ルーヴル美術館展-地中海 四千年のものがたり-

2013/09/07

「ルーヴル美術館展」という名を冠した展覧会は、2006年に「古代ギリシア芸術・神々の遺産」という副題で見ていますが、今回はよりスケールアップした「地中海 四千年のものがたり」という企画です。ルーヴル美術館は古代オリエント、古代エジプト、古代ギリシア・エトルリア・ローマ、絵画、彫刻、工芸、素描・版画、イスラームの8美術部門からなりますが、そのすべてから選ばれた作品群によって構成された大掛かりなもの。東京都美術館(上野)での開催です。

展示構成は、次のとおり。

序. 地中海世界 —自然と文化の枠組み—
1. 地中海の始まり —前2000年紀から前1000年紀までの交流—
2. 統合された地中海 —ギリシア、カルタゴ、ローマ—
3. 中世の地中海 —十字軍からレコンキスタへ(1090-1492年)—
4. 地中海の近代 —ルネサンスから啓蒙主義の時代へ(1490-1750年)—
5. 地中海紀行(1750-1850年)

冒頭に紹介されるのは、地中海をとりまく世界の一体性。松・コナラ・オリーブの木が生え、麦と葡萄酒とオリーブ油が教授される文化圏を形成した地中海は、激しい風雨によって帆船の航海を容易ならざるものともしていました。そうした地中海に関わる人々の暮しを示すのは、陶器に描かれた船、麦、葡萄。あるいは、オリーブ油を入れるアンフォラ。貴重な寄港地を提供してくれた島々からの出土品。

次に、紀元前15世紀の東地中海世界に勃興したミケーネ、ヒッタイト、エジプト新王国、バビロニアの版図が示され、大河流域で生まれた文明が地中海東海岸で相互に接すると共に、ガラスやアルファベット、ユダヤの一神教が地中海東海岸で生まれたことが示されます。このコーナーでひときわ見事なのは、その洗練された表現が素晴らしい《赤像式アンフォラ:薪の上で焚刑に処されるリュディア王クロイソス / ギリシアの英雄テセウスとペイリトオスによるアマゾン族の女王アンティオペの誘拐》(前500-前490年頃)。さらに、玄武岩の黒い光沢が美しい《エジプト、ヘラクレオポリス地方のホル将軍の像》(前350年頃)には目を奪われました。その上体から下肢にかけてのシンプルでバランスのとれた造形と手指や足指の圧倒的な写実の対比は、首を失った像であるだけに一層際立ち、背後の柱状部に描かれた神聖文字の篆刻のような意匠性とも相俟って完璧な美術作品となっています。そんな中に何気に並んでいた、泳ぐ女性が箱を前に捧げ持つ形のスプーンの数々には、思わずにんまり。

次はいよいよ、ローマ帝国による地中海世界の統一。ギリシア人(とりわけアレクサンドロス大王)が支配した東地中海と、フェニキア人(カルタゴ)が支配した西地中海を併呑したローマ帝国によって地中海は「ローマの湖」となりますが、これは歴史的にはむしろ希有なこと。ともあれ、このコーナーに存在感を示すのは、言うまでもなくアウグストゥスやハドリアヌス、セプティミウス・セウェルスといったローマ皇帝の立像や胸像です。最高神官の深い思索、軍人としての毅然、そうした人間の意思の力を大理石の中から彫り出すローマの彫刻技術の粋に接した後、《ローマ皇帝ルキウス・ウェルスの妻ルキッラの巨大な頭部》(150-200年)の本当にここまででかくしていいのか?と思うほど大きな頭部を見てから、時代は中世へ。

古代が終わり、地中海世界は西北のキリスト教諸国、東方のビザンティン帝国、南岸からイベリア半島までを掌握したイスラームに分断されて、それらの間をつなぐのはジェノヴァやヴェネツィアといったイタリア商人の役割となりました。その役割は、レコンキスタによってグラナダがキリスト教徒に奪回され、一方オスマン帝国がコンスタンティノープルを占領して東地中海から北アフリカまでを支配下に収めた後も変わらず、彼らによってさまざまな文物や習俗の交流が進められた様子が絵画の数々によって示されます。また、地中海から遠ざかったがゆえにかえっていにしえの「地中海的な」主題からなる芸術作品が生み出されており、その典型として展示された大理石の胸像《エジプト最後の女王、クレオパトラの自殺》(1690年頃)の、宙を見つめながら胸を毒蛇に噛ませる姿の迫真性には息を呑みます。

最後のコーナーの主題は、オスマン帝国の退潮によって地中海交通が自由になった西欧国家のエリートたちによる「グランド・ツアー」と、ナポレオンによるエジプト遠征がもたらした東方趣味の流行、アフリカ北岸へのイギリスとフランスの進出による地中海の「ヨーロッパの湖」化。そしてついに登場したのが、今回の展示の白眉である大理石像《アルテミス:信奉者たちから贈られたマントを留める狩りの女神、通称「ギャビーのディアナ」》(100年頃)です。1792年に発掘されたというこの像は、そのようなことは微塵も感じさせないくらい美しい像で、穏やかな笑みを浮かべた卵型の極端に小さな頭部に波打つ髪、優美な仕草でマントの留め具に触れる右手と反対側を胸に引き寄せる左手、すらりと真っすぐに伸びた右足とわずかに膝を曲げて踵を浮かせた左足、その肢体を緩やかに包む衣服の柔らかな襞など、どこをとっても完璧な表現に魅了されました。この像は周囲をぐるりと回ることができ、360度すべての角度から見上げることができるように展示されているのですが、とりわけ魅力的だったのは左横から見上げるアングルで、軽く開いた口が上品ながらもセクシー。誰しも、この像には目が釘付けになることでしょう。

しかし、「ギャビーのディアナ」に比べれば控えめな扱いながらも心を打たれたのは《墓碑:夫婦の別れの場面》(前400年頃)でした。慈愛に満ちた眼差しでお互いを見つめ合う夫婦の姿を彫り出した大理石の墓碑の図柄は、黄泉へと先立つことになった夫が椅子に掛けた妻の手をとって別れを告げている場面。涙腺の弱い人は、ハンカチの用意が必要です。

このように地中海周辺の文明・国々の交流と興亡とを地図で示しながら、そこに描かれた版図に紐づくかたちで4000年間のさまざまな文物を紹介するこの展覧会は、まさにルーヴル美術館ならではのものでした。そして展示品は大から小までさまざま、学術的価値に着目すべきものもあれば純粋に美術品としての鑑賞の対象となるものもありましたが、そうしたカオスもまた、地中海らしさなのかもしれません。