悪坊 / 邯鄲

2014/11/27

午後の仕事を休んで第12回ユネスコ記念能、狂言「悪坊」と能「邯鄲」。場所は宝生能楽堂です。今回は競演「年代別」「合舞」二つのテーマで送る各流立合公演と題されていて、14時開演の昼の部は年代別競演で、「邯鄲」を各流が、しかも年代を分けあって演じるというもの。19時開演の夜の部は合舞競演で、「二人静」「小袖曽我」をシテ・ツレによる仕舞で見せて、最後は「大瓶猩々」で締めるという企画です。

配布された解説にシテ方五流の特徴が記述されていた(筆者は法政大学能楽研究所兼任所員・中司由起子氏)ので、それを引用してみます。

観世流
謡本の節付表記が詳しく、繊細華麗な謡と優美な舞で、特殊演出の数が多く演出も洗練された印象。
宝生流
「謡宝生」とも言われ、謡文句の生み字を大事に扱うことや、装飾的な高音を謡うといった独特の謡技法がある。
金春流
五流の中でも古い歴史を持ち、雄渾な謡・舞の印象。謡で低音から音階を上げる際に、途中の中間音を経ずにダイレクトに高音を謡うこともあり、旋律の響きが力強く感じられる。
金剛流
「舞金剛」の通称があり、流れるような印象の舞や謡の文句に即した大胆な所作が特色。
喜多流
能が幕府の式楽になってからの成立のためか、剛健でメリハリの効いた謡と舞の印象がある。

さて、最初に金春流の井上貴覚師が舞台に立って、手元のカンニングペーパーを見ながら解説。立合公演とは、かつては文字通り芸の優劣を競うものであったが、今ではお互いの芸を磨く舞台。それでもやはり緊張するものとのこと。また、この昼の部は「年代別競演」となっているので、芸の年輪というものを感じてほしい、という話でした。

続いていよいよ競演は、「邯鄲」の同じ箇所(何時までぞ、栄華の春も、常磐にてから眠りの夢は、覚めにけりまで)を仕舞で次々に舞うというもの。最初の宝生流・高橋憲正師が三十代、ついで金剛流・廣田幸稔師が五十代、喜多流・塩津哲生師が六十代、最後の観世流・野村四郎師が七十代です。なるほどこうしてみると、確かに流儀の違いがよく分かります。とりわけ金剛流は、月を見たり雪を見たりと写実的な所作が多く、足拍子の多用と流れるような舞は「舞金剛」の名の通り。かたや観世流はシテ自身がよく謡い、地謡も力強く、謡の重厚さ・気迫のようなものをひときわ強く感じました。

悪坊

狂言「悪坊」は、酒に酔って出家に絡んだ悪坊が、翌朝目覚めたときに出家によって長刀や刀、小袖を奪われ、その代わりに自分が出家の姿をさせられていることに驚きつつ、これは釈迦か達磨が出家に姿を変えて現れ、自分に改心しろと言っているのだと思い込んで仏道の修行の旅に出て行くというもの。シテ・悪坊(山本泰太郎師)のフラフラの酔っ払いぶりは見ものでしたが、アド・出家(山本則孝師)の芸風は生真面目一方なものなので、ドタバタ劇として見ようとすると可笑しみに欠けるきらいがあります。また、前に観たときにも結末の抹香くささが鼻についたのですが、しかし、ここでシテが思いよらずの遁世や、小袖にかえしこの衣。刀にかえしこの助老と謡う姿を見ながら、この狂言が番組に組み込まれている理由が理解できました。すなわち、これは夢から覚めた主人公が悟りを得るという話であり、「邯鄲」の主題と共通性があるからなのです。

邯鄲

「邯鄲」を初めて観たのは、昨年の8月のこと。そのときは観世流で、クライマックスの一畳台への飛び込みは比較的おとなしいものでしたが、それでも主人公の盧生の夢から覚める瞬間のダイナミックな舞台転換に強烈なインパクトを感じたことから、ぜひ他流での「邯鄲」を観たいと思っていたことが、この日午後の仕事を休んでまでも能楽堂へ足を運ばせた理由でした。しかもシテは、金春流・山井綱雄師。非常な期待をもって、この日を迎えたのですが、その期待は完全に満たされることになりました。

狂言口開から、厳しいヒシギと力強い大小の鼓。シテ・盧生(山井綱雄師)は黒頭に美しい緑と金の法被・半切、掛絡を首から提げ、手には唐団扇、面は邯鄲男。次第浮世の旅に迷ひ来て 夢路をいつと定めんは常座で謡われ、宿の案内を乞う台詞は舞台から橋掛リの向こう、揚幕に向かってなされました。これに対し、狂言座に控えていたアイ・宿の女主人(野村太一郎師)は一ノ松に立って応対した後、シテを伴って舞台に戻ると大小前に鬘桶を出してシテを座らせ、自らは目付に着座してシテと問答を行いました。このように狂言方がワキ以上の大きな役割を担う点が、この曲の大きな特徴です。

アイの案内によって部屋に入ったシテが邯鄲の枕をしげしげと打ち眺め、やがてごろりと横になったところへワキ・勅使(舘田善博師)が歩み寄って一畳台を扇で叩くところから、夢の世界へ移り進みます。夢の中で帝位を譲られたシテは輿に乗って楚の国の宮廷へ移り、オレンジの屋根の引立大宮に再び入ると、金の風折烏帽子に緑の長絹、白大口姿も凛々しい子方・舞童(山井綱大くん)と三人の狩衣姿のワキツレ・大臣たちが登場。言上しようとする大臣の一人を迎えるシテの姿ににも口調にも、既に帝王の威厳が備わっていました。

舞童の扇から唐団扇へ酒を受けるシテ、とてもメロディアスな謡に乗った舞童の舞。右肩を脱いだシテは、舞童の舞に続いて一畳台の上に立ち上がり、〈楽〉を舞い始めます。引立大宮の影の中でゆったりと舞うシテは夢のものとも現のものともつかぬ幻想的な姿でしたが、そのうち足拍子を繰り返すと共にテンポアップ。そして、一畳台の縁まで進んで大臣たちを見下ろした後、はっと左足を落とす「空下リ」で時間を止めると、いったん台の後ろに腰掛けて間をとった後、舞台の中央に進んで、あらゆる束縛から逃れたもののように激しく舞い出しました。足拍子の鋭さ、袖を開いた姿の大きさ、流れるような回転。囃子方も最高潮となり、地謡の詞章も時の進み方が加速してゆく様をダイナミックに謡って、遂にクライマックス。あっという間に切戸口へと消えてゆく子方とワキツレたち、そしてシテは橋掛リを奥へと進み、三ノ松から方向を転じると一気に舞台に駆け込んで一畳台に肉薄。一瞬立ち止まって左袖を高々と巻き上げた次の刹那、台の外から跳躍したシテは空中で身体を捻って横臥の姿勢で台上に見事に着地しました。そこへ、これも完璧なタイミングで狂言座から舞台へ戻ってきたアイがやってきて、扇で一畳台を二打ち。

先ほどまでの高揚が嘘のように消え去り、舞台上を覆う静寂。やがて呆然自失の態で起き上がったシテは、五十年の栄華も粟飯を炊くほんのわずかの間のことであったことを知り空しい面持ちで常座へ向かうものの、よくよく思へば出離を求むる、知識はこの枕なりと一畳台に戻り、枕を抱え上げてありがたやと捧げ持ちます。最後にシテは枕を置き、常座で両手を広げると後ろを向いて留拍子を踏みました。

山井綱雄師は、このユネスコ能で他の流派の名人たちを前に置いて金春流を代表して「邯鄲」を舞うことに、強い思い入れをもっていたようです。その思いの強さが100%出た舞台で、あれ以上は、今の自分には出来ませんと自身のブログに書く程の完全燃焼。一畳台の上や舞台上で舞うあらゆる瞬間にシテの気迫が窺えましたし、クライマックスのアクロバティックな飛び込みも、技巧を超越した魂の爆発のようなオーラの輝きを感じました。そして、全体を通して主人公の起伏の大きな心情の移ろいと最後の救済とを詞章に乗せた謡の見事さもまた特筆もの。私の中で、長く記憶に残る舞台となるであろうことは間違いないと思われます。

配役

仕舞 邯鄲(宝生流) 高橋憲正
邯鄲(金剛流) 廣田幸稔
邯鄲(喜多流) 塩津哲生
邯鄲(観世流) 野村四郎
 
狂言(大蔵流)「悪坊」 シテ・悪坊 山本泰太郎
アド・出家 山本則孝
アド・宿主 山本凛太郎
 
能(金春流)「邯鄲」 シテ・盧生 山井綱雄
子方・舞童 山井綱大
ワキ・勅使 舘田善博
ワキツレ・大臣 大日方寛
ワキツレ・大臣 野口能弘
ワキツレ・大臣 御厨誠吾
ワキツレ・輿舁 則久英志
ワキツレ・輿舁 森常太郎
アイ・宿の女主人 野村太一郎
主後見 本田光洋
地頭 高橋忍
斉藤敦
小鼓 田邊恭資
大鼓 白坂信行
太鼓 前川光範

あらすじ

悪坊

→ [こちら

邯鄲

→ [こちら