酢薑 / 海士

2014/04/18

国立能楽堂の定例公演で、狂言「酢薑」と能「海士」。

この日は雨模様で肌寒い夕方でしたが、さすがに4月、ずいぶん日が長くなってきました。

酢薑

摂津国の薑(生姜)売りと和泉国の酢売りとがお互いの商売物の自慢をし合う、という話の発端は「膏薬煉」と似ていますが、こちらは売り物が違うので商品の効能そのものではなく秀句(軽口・地口・洒落など)によってどちらが売り物の司であるかを勝負しようとし、しかも相手の秀句の面白さについ笑ってしまって和気藹々となるところが楽しい曲です。

最初に出てきた薑売り(石田幸雄師)は、先端に藁苞(中に薑が入っているという設定なのでしょう)を下げた棒を肩にかけ、都での商売で今年もたくさん売れるといいが等と言いながら舞台を回って脇座に着座します。ついで登場した酢売り(三宅右近師)が肩に掛けた棒から下がっているのは竹筒。都に着いて早速「和泉酢は召さぬか、酢買う酢買う」などと酢を売る呼び掛けを始めましたが、これに腹を立てた薑売りは酢売りを怒鳴りつけました。目代に怒られたかと思っていったんは常座に平伏した酢売りでしたが、相手が薑売りだと聞いて態度を改めます。しかし薑売りは、自分の許しなく商いをしてはならない、自分の先祖は参内して商人あきうどの司を頂戴しているからと相変わらず高飛車ですが、酢売りも負けずに同じ由緒を主張して、系図(由緒)比べをすることになりました。まず薑売りは「からく天皇」の御時に呼ばれて唐橋を渡り唐門を入って……と薑の辛さに掛けた「から」を台詞に織り込んで商人の司を賜った由来を滔々と述べれば、酢売りの方も推古天皇の御時に呼ばれて簀の子の縁に畏まると御簾の内より……と「す」尽くし。これでは勝負がつかないので、秀句をもって競うことにしようと薑売りが提案すると、秀句が得意な酢売りはしめしめとほくそ笑んで、この提案に乗ることにしました。

ここから、二人であちこちを巡っては駄洒落合戦になるのですが、ここでも薑売りが「から」を詠めば酢売りは「す」で返します。まずは「身共から参ろう」「この通りをまっぐ行こう」と初手から相手の秀句に大笑い。遠くの木を眺めて「あれは唐(から)松そうな」「そばに杉(ぎ)の木もある」「唐(から)草ではないか」「すいかずらでおりゃる」、店の前に立って「唐(から)物店に着いた」「数寄(き)屋道具もある」、五条の橋から川を渡る人を見下ろして「からげて渡る」「裾(そ)を濡らすまいためであろう」等と、場所を変えながら延々と秀句が続くのですが、二つ三つ秀句を言い合っては、相手の秀句に感心して二人で大笑い。「膏薬練」のような目を吊り上げての真剣勝負ではなく、二人で散歩と秀句を楽しんでいる様子に見所にも温かい空気が漂います。

これでは埒が明かないがどうしたものかと問う薑売りに対し、昔から酢薑といって酢と薑はつきもの、和談にして相商いにしようと思うがどうかと酢売りが提案すると、薑売りも文句なく、二人で売り言葉の練習をして明日からの相商いを約束します。最後に蓼湯とて何とて辛くなかるらん 梅水とてもすくもあらばやと上下を分け合って、二人でめでたく笑イ留。何とも晴れやかな、楽しい曲でした。

しかし、このように舞台上で留められたときの狂言師の姿ほど不思議なものはありません。つい今までそこにいた陽気で能天気な薑売りと酢売りの姿は終曲とともにすっと消え失せ、その表情からすべての人格を消して静かに舞台から去って行くのですから。

海士

5年前に角寛次朗師のシテで観て強い印象を受けたこの曲を、今日は浅見真州師のシテで。

次第の囃子と共に現れた子方・房前大臣(谷本悠太郎)、ワキ・房前の従者(福王茂十郎師)およびワキツレ二人。子方は頭上に金の風折烏帽子をかぶり、緑の直垂に金の蜻蛉をあしらって白大口出立です。次第出づるぞ名残三日月の都の西に急がんを聞き、重厚なワキの台詞に続いて房前の大臣とは我が事なりから始まる台詞をきりりとした顔つきとよく通る声で見事に謡って、ワキの道行につなぎました。

一声のひえびえとした笛と共に登場した前シテ・海士の面は白々と生気を失った深井、長い黒髪を垂らし、灰色の水衣を着て腰蓑を巻き、右手に鎌、左手に海松藻。一ノ松で一声海士の刈る、藻に栖む虫にあらねども、われから濡らす袂かなを謡い、さらにサシと下歌を謡って舞台へと進んだところでワキとの問答となりました。海士ならあの水底の海松藻を刈って欲しい、水底に映る月を見るためにと頼まれたシテが、かつて明珠をこの沖の龍宮から取り戻すために潜ったことがあると語ってワキを驚かせるところから舞台上の空気は一気に緊迫してきます。面向不背の珠の由来、房前の大臣の名乗りと賎しい身とは言え母の恩愛を大事と思うと地謡に謡わせる上歌、その言葉に涙を流しながら喜ぶ海士の心情を謡うクセと続いて、ワキの求めに応じてシテは珠を海中の龍宮から取り戻すさまを再現します。この玉ノ段、もとよりこの曲の最大の見どころですが、浅見真州師のこれ以上ない迫真の舞には、本当に息を飲みました。

ワキの求めに対しさらばそと擬うで御目にかけ候ふべしと語ったシテは、わずかの間を置いて正面を向くと、次の瞬間その時海士申すやう……とすっと過去の自分に遡り、我が子のために命をかけて珠を取り戻しに海に身を投じます。鎌を持って舞台上をくるくると回り、橋掛リに出て欄干越しに海底を覗き込む姿。やがて舞台に戻って龍宮に入り、中の様子を見渡すにつけても自分の命は助かりそうもなく、脇正を眺めやって波の彼方に我が子(房前)や愛しい大臣(房前の父)の姿を思う姿は涙を誘います。しかしシテは心を決めて合掌し、龍宮の中に飛び入る様を飛び上がって坐り膝で進む形で示すと珠を掬いとって逃れようとしますが、龍神たちに追いつかれます。ここでかねて覚悟の如く鎌で胸乳の下をかき切り珠を押し込めると、左足を高く上げて一気に坐りこむ形。死人を嫌う龍宮の習いに龍神は近づくことができず、その隙に縄を引いて地上の人々に引き上げてもらい、海士の姿は海上に浮かび出ました。

ここで囃子の演奏は止まり、静寂の中に苦しい息の海士は珠を大臣に渡して我が子の立身を願うと、ここで時制は現在に戻り、珠の奪還の様子を再現した海士は房前の母の幽霊であると正体を明かしました。そして、懐から扇を出して子方に渡してから我が子と別れがたい風情を示して数歩後ろずさると、下居し面を伏せてふっと気配を消し、笛に送られつつ中入しました。こうした、シテによる時制と存在感の自在な押し引きこそは、まさに能の能たる所以でしょう。

間狂言の後に出端の囃子で登場した後シテ・龍女の姿は、泥眼・龍戴に白銀の舞衣(亀甲梅、車、三巴紋)、紫地に金紋の大口。経巻を開いて地謡との掛け合いで読んだ後、《懐中之舞》の小書によりこれを巻いて懐に入れて早舞となりました。最初に扇を前に構えて半身となった姿が凛々しくも美しく、ついで囃子に乗って最初はゆったりした舞が舞われましたが、橋掛リを揚幕の前まで進んでから戻って来るときに大小の激しいユニゾンとなって囃子方がヒートアップを始めます。最後はスピーディーでダイナミックな舞が舞われ、経巻を胸から取り出して子方に渡したところで早舞が終わります。そして、キリの地謡を聞きながら舞い納めたシテは常座で留拍子を踏んで、大きな余韻の内に一曲を締めくくりました。

なお、プログラムの解説の中でも言及されていましたが、野田秀樹の「ザ・ダイバー」はこの「海士」に題材をとったもの。ただし、ダイヴするのは主人公の女性ではなく、その女性の心理分析を行う精神科医であるという点がポイント。この「ザ・ダイバー」は、これまでに観てきたNODA・MAPの演劇の中でも一二を競う出色の作品であったと、私は思っています。

配役

狂言(和泉流)「酢薑」 シテ・酢売り 三宅右近
アド・薑売り 石田幸雄
 
能(観世流)「海士 懐中之舞 前シテ・海士
後シテ・龍女
浅見真州
子方・房前大臣 谷本悠太郎
ワキ・房前の従者 福王茂十郎
ワキツレ・従者 村瀨提
ワキツレ・従者 矢野昌平
アイ・浦人 高澤祐介
主後見 清水寛二
地頭 浅井文義
松田弘之
小鼓 観世新九郎
大鼓 河村大
太鼓 観世元伯

あらすじ

酢薑

摂津の国の薑(生姜)売りが京都へ商売に行く途中、和泉国の酢売りと出会う。二人は互いの商売物の由緒正しさを言い争ったあげく、どちらが売り物の司であるか秀句によって勝負をつけようと秀句争いを繰り広げるが、互いの秀句の見事さに感心し、しまいに一緒に商売をしようと意気投合して笑い合う。

海士

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