鞍馬参 / 国栖

2017/01/20

国立能楽堂の定例公演で、狂言「鞍馬参」、能「国栖」。

寒い夜道を、そこだけ温もりを感じさせる灯りを目指して能楽堂へとひた歩きます。

鞍馬参

主と太郎冠者とが一緒に参籠して霊夢を蒙るというパターンはいろいろありますが、これは太郎冠者が霊夢を蒙り、これに対して自分も福を授かりたい主が頓知をきかせるという面白い話。

初寅の日に鞍馬山へ参りお堂で夜通し籠ろうとする主は野村萬師で、その福々しいお顔と朗々とした声色に接するだけで、もう楽しくなってきます。その供を務めるのは表情豊かな野村万禄師で、まずは出立にあたり主から道具をもてと言われて幕に向かって道具を求めたものの、道具とはなんだと問われて今度は主にそのまま復命する間の抜けたところを見せます。ともあれ二人は鞍馬山へ。短いもののいかにも楽しげな道行で舞台を巡って鞍馬山に到着した二人でしたが、じゃがじゃがと鐘を鳴らす主にならって鐘を鳴らそうとすると主に扇で手をはたかれてムッとする太郎冠者。さらに通夜の不寝番を命じられて頭にきた太郎冠者は、寝入った頃を見計らっては主に問い掛けをして眠らせない作戦を繰り返し、その意図をくみ取った主はたまらず太郎冠者に仮眠を許します。このあたり、なんだかんだいっても付き合いの長い主従の仲の良さが感じられます。

まどろんだ太郎冠者の夢の中に、香を薫きしめた衣・袈裟、水晶の数珠、鳩の杖を持つ老僧が現れて、福有の実(梨)を下されました。夜が明けての帰りの道中でこの話を聞いた主は、なぜ多聞天は自分ではなく太郎冠者に福を授けられたのかと独白で悔しがりますが、ふと思いついて太郎冠者に、自分も同じ霊夢を見たと言います。ただし、福は太郎冠者に持たせておくので帰り道に受け取れと言われたという作り話が主の工夫ですが、これは太郎冠者が断固拒否!なんとか福を欲しい主は、せめて言葉だけでも福を渡したと言ってくれまいか……と太郎冠者に頼むと、言葉で渡せばよいのであれば、世間には「福渡し」というのがあって、太郎冠者が拍子にかかって「鞍馬の大悲多聞天の御福を主殿に参らせたりや参らせた」と囃し、主が「賜ばったりや賜ばった」とこたえれば福が渡されると技術指導。最初は気が急く主のせいで間合いが合わない二人ですが、太郎冠者の提案で左右小拍子のリズムに乗り、扇を広げて謡い舞い続けると舞台上には明るく賑やかな雰囲気が横溢します。最後は御福が主の蔵に納まったと太郎冠者が宣言し、めでたく終わりました。

国栖

作者不明の霊験物。壬申の乱にまつわる『宇治拾遺物語』『源平盛衰記』などの説話を下敷きに、吉野へと逃亡した浄見原天皇(天武天皇)を救う老夫婦の気概と、天女や蔵王権現による祝福とが描かれます。

一声とともにまず登場するのは、初冠に黄の狩衣姿も凛々しい子方/浄見原天皇(長山凛三くん)とワキツレ/輿舁二人、そして警護役として金の法被に白大口で腰に太刀を佩いたワキ/臣下(福王和幸師)。大友王子に追われて都を離れ、吉野へと落ちのびてきたことが謡われて、ワキと子方は脇座に納まります。そして黒っぽい布地が張られた舟の作リ物が一ノ松に出され、静かに大小の鼓がアシラううちに、朝倉尉面、絓水衣の下に腰蓑を巻いた前シテ/老人(長山禮三郎師)と、縷水衣の前を垂らし長い釣竿を手にした姥面の前ツレ/姥(長山桂三師)が橋掛リを進みました。二人は舟の中に入ると、脇座を遠く見やって自分たちの小屋の上に紫雲が棚引きただなぬ気色であることを不審がり、もしや天子がおられるのではないかと語り合いつつ舟を家へ近づけて(舞台上では一ノ松のまま)見ればやはり貴人がおられることに驚きます。このあたり、シテとツレとは台詞のやりとりも声の高低もバランスが良く、いかにも年経た老夫婦という風情。棹と竿をそれぞれ置いて舟から降りた二人は、舞台に進んであらかたじけなの御事やと子方の前に下居し事情を問うと、ワキは貴人が浄見原天皇であること、都を落ちた次第、そして面目なきことながらこの二三日供御(食事)をしていないことを明かしました。これを聞いてシテとツレとは語らい合い、摘んだばかり根芹と獲れたばかりの国栖魚(鮎)を差し上げることにして調理すると、扇を用いてワキに差し出します。これをやはり扇で受け取ったワキは子方へ進上し、やがて天皇の御意に沿って供御の残りをシテに賜ると、シテはこの魚は未だ生き生きと見えて候いざこの吉野川に放いて見やうと語ります。筋なきことをいいなさいますなと窘めるツレにシテは、神功皇后が戦の吉凶を占うために玉島川で鮎を釣った故事にならい、もしこの君も再び都に還られるならば魚も生き返るであろうと子方に向かって吉兆の予感を口にします。この「鮎之段」は前場の見どころで、それまで淡々と語ってきたシテが囃子方の高揚と共に自らも感情をはっきりと高ぶらせ、そしてシテが魚を正先に放つと生き返って早瀬の中を泳ぎ去る情景を地謡が謡うと共に、シテも見所の左から右へと素早く目で追って、あたかもそこに本当に鮎の鱗が煌めいているような錯覚を覚えました。

しかしこのとき、ワキがいかに尉、追手がかかりて候と告げると、シテは落ち着いた声色でこなたへ御任せ候へと引き取り、早鼓が徐々に緊迫感を高めてゆくうちに舟を一ノ松から地謡の前に伏せて置くと、子方は身を屈めて舟の下へ入りました(地謡の柴田稔師がセットしたつっかい棒のような箱のおかげで、完全に伏せた状態にはなっていません)。そこへ一人は槍、一人は弓矢を構えたアイ/追手二人が足早に登場し、シテに浄見原天皇の行方を尋ねます。最初は浄見原?それはもっと下流の方では?などととぼけていたシテでしたが、伏せた舟を怪しんだアイ二人がその下を探ろうとすると、立ち上がったシテは怒気もあらわに二人を威圧し、その勢いに押された追手たちは足早に逃げてしまいます。能には異例なほどに写実的で、そして気迫に満ちた老爺の強さに観ているこちらも圧倒されていると、二人はほっとした様子で舟を引き起こして脇正面へ移しました。子方は再び脇座の床几に掛り、一連の応酬の間は囃子方の後ろに下がっていたワキも戻ってきて、ここで地謡は脇能「養老」「金札」にも見える詞章君は舟臣は水、水よく舟を浮かむとは、この忠勤の例へなりを謡います。さらに、シテが正中で後見の手により水衣の肩を下ろして落ち着く間に舟は切戸口へと運ばれ、地謡とワキがひとしきりシテの働きを顕彰すると、ここで子方が唯一の台詞されば君としてこそ、民を育む習ひなるに、かへつて助くる志を実に見事な美声で謡いました。凛三くん、将来が楽しみだぞ。

さて、都に帰ることができたら命の恩に報いるであろうとの浄見原天皇の言葉にシテがモロシオリを見せる頃には更け静まり、嶺の松風と共にあたりに妙なる音楽が流れ始める様子が地謡によって謡われると、太鼓の入った下リ端の囃子が奏され始めました。不思議の気配に立ち尽くして遠く中正面を見やっていたシテとツレは、この下リ端と共に静かに退場してゆき、入れ替わりに後ツレ/天女(長山耕三師)が登場します。月輪の天冠、紅の長絹の下に黄大口の出立で小面が若々しい天女による下リ端ノ舞は、この上もなく雅びで流れるような運びと美しく袖を返した立ち姿とにうっとりするほどの素晴らしさ。ひとしきりの舞の後に大小の前に立った天女が少女子が、その唐玉の琴の糸、ひかれ奏づる音楽にと謡う地謡を聴きながら正先へ出てくると同時に、衣を被いて身を屈めた後シテ/蔵王権現がそろそろと橋掛リを一ノ松へと進んできました。王を蔵すや吉野山即ち姿を現してで遂に表したその姿は、赤頭に輪冠を戴き、面はギョロ目にくわっと開いた口が迫力満点の大飛出、キラキラとした法被半切。早笛と共に激しく舞台に進出した蔵王権現の仕舞は短いものですが、十方世界の虚空に飛行してとキリの詞章に謡われるように、強靭な足拍子、高速の回転、風を巻いての袖返しなど、まさに疾風怒濤の勢いです。最後は天武の御代を寿ぎつつ、常座で力強く留拍子を踏んで終わりました。

若い天皇を守ろうとする老人の演技と台詞がドラマティックな前場と、短いながら夢とも現ともつかない雰囲気の内に天女と蔵王権現による奇瑞が神秘的な後場からなる「国栖」は、演劇的要素と舞踊的要素をいずれも堪能できる上に、そこに異界の気配を漂わせて、ある種個性的な一曲であるように思いました。後シテとして登場する蔵王権現は、古来敗者を保護する地として知られる吉野の金峯山寺の本尊であり、追手とのやりとりの中でシテが呼び集めようとした「山々谷々の者ども」も吉野川上流に住む山の民「国栖」(土蜘蛛の話をも連想)のこと。そう考えると、先住民の中に混じりその支援を得ることで王権の正統性が回復されるという貴種流離譚のひとつのパターンをなぞっている話だと見ることもできそうですが、能の中にそうしたストーリーの系譜が果たして存在するものなのかどうかは、あいにく勉強不足のためわかっていません。

配役

狂言「鞍馬参」(和泉流) シテ/主 野村萬
アド/太郎冠者 野村万禄
 
能「国栖」(観世流) 前シテ/老人
後シテ/蔵王権現
長山禮三郎
前ツレ/姥 長山桂三
後ツレ/天女 長山耕三
子方/浄見原天皇 長山凛三
ワキ/臣下 福王和幸
ワキツレ/輿舁 村瀨提
ワキツレ/輿舁 村瀨慧
アイ/追手 能村晶人
アイ/追手 山下浩一郎
主後見 浅見真州
地頭 観世銕之丞
竹市学
小鼓 清水皓祐
大鼓 亀井広忠
太鼓 大川典良

あらすじ

鞍馬参

初寅の日、主人が太郎冠者を連れて鞍馬山へ参り、お堂に籠る。すると太郎冠者はまどろみの内に老僧から福有の実(梨)を賜るという多聞天の霊夢を蒙る。それを知った主人は福を手に入れたいと自分も同じような霊夢を見たと言うが、ただし福は太郎冠者に持たせておくので帰り道に受け取れという夢だったと付け加える。太郎冠者と主人は共に福渡しを賑やかに囃す。

国栖

浄見原天皇は大友皇子に都を追われ、供の者と吉野へ落ちのび、川舟に乗る老夫婦と出会う。夫婦は天皇を匿い、根芹と国栖魚を献上する。そこへ敵が迫るが、夫婦は天皇を舟の下に隠し、敵を欺き追い返す。夜になると天女が現れ舞を舞い、蔵王権現も出現して、御代の将来を祝福する。