大英博物館 古代エジプト展

2012/07/22

六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで「大英博物館 古代エジプト展」。昨年は「大英博物館 古代ギリシャ展」を国立国立西洋美術館(上野)で見ましたが、大英博物館の出開帳(?)はどこまで続くのか。「ギリシャ」の目玉展示はミュロンの「円盤投げ」でしたが、今年の「エジプト」の白眉は「グリーンフィールド・パピルス」と呼ばれる全長37mの「死者の書」です。

展示の構成は、次の通り。

  1. 古代エジプトの死生観
  2. 冥界への旅
  3. 世界最長「死者の書」グリーンフィールド・パピルス
  4. 「死者の書」をめぐる研究

第1章は、いわば全体のプロローグとして古代エジプト人の死生観を解説するコーナー。紀元前数千年の昔から、エジプト人は他の民族とは比較にならないほどの情熱をもって死と向かい合い、現世を来世への準備期間として埋葬のための準備を進めてきていました。ピラミッドしかり、ミイラの技法しかり、そして冥界での旅を守護する呪文集=「死者の書」しかり。「死者の書」(正しくはペレト・エム・ヘルウ=日のもとに出現すること)は古王国時代のピラミッド・テキスト→中王国時代のコフィンテキストを経て、第2中間期(紀元前1700年頃)にパピルスに記され広く使用されるようになります。デザイン的にも優れたオシリス神像や各種供養碑、見事な彩色の図や文字が残る木棺・人形棺などが、展示の冒頭に並びます。

第2章では、死出の旅に立ったエジプト人が冥界で辿る道行の様子と、そこで果たす呪文の役割が解説されていました。これは、次の章で登場する「グリーンフィールド・パピルス」の内容を理解する上で必須となる予備知識を与えてくれるコーナーと見ることができます。ミイラとなって永続性を与えられた死者の身体は「口開けの儀式」によって五感を取り戻し、墓に供えられた供物を食べたり旅の途中で必要な呪文を唱えられるようになります。冥界の旅は波乱に富んでおり、ワニやヘビなどの危険な動物との遭遇、恐ろしい神が番をする門の通過といった試練を、死者は「死者の書」に記された呪文の力で切り抜けていかなければなりません。最大の難関は冥界の王オシリスによる審判で、死者の心臓を秤にかけて生前の行いの正しさが問われ、秤が釣り合えば永遠の生命を享受する楽園に迎えられ(=「日のもとに出現」でき)ますが、釣り合わなければ心臓は怪物アミメトに食べられてしまいます。このストーリーに沿って展示されているのは、「口開けの儀式」の様子を記す「死者の書」や手斧、内臓を入れる容器、死者への供物を入れる容器、各種装身具などの供物、旅の装いとなる人形棺とミイラ、マスク、護符など。旅路の様子を地図のように示す「死者の書」も展示されていました。

第3章が、本展覧会の目玉となる「グリーンフィールド・パピルス」の展示。第3中間期の第21-22王朝(前950-前930年頃)のアメン大司祭パネジェム2世の娘ネシタネベトイシェルウのための「死者の書」で、全長37m、100以上の章を含み、保存状態も極めてよい逸品。そのストーリーは第2章で学んだ通りで、冥界の王オシリスへの礼拝、ミイラとなって墓に運ばれ、「口開けの儀式」で旅に備え、冥界の旅では行く手を邪魔するワニやヘビを呪文で撃退。オシリス神の前での審判を乗り越えた死者を待っているのは、楽園イアルの野に住むことを許され、永遠の生命を享受します。そしてこの「死者の書」に特徴的なのは、最後の方に天と地の始まりに関する挿絵が描かれていること。天の女神ヌウトを持ち上げて大地の神ゲブから引き離す大気の神シュウ。古代エジプト人が死後の世界を余すところなく描き尽くそうとした想像力の全てが、黄色いパピルスの上に黒いインクで流麗なヒエラティック(ヒエログリフを崩した書体)で記された膨大な量の文章と随所に描かれた大小の挿絵に示されており、その長さにもかかわらずまったく見飽きることがありません。乾燥した気候をもつエジプトならではの、奇跡とも思える古代からの贈り物。これは本当に、一見の価値があります。

そしてエピローグ的な位置づけの最後のコーナーには、双六に似たセネトゲームの駒や盤と、ゲームに興じるライオンとガゼルをコミカルに描くエジプト版鳥獣戯画もあって、ほっとしました。

今回の展示の内容は非常に充実していて、古代エジプト人がどれだけの怖れと希望とをもって死と対峙していたかが如実にわかる好展示になっていました。さすがは大英博物館。そして「死者の書」の終わりの方に現れる楽園イアルの野の描写を見たときに気付いたのですが、この楽園の姿は我々の感覚で言う極楽浄土ではなく、古代エジプト世界の現世の姿そのものです。水鳥が遊びナツメヤシが生い茂る肥沃なるナイル河畔で、牝牛を使って小麦畑を耕し、収穫の後には舟を川に浮かべ供物を持って神殿を訪ねる穏やかな暮しが永遠に続くことが、古代エジプト人の至高の望みだった模様。まさに「エジプトはナイルの賜物」であり、古代エジプト人の死への怖れは、ナイルでの暮しから離れることへの怖れであったわけです。

こちらは、あらかじめ予約しておくと手に入るスカラベネックレス。展示を見終わった後のグッズ販売コーナーでゲットしましたが、材質は不明。スカラベというより、テントウムシという感じですが……。

コラボレーションメニューとして、「ギザの三大ピラミッドカレー(¥2,200-)」や「ケバブセット(¥1,280-)」などもありましたが、うーん、ちょっと高いかな。というわけで展覧会を見た後にいただいたのは、フィッシュ&チップスとビールでした。大英帝国つながりということで……。