盛久 / 入間川 / 二人静 / 野守

2013/03/03

2月に引き続いて、3月も観世会定期能。番組は次の通りで、「二人静」を観たいというのがこの日観世能楽堂へ足を運んだ一番の動機です。

今日はひんやりした天気でしたが、観世能楽堂の敷地内の梅(……っぽくないけれど、桜にしては時期が早過ぎる!)が花を咲かせていました。

盛久

この曲は2009年に観ているのですが、そのことをすっかり忘れていて、初見のようにして楽しみました。とはいえ、同じ観世流で観ているので筋の運びはそのときと変わらず、幕が開いてシテ / 平盛久(武田志房師)がいかに土屋殿に申すべき事の候とワキ / 土屋三郎(宝生欣哉師)に語り掛けながら登場する異例の口開きから、いきなり盛久の時代へワープすることになります。

正先にて輿を光背に輿舁二人を脇侍にしての祈り、一声からサシにかけてシテの謡に声明のように呼応する地謡、さまざまな歌にまつわる東海道の地名を織り込みつつ橋掛リを目一杯に行き来する道行など、視覚的にも聴覚的にも多彩な場面が次々に展開した後に、鎌倉に一行が入った後は、一転して濃密な台詞劇が展開しました。まずは脇座で床几に掛かったシテの独白が、朗々とした中にも死を目前にした潔い諦観を舞台に満たします。そして、これを聞いて哀れに思いつつシテが囚われている部屋に入ったワキがシテと向かい合って処刑の時刻を翌朝か明夜かと告げると、シテはまだ時間があるのでと観音経を読誦し始めますが、途中からワキはシテに寄り添うようにして共に経文を読誦し、さらに正中から目付方向に向かうシテの背後にワキも下居して二人で観世音への祈りを捧げて、ここに立場を越えた心の交わりが感じられます。

しかし、祈りの内に霊夢を得たシテがあらありがたや候と語る払暁、ワキは声色を改めて処刑の時刻の到来を告げ、囃子もそれまでとは打って変わった緊迫感を醸し出して輿に乗ったシテの由比ヶ浜への移動を演出。地謡が次第夢路を出づる曙や後の世の門出なるらんを地取のように低く謡うと、ワキの求めに応じてシテは目付の近くに座を占め、経巻を開いて死を待つばかりとなります。その背後に駆け寄ったワキツレ / 太刀取(工藤和哉師)が太刀を振り上げると、次の瞬間、太刀はシテの頭越しに目付柱の近くに音を立てて落ち、そのまま舞台下へ……。

この奇瑞にシテが赦され、鎌倉殿に召された由が地謡によって告げられると共に、シテは後見座に下がって物着となり、アイ / 下僕(前田晃一師)の登場となりましたが、この間語リがちょっとユニークで、ひとしきり状況説明を行った後に、ワキにこのことをさて何と思し召され候ぞと突撃インタビュー!これに対するワキの答は、現代語訳すれば「なんと奇特なことだろう。これも年来、シテが清水の観世音を信じ読経を怠らなかったからじゃないかな」と優等生の回答です。ちなみに、間語リの間に客席の扉から見所に入ってきた後見の一人が、白州の太刀を無事に回収して何ごともなかったかのような顔で去っていきました。

アイが去り、梨打烏帽子・直垂の盛装になったシテが舞台に戻って、鎌倉殿の求めに応じ霊夢の内容を言上し終えると、御酒を賜り、そしていよいよ男舞。ここまでずっと控えめだった笛が、アップテンポになった鼓と共にここぞとばかり華やいだ囃子を奏し、シテは扇を手に舞台狭しと舞い回ります。足拍子も力強く、勇壮な中にも雅びの感じられる舞を終えたシテは、最後に長居は恐れありと正中に平伏して退出すると、一ノ松に位置を移して扇を掲げ、留拍子を踏みました。

幕開きから道行までの様式的な動き、鎌倉に着いてからの濃密な対話、一転して処刑場での奇跡のクライマックス、そして物着を挟んでの勇壮な男舞と、見どころ・聴きどころが多いこの曲を、一点の緩みもなく謡い演じきったシテとワキの至芸に、この日出だしから圧倒されました。

入間川

「入間川」は、これが三度目の鑑賞。そんなに人気のある曲なのか……。しかし、確かにこの日の「入間川」はたいへん面白く、そしてその面白さんの原因は一にも二にも大名を演じた三宅右近師の演技によるもの。朱色の華やかな素袍に烏帽子姿の大きさと、テンポ・声色とも自在に操る話術とで、したたかな大名を賑やかに演じ、見所の喝采を集めました。最後は、逆さ言葉である入間様はやめて普通に上方様で嬉しいか嬉しくないか言えと言われた入間の某がつい身に余って忝いと答えた途端、大名は「入間様をやめろ」というのも入間様なのだから「入間様をやめるな」と言う意味だ、嬉しくないのなら与えた小袖や太刀は返してもらおう!と何もかも取り上げて、とっとと幕の内へ下がっていってしまいました。

二人静

世阿弥作とされる鬘物。静御前の霊が菜摘女に取り憑いて舞を舞い、回向を頼んで消えて行くという筋書きですが、タイトルの通り、静の霊が憑いた菜摘女と静の霊とが全く同装で相舞をし、どちらが本体か影かもわからなくなってゆくというところが、他に例を見ないこの曲だけの見どころです。ところが、能面を掛けて視界が極めて限られた状態で二人の演者が舞をシンクロさせるというのは至難の業であるだけに、演出によっては相舞はキリのところだけに限る場合も少なくないようで、手元にある謡曲集の解説にも

▼《立出之一声》の場合は、菜摘女がシテとなり、静御前がツレとなる。そして、〈クセ〉〔序ノ舞〕はシテが一人で舞い、その間ツレは一ノ松で床几に腰をかける。

と書かれています。そしてこの日は小書《立出之一声》付き、ところがあらかじめチェックしてあったフライヤーの番組を見るとシテは静御前。はて?

囃子方と地謡がそれぞれの座につき、ついでひっそりと登場したツレ / 菜摘女(藤波重彦師)は白い水衣をまとった姿で地謡前へ進んで下居。この出し置きの状態から、笛が奏されて無地の白い狩衣に風折烏帽子のワキ / 勝手宮神社(高井松男師)の登場となります。ついでアイの比較的長い台詞が入り、最後にいつもの如く菜摘に出でられ候へとツレに語りかけて切戸口から下がっていきました。これを聞いてツレは立ち、後見座で篭を受け取って橋掛リに移動すると、一ノ松で一声見渡せば、松の葉白き吉野山、幾代積りし雪ならん。高く潤いのある声でサシ〜上歌とツレの謡が続きますが、囃子方のうち大鼓は強靭無比、対して小鼓は消え入りそうな音……。そんな中、上歌のうち山も霞みて白雪ののところで幕が上がり唐織姿の前シテ / 里女(谷村一太郎師)が現れました。シテは幕の前、というより橋掛リの隅にひっそりと佇み、いかにも妖しい雰囲気でツレに声を掛けます。誰?と訝しむツレにシテは、「自分の罪業が悲しいことなので一日経(大勢で一部の経を一日で写してしまうこと)を書いて私の跡を弔ってほしい」と吉野の人々に言伝てを頼みました。このように頼み事をしながらも、シテは少しずつツレに近づいて二ノ松へ。一ノ松ではなく二ノ松という舞台からの微妙な遠さが、シテの姿を幽霊らしく遠目にぼやかして、ますます幽玄な雰囲気が漂います。このシテの言葉に恐れをなしたツレが「言伝てはするが、あなたの名前は誰と言えばよいのか」と問えば、シテは「このことを話して疑う人がいればそのときはあなたに乗り移って詳しく名乗ることにしましょう」とツレに告げると、再び鏡ノ間へ。中入する前に三ノ松で振り返るシテ、これを常座で見送るツレ。

震え上がったツレは、急いで正中に戻り着座すると、帰りがずいぶん遅かったではないかというワキに事の次第を語ります。ところが、まことしからず候ふほどに、申さじとは思へどもと漏らす疑いの言葉がだんだんゆっくりになり、そして……一息の間を置いて何、まことしからずとやと強い声色に変わりました。先ほどの霊が乗り移ったのです。これに驚いたワキが、誰が憑いたのか、跡を弔いましょうと語りかけ、その後の問答の内に憑いたのが静御前であることが判明します。静御前であるならば舞の名手、舞を見せて下さいと言うワキに、ツレ(に憑いた静御前)は勝手明神に納めた袴・水干の色を告げ、ワキはいつの間にか後見が取り出して後見座に置いていた烏帽子・長絹を手にとって言われた通りであることを確かめて、これらの衣裳をシテに手渡しました。

おだやかな物着アシライの内にツレは金の烏帽子を着け、あずき色の長絹を身に纏うと、常座に立ってワキと掛け合いながらこれから昔を思って舞おうする心を謡いますが、その間に同装の後シテ / 静御前の霊が登場して、一ノ松へ。ここでツレの一声今み吉野の川の名のを受けては菜摘の女と思ふなよと謡うとさらに舞台に進み、大小前のツレと並んで常座に立って義経の逃避行の失敗を共に謡ってシオリ、いよいよクセに入って相舞となりました。静御前の霊が取り憑いた菜摘女と、静御前の霊の本体(?)が同期して舞うというこのシチュエーションは何やら不思議ですが、おそらくワキからは憑依されたツレの姿だけが見えているという設定なのでしょう。ともあれ、吉野に逃れた義経一行が追われてさらに山奥深くへと落ちて行く様子を、壬申の乱の折の天武天皇の吉野行も引き合いに出しながら謡う地謡を背景に、まったく同装のシテとツレの相舞は大らかにシンクロしながらも、ところどころに入る足拍子はぴったり一致。さらに、頼朝に召し出されて舞を所望されたことの恨めしさを地謡に謡わせて、序ノ舞はひっそりと爪先を上げ下げする動きから扇を掲げ、袖を広げて美しく舞台上をゆったりと回っていきます。さらに同期を離れて向かい合い、じっと見つめ合ったシテとツレは縦列になって舞台を廻ってから再び舞をシンクロさせましたが、ふと気がつけば、取り憑かれているとはいえ生者であるツレの面は照り気味、対して霊であるシテの面は曇り気味。そして、常座と大小前とで回ったシテとツレが上ゲ扇と共に謡う歌は、静御前が若宮八幡の社前で頼朝を前にして舞いながら歌ったというこの和歌。

賤や賤賤の苧環繰返し 昔を今になすよしもがな

歌意は、時を再び昔に返して義経の盛時を取り戻す方法があればよいのだが、といったところですが、義経の寵愛を受けて暮らしたあの頃に戻りたいという静御前自身の心も籠められていることでしょう。しかし、そうは歌っても望み通りに昔に戻れるはずもなく、一旦向かい合ったシテとツレは思ひ返せばいにしえもで正先に出て、ツレの肩に後ろからシテが左手を乗せ、ついで衣川に命を失った義経を思いつつ再び中央に向かい合って身を沈めてから、ついと立って扇を手に互いに回り合い、地謡が「憂いの多いのはこの世の習い、山桜が松風によって吹き散らされるように、仕方のないことと思うばかり」と諦観に満ちた詞章を謡う内にツレは一ノ松に立ち、シテも常座に下居して静が跡を弔ひ給へとワキに向かい合掌。最後にシテとツレは脇正面を向き、シテが左袖を巻いて終曲を迎えました。

たゆたうような時間の中で、女の霊とその霊に憑依された女とが穏やかに、しかし時に追われる者の哀しみを垣間見せながら舞う相舞は足拍子で要所を締めながらもどこまでも優美で、動きが完全には一致しないところもそこに引かれ合うようなつながりが感じられて引き込まれました。観に来てよかった……。

さて、冒頭に書いた小書の謎は、案外あっさり解けました。帰宅してからネットで検索してみたところ、観世流能楽師・柴田稔師のブログでのコメントのやりとりの中で、柴田師がこう解説しているのを見つけました。

立出之一声の小書きでは今はいろんなパターンで演じられています。基本的には最初のツレが出る一声に関しての小書きです。常は狂言に呼び出され幕から出てきますが、この小書きが付くと、地謡、囃子が座付いたあと、ツレが出てきて地謡の前に座し、ここから能が始まります。狂言は出ずに、ワキが地謡の前に座しているツレに呼びかけ、囃子のアシライに乗って、ツレは後見座でかごを手にし、一の松に行き、「み〜〜わたせば〜〜〜」の謡になります。このアシライのことを立出之一声といいます。後半のツレとシテの舞に関してはいろんなバージョンがあり、その時々の工夫なのです。寿夫先生が後シテを出さずにツレだけで舞うという方法をとられたことは有名です。後半の変化だけを演出して、前ツレを常の形で演じる方法も、この小書きのもとで行われています。

なるほど。この日はアイを出す演出でしたが、それもこの小書の許容範囲内ということのようです。

野守

最初に白状しますが、この日最後の曲は「野宮」だとばかり思っていました。六条御息所の切ない懐旧の念をしっとりと描く曲だと思って番組のあらすじを見ると、羽黒山の山伏がどうの鬼神がどうの、果ては天上界から地獄まで映す鏡がどうの。ずいぶんテイストの異なる解説を読むに至って、「野宮」ではなく「野守」であることに気づいた次第です。恥ずかしい……。

世阿弥作の切能。最初に、榊を戴き引き廻しを掛けた古塚の作リ物が大小前に出されます。次第の囃子の内にワキ / 山伏(舘田善弘師)が舞台に現れ、苔に露けき袂にや、衣の玉を含むらんとしっとり謡って地取を待ち、大和の国の名所を訪ねてみようと語って脇座に着座しました。ついで一声となり、ヒシギに続いて大小鼓のバランスのとれた心地よい打音の内に、尉髪・茶の絓水衣姿の前シテ / 野守ノ翁(津田和忠師)が登場。興福寺と春日神社を讃え、春ののどかな情景を明瞭な口跡でゆったりと謡います。毅然としたその姿を見たワキはシテに声をかけて、ここ(見所の正面)にある池は由緒ある池なのですか?と問いました。シテが答えて言うには、これは野守の鏡といい、その謂れは次の通り。

鬼神が昼は人となって野を守り、夜は鬼となってこれなる塚に住んだという話にいたく興をそそられた山伏は、新古今集に読み人知らずとある歌

箸鷹の野守の鏡得てしがな 思ひ思はずよそながら見ん

に歌われている「野守の鏡」もこれ?と問い、シテも、雄略天皇が春日野に狩をした際、逃げた鷹を野守に追わせたところ、鷹の姿が池の水に映っているのを見て探し当てたことから野守の鏡と呼ばれるようになったという謂れを身振りを交えて紹介する内に、その話はいつの間にか自分の昔話になって懐旧の涙を押さえます。これに対してワキがげにや昔の物語。聞くにつけても真の野守の鏡見せ給へと求めると、シテはワキを扇で差し、鬼の持つ鏡なので見れば恐れをなすだろう、沼の水鏡を見ていなさいと言って作リ物の中に入りました。

アイ語りがあり、改めて野守の鏡の由来を聞いたワキは、法力を以て鬼の奇特を見んと数珠をさらさら揉みながら祈り始めます。すると、作リ物の中から力強い声があって、ついで唐冠に赤頭、面は小癋見、法被半切に大きな円鏡を持った後シテ / 鬼神が登場しました。強烈にインパクトのある姿の鬼神はワキをきっと睨みつけると、ワキの数珠さらさら、シテの足拍子どんどんの応酬。丸い鏡を掲げて舞台狭しと廻るシテの姿に、ワキは恐れの声を上げながらさらに数珠を揉み続けます。短い舞働の中でワキの前に膝を突き鏡を見せつけたシテは、地謡とフルパワーで掛け合いながら正面に出てきて、目付柱の近くで捧げ持った鏡で天を映すと、ついで鏡を下に向けて地獄を映し、地謡のキリが地獄の様相を描写するのに合わせて足拍子を踏むわ飛び返りを何度も決めるわのド派手な大暴れ。そのパワフルな舞にこちらが圧倒されている内に常座に移動したシテは、そこで飛んで膝を突き倒れ込むように安座して、大地を踏み破り地獄の底に帰る様子を示します。最後は再び立ったシテが拍子を踏み、太鼓が留撥を打っての終曲となりました。

配役

能「盛久」 シテ / 平盛久 武田志房
ワキ / 土屋三郎 宝生欣哉(宝生閑代演)
ワキツレ / 太刀取 工藤和哉
ワキツレ / 輿舁  
ワキツレ / 輿舁  
アイ / 下僕 前田晃一
一噌隆之
小鼓 幸清次郎
大鼓 佃良勝
主後見 観世恭秀
地頭 坂井音重
狂言「入間川」 シテ / 大名 三宅右近
アド / 入間ノ何某 三宅右矩
アド / 太郎冠者 三宅近成
能「二人静 立出之一声 前シテ / 里女
後シテ / 静御前
谷村一太郎
ツレ / 菜摘女 藤波重彦
ワキ / 勝手宮神社 高井松男
アイ / 神主ノ下人 三宅右矩
寺井宏明
小鼓 亀井俊一
大鼓 亀井実
主後見 野村四郎
地頭 木月孚行
仕舞 嵐山 木原康之
経正クセ 高橋弘
采女キリ 観世清和
須磨源氏 岡久広
能「野守」 前シテ / 野守ノ翁
後シテ / 鬼神
津田和忠
ワキ / 山伏 舘田善弘
アイ / 春日ノ里人 高澤祐介
藤田貴寛
小鼓 古賀裕己
大鼓 佃良太郎
太鼓 小寺真佐人
主後見 角寛次朗
地頭 藤井完治

あらすじ

盛久

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入間川

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二人静

勝手神社の菜摘女の前に里女が現れ、吉野の社家の人に自分の供養をして欲しいとの言伝を頼んで姿を消す。菜摘女がそのことを神職に告げると、菜摘女に女の霊が乗り移り、かつて静御前が着た舞装束を着け、現れた静御前と共に回顧の舞を舞う。そして静御前の霊は、回向を頼み消え去ってゆく。

野守

羽黒山の山伏は、葛城山に向かう途中に立ち寄った大和国春日野で、野守の老人から「野守の鏡」の謂れを聞き、本当の鏡を見たい山伏は一心に祈念する。すると鬼神が真の「野守の鏡」を携え現れ、天上界から地獄まで映し出して見せる。