)は《作右衛門の家》や《竹》(1918年)と共に、絹の裏に金箔を施したもので、その穏やかな輝きが画面に華やかさと気品を与えています。そしてほぼシームレスに続く第2章は「大観芸術の精華」として、昭和に入って横山大観が画壇での地位を確立した後の作品群が堂々と展示されます。

こちらは《春朝》(1939年頃)。赤茶色の若葉が花びらよりもなお美しい山桜の足元に小さく蒲公英を配したものですが、他にももう一点、山桜を題材とした作品が展示されており、大観の山桜に対する関心の強さが感じられます。もっとも、過去に見た展覧会では満開の桜が力強く描かれていたことを思い起こすと、これは大観自身というより山種美術館を創設した山﨑種二氏の好みを反映したものなのかもしれません。他にも、吉祥画、花鳥画、風景画と様々なジャンルの絵が展示されていましたが、この展覧会において最も主張が強かったのは、富士山の絵です。

《霊峰不二》(1937年)と《心神》(1952年)。とりわけ後者は横山大観が山﨑種二氏に美術館開設を勧め、そのためにと描いたという逸話がある山種美術館の至宝です。戦前・戦中の富士山と旭日の組合せには国威発揚の意図を思わないでもありませんが、しかしこれらに加えて、ぐっと高い位置から大沢崩れが目立つ鋭角的な富士山と雲海の彼方に半身を沈ませる太陽を描く《富士山》(1933年頃)や、前景に別の山を置きはるか奥に雄大な富士山の姿を描く《富士》(1935年頃)といった作品群を目の当たりにすると、横山大観の富士山に対する思い入れの深さを疑うことはできなくなります。

展示はさらに横山大観・川合玉堂・川端龍子の三人による松竹梅の連作(三人の書と大観の絵画)を並べてから「第3章 東京画壇の精鋭たち」として、小林古径、安田靫彦、前田青邨、奥村土牛、山口蓬春、橋本明治、東山魁夷、杉山寧ら山﨑種二氏と交流をもった画家たちの作品を並べて終わります。

こうして全体を見終わってみると、ひとつには朦朧体の作品がないこと、もうひとつには満遍なく各種のジャンルの作品を集めながらも全体に抑制的な色彩の作品が多いことが特徴的。そこに山種美術館自身の個性が感じられる、好ましい展覧会でした。

鑑賞を終えた後、美術館の一階にあるCafe 椿で横山大観の作品にちなんだ和菓子と抹茶のセットをいただきました。和菓子の名前と絵画の対比は、次の通りです。

雲の海 《心神》
花のいろ 《山桜》
冬の花 《寒椿》
不二の山 《霊峰不二》
葉かげ 《作右衛門の家》

さすがに全部試すわけにもいかず、「花の色」と「雲の海」をいただくにとどめましたが、いずれも穏やかな甘さと細工の細かさが見事。残る三つを断念したことが今もって悔やまれます。