痩松 / 夜討曽我

2013/12/14

快晴の土曜日、国立能楽堂の普及公演で、狂言「痩松」と能「夜討曽我」。

まずは林望先生の解説があって、そのお話の内容を箇条書きにすると、こんな感じ。

痩松

「痩松」とは山賊言葉で略奪品がないこと。反対語は「肥松」。丹波の国の山賊は、頭巾に長い黒髭、長刀を手にしていかにも山賊という出立ちで現れ、舞台上をぐるぐる回りながらこの言葉の解説をした上で、獲物を待とうと脇座で待ち構えることにします。そこへ里親から呼ばれた女が頭上に錦の袋を載せておずおずとした様子を示しながら通りがかったので、しめしめと立ち上がった山賊は女を呼び止め、あれこれいちゃもんを付けた末に長刀で脅しました。袋を舞台中央へ捨てて女が二ノ松まで逃げたあと、山賊は大喜びで長刀を常座に置き、正中で袋の中身を吟味し始めましたが、帯は娘に、小袖は女房にやろう、鏡を見て我ながら気味の悪い顔じゃ、などと呑気に独り言を言っている内に近づいてきた女に長刀を奪われてしまい、ここで立場が逆転します。

慌てた山賊は「あぶない、あぶない」と言いながらあの手この手で宥めすかそうとしますが、聞く耳を持たない女は袋を取り返し、山賊が密かに懐に忍ばせた帯も目敏く見つけて返させると、脇差しもよこせ、羽織もよこせとエスカレート。この頃になると、目付柱の近くに長刀片手に仁王立ちになる女の形相は恐ろしく、まるで大魔神のように見えました。かたや、すっかり圧倒された山賊は言われるままにおずおずと脇差しや羽織を差し出すのですが、受け取る女が「うおりゃ!」と掛け声もろとも長刀で山賊の腕を切り離そうとするので、そのたびに大慌てで「あぶない!」(勘弁してくれよ……)と引き下がり、その情けない様子に見所から笑い声が絶えませんでした。最後に頭巾をとらせて山賊の顔を覗き込んだ女が意気揚々と下がってゆくのを山賊が追って、終わり。

夜討曽我

次第の囃子に続いて、シテ / 五郎(岡久広師)、ツレ / 十郎(武田宗和師)、ツレ / 団三郎、ツレ / 鬼王が登場。曽我兄弟の出立ちは直面・侍烏帽子・掛直垂(十郎は波と千鳥紋、シテは蝶)・手には弓と矢、団三郎と鬼王は素袍上下です。次第はその名も高き富士の嶺の御狩にいざや出でうよ

十郎のダミ声で頼朝が催す富士の巻狩に向かう旨が述べられ、着キゼリフを受けて十郎は脇座で床几に掛かり、シテは後見座へ。それぞれ弓矢を扇に替えて、ここから囃子方の沈黙の内に濃密な台詞劇が展開します。まず十郎が弟のシテに対して頼朝の威光の中で自分たちの陣幕のみすぼらしさを嘆いてみせると、シテは頷きながらもさてかのあらましは候。「あらまし」とは何か?と呑気に問う兄にシテはあら御情けなや、我等は片時も忘るる事はなく候、かの祐経が事候ふよと早くもキレ気味です。なるほどリンボウ先生の言う通り、この兄弟の関係は歌舞伎の「寿曽我対面」や「助六」と通じるものがあります。ともあれ、シテの言うままにこの日夜討を掛けることにした十郎は、鬼王か団三郎のどちらかに故郷の母へ形見を届けさせようとアイデアを出し、シテも同意。ただし一人だけ故郷へ帰れと言ってはあれこれ言いそうだから二人共に帰すことになりました。というわけで、後見座に控えていた二人を呼び出し、まずは十郎がこれから命じることに同意か否かと聞きました。そんな、どういう命令かもわからないのに同意するかしないかと聞かれても部下の身ではNOとは言えないんじゃないのか?と思いつつ見ていると、団三郎は当然「御意に背くことはありません」と回答します。そこでかくかくしかじか、ついては形見の品を持って故郷へ帰ってもらいたいと十郎が話すと団三郎はびっくり、御意も御意にこそより候へと前言を翻してそういうことなら真っ先に討死にさせてほしい、故郷に帰るなどできないと反論し、鬼王もこれに同意。困った十郎がなう五郎殿あれを御帰し候へと助けを弟に求めたところ、乱暴なシテは「そう言うと思ったから最初に同意するかと聞いたのではないか!」とまたキレて腰の刀に手を掛け二人に迫りました。その勢いに気圧された団三郎と鬼王が罷り帰らうずるにて候と答えるとシテはおうそれにてこそ候へ(〔意訳〕最初からそう言えばいいんだよ!)、そして十郎に向かって「帰ると言っています」と復命。ところが団三郎と鬼王は二人でひそひそ話し合い、帰るのは本意ではないし帰らなければ御意に背く、ここで刺し違えて命を捨てようと覚悟の目付きで肩を脱ぎ互いに手を掛けました。さすがに驚いたシテがああ暫く、これは何としたる事を仕り候ふぞと割って入り、ここからは十郎が、まずは心を静めて聞け、今夜祐経を討って我々も死んだら誰が故郷の母にそのことを伝えるのか、と条理を尽くして説得しました。これを聞いて団三郎・鬼王はようやく形見を預かることに同意しますが、不覚の涙にシオリを見せ、そしてこの地謡でようやく囃子方が復帰しました。

クリ・サシが手短かに謡われて、地謡のクセの内に十郎が文を取り出すと団三郎が近づいて扇に受け、同様にシテが房のついた守袋を取り出して鬼王が扇を持って受け取って、二人はシオリの形のままに橋掛リを下がってゆき、これを舞台上から見送った十郎とシテも、遂にシオリの形を見せました。十郎の出番はここまでですが、前場ではむしろ十郎の存在感が大きく、後場の五郎と共に両シテと言ってもいい感じ。ちなみに、この曲にはワキが登場しないのも特徴的です。

小鼓と大鼓が交互に打つ早鼓の内に中入となり、鼓の音が徐々に大きく、またテンポもどんどん速くなっていく中に登場したのがアイの吉備津宮の神官・大藤内(野村万蔵師)。烏帽子は曲がり、帯も手に持ったままのだらしない女装、手には太刀のつもりで尺八を持って「助けて下され」と逃げ込んできました。一緒に入ってきた狩場の者に工藤祐経が討たれた一部始終をおろおろと語って聞かせましたが、これを聞いて狩場の者は臆病な大藤内をからかってやろうと「肩先が薬研ほど切り下げられている!」。大藤内はこの言葉に自分は死ぬのか……とがっくりきますが、狩場の男に嘘じゃと明かされてほっと一息です。狩場の者はこれに飽き足らず、大藤内を討ちに来る者がいるかのような大声をあげて大藤内を震え上がらせ、かくまってほしいと懇願する大藤内を尻目に大笑いで、時折猫だましのように手を打ちながら揚幕へと下がっていきました。

一声と共に古屋、五郎丸、侍二人が登場。全員が明るい色彩の厚板・白大口と鉢巻、そして先頭の古屋のみ側次を着ています。早笛と共に装束を改めたシテが右手に太刀、左手に松明を持って現れ、一ノ松で四方を見渡しながら十郎殿十郎殿、何とてお返事はなきぞ十郎殿……さてははや討たれ給ひたるよな、口惜しやと悲痛に叫びます。無念の詞章の下に松明を捨てたシテは、先に入っていた四人が腰の太刀に手を当てているのを見て臆することなく舞台に進み、古屋との斬組ミ。正中で大きな足拍子を踏んだ古屋は太刀を抜いてシテと激しく切り結びましたが、遂に討たれて二つになつてぞ見えたりけると共に大きな音を立てて仏倒れに倒れました。これを見て尋常の勝負では勝てないと考えた五郎丸は、シテが後見座へ、二人の侍が大鼓と小鼓の後ろへ下がっている間に後見から受け取った白い小袖をかぶって脇座に待機。ここから歌舞伎のだんまり風になって、後見座から戻ってきたシテは太刀を手に舞台上を巡り、一度は女姿の五郎丸がかぶる小袖の下に太刀を差し入れるのですが、ますます深く屈んで顔を見せない五郎丸の正体に気づかず舞台巡りを続けます〔立廻リ〕。そして今は時致も運槻弓のと謡われる内にシテの背後に回った五郎丸は、遂に後ろからシテに組み付きました。おのれは何者ぞ御所の五郎丸。太刀を捨て背後の五郎丸ともみ合うように横歩きに地謡の前へ歩んだシテは、五郎丸の首をつかんで前にねじり倒しましたが、下よりえいやとまた押し返しで横たわった五郎丸の胸の上で見事に前転!「正尊」などで空中前転は見ていますが、他の登場人物の身体の上で回転するという型は初めて見ました。そして、そこへ走り込んで来た侍二人に縄を掛けられたシテは、横一線に並んだ敵方三人に押し出されるように橋掛リを一気に揚幕まで運ばれてゆき、舞台上が無人になった状態で鼓が留めました。

前場で主従の間に交わされる緊迫した台詞劇、間のコミカルさ、後半のダイナミックな戦いと場面転換の振幅が大きく、理屈抜きに楽しめる曲。シテの気迫は最初から最後まで緩むことがなく、ツレの面々もそれぞれの立ち位置からシテを盛り上げました。また、後場の勇壮な闘争の場面を太鼓を入れずに演出しきった囃子方にも拍手です。

配役

狂言(和泉流)「痩松」 シテ / 山賊 小笠原匡
アド / 女 吉住講
能(観世流)「夜討曽我 大藤内 シテ / 曽我五郎時致 岡久広
ツレ / 曽我十郎祐成 武田宗和
ツレ / 団三郎 武田志房
ツレ / 鬼王 関根知孝
ツレ / 古屋五郎 上田公威
ツレ / 御所五郎丸 藤波重孝
ツレ / 侍 武田宗典
ツレ / 侍 清水義也
アイ / 大藤内 野村万蔵
アイ / 狩場の者 野村万禄
一噌隆之
小鼓 幸正昭
大鼓 亀井広忠
主後見 野村四郎
地頭 角寛次朗

あらすじ

痩松

最近稼ぎが悪い山賊は、今日こそは何とか獲物を得たいと出かけていくと山道を女が通りかかる。山賊は長刀を振り上げて女を脅して持ち物を奪い去り、獲物を物色して喜んでいると、隙をつかれて女に長刀を奪われ、被り物まで獲られてしまう。

夜討曽我

曽我十郎、五郎兄弟、鬼王、団三郎兄弟の主従四人は、富士の裾野の巻狩に参加し、機を窺って父の敵の工藤祐経を討とうと相談するが、このことを母に告げていないので、鬼王・団三郎に形見を持たせて故郷に帰そうとする。二人は主君と最期を共にしたいと言い張るが、母への使者は二人しかいないと説得され、泣く泣く故郷に帰ってゆく。兄弟は首尾よく敵を討ち果たすが、狼藉者とみて捕らえようとする軍勢のために散り散りになる。既に兄十郎は討たれたとみえ五郎の呼ぶ声にも応答がなく、一人で奮戦する五郎は、薄衣を被った御所五郎丸を女と思い油断をしたところを大勢に取り囲まれ、遂に縄打たれてしまう。