乱 / 福の神 / 道成寺

2015/12/13

冷たい雨がそぼ降るこの日、国立能楽堂で金春円満井会特別公演。女性能楽師による「乱」に《双ノ舞》の小書がつくのと、中村昌弘師による「道成寺」の披キがポイントとなる舞台です。

乱 

「猩々」に小書《乱》がついて金春流では「乱」(以前見た金剛流でも同様でした)。さらにこの日は《双ノ舞》の小書がついてシテ・ツレの二人の猩々が登場します。配布されたプログラムに記された羽田昶氏の解説を引用すると、次の通りです。

常の「猩々」が中ノ舞を舞うのに対し、これは乱という、妖精猩々が酒に酔って海上を舞い遊ぶ趣の、姿態描写的な舞事を舞う。乱は、最初は太鼓中ノ舞に準ずるふつうの呂中干の舞に始まり、途中から乱固有の旋律とリズムの舞に変化し、最後はまた中ノ舞に戻る。一定の規則的なリズムを刻むのではなく、テンポがたえず激しく変化する。そして、乱レ足、抜キ足、流レ足、頭ヲ振ル、面ヲキルなど、独特の所作を見せるのも特徴である。
さらに、今回は〈双ノ舞〉の小書により、猩々が二人(二匹?)登場する。シテは一ノ松で床几にかけ、ツレ一人で中ノ舞部分を舞い始め、初段から乱になり、相舞で七段舞い、中ノ舞に直ることなく乱留めとなる。

これだけ懇切丁寧に解説されるともう書くことがなくなるのですが、それでは身も蓋もないので少し舞台上の様子を描写してみます。

女性能楽師の舞台ということで地謡もみな女性。特に前列両端のお二人が超美人で、脇正面に座っている私はつい見惚れてしまいました。やがて名ノリ笛と共に登場したワキ・高風(野口能弘師)は、金・緑の側次に白大口の出立で耳に快いよく通る声。待謡の後にゆったりした下リ端の囃子が奏されて赤頭に紅主体の装束が鮮やかなツレ・猩々(岩松由実師)が登場し、ややあって高い声が声明のように聞こえる地謡と共に同装のシテ・猩々(森瑞枝)も登場しました。どちらも似た小柄さ、似た出立ですが、シテの方は赤く痩せた面、ツレの方は白くふくよかな面という違いで見分けをつけられます。舞台上のツレと橋掛リ上のシテとは向き合ってそれぞれに地謡と掛け合い、やがて舞台上に並ぶと共に舞い始めました。その舞は完全にシンクロというわけではなく、時間差で順を追うもの。やがてシテは一ノ松で床几に掛かり、ツレが舞台上で舞い始めます。扇を掲げ足拍子をとんとん、さらに波を蹴立てる足使いを見せ、シテも舞台へ進んでツレと並ぶと合舞となりました。足拍子のタイミングなどもシンクロ度の高い舞の後に、正先で扇を掲げ酒を飲み干す型。扇を逆手に廻り合う内に酔いの回ったシテは座り込んでしまいましたが、ツレが助けて立ち上がらせるとさらに舞は続きます。二匹並んで爪先立っての流レ足で頭上の左右に扇を大きくなびかせましたが、これは能面の限られた視界の中ではかなり難しいのでは?見事です。このようにして水上で戯れ舞い続けていた猩々たちもさすがに疲れて座り込み、扇で顔を隠してしまいました。実際にも動きの激しい舞に疲弊したのか、この後のシテとツレとの同吟は力ないものとなってしまいましたが、最後はワキに心を残しながら立ち上がり、ツレが一ノ松で、シテが常座で揚幕を目指す形で曲を留めました。

休憩の後、仕舞三番。地謡の中に先日の「道成寺」での負傷から復帰した山井綱雄師の姿を見て安堵しました。「三輪」の富山禮子師はどこまでもゆったりと舞い、「善知鳥」の櫻間金記師は謡は息絶え絶えな感じ(←失礼)なのに舞の方は地獄の責め苦に会う猟師の姿を力強く舞い示しました。このときの地謡がグレゴリオ聖歌のように聞こえたのは、なぜなんでしょうか?

福の神

2010年の式能の中で和泉流による賑やかに楽しい「福の神」を観ていますが、この日の狂言方は剛直な芸風の大蔵流山本東次郎家。金の烏帽子を戴きオレンジと金の亀甲紋の衣装で福々しい福の神から「なぜ今年は神酒をくれぬのか」と催促された参詣人二人が真剣に慌てるところが見所の笑いを誘うのも、いかにも東次郎家です。福の神は地謡三人に謡わせて舞台上をぐるりと舞い廻り、正先で気持ち良いほどの高笑い。しかし次の瞬間、舞台上を冷え冷えとした静寂が支配するのも、どこか覚めた目で人間を見ている狂言の奥深さというか、恐ろしいところです。

さらに仕舞三番は金春宗家を含む御三人によるもの。宗家の子息・憲和師の「八島」は浮遊感を感じ、宗家の「遊行柳」は妖気漂い、穂高師の「昭君」はあくまで勇壮。

30分の休憩をはさんで、いよいよ「道成寺」となります。

道成寺

金春流の若手ホープ・中村昌弘師の「道成寺」の披キを支えるワキ・アイ・囃子方の超豪華布陣にはびっくり。これほどの組合せというのは、本人にとっても相当なプレッシャーだろうな……と思ったのですが、結論を先に言えばそれは杞憂で、シテの盤石の演技に圧倒された舞台でした。

最初に名ノリ笛と共にワキ・住僧(森常好師)とワキツレ、そしてオモアイ(山本東次郎師)が登場し、まずワキが鐘の再興を宣しますが、これがもう森常好師ならではのドラマティックな美声。もう、これだけで十分お金を支払えます。次いで鐘を鐘楼へ上げる段に移り、いったん幕の内に下がった山本東次郎師がもう一人の能力である山本則俊師と共に鐘を担いで登場しましたが、よく見ると実際に鐘を運んでいるのは息子・甥たちで、先頭を行く東次郎師が高く上げた手は鐘を運ぶ太竹に届いていません。ともあれ、二人の能力が手際よく鐘を吊る紐を舞台天井の滑車に掛け、鐘は鐘後見の手によって高々と掲げられました。そして、オモアイによる女人禁制の触れと、乱拍子を先取りするかのような静かな動き。ここから早くも舞台上に緊迫した空気が漂い始めます。

切れ切れのヒシギ、そして長く太く引く掛け声が時の流れを緩やかにする習ノ次第をしばらく聞いた後、シテ・白拍子(中村昌弘師)は一瞬の内に三ノ松まで進み、じわじわと舞台へ向かいました。脇正面から見る紅無唐織の背中にはこの世のものとは思えぬ独特の雰囲気が感じられ、舞台上でじわりと向きを変えて松羽目を見ながらの次第作りし罪も消えぬべき、鐘のお供養拝まんが朗々と謡われ、この時点で早くもこの舞台が素晴らしいものとなるであろうことを確信しました。

道行も尋常ではなく、数歩の歩みと体を巡らす動きの滑らかさの中に謡われる旅路は、よく通る声であるのに物思いにふけって歩みながら自分に向かって呟いているかのように見え、この白拍子が生身の存在であるように思われました。この感覚は、これまで「道成寺」を何度か観てきた中で初めての体験です。さらにアイとの問答でも、シテはほとんど恫喝の素振りも見せないのにアイは魅入られたように烏帽子を差し出して舞を所望してしまうのですが、その催眠術にやられたのか、鐘後見が舞台上でこっくりこっくり舟を漕ぎ始めたのには驚きました。それはともかく、鼓が入って空気が変わり、シテは憑かれたような歩みで後見座に向かうと黒一色の烏帽子をつけ、物着を終えて一ノ松に進んだ後に一ノ松を見込んでから、大鼓の掛け声に反応して鐘を見上げると舞台へ進みました。この場面、たとえば亀井広忠師が爆発的な掛け声でシテを呼び込む場面を観たことがありますが、この日の柿原崇志師の一調は比較的穏やかなものに聞こえました。そして、次第花のほかには松ばかり、暮れそめて鐘やひびくらんを地謡座の宗家が独吟で受け止めた次の瞬間、小鼓・大倉源次郎師との乱拍子の一騎打ちとなります。

大倉流の長く引く掛け声に対し、シテの動きは本当に最小限の爪先の動き、そして一段の終わりには両手を広げて真上へ上げた足を打ち下ろす足拍子。舞台上の動線も小さく、どこまでも安定した立ち姿にはシテの不動の意思が現れているかと思いましたが、しかし脇正面を向いたときのシテの翳った面の暗さには、逃れられない運命に向かって階段を静かに登りゆく白拍子の無限の悲しみが見てとれました。そして舞台上の回転を終えて正面に向かう中ノ段に達したとき、すなわち道成寺の階段を登り終え鐘を間近にして覚悟を決めたかのように数歩続けて床を踏み鳴らすと、扇を前に詞章を切れ切れに謡いながらさらに乱拍子を舞い続けますが、そこには時折はっと後ろずさる動きが加わります。遂に詞章が最後の一句を越え、一気に急ノ舞に入って舞台上は最高潮に達し、その最後にシテは正中で扇を使って烏帽子を前から後ろに飛ばし(……というのは初めて見ました。今まで見たのはすべて後ろから前。しかし、烏帽子は正先ぎりぎりに見事に着地)、鐘の下に入って手を上げ立ち位置を確かめると足拍子三発の後に跳躍!ジャストのタイミングで鐘が落ちて、シテの姿は掻き消えました。

アイの二人は鐘が落ちる音に驚いて様子を見に来ると、鐘が煮えたぎっていて手の施しようがありません。例によって住僧への報告をどちらが行うかの押し付け合いがあり、とうとう覚悟を決めた山本東次郎師がワキの前に手をついて鐘が落ちたと報告したのですが、ここで何と!と大音声を上げた森常好師の迫力にアイのびびりようが実感できました。私の中では、森常好師というと初めて師を観た「自然居士」の怖い人買いのイメージトラウマのように残っていて、東次郎師が助かりや助かりやと橋掛リを下がっていったときにはこちらも胸をなでおろしたほどでした。

ともあれ、ワキはワキツレ二人に鐘の由来を説明し、数珠を取り出して戦闘態勢を整えるとじゃらじゃらと祈り始めます。鐘の中から鈸の音が響いてややあって鐘が引き上げられると、そこには赤頭(金春流の常の姿)に般若面、鱗文様の摺箔に黒地の縫箔を腰巻にし、唐織は背後に脱ぎ捨てた後シテ・蛇体。座ったままじろりと三人の僧を見上げる姿は鬼気迫り、ゆっくり立ち上がってから、おもむろにワキとのバトル。以下、舞台上から橋掛リまでを使っての戦いが続き、一度は鐘に肉薄して火を吹き掛けたもののワキに引き戻されて二度三度と崩れ落ち、シテはとうとう橋掛リを下がっていきます。鏡の間の中に飛び込んで膝をつく音を聞きながらワキは常座に立ち、勝利のポーズで留めました。

とにかく素晴らしい出来の「道成寺」でした。唐織は紅無、烏帽子は黒。他流で見られるような演出としての鐘の上げ下げや鱗落シ・柱巻キなどもなく、ついでに山井綱雄師がやった「斜入」でもない、赤頭を除けばいわば質実剛健・保守本流な演出なのですが、それがむしろ相応しいほどに正攻法で勝負した中村昌弘師の謡の美しさ、立ち姿の見事さと舞の滑らかさに惹きつけられた一曲でした。古風でやや地味な印象のある金春流ですが、こうした若手を輩出し続ける限りいつまでも応援したいものですし、中でも中村昌弘師の次の舞台が今から楽しみでなりません。

配役

能「乱 双ノ舞 シテ・猩々 森瑞枝
ツレ・猩々 岩松由実
ワキ・高風 野口能弘
主後見 櫻間金記
地頭 平友恵
藤田次郎
小鼓 鳥山直也
大鼓 國川純
太鼓 櫻井均
 
仕舞 「三輪」クセ 富山禮子
「善知鳥」 櫻間金記
 
狂言「福の神」 シテ 山本泰太郎
アド 山本則孝
アド 山本凛太郎
 
仕舞 「八島」 金春憲和
「遊行柳」 金春安明
「昭君」 金春穂高
 
能「道成寺」 前シテ・白拍子
後シテ・蛇体
中村昌弘
ワキ・道成寺住僧 森常好
アイ・能力 山本東次郎
アイ・能力 山本則俊
主後見 高橋汎
鐘後見 本田光洋
地頭 金春安明
一噌庸二
小鼓 大倉源次郎
大鼓 柿原崇志
太鼓 吉谷潔

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