ふろしき / 綾鼓

2017/05/25

国立能楽堂の企画公演で、狂言「ふろしき」、能「綾鼓」。テーマは「新作から古典-男心の内側へ-」です。

ふろしき

落語「風呂敷」をもとに平成8年に作・帆足正規、演出・茂山千之丞の新作狂言として上演され、茂山千五郎家のレパートリーとされている演目。座布団に坐して一人の噺家が語り分けるストーリーを能舞台上に三次元化した作品、と考えればよいのでしょう。

押入れに見立てられる白枠の作リ物が大小前に据えられてから、最初に登場するのは女房姿の茂山千五郎師。静かに笛座あたりに座ったところで、今度は若い男(茂山童司師)が登場して常座で語り出します。仕事が終わって帰るところですが、男やもめの寂しさを嘆きながらふとそこが兄貴分の家の近くであることに気づきます。兄貴分のお内儀はことのほか色っぽく、しかも自分に気がある様子。そこでお内儀の顔を拝んで帰ろうと家を尋ねたところ、目論見通り兄貴分は留守で、女房の誘いにしたがって家に上がります。お茶なりともと言っていたのに酒が出てきていつの間にかよい雰囲気になってきましたが、そこへ四条河原での祝い事で遅くなるはずの亭主が千鳥足で「ざざんざ〜」と謡いながら帰ってきました。この亭主(茂山あきら師)の泥酔ぶりが実に典型的な酔態で、さすがはお豆腐狂言の千五郎家。これに慌てた女房は、「まだ」悪いことはしていないと渋る若い男を押入れの中に押し込めて「さらさらさら、ぱったり!」。続いて亭主を迎え入れた女房は正体もなく酔っている亭主を奥に寝かせようとしますが、すっかりハイになっている亭主は酒を出させた上に女房を追い出してしまいます。これにすっかり困った女房は橋掛リで頼れる男に救いを求めました。一部始終を聞かされた男・茂山七五三師はちらりと童司師への敵愾心を見せつつ、それでも女房の懇願に応じてその家に入ります。頼られた男の作戦は、いま目の前のシチュエーションを他人の家の話として仕方で説明して見せるというもので、男の語り口に惹きつけられた亭主はそれが自分の家で起こったこととは思わず、話の中の呑んだくれ亭主を「始末の悪い男じゃな〜」と非難しますが、女房はそのまま自分たちのことなのでハラハラし通しです。男は用意の風呂敷を広げて亭主の上にかぶせ、こうして話の中の若い男を逃したのだと説明しながら、押入れを開けてそこにいる若い男を逃しました。若い男が頼られた男に手を合わせてあたふたと橋掛リを下がっていったところで話は終わり、風呂敷をとると同時に亭主は睡魔に襲われてそのまま寝入ってしまいます。ところが、ここでハッピーエンドでは終わりません。奥に寝床があると聞いた男は「今夜のご褒美に自分とひとつどうじゃ」と女房に迫りました。自分はそんな女ではないと断る女房とそれならあの若い男はなんじゃと詰め寄る男との間でそのまま口論になりかけたときに亭主が目を覚まし、フリーズした二人に目もくれず奥で寝るかとふらふらと切戸口から消えたところでさすがに男も気が抜け、互いにしかつめらしい顔をして挨拶を交わすと男は外へ。落胆した様子の男は一ノ松で「骨折り損でござった」と嘆きつつ下がり、一方の女房は「若い男ならともかく」と一言残して切戸口から下がりました。

落語の「風呂敷」は聴いたことがありませんが、おそらくは江戸時代の噺であろうものを狂言言葉で室町時代に置き換えても違和感がないのは、描かれた人間模様(登場人物の愚かしさも含めて)が時代に関係のない普遍性をもっているからなのでしょう。そして茂山千五郎家だけに落語的なおかしみに溢れていましたが、ハマり過ぎていて膝を打つような意外感がないのも事実。まずあり得ないでしょうけれど、これを山本東次郎家が演じたらどういうことになったかを考えてみると、想像するだけでおかしくなってきてしまいました。ところで、この「ふろしき」と次の「綾鼓」は企画公演の主題通り共に新作であり、かつ男心のわりない内面を描くという意味でも共通していますが、同時に「布で覆う」という点でも通じています。もっとも、この点だけに着目するなら「綾鼓」の類曲である「恋重荷」(シテが持ち上げようとしてかなわなかったのは錦に包まれた巌)の方がフィットしているかも知れません。

綾鼓

古作「綾の太鼓」→「綾鼓」→「恋重荷」と変遷した一連の作品は、観世流に「恋重荷」が、宝生流に「綾鼓」が伝わり、その後明治になってから金剛流に「綾鼓」、昭和38年に金春流で「恋重荷」がそれぞれ現行曲に加えられました。これらのうち金春流「恋重荷」は二度、さらに今年の1月には観世流における復曲再演として浅見真州師のシテによる「綾鼓」も観ていますが、今回の喜多流「綾鼓」は新作扱い。これは、昭和27年に宝生流から謡本と型付を譲られた喜多実師が、当時同師が積極的に取り組んでいた新作能制作のパートナーである土岐善麿氏と共に改訂に取り組んだところ、もともと宝生型を少し短縮するだけのつもりだった喜多実師の意図を超えて大幅に詞章と演出が変更され、その結果「古曲の改作ではあるが、喜多流としては新作として扱われることが適当」な作品となったことによります。

この曲のもととなった宝生流「綾鼓」は未見ですが、その詞章は手元の『日本古典文学全集 謡曲集 二』に掲載されていたため、以下ではこの宝生流「綾鼓」を適宜参照しながら、この日の舞台の様子を記してみることにします。

最初に正先に置かれた作リ物は、四角の立木台に立てられた枝ぶり豊かな桂木とその中に埋め込まれた鼓ですが、鼓は金属色に光っていて鞨鼓である模様。登場の囃子なく、天冠を戴き小面を掛け唐織の下に緋大口のツレ・女御(友枝真也師)が脇座で床几に掛かると、ついで濃緑色の狩衣に白大口の大臣出立のワキ・臣下(森常好師)がやはり無音のうちに登場して、一ノ松で名ノリを始めました。この詞章からしてすでに簡素化が図られており、たとえば例の恋は上下を分かぬ習ひなればがなくなっています。

ワキはアイ・下人(茂山千三郎師)に命じて庭掃きの老人を呼び出すことにし、アイが一ノ松から幕へ呼びかけている間は後見座に控えました。召し出す声に応じて登場したシテ・庭掃きの老人(香川靖嗣師)は三光尉面の尉出立で手にはもちろん箒を持っています。シテが三ノ松に控えたところで一ノ松まで進んだワキが、森常好師ならではの朗々とした声で鼓を打つようにシテを促し、シテが老いを感じさせる低い声でこれに応じる意思を示すとシテを舞台に導き入れてこの鼓にてあるぞ急いで仕り候へ。この督促を受けたシテは声色に深みを加えげにやゆかりも秋深き以下鼓を見やっての述懐となりますが、シテのかかる鼓の声出でばを引き取った地謡の次第の詞章はそれこそ恋の束ね緒の、暮るるに鐘も音や添へんとなっていました。ここから箒を中啓に持ち替えたシテが桂木を見上げつつ下居してのサシ・クセはすぐれて音楽的な美しい節で地謡主体に謡われますが、本来のサシの最初の一句半がその前に移動して残りだけに短縮され、クセは詞章がまったく変わっています。行きつ戻りつの心の動きを描き老いての恋情の苦しみを嘆く宝生流「綾鼓」の詞章と比べると相当に感情の直線化が図られており、独自のクセの詞章の中からは来るべき女御との対面への期待に浮き立つ気配すら感じられました。

しかしこもれる命いとせめていかなる音にか立つらんと期待をこめて鼓を中啓で打っても、葉ごとの露の夕しづく、こぼるるほかに音もなし。このこぼるるほかに音もなしと謡うシテの声は落胆に咽ぶよう。再度打っても音は出ず、後ろずさってシオリつつ回ったシテは涙ながらにふり仰ぐ、玉のとぼその窓のうちとツレに向かって数歩近づき、諦めきれずにさらに二度打った後にがっくり。ここも喜多流「綾鼓」独自の詞章ですが、これはいま老人がいる桂の池から女御がいる皇居が見えていて、もしかすると女御はこの一部始終を見下ろしていたかも知れないということなのでしょうか。ともあれ、この鼓などか音せぬ、あやしのこの鼓や、いかなれば音は出でぬぞと地謡の悲痛な詞章にシテは一度は足拍子を交えたものの、遂に後ろずさり中啓を落として座り込み、モロシオリとなってしまいました。ここで、宝生流「綾鼓」ではロンギの掛合いの内にシテの心に恋が成就しないことへの絶望が広がって入水へとつながるのですが、この喜多流「綾鼓」ではワキに命じられたアイが目付に出て、鼓は綾を張ったものであり音が出るはずもないから女御への恋は諦め候へよと真相を告げ、これに対してシテが激怒する演出になっていて、たばかられ惑はされし、身の賤しさも恥づかしやから身を震わせて立ち上がったシテは明け暮れわかず思ひ知らせんと悪鬼の形相になって高揚した囃子を背に橋掛リへ走り、二ノ松で膝をついて池に消える様子を示しました。

間語りは老人の入水を語るものですが、騙されたことを知って入水したと明言していたかどうかは聞き逃しました。ただ、アイの語り自体も悲痛なもので、その心持ちのままにワキにシテの死を報告したところで、アイは下がります。

ワキはツレに老人の身投げを報告しますが、老人の執心が怖いから、といった説明は抜きにしてツレに桂の池を訪れるように求めます。桂の木に向かったツレは波の音が鼓の音に聞こえる幻聴から正気を失ってあら面白の鼓の声や、あら面白やと声を高めましたが、友枝真也師の声はよく通り驚くほどによき声。しかしそんなツレの姿にワキが驚いていると、ツレはなおもあらぬことを口走ります。ここで空気が変わってワキ夕波騒ぐ池の面に、ツレなほ打ち添ふる、そして声ありてを幕の内からシテに謡わせ劇的な効果を高めるのも喜多流「綾鼓」の演出上の工夫です。舞台上の配置は変わり、正先に桂木、笛前に下居するワキ、その中間で床几に掛かるツレとなってシテの出を待つ様子。ここから出端の囃子となって登場した後シテは悪尉面に白頭、半切法被を煌めかせ、桂木の葉のついた太い鹿背杖をリズミカルに突きながら進む姿には見所からでも恐怖を感じます。一ノ松から重波の以下独自詞章で恋の淵の底は奈落の邪婬の苦しみであることを謡うと舞台へ進んだシテは、常座から目付へ、そして常座へと舞台を巡ってからツレに迫り、杖を振り上げて威嚇にかかりました。さらに常座に戻って二回転したシテは左袖を巻くと鳴るものか鳴るものか、打ちて見給へと怒りを込めてツレを引っ立て、鼓の前に引きずり出します。ここから直ちにキリの詞章となり、打てや打てやとシテは常座で杖を床に打ち付け足拍子を踏むのですが、ツレが直接打たれる場面や撥をとって鼓を打たされる場面はなく、シテの威嚇の前に金縛りにあったように立ち尽くした後に数歩下がって右往左往すると哀れ岸辺に伏し給へばと崩れてモロシオリとなりました。シテの入水の様子の再現やその果ての地獄の凄惨な描写もないのは、満たされぬ妄執のために成仏できない自分の運命への嘆きを女御への恨みに変えたのではなく自分を騙した女御へのストレートな怨みから女御に祟っているからだと考えれば筋が通ります。ともあれ、月光の下に倒れ伏す女御の姿を見下ろしたシテはゆっくり橋掛リへと向かい、ニノ松で一度振り返るとそのまま幕の中へ音もなく失せにけりと消えてゆき、最後は大小が留めました。

国立能楽堂が用意したプログラムの解説では喜多流の「綾鼓」は、劇的に深刻になり過ぎることを避けた改作となっていると説明されていましたが、こうして見ると確かに喜多実師と土岐善麿氏の改作の意図は伝わってきます。もともと世阿弥は「綾の太鼓」に手を入れて「綾鼓」を作り、さらに観客の嗜好も考慮に入れながら結末の多少の唐突感には目をつぶって「恋重荷」へと改作しているのですが、そのことによって「綾鼓」が捨て去られたわけではないのは上述した通りですし、一方でこの喜多流「綾鼓」も既に流派にとってのスタンダードの地位を得ているのであろうこと、さらにはこれまでの観能を通じて見てきたように、旧来の曲であっても実は演者によって演出に相当程度の自由度があることなどを考え合わせると、伝統芸能と言われることの多い能楽の意外な柔軟性に改めて驚きます。

配役

新作狂言「ふろしき」 女房 茂山千五郎
亭主 茂山あきら
若い男 茂山童司
頼られた男 茂山七五三
 
能「綾鼓」(喜多流) 前シテ・庭掃きの老人
後シテ・老人の怨霊
香川靖嗣
ツレ・女御 友枝真也
ワキ・臣下 森常好
アイ・下人 茂山千三郎
主後見 塩津哲生
地頭 友枝昭世
藤田次郎
小鼓 曽和正博
大鼓 柿原崇志
太鼓 小寺真佐人

あらすじ

ふろしき

仕事帰りの若い男が兄貴分の家に立ち寄ると、あいにく留守だったが女房が招き入れて酒を振る舞う。そこへ遅くなるはずの亭主が帰ってきたためにあわてた女房は若い男を押入れに隠すが、亭主は泥酔しているにもかかわらずそこに居座って飲み続ける。困った女房が知人を頼ると、頼られた男は言葉巧みに亭主の頭に風呂敷をかぶせ、そのすきに若い男を逃す。やがて亭主が寝込んだところで頼られた男は女房に迫るが、女房はにべもなく男を帰らせる。

綾鼓

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