朝比奈 / 木賊

2015/12/23

寒々しい空の下、国立能楽堂の特別公演で仕舞「雲林院」、狂言「朝比奈」、能「木賊」。

最初に金春流の高橋汎師による仕舞「雲林院」があって、これは主人公の在原業平が「木賊色の狩衣」を着て藤原高子を連れ出す恋の逃避行を謡っているからです。地謡には先日「道成寺」を披いたばかりの中村昌弘師の顔もありましたが、当初予定されていた山井綱雄師は8月の「道成寺」で負傷した足からボルトを抜く手術が前日にあったために代演が立っていました。

朝比奈

抱腹絶倒の狂言「朝比奈」は、以前山本東次郎師の朝比奈で観たことがあり、たいへん面白かったことを覚えていますが、今回は朝比奈が野村万蔵師、閻魔大王が野村又三郎。この組み合わせで面白くないわけがありません。

前回の大蔵流と今回の和泉流とで詞章に多少の違いはありましたが、大筋はほぼ同じ。浄土・法華の仏法が広まり人々が賢くなって皆が極楽往生してしまうために困った閻魔大王が、地獄と極楽の分かれ道である六道の辻までわざわざ出向いて亡者を地獄へ勧誘しようとしたところ、そこにやってきた勇者・朝比奈三郎にとっちめられてしまうという話です。話としても素晴らしく面白いのですが、この日の見ものは二人の芸達者な狂言師の個性でした。野村万蔵師の朝比奈は歌舞伎十八番の「押戻」のような太竹を持ち、弁慶のごとき七つ道具を背にした白装束姿でいかにも重厚。床几に掛かって和田合戦の様子を迫力に満ちた仕方で語る場面は、堂々たる弁舌にぐいぐい引き込まれました。かたや野村又三郎師は、その鮮やかな体術が際立ちます。赤頭に武悪面を掛けた閻魔大王は不況の影響で美々しく着飾ることができず、むしろ飄々とした雰囲気を漂わせながら朝比奈を地獄へ追い落そうと「責メ」を繰り返すのですが、軽やかな跳躍や思い切りのよいでんぐり返し、細竹を巧みに回すバトントワリングで見所の目を見張らせます。朝比奈の物語に聞き入る場面はさらに楽しく、朝比奈が敵方の門扉を押し倒して向こう側の武者を圧し潰したことを語ると思わず舌なめずり(といっても面の中の話)したものの、語リの要所に繰り出される足拍子には吹っ飛ばされ(座した状態から瞬時に身体を浮かせて横転)、ついには床几の正面に座らされて首をつかまれると左に右に身体を半回転させられて、最後に投げ飛ばされてみせました。とうとう七つ道具を結びつけた太竹を担がされた閻魔大王がよろよろと橋掛リを下がってニノ松で座り込み、一ノ松で朝比奈が踏んだ留拍子二発にまたもずっこけたところで終曲となりましたが、謡が終わった後も演技は続き、びくびくと立ち上がった閻魔大王は朝比奈に「お先にどうぞ」と手を差し出すものの断られて、仕方なくよろめきながら先に揚幕へ消え、その後ろを拍手を背中に聞きながら朝比奈が威風堂々下がって行きました。

相変わらず、いやそれ以上の面白さでしたが、一面では、歴史に名を残す敗軍の豪傑を極楽に送って鎮魂する作品でもあるのでしょうというプログラムの解説には目を見開かされました。

木賊

世阿弥作の四番目物で、老父による物狂いという類曲のない難曲。狂言方が出ない一場物の現在能ながら2時間近くを要する大曲で、重い習いとされ上演頻度も多くないようですが、こちらも配役に変更があり、ワキが宝生閑師から宝生欣弥師にスイッチ、ワキツレも殿田謙吉師が抜けて梅村昌功師が入りました。それでも、シテの梅若玄祥師はもとより囃子方にも大物が揃って、期待の舞台です。

次第の囃子に乗ってやってきたのは、旅僧出立の子方とワキ、ワキツレ。信濃路遠き旅衣、日も遥々の心かなと次第を謡った後、自ら出家してきた子方が今一度父に会いたいというので都から信濃へとやってきたと説明してから、道行となります。旅に明け暮れ、木曽路を経て着いたところは園原山。そこに草刈りの姿を認めてワキとワキツレがこれを待つことにしたところで、子方はいったん切戸口から下がりました。

一声を聞きつつ橋掛リに現れたのは、こちらもツレを三人も率いたシテ・老翁。シテの姿は尉髪、阿古父尉面、茶の水衣を着て肩に木賊の長い枝を負っており、ツレも皆、背中に木賊(砥草、すなわち硬い表皮が研磨に用いられた常緑シダ植物の名)の束を背負っています。一声に木賊刈る、山の名までも園原や、伏屋の里も、秋ぞ来ると謡われるように、一行は園原山での木賊刈りにやってきたところ。シテとツレとが声を合わせる情景描写の謡が耳に心地よく響きます。地謡によるいざいざ木賊刈ろうよからは地謡とシテとの掛合いとなりますが、かたやシテがしみじみと、しかし劇的な強さのある謡を聴かせれば、地謡も音の強弱や旋律の高低を聴かせて早くも技巧の応酬。胸なる月は曇らじと胸に左手をあてたシテはげにまこと何よりも磨くべきは、真如の玉ぞかしと地謡に謡わせつつ手にした木賊をじっと見込み、扇を取り出し右膝をついて我が心を磨くための木賊を刈る所作を示した後に木賊を後見に渡しました。

ここでワキが立ち、見れば身分もありそうな老翁がなぜ手づから木賊を刈るのかとシテに問いかけます。以下、園原山の木賊、さらに伏屋の森の帚木(遠くからは見えるが近寄るとない、空想上の木。この曲では宿木がそれとされています)に関するワキとシテの問答は、囃子方も手を休めて無音の内に二人だけで行われます。中正面を眺めながら帚木にまつわる古歌園原や伏屋に生ふる帚木の 有りとは見えて逢はぬ君かなを引いたシテは、近寄ると見えないというその証拠を見せようとワキを連れて帚木のあった場所に進んでみせると、確かに見えていたはずの帚木はかき消えており、ワキはこれに不思議やなと感嘆します。そこでシテは自分が設けた旦過(巡礼者用の無料宿泊所)に宿泊するよう一行を誘い、これに応じたワキが脇座に納まると共に後見が出てきてツレの背の木賊を外し、また常座で後ろ向きに立つシテの水衣の肩を下ろしました。

さて、旅僧たちを迎えたシテは、人にさらわれて子を失った身の上(しかし冒頭にあるように子は自らの意思で仏門に入ったのですが)を語り、もしも行方や聞くと思ひ(と、この謡に力をこめて)ここに旦過を設けて行き来の人を泊めているのだと明かすと、我が子の好きだった小歌曲舞を自分もお見せしようと述べて家人に盃を持ってくるよう命じてから、物着にかかります。何やら怪しい急展開、その不安を察するかのようにツレの一人がワキに対して、今の老翁は子を思うあまり時々は現なき風情になることがあるが、心配せず適当にあしらうようにと注意を与えて去りました。ここでツレ三人が退場するのと入れ替わりに子方が舞台に復帰し、脇座に下居。かたや物着を終えたシテは、束ねていた髪をポニーテールにしてオレンジの紐で結んで後ろに垂らし、灰緑色の地に案山子の文様を散らした掛素襖をまとって戻ってきました。

物狂の物着と言えば、たとえば「井筒」や「松風」が思い浮かぶものの、いずれも女が男装して男を深く想うものというのが相場ですが、この「木賊」の老翁の物着は親が子を想うというもの。しかし、単に親子の情愛の深さを示すというだけではなく、老いた者が永遠に手の届かないものとなった「若さ」への執着を秘めた狂気であるようです。先ほどの古歌有りとは見えて逢はぬ君かなも本来は男女間の恋愛を歌ったものですが、ここでは老翁の我が子に対する思いが託されているようで、ある意味不気味ですらあります。その狂気のままに、シテはワキに盃を勧め、飲酒は仏戒ゆえ受けられぬというワキに対して廬山の慧遠禅師の故事を引きながら自分を憐れみ法の真水と思って飲んで欲しいと求めました。このあたりのシテの謡、あるいはシテを代弁する地謡も聞き応えあり。そして正中で床几に掛かったシテは、クリ・サシ・クセと徐々に感情を高ぶらせてゆき、やがて立ち上がって親は千里を行けども、子を忘れぬぞ真なると遠くを見る風を示すと、上ゲ端から先心は闇にはあらねども、子を思ふ道に迷ふとはと緩やかに、憑かれたように歩みを確かめながら舞い始めます。囃子方、とりわけ大鼓はこのクセの中では時に鋭い打音を打ち、時に長く震えるような掛け声を入れてシテの心象を描写し、そのテンポが徐々に速くなって最高潮に達しシテがシオリを見せたところで、地謡がしみじみと長く子を思ふと謡ったところから序ノ舞に入りました。

この序ノ舞には、圧倒されました。

初めの内、シテの舞は老人のそれらしく舞台の四分の一ほどを老いた足取りで静かに回り、時折身を小さく沈める所作を見せるばかりでしたが、やがて中盤で袖に半ば隠された扇を胸に当てシテ柱に寄りかかってじっと面を伏せる場面が出てきました。完全に動きを止めたその所作はもはや舞とは言えないものですが、にも関わらず老翁の痛切さがどんな動きよりも強く見る者に伝わってきます。やがて扇を下ろしたシテは再び舞いながら正中に立ち、さらには脇座の子方に近くかのように見えましたが、その心は通じずシテは舞に没入し、そして詞章に戻りました。子を思ふ、身は老鶴の鳴くものを

以下、凄まじい程の激情の迸りとなります。膝を付き左袖と扇で顔を隠し、来たらば我が子よと咽び泣くが如くに謡い、親が物狂いとなるなら子は囃すべきなのになぜここにいないのか、怨めしいと両手を大きく打ち合わせ、一気に前に出てから下がって常座に安座し、あはれ立ち帰り今ひと目、父に見えよかしとモロシオリとなりました。何という劇的な表現。シテばかりではなく、地謡もまた力と技巧の限りを尽くしてシテの激情を謡っています。ここに至って隠し通すことはできず、ワキと子方が立ち上がると地謡はこの上は何か包まんこれこそはとこの子方がシテの一子・松若であることを明かしました(この詞章はこれこそはと呼んでいることからワキの台詞ですが、他流では我こそはと松若自身が名乗るようになっているそうです)。座り込んだシテは子方を眺め、声を震わせながらいぶかしむ様子を謡っていましたが、よくよく見ればやはり我が子と気づき、はっと扇で床を打って立つと招キ扇をして子方へ走り寄りました。どうして早く名乗ってくれなかったのか、それともこれは夢か?だが夢であっても逢えて嬉しい……。

こうして我が子との再会を果たしたシテは、子方を先に揚幕の内に送り、自らはニノ松で振り返って扇を高く掲げてから、自身も幕の内に消えました。

梅若玄祥師というとやはり物狂・再会物で感動的だった「百万」が思い起こされますが、この日の「木賊」もまた、シテ、地謡、囃子方揃って劇的な舞台となりました。110分の上演時間があっという間で、最初から最後まで舞台上に集中することができたのも、すべての演者が一瞬たりとも弛むことがなかったからでしょう。今年最後の一番をこの「木賊」とすることができて、本当に幸運でした。

これで今年の観能は終了。この一年で(「翁」を一番と数えると)能を20番、狂言を14番観たことになります。来年も、よき舞台に巡り会えますように。

配役

仕舞(金春流) 「雲林院」 高橋汎
 
狂言(和泉流)「朝比奈」 シテ・朝比奈 野村万蔵
アド・閻魔大王 野村又三郎
地頭 野村萬
成田寛人
小鼓 田邊恭資
大鼓 亀井広忠
太鼓 林雄一郎
 
能(観世流)「木賊」 シテ・老翁 梅若玄祥
子方・松若 松山絢美
ツレ・里人 梅若紀彰
ツレ・里人 角当直隆
ツレ・里人 川口晃平
ワキ・旅僧 宝生欣也
ワキツレ・従僧 則久英志
ワキツレ・従僧 梅村昌功
主後見 梅若長左衛門
地頭 片山九郎右衛門
一噌仙幸
小鼓 大倉源次郎
大鼓 亀井忠雄

あらすじ

朝比奈

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木賊

もう一度父に対面したいと望む弟子を連れた都の僧が、信濃の国園原山を訪れる。そこに従者たちと共に木賊刈りの出で立ちで現れた土地の老人は、僧たちに当地の名物・帚木の由来を教えると、自ら設けた旦過に一行を誘う。もてなしの酒杯を持ち出した老人は、かつて家出をして行方を絶った我が子の形見の衣装に身を包み、子を思う舞を舞う。これを見た弟子僧・松若は、自分が老人の子であると名乗る。