松風 / 伊文字 / 土蜘蛛

2015/03/28

松濤の観世能楽堂がなくなり、銀座松屋の跡地にできる複合ビルに移転するという話は以前もここで記した通りですが、いよいよその日を間近にした「さよなら公演」となってしまいました。日替わりで上演される様々な演目の中で、私が抽選で当たったのは「松風」「土蜘蛛」です。

自宅からつっかけで行ける(本当につっかけでは行きませんが)距離の身近な能楽堂がなくなるのは悲しいことですが、これも仕方ありません。その代わり、この能楽堂の姿をできる限り目に焼き付けておくことにします。

松風

「熊野」と共に古来人気曲とされてきた「松風」は、古曲「汐汲」を観阿弥・世阿弥が改めたもの。在原行平に愛された松風・村雨の二人の海女の亡霊が主人公で、一場きりの単式能ながら、前半は諸国一見の僧の視点から須磨の浦での海女二人の汐汲の業を眺め、後半は正体を明かした海女の亡霊が行平への妄執の内に狂乱の舞を舞うドラマティックな展開となって、その境目に中入はないながらも舞台上がひっそり無音となる場面を置くことで複式夢幻能に似た構造となる独特の構成となっています。この曲を観たのは過去に一度きりで2008年のことですからずいぶん前になりますが、それでも印象は残っていたのですから、よほど感銘を受けたのでしょう。

行平は『伊勢物語』の主人公とされる業平の兄で、実際に須磨に蟄居させられた時期もあり、その故事が『源氏物語』の「須磨」を派生させていますが、Wikipediaの記事によれば松風・村雨の伝承は次のようなものだそうです。

姉妹は多井畑の村長の娘たちで、本来の名は「もしほ」と「こふじ」であった。須磨に汐汲みに出たところ、天皇の勘気を蒙り須磨に流されていた在原行平と出会い、「松風」「村雨」と名づけられて愛された。のちに行平は赦されて都に帰る際、松の木に形見の烏帽子・狩衣を掛けて残した。姉妹は尼となって行平の旧居に庵を結び、彼を偲んだという。

正先に松の作リ物が置かれて、笛を聞きながら登場したワキ / 旅僧(殿田謙吉師)は茶の水衣の旅僧出立。その深みのある声はよく通り、ごく薄く適度にエコーがかかっている感じで、あらためてこの観世能楽堂の音響の良さを実感しました。そしてすぐにアイ / 須磨の浦人との問答が始まるのもこの曲の変わったところですが、両人の問答の内に松ノ立木が松風村雨の墓標であるとの由来が語られ、ワキは近くの塩屋に泊まることにして脇座へ下がります。ここで錦色の汐汲車が目付柱の近くに置かれた後、ひときわ澄んだ笛に導かれていずれも賤の女であることを示す白い水衣のツレ / 村雨(藤波茂彦師)とシテ / 松風(梅若玄祥師)が現れました。妹の村雨の面は白く明るい小面(大和・作)、姉の松風の面は渋い色になった若女(河内・作)。いずれも江戸時代に打たれたものですが、松風の面は流儀によって若い小面の場合も大人の増女の場合もあるそうです。ここでの囃子は、脇能以外では「松風」だけで奏される真ノ一声。これに一ノ松と三ノ松で向かい合いながらじっと聞き入った姉妹は、やがて同吟で汐汲み車わづかなる、浮世に廻るはかなさよと橋掛リでの一声を謡います。まずここから、その美しくも重々しくシンクロした謡の力に引き込まれ、姉妹の姿から目が離せなくなりました。

舞台に進んだシテとツレは我が身の境遇をひとしきり嘆いて見せましたが、地謡の謡う詞章に応じてシテが眺める先にはあるいは夕暮れの海がどよもし、あるいは月が浮かぶようで、最小限の所作の中から我が身の寄る辺なさを嘆く海女の心情をしみじみと伝えてくる梅若玄祥師の描写力には圧倒されるばかり。やがて姉妹は気持ちを変えて、須磨の浦を眺めつつ汐汲みに興じます。寄せては帰る片男波、蘆辺の田鶴こそは立ち騒げと山部赤人の歌を引用して浜辺の情景を浮かび上がらせる地謡を聞きながら、シテは車に近づいて膝をつくと扇で月影と共に潮を汲み桶に入れる所作。梅若玄祥師は膝が悪いのか立ち上がるのが少し苦しそうでしたが、詞章はロンギとなって陸奥の千賀の塩釜、伊勢の二見の浦、尾張の鳴海潟などと名所尽くしの中にシテの灘の汐汲む憂き身ぞとと裏声に近い高音も用いた絶唱を差し挟む内に、ツレが車の長い引紐をとってシテの左手に渡すとシテの背後に寄り添うように立ちました。重なり合う姉妹の姿、そして月は一つ、影は二つ。空にかかる月は一つだが水に映る月影は二つだと言うのは、舞台上には水桶は一つしかないもののシテとツレの二つあるということなのかもしれませんし、行平一人に松風と村雨の二人が愛されたことの比喩なのかもしれません。シテは紐を引いて大小前に行きかかり、一度車を振り返り見てからさらに歩んだところで立ち止まって、紐をはなしました。

ここで舞台上は静寂に包まれ、後見が車を下げていきます。ここまでが原型の田楽「汐汲」に由来する部分で、その眼目は汐汲みの所作の面白さを舞台上に再現することにあったようですが、観阿弥はこの後に姉妹の行平に対する恋慕の物語を加えて「松風村雨」とし、さらに世阿弥が姉の松風のひたむきさに焦点を絞って「松風」へと改作したのだそうです。

大鼓の前で床几に掛かるシテ、その右後方に着座するツレ、そしてワキは宿を借りようと姉妹に呼びかけます。ツレがその言葉を引き取ってシテに問うものの、見苦しい塩屋であるから断るようにとシテはツレに命じ、これを聞いたツレはワキの重ねての求めにも聞く耳を持ちませんが、ここでシテからしばらくと深い声がかかりました。この短いやりとりの中に、合理的で白黒をはっきりつけたがる妹の村雨と、何事にも未練を残す性格の姉の松風の違いがわかって興味深いものがあります。シテが一度は断りながら前言を翻したのも、この後の詞章にあるように月の光にワキが世捨て人であることを見てとって、その供養を受ければ迷いから逃れられるかもしれない、というかすかな期待があったからなのでしょう。

塩屋に入ったワキが松風村雨の松を弔った旨を語ったところ二人の海女はシオり、不審に思うワキの問いに答えて松風と村雨の幽霊であると正体を明かすと、かつて行平が須磨に蟄居していた三年間を思い出します。都に戻った行平が程なく亡くなったということを聞いて、姉妹は行平への想いに心を乱し、しかもそれが身分不相応な恋であったために罪の意識に苛まれて、二人の霊は成仏できずに須磨の浦の松(=待つ)を離れられずにいるのでした。この正体を明かすクドキはシテとツレの美しい、しかし寂しさをこめた同吟。行平の都帰りを姉妹の掛け合いとし、ワキに向かって跡弔ひて賜び給へから地謡に詞章を引き継ぐと、ツレとワキは同時に立ち上がって位置を変え、シテ一人に焦点が当たる構図へと配置を転換します。あはれ古を、思い出づればなつかしやから始まるクセでは地謡に悲愴感が加わり、感情の高ぶりからか面をわずかに上げたシテの左手に後見によって行平が残していった金の烏帽子と紫地に金の枝垂藤文様の長絹(詞章では狩衣)が渡されて、シテは床几に掛かったまま長絹に見入り、持つ手に力をこめてから持ち上げてじっと見込みましたが、忘るる隙もありなんと、詠みしも理やではっと長絹を下ろして右手の扇で膝を打つ所作を見せてから、思ひこそは深けれとシオリました。形見を捨てようにも捨てられず、かと言って手に取れば行平の面影が思い出されて心をしめつけられるシテの苦しい心情を地謡が謡う内に、シテは形見の長絹を手に立ち上がって数歩、そこで伸び上がるように立ち止まると長絹を胸に抱いてから常座に戻り、両膝をついて長絹に頬ずりをするような所作を見せました。そして、ここで物着。囃子がアシライを奏する間に常座で後見二人がシテの水衣を脱がせ、長絹を着せ、烏帽子をつけさせます。

行平の形見を身につけたシテが着座のまま三瀬川絶えぬ涙の憂き瀬にも 乱るる恋の淵はありけりと謡うと、ここから舞台上は一気に緊迫感に包まれます。あらうれしやあれに行平のお立ちあるが、松風と召され候ぞとシテは松ノ立木を見て立ち上がり、姉の狂気に気づいたツレも立ち上がってシテの背後に回り両手を広げます。いで参らうと松ノ立木に駆け寄るシテ、その右袖に手を掛けて止め、姉の執心を必死に諌めるツレ。しかしその妹の理性も、待つとし聞かば帰り来んと行平は言ったではないかと姉から強く反駁された途端に崩れ去り、げになう忘れてさぶらふぞや、たとひしばしは別るるとも、待たば来んとの言の葉をと自身の執心の虜になって村雨は泣きながら地謡の前へ下がりました。

シテは二ノ松に進んでから舞台に戻り、ここから中ノ舞。行平と同化することを夢見て一心に舞うシテの心象が、見所にひしひしと伝わってきます。汐汲車の脇に立ち上がるときには膝が苦しそうに見えていた梅若玄祥師でしたが、いま目の前で舞うシテの姿は、亡き恋人に同化しようとする苦しみと喜びを共に舞の内に昇華させる若い女性そのものです。中ノ舞を終えて松ノ立木へ寄ったシテは、行平との再会を幻の内に見て松を抱くとなつかしやとシオリ。さらに高ぶる心を示す破ノ舞となり、松の前(見所側)をすり抜けて橋掛リまで進んでから一ノ松で松ノ立木を望み見る《見留》によって舞い納めます。舞台に戻ってきたシテは正気を取り戻し、ワキに合掌して弔いを頼むと常座で足拍子。一ノ松から扇をかざして彼方を眺めた後、これも《見留》によって脇留となりシテはツレと共に下がっていきました。そして夢から覚めたワキは、吹く風の音を聞きながら松ノ立木に合掌し、常座で留拍子を踏みました。

伊文字

このところ「吹取」「因幡堂」と続いている感のある嫁取りもので、今回は嫁をもらおうとする主人が中村修一師、その供をする太郎冠者が野村萬斎師。野村萬斎師は頭をイガグリにしていてずいぶん印象が違います。しかし、シテは主人でも太郎冠者でもなく、後から出てくる前シテ / 女と後シテ / 使いの者の野村万作師で、一人の演者が二役をこなす狂言としては珍しい構成です。そして、「吹取」ではお多福面の女、「因幡堂」では恐妻がいずれも小袖を被いてなかなか正体を現さないところから生じる男の側のどたばたが笑いの眼目でしたが、この「伊文字」では女の登場はごくわずか。その後にたまたま通りかかった使いの者が迷惑がりながらも歌の謎解きに尽力するさまが見ものです。

例によって清水寺で嫁取りの願掛けをした主従。西門に行けば妻を得られるとの霊夢を授かり、いそいそと西門へ向かう歩行の態で舞台を廻ると、一ノ松にやってきたのが紅の小袖で顔を隠した女がいます。脇座で待つ主人の命で常座あたりまで出向いた太郎冠者が「霊夢の方か?」と問うと、女は無言のまま大きく二度頷きました。これを見た太郎冠者は主人に復命して二人で大喜び。さらにどこに住んでいるのかと尋ねると、

恋しくはとうても来ませ伊勢の国 伊勢寺本に住むぞわらわは

この歌を残して女はすたこらさっさと揚幕の内に消えてしまいました。困ったのは太郎冠者で、「恋しくはとうても来ませ ……」までは聞き取れたものの後はぐじぐじ言っていてわからない、と主人に言い訳します。さて、どうするか?ここで知恵者の太郎冠者は関所を設けて通行人に歌の続きを解明させようと奇想天外な提案をします。この太平の世に関所なんか作っていいのか?と驚く主人でしたが、鳥目(お金)を取るのではなく歌関だから大丈夫!という太郎冠者に納得。舞台前面の向かって左に太郎冠者が立ち、右に主人が床几に掛かって間に朱の紐を渡して関を作りました。

ここへ笠をかぶった後シテがひょこひょことやってきましたが、主従の間を通過しようとしたところでさっと紐を上げて「関じゃ関じゃ」。最初は驚いた後シテでしたが、太郎冠者から経緯を聞かされてとりあえず安堵します。しかし、直接聞いた太郎冠者がわからないものを自分がわかるはずなどあるものか、と至極もっともな台詞を残して去ろうとする使いの者に慌てた主従は紐を上げ下げして通せんぼをし、ついに使いの者も諦めて協力することにしました。脇正に使いの者、脇座・狂言座側に主人と太郎冠者と別れて、おもひもよらぬ関守に仲人するぞおかしきと次第を謡うシテ、おかしき〜と地取する主従。ここから「い」で始まる国の名を謡で挙げていくのですが、「伊賀の国のことぞかし」「それにては候はず」「出雲?」「NO」「尾張」「それは『お』」と埒が明きません。うーん、と考え込んだシテでしたが、どうやら閃いたらしく明るい顔になって「伊勢の国のことぞかし」。それであったと主従は大喜びをして歌を吟じてみることにしますが、「恋しくはとうても来ませ伊勢の国 ……」とまたも詰まってしまいました。今度は里の名であろうと見当をつけた使いの者は、「井浦」「櫟本」と候補を挙げては違うと言われ、すっかり悩み込みながらぐるぐる回ったりぴょんぴょん左右に跳んだりどたどたと歩いて回ったり。最初は迷惑がっていたはずのシテが謎解きの面白さと苦しさにはまってしまうさまが笑いを誘いますが、同時にこのところ体調を心配されることもあった野村万作師がこれだけの身体表現を軽やかに見せてくれることに安堵もさせられました。

遂に「伊勢寺本」であることを突き止めたシテは、そうであったと喜ぶ主従にまず吟じてみさしめと確認を促して、間違いないことが分かると、さらばいとま申さんと別れを告げます。ここから謡の調子となって、恩人となった使いの者との別れに名残惜しさを隠せない主従に対しシテは山の端に沈もうとする日を示して見せ、最後はシテが掛け声と共に常座に膝をついて留めました。

土蜘蛛

独吟、仕舞、そして宗家による重厚な舞囃子を経て、最後は派手な立ち回りが見どころの「土蜘蛛」です。こちらは2010年にやはりこの観世能楽堂で観ており、ここで細々と筋を追うことはしませんが、この機会に蜘蛛の糸が何発投げかけられたかを追いかけてみることにしました。

前場ではその存在が謎めいている胡蝶の次第浮き立つ雲の行方をやや、これと入れ替わるように一ノ松に登場するダークな出立の前シテ / 怪僧(観世恭秀師)の憎々しげな月清き夜半とも見えず雲霧のかかれば曇る心かながいずれも蜘蛛を掛けた詞章でツレ / 源頼光(武田志房師)を心理的に追い込み、これに病身ながらもさすが武士の頼光が気迫をもって対峙すると、舞台に進んだシテは糸を投げかけます。まず二発が見事に放物線を描き、頼光が小袖を跳ね上げて霊剣を抜くとさらに一発。頼光が一畳台から跳び降りて刀を振るいつつシテと交差すると、シテは台の上に乗って振り向きざまに一発、もう一度舞台上で左右から交差し脇正からまたも一発。ここまで4発を投げたシテは、後見座に後ろ向きに下居して「失せにけり」ということになりました。橋掛リで僧を見失った態の頼光が脇座の台へ戻ろうとするのをやり過ごして揚幕へ下がろうとしたシテは、そこへ出てきた素袍白大口も凛々しい独武者(福王和幸師)とばったり向かい合うことになり、息を詰めて互いの間合いを測りながらゆっくりすれ違ったところで、突如背後から独武者へ糸を一発。直ちに反撃に移ったワキに対し幕の中からもう一発投げて幕が下されました。

これが歌舞伎なら黒衣が糸を片付けて舞台上をきれいにするのでしょうが、ここでは頼光は糸に巻かれたまま。そして頼光から大蜘蛛に襲われた顛末を告げられた独武者と頼光とは、足に巻き付いた糸のかたまりを引きずったまま前後して下がっていきましたが、特に足元をふわふわのブーツ状にした頼光のおかげで舞台の上は後見の手を煩わせることなくきれいになってしまいました。

ささがに二匹のユーモラスな間があり、彼らが賑やかに下がって行くと一畳台が下げられて塚の作リ物が引き出されてきました。そして鋭い笛!鉢巻を締め金キラの上衣、白大口の独武者を先頭に三人の武士が橋掛リに登場しました。朗々と名乗りをあげ、舞台に進んで塚を囲むと地謡・囃子方とも高揚し、ここに塚の引き回しが外されて中に蠢く後シテ / 土蜘蛛の精の姿が現れました。室町時代から伝わるインパクト十分の黒癋見面(徳若・作)を掛け、小書《黒頭》により黒髪も禍々しい後シテは塚の全面の蜘蛛の巣をばりばりと破って出てくると、まずワキに妖気を吹きかけるように糸を二発。これに一度はたじろいだワキでしたが、起き上がって刀を抜いて打ちかかるとシテはさらに一発。舞台上で交差して右から二発、橋掛リに逃れようとして待ち構えている独武者とすれ違い、ここで膝をついて下から一発、舞台に戻って取り囲まれてまた二発。この間に何度も刀で打ちかかられてシテはぐるぐると回転すると、断末魔の二発を両手から真上に見事に投げ上げて、がっくりと崩れます(以前観たときは仏倒れでしたが、それはなし)。最後になぜか切戸口の方へ逃れようとするシテを塚の後ろにいる後見が腕を伸ばしてつかまえて塚の中へ押し込むと、ワキは刀を肩に構えた勝利のポーズで常座に立ち、終曲を迎えました。

結局、前半6発・後半10発の糸が投げられ、その内最後の立ち回りの中での一発がやや不発気味であったものの、残る15発はどれも美しい放物線を舞台上に描くことに成功していました。夢幻能の幽玄とは対極にあるような派手な曲ではありますが、これもまた、この能楽堂の締めくくりを飾るに相応しい曲であったと言えるかもしれません。

「さよなら公演」はこの後、29日「道成寺」「石橋」、30日「翁」「鶴亀」「猩々」をもって全てのプログラムを終えることになります。松濤の観世能楽堂は1972年に建てられ、その後40年以上を経過して老朽化が進んでいる上に耐震性にも不安がある上に、住居専用地域で建て替えも難しいことから、銀座の松屋跡地に建てられる複合ビルに移転するとのこと。開場は2016年秋が予定されており、この能舞台もそのまま移設されるのだそうです。自宅から歩いて行ける距離にあったこの能楽堂の閉鎖は残念ですが、もともと江戸時代には幕府お抱えの能楽師たちは銀座界隈に居を構えていたそうですから、旧に復したと見るべきなのかもしれません。今は、来年秋の再開を楽しみに待ちたいと思います。

配役

能「松風 見留 シテ / 松風 梅若玄祥
ツレ / 村雨 藤波茂彦
ワキ / 旅僧 殿田謙吉
アイ / 須磨の浦人 高野和憲
一噌庸二
小鼓 幸正昭
大鼓 安福光雄
主後見 木月孚行
地頭 野村四郎
狂言「伊文字」 前シテ / 女
後シテ / 使いの者
野村万作
アド / 主人 中村修一
アド / 太郎冠者 野村萬斎
独吟 弱法師 阿部信之
仕舞 淡路 今井泰介
敦盛クセ 小川博久
草子洗小町 松本尚之
阿漕 北浪昭雄
舞囃子 観世清和
能「土蜘蛛 黒頭・ささがに 前シテ / 僧
後シテ / 土蜘蛛の精
観世恭秀
ツレ / 源頼光 武田志房
トモ・頼光ノ従者 小早川修
ツレ / 胡蝶 津田和忠
ワキ / 独武者 福王和幸
アイ / ささがに 深田博治
アイ / ささがに 高野和憲
藤田次郎
小鼓 幸信吾
大鼓 亀井実
太鼓 金春國直
主後見 武田宗和
地頭 山階彌右衛門

あらすじ

松風

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伊文字

未だ定まる妻を持たない主人は、神仏に縋って妻を授かろうと思い立ち、太郎冠者を伴って清水の観世音を参詣する。「西門に立つ女こそ似合いの妻である」とのご霊夢を受け、さっそく西門へ行くと確かに女が佇んでいた。太郎冠者が女の住まいを尋ねると女は和歌で返答してさっといなくなってしまい、歌の句に詠まれた「い」の字の付いた国や里の名が思い出せずに困った太郎冠者と主人は歌関を設けることにする。この関に止められた通りがかりの使いの者は「い」で始まる国や里の名前を次々に上げて、ついに「恋しくはとうても来たれ伊勢の国 伊勢寺本に住むぞわらわは」であったことがわかって三人で喜ぶ。

土蜘蛛

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