恋重荷 / 隠狸 / 安宅

2012/12/15

「ユネスコによる無形文化遺産 能楽」、略してユネスコ能の第五回公演として、能「恋重荷」、狂言「隠狸」、能「安宅」を国立能楽堂で。この日は比較的安い脇正面の席をとったのですが、いざ席についてみると、正面と中正面こそそこそこ埋まっているものの、脇正面はがらがら。そう言えば能楽堂の入口に当日券売場も出ていましたが、なぜそんなに不入りだったのでしょうか。しかし、おかげで脇正面の再後方に座っていた私からは舞台がまっすぐ見通せて、それはそれでありがたかったのですが……。

恋重荷

庭番の老人の女御に対するわりない恋が老人を破滅させ、怨霊となって女御にまとわりつくという恐ろしい話。類曲「綾鼓」の暗いエンディングを世阿弥が多少ハッピーに改作したもので、今日、観世流以外でこの曲を扱っているのは金春流のみですが、前回観たのも金春流、今日も金春流の宗家・金春安明師がシテです。したがって曲の流れは前回観たときと同じですから、こまごまと舞台上の様子を記述することはしませんが、とにかく金春安明師が素晴らしいシテを演じました。

最初にツレ / 女御(辻井八郎師)とワキ / 臣下(殿田謙吉師)の対話があり、ワキを呼ぶところへ恐ろしく深いオマ〜クの声がかかって揚幕が上がると、しばらくは姿を現わさずに鏡ノ間からシテ / 山科荘司の声が聞こえてきます。まだこの時点ではシテは存命の人物のはずですが、既にその声にはエコーがかかって地獄の底から聞こえてくる幽鬼のよう。その後のシテはしばらく抑揚のない語りが続きますが、錦に包まれた巌(重荷)を持ち上げようと意を決するところから高揚が感じられ、後見座で肩上げをした後重荷を見込んでの謡には、既にこの後に訪れる運命に導かれているかのような覚悟が感じられてぞくっとしました。扇を振り捨てて重荷を抱えたシテは、自分が騙られたことを悟ってはっと顔を上げ、どすんと腰を落としてゆっくりモロジオリ。がっくりと肩を落として面を伏せたままのシテの姿には思い切り感情移入させられましたが、やがてその場を去りかけたシテが常座から重荷を振り返ったときに、地謡は切迫した調子で思ひ知らせ申さん。この一連の場面、シテ / 囃子方 / 地謡が一体となってドラマティックな前場を作りました。

後場は、自ら命を絶ったシテのためにツレがワキに勧められて重荷を見舞うものの、後シテの霊力のために身動きがとれなくなり、そこへ怨霊となった後シテが登場するという流れですが、長く背中に垂れた白髪を揺らしながらボリュームのある鹿背杖で舞台の床を激しく突き、これに合わせて足拍子を踏む悪鬼の姿は相当な迫力。舞台上の照明は、舞台内の正面上部からのものがメインであるため、脇正面から観ると陰翳が生じてますます幽霊らしさが強調されてきますが、何より金春安明師の深い声と気迫のこもった所作に、ツレばかりか見所も威圧されてしまいます。杖を激しく打ち捨て、重荷を難なく持ち上げてツレに迫ったシテは、しかしそこでなぜかふっと緩んで(ここのシテの心理が未だにまだ理解できていないのですが)ツレを呪縛から解放すると、扇を手にゆったりと舞った後に常座で留拍子。

前場・後場とも見ごたえがある、緊迫感に満ちた舞台でした。

隠狸

なぜか今年3度目の「隠狸」。ただし、1月に観たときには野村万作師が太郎冠者でしたが、今日は主の方に回ります。そして太郎冠者は、三宅右近師。この二人の組合せでのこの日の「隠狸」は実にテンポが良く、また主の全てを見通したような大きさが強調されて絶品でした。ニュアンスの違いも少しあって、たとえば太郎冠者が問われるままに狸狩りの手順を得々と語り、主に「よく知っているな」と突っ込まれる場面。あわてて「……と聞いています」と取り繕った後に太郎冠者は「しかとしたことは存じません」と逃げを打つのですが、野村万作師の太郎冠者では立ち直って澄まし顔であったのに、三宅右近師の場合はしどろもどろ。全体に、野村万作師の太郎冠者はしたたかに振る舞おうとしていて、しかし結局はぼろを出すというキャラクターであったのに対し、三宅右近師の太郎冠者は最初から最後まで主のペースに乗せられている感じ。これは、解釈の違いというよりも演者が自身の持ち味を活かしたことによるものなのでしょう。ともあれ、この日も楽しく太郎冠者が追い込まれるのを見送りました。

休憩時間中の中庭。雨にしっとり濡れてきれいです。

安宅

義経主従の安宅関通過をドラマティックに描く「安宅」を、私は浅見真州師のシテ武田宗和師のシテと(いずれも観世流)で観ていますが、この日は喜多流の粟谷能夫師がシテ / 弁慶を勤めます。最初に観た浅見真州師の弁慶が、観る者の心臓を氷の剣で突き刺すような厳しいものであったためにそれがトラウマになっている感がありますが、この日の弁慶も、義経を何としても奥州へ逃そうとする使命感に満ちた厳しい顔で揺るぎのない舞台を作り上げました。

全体の流れは観世流と変わりませんが、小書《貝立貝付》と《延年之舞》がついていることもあり、いくつかこれまでに観た舞台と異なるところがあります。まず、安宅の関の様子を物見してきたアイ / 強力が、山伏の首が掛け並べられている様子を弁慶に復命した後、さらば貝を立て申そうずるにて候と常座に立ち、少し開いた状態の扇を法螺貝に見立てて要を口に当て「つうわーい、つうわーい」と擬音を発しました。これが《貝立》。そしてその貝(扇)を弁慶の腰の袋に収める態を見せるのですが、この貝袋を腰に着ける替が《貝付》です。続いて一行が関を通ろうとする場面で、弁慶と郎等達が一列縦隊で橋掛リを回って舞台に進もうとするのではなく、郎等達は奥側の欄干の前に見所に背を向けて立ち並び弁慶一人が舞台に進もうとしてワキ / 富樫某(宝生閑師)との問答になりました。全員が舞台に進むところでは、正先に立つ弁慶を頂点とするV字に並ぶところは一緒ですが、安座ではなく全員立ったまま。数珠を揉むのも当然そのままの態勢ですし、勧進帳を後見から受け取って読み上げる弁慶も目付の位置で読むのではなくV字の頂点に戻って読み、これを背後の郎等達が後ろから見入るという形になりました。弁慶の独吟は、それつらつらから低音かつ極めてゆったりした迫力のあるもの。声量はあまり感じませんが、それでも朗々と聞こえました。

義経打擲の場面を経て、どこまでも集団の力で押し通ろうとする山伏姿の弁慶達とワキとの対峙は頂点に達し、弁慶を先頭にしてまず四人、続いて残りの四人が舞台狭しとワキに迫ると、さしもの富樫も折れて関を通ることを認めます。義経・弁慶主従の束の間の対話、そして後を追って来たワキの求めに応じて男舞を舞う弁慶。ここでもう一つの小書《延年之舞》により、最初は右手に扇、左手に数珠を持っていたのが、途中でこれを入れ替えたと思ったら右手の数珠を高々と振り回し、次の瞬間「えい!」と声を掛けて両足を揃えて跳び上がりました。着地後、しばしの静止。そして力強い中腰の姿勢から数珠・扇を構えてゆっくり足拍子。

こうした特徴的な所作・型を入れて展開された「安宅」は、この日も徹頭徹尾厳しい弁慶の姿を最後に三ノ松に立たせて終曲。全てを締めくくる鼓の打音が消えたとき、粟谷能夫師の表情か心なしかかすかに緩んで、手にしていた扇を閉じ幕の内に消えていきました。

素晴らしい緊張感に満ちた「安宅」でしたが、子方の金子天晟くんの頑張りも特筆もの。高い声で、しかし謡をしっかりと謡って引き締まった舞台の緊張を維持し続けることに成功していました。そして、その子方が笈を背中に負ったまま後見座で見所に背を向けてじっと正座し自分の出番を待っている間、子方を見つめ無言で励ましていた後見(内田安信師?)の慈愛に満ちた表情も忘れられません。これも、脇正面に座ったことで初めて見ることができたのでした。

配役

能(金春流)「恋重荷」 前シテ / 山科荘司
後シテ / 山科荘司の幽霊
金春安明
ツレ / 女御 辻井八郎
ワキ / 臣下 殿田謙吉
アイ / 従者 石田幸雄
藤田朝太郎
小鼓 幸清次郎
大鼓 安福建雄
太鼓 小寺佐七
主後見 守屋泰利
地頭 本田光洋
狂言(和泉流)「隠狸」 シテ / 太郎冠者 三宅右近
アド / 主 野村万作
能(喜多流)「安宅 延年之舞・貝立貝付 シテ / 武蔵坊弁慶 粟谷能夫
子方 / 源義経 金子天晟
ツレ / 義経ノ郎等 狩野了一
ツレ / 義経ノ郎等 友枝雄人
ツレ / 義経ノ郎等 金子敬一郎
ツレ / 義経ノ郎等 内田成信
ツレ / 義経ノ郎等 粟谷浩之
ツレ / 義経ノ郎等 佐々木多門
ツレ / 義経ノ郎等 大島輝久
ツレ / 義経ノ郎等 谷大作
ワキ / 富樫某 宝生閑
アイ / 強力 山本東次郎
アイ / 従者 山本則俊
杉市和
小鼓 曽和正博
大鼓 國川純
主後見 内田安信
地頭 友枝昭世

あらすじ

恋重荷

→ [こちら

隠狸

→ [こちら

安宅

→ [こちら