隠狸 / 春日龍神

2012/07/21

第10回興福寺勧進能、場所は国立能楽堂。正午開演の第一部は狂言「附子」と能「歌占」で、我々が観た第二部は狂言「隠狸」と能「春日龍神」です。

スイス旅行から戻って一週間、久しぶりの能楽堂で和風な中庭の眺めに癒されてから席へ。

最初に興福寺の多川俊映貫首の挨拶があって、興福寺が昨年創建1,300年を迎えたこと、明治に入って公園のようになってしまった境内を元の姿に戻すべく尽力してきたこと(その眼目は1717年に焼失した中金堂の再建)、そのために浅見真州師が勧進能を始めて今回が節目の10回目だが、どうやら中金堂が建つまで勧進能は続けてもらえそうであることなどが語られました。ついで、西野晴雄氏(前・法政大学能楽研究所長)の解説によればこの勧進能の第一回は「海士」で今回は「春日龍神」、いずれも興福寺に縁のある曲。確かに「海士」の面向不背の珠は、パンフレットの表紙を飾る華原磬と共に唐の高宗から興福寺へ贈られたものということになっています。そしてこの「春日龍神」は、(元来は切能でありながら)小書によって登場人物が増えると共に脇能らしさを増す性格があり、とりわけ宝生流の《龍神揃》では役者をたくさん舞台上に出せるようになっている、といった話がありました(詞章に忠実であれば確かに、八大龍王や八部衆がぞろぞろ登場することになっています)。さらに、この曲は世阿弥作とされてきたものの、詞章の中に出てくる「果てしなの心」という言葉は金春禅竹しか使わないものであること等も紹介され、なるほどーという感じ。

隠狸

野村万蔵師と扇丞師による「隠狸」。この曲は1月にも観ていますが、狸狩りの形態模写の面白さ、小謡「兎(♩あの山からこの山へ)」や謡曲「鵜飼」の一節による連れ舞など見どころが多く、楽しいもの。結局、太郎冠者と主の心理戦は酒に目のない太郎冠者が一枚上手の主にはめられて終わりますが、それにしても太郎冠者、自分の獲物の狸を最初から主に引き渡しておけば怒られることもなかったのに、なぜ市場で売ろうと考えずたのでしょうか?主に嘘をついてはいけない、欲をかいてはいけない、酒に溺れてはいけない……などと教訓めいたことをあえて引き出そうとするのは狂言の見方らしくないので、疑問は疑問のままにとどめておきます。

春日龍神

鎌倉時代の高僧・明恵上人が天竺の仏跡参拝を決意し、暇乞いのため春日社に参詣したところ、春日明神の使いである宮守が春日山こそ霊山浄土であると引き留め(前場)、渡天を思い止まった明恵上人に龍神が釈迦一代を再現してみせる(後場)、という曲。このように、前シテ(宮守)と後シテ(龍神)が別人格であり、しかも、真の主役というべき春日明神は登場しないというちょっと変わった曲です。

ヒシギの笛から次第、ワキツレ二人を連れて登場したワキ・明恵上人(宝生欣哉師)の装束は角帽子・水衣、そして白大口をつけて高位の僧であることを示しています。次第の謡で月の行方もそなたぞと、日の入る国を尋ねんと西の方、天竺を目指すことを謡い、名ノリから道行。京から奈良への地名が詠み込まれて、いい感じです。一行が脇座に下居したところで一声の囃子となり、烏帽子・狩衣・大口という神職らしい装束の前ツレ(武田友志師)とシテ(浅見真州師)が現れました。通常はシテ一人のところこの日の小書によって登場することになったツレは直面で透き通ったブルーの狩衣、一方のシテは尉面で茶系の狩衣。共に柄の大きく曲がった箒を手にして幕を出ると橋掛リの上で一声となりますが、既に何やら神々しい雰囲気が漂っています。

舞台に進んだシテとツレにワキから声がかかったところ、二人はすぐにワキが明恵上人であると認識した様子。そこでワキは渡天の暇乞いに来た旨を告げたのですが、まずツレが「それは明恵を大切に思う春日明神の神慮にかなわないでしょう」といきなりの先制パンチ。入唐渡天の志も、仏跡を拝まんためなれば、いかで神慮に背くべきと反論を試みるワキでしたが、今度はシテが仏在世の時ならばこそ、見聞の益もあるべけれ。今は春日の御山こそ、すなはち霊鷲山なるべけれとカウンター。こうして高僧・明恵上人は、どこの馬の骨(?)とも知れぬ宮守二人にボコボコにされてしまいます。続いてツレは笛前に下居し、地謡が明恵上人が初めて春日大社を訪れたときに草木が頭を垂れ鹿も集まって礼拝したという奇瑞を謡ううちにシテの舞があって、そのような奇瑞が示されたこの地(というより明恵上人自身)の尊さに気づきなさい、という説得が行われました。これに感じ入ったワキの当社の御事詳しく御物語り候へという求めに応じてシテと地謡が謡うクセの詞章は、天台・五台は日本に移り、霊鷲山もまたここ春日山に遷っている、ほら鹿野苑(サールナート)のように鹿がいっぱいいるでしょう?と若干脱力系ですが、地謡は徐々に力をこめて高らかに謡い上げるようになっていき、居グセのシテも正中で下居のまま地謡の力を受け止める風情です。

そこまで言うなら……と渡天の志を諦めたワキがシテに名乗りを求めると、シテはそれまでの下居の姿勢から身を起こし、三笠の山に五天竺を移し、摩耶の誕生伽耶の成道、鷲峯の説法、双林の入減まで悉く見せ奉るべしと告げてからすっくと立ち上がると、橋掛リに向かいました。そして、一ノ松で振り返ってワキに向かって扇を差し出し我は時風秀行ぞと名乗った刹那、亀井広忠師をはじめとする囃子方陣が一瞬高揚。身を翻したシテが足早に去っていった後、極めて広い音域を自在に行き来する技巧的な笛に太鼓が加わった囃子を聞きながら、前ツレも静かに退場していきました。

なお「時風秀行」とは、春日大社の祭神である武甕槌神が常陸国・鹿島神宮から春日山に遷ったときに供奉した中臣時風と中臣秀行のことで、前シテが前ツレを伴ったのはこの二人でワキに相対したことを視覚的にも示すためなのでしょう。

面をかけたアイ・末社の神による間語リは、春日大社の縁起。そしてアイが下り、後場にまず登場したのはこれも小書《龍女之舞》によって後ツレ・龍女(武田文志師)です。尾を高く掲げた龍戴、白い面が映える紫の舞衣に緋大口。この龍女の舞いが素晴らしいものでした。リズミカルな囃子に乗って、優美でありながら力強く揺るぎのない、実にしなやかな舞いにうっとりとなりました。そして、その舞の終わりで幕が上がり、中に後シテ・春日龍神の姿が覗きました。常座のツレは、幕が上がったのを見てシテを迎えるように下居。これを受けて幕の前に出てきたシテの姿は、尾を垂らした龍戴に白頭、茶色の異形の面(詳細不明)、金色に輝く法被に暗い金茶地・銀波紋の半切。シテはいったん幕の中に下がり、ツレが笛前に位置を変えたところで再び幕を上げると強い囃子に乗って一ノ松に進み、荒々しく拍子を踏みます。この激しさ、完全に前シテとは別人格の、そして気迫のこもった型の連続に圧倒されるものを感じました。

シテは片足を上げて一気に体を落とす安座の型を見せ、舞働を勇壮に舞ってから正中に下居してワキと向かい合い、最後のダメ押しをします。さて入唐は?→止まるべし。渡天は如何に?→渡るまじ。さて仏跡は?→尋ぬまじや。ここまで確認したところでツレは先に引き上げて行き、シテは立って「猩々」でも見られる足を蹴上げる型(獣性の表現?)を示してから両手を大きく広げて激しく袖を巻き上げ、猿沢の池に飛び込むさまを常座に右膝を突いて左袖で姿を隠す型で見せた後、立ち上がって太鼓の留撥を待ちました。

この日、国立能楽堂のロビーでは興福寺ゆかりの品々が販売されていました。諸々のありがたげなお品に混じって、興福寺きってのスターである阿修羅のキャラクターグッズ(?)も人気を集めていましたが、私は手を出さず。どうせ買うなら奈良まで行って買わなければ、ありがたみが薄いですから。

配役

狂言「隠狸」 シテ・太郎冠者 野村万蔵
アド・主 野村扇丞
 
能「春日龍神 龍女之舞 前シテ・宮守
後シテ・龍神
浅見真州
前ツレ・宮守 武田友志
後ツレ・龍女 武田文志
ワキ・明恵上人 宝生欣哉
ワキツレ・従僧 殿田謙吉
ワキツレ・従僧 舘田善博
アイ・末社の神 山下浩一郎
主後見 浅見慈一
地頭 浅井文義
松田弘之
小鼓 古賀裕己
大鼓 亀井広忠
太鼓 梶谷英樹

あらすじ

隠狸

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春日龍神

春日信仰では解脱上人と並び称される明恵上人が天竺の仏跡参拝を決意し、暇乞いのため春日社に参詣する。そこに出てきた宮守が言うに、春日山こそ霊山浄土。なにも天竺なぞに出かけることはない、と引きとめ、現にここで仏教の創唱者・釈尊の生涯を見せようと言って消える。やがて大地が震動して龍神が現れ、摩耶の誕生、鷲峯の説法、双林の入滅、と釈迦一代を再現してみせる。龍神は、明恵上人がそれらに満足して天竺行を思い止まったのを見定め、猿沢の池水を返して、いずこかへ消え失せる。