安宅 / 清水 / 道成寺

2012/02/26

観世能楽堂で、武田宗典道成寺の会。武田宗典師の初めての自主公演で、「道成寺」の披きとなります。番組は次の通り。

見所はほぼ満員で、しかも女性ばかり。右の写真のようなイケメンだからでしょうか?しかし「道成寺」のシテは面を掛けて演じられるので、素顔を見ることはできないのですが……。

安宅

「道成寺」を披く武田宗典の父・宗和師による「安宅」。昨年10月に浅見真州師の弁慶で観て以来の二度目ですが、今回の「安宅」も素晴らしい出来でした。

蕭条たる笛の音、森常好師のいつにも増しての美声による名ノリ。続いて次第の囃子に乗って義経主従の登場で、義経は常のとおり子方。高貴な紫色の山伏出立で大人たちの先頭に立ち、次第となりました。地取の代わりのアイの狂言次第がえらくリキの入ったものだなと思って聞いていましたが、弁慶もまたずいぶんとダミ声。しかし、気迫と切迫を感じさせる声でもありました。続く上歌を浅見真州師は謡わずに超然と立ち尽くしていましたが、今日の武田宗和師はツレたちと共に謡い、その最後に目付柱を見込んでから二列のツレたちの間に入って足拍子を踏んで安宅に到着。シテの着キゼリフの後、ミニチュアサイズの葛桶に座っての子方の最初の台詞はもちろんいかに弁慶ですが、子方らしい高い声(小学校低学年?)ながらよく通る芯のある声で、続く問答の長い台詞も完璧。風格すら感じさせて、これは凄い!

さて、関所で山伏を吟味しているという旅人の話に驚いた一行は対策会議の末、貴人の風のためにとても山伏には見えない義経に強力の格好をさせることにします。弁慶の命を受けてアイ / 強力が物見に行っている間に変身を完了し、笈を背負って目深に笠をかぶった子方が弁慶の御立ちあらうずるにて候の言葉に従って立つと、手にした竹杖は子方の身長の1.5倍はあり、しかもずらりと立ち並んだ山伏達に見下ろされる構図になってなんとなくユーモラス。ともあれ、一行は一列縦隊で橋掛リに入り(子方は後見座へ)三ノ松で廻ってシテは常座へ、ツレ一同は橋掛リ上に並び立ち、ここからワキとの対決となります。昨日も三人の山伏を斬ったというアイ / 従者にそれは判官殿だったのか?とずいと詰め寄るシテ、問答無用とはね返すワキ。さらば最期の勤めをと後見の手を借りて手際よく肩上げの姿になったシテが正先に安座すると、ツレたちも舞台に進んできてひらひらと舞い降りるように安座し、シテを要とする扇の形を作りました。それ山伏と言つぱ……と始まるノットの謡は、途中ここにて打ち留め給はん事でシテがワキをチラ見し、不動明王がどう思うか、熊野権現の罰も当たるであろう、などとあからさまに威嚇的。唵阿毘羅吽欠とシテは印を結び、ツレはざざっと中腰になって一斉に数珠を揉めば、見所にまでそのエネルギーが伝わってきて、ワキが気圧されるのも十分に頷けます。ならば勧進帳を読んでみよと問われてももとより勧進帳はあらばこそ、そこで取り出した「往来の巻物」とは手紙の模範文例集のことだそうです。後見から巻物を受け取り、目付柱の近くに立って朗々と勧進帳を読み上げるシテ(小書《勧進帳》により独吟)、ひそかに覗き込もうとするもシテの視線に近づけず耳に全神経を集中するワキ、その背景でひそやかに音を重ねる大小の鼓。

ついに通行を許可された一行が足早に橋掛リへ進んだとき、その最後尾についた義経を見咎めたアイの注進を受けたワキが腰の刀に手をかけて子方にいかにこれなる強力留れとこそと大音声(つい「自然居士」の人買いの憎々しげな様があるを連想)をかぶせると、子方はよろよろと後ろずさって大きな竹杖を肩に下居しました。なるほどここは、子方が義経を演じていることで、観る方も不安になるほどの危うさが感じられてきます。シテとワキとの問答があり、竹杖をとっての折檻は背後から笠をバシバシ!子方にしてみれば相当怖いでしょう……。それでも通さぬと言うワキの前へ、シテを先頭に立てツレ一同が二列縦隊で並び、最初は一列ずつ、最後は全員ひとかたまりになって押し合いへし合いをして、シテは体重を完全に後ろの集団に預けた状態でずるずると押し出されながらワキに迫りました。これに負けたワキは、声をうわずらせて近頃誤りて候。はやく御通り候へ

ツレ一同が大小前から脇座にかけて弧を描くように立ち位置を変えることで場面は一瞬で転換し、シテが子方の前で関での打擲を嘆いた後に、義経のさては悪しくも心得ぬと存ずからの長い台詞となりますが、ここも詞章・発声ともに完璧。章志くん、見事に天才子方ぶりを発揮です。そして小書《瀧流之伝》に伴い、義経が身の不運を嘆くクリ・サシ・クセは省略されて、囃子方の後ろから橋掛リに出ていたワキとアイのやりとりに引き継がれるうちに、子方は後見座へ。

ワキからの申し入れを受けての最後の酒宴の舞では、盃を浮かめてで扇を広げて目付柱の前に投げ、これなる山水の落ちて巌に響くこそでは目付で水の落ちるさまを見下ろす型。鳴るは瀧の水の後に続くシテ / ワキの問答は省略されて、正中に座しているシテが両袖を上げて顔を隠す姿から、盤渉調になった笛を聴いて立ち上がると急ピッチの囃子に乗って勇壮な男舞となります。険しい表情、揺るぎない構え、強い足拍子、流れるような回転、動と静の際立った対比。弁慶の気迫が見所を圧する、見事な舞でした。その最後に、揚幕の前で腰の小刀に手を掛け右袖を巻いて前に伸ばした形でじっと気をためたシテは、一気に舞台に進むとワカ鳴るは瀧の水と共に上ゲ扇で一行を一斉に下がらせ、ワキに一礼ののち橋掛リへ。一ノ松で一度振り返って、最後は三ノ松で左袖を巻いた姿で留拍子を踏みました。

清水

続いて、山本則重・則秀兄弟(父は則俊師)による狂言「清水」。茶会で使うには、柳の水か醒ヶ井か(いずれも京の名水として今でも有名)、または野中の清水がよい。ならば野中の清水を汲んでこいと言われた太郎冠者は、これから茶会のたびに水汲みに出されてはたまらんと、七つ下がりには鬼が出ると断ろうとしますが、ついに主に追い出されてしまいます。一計を案じた太郎冠者、目付のあたりへつっと進むとどん!と足拍子を踏み、ごろごろと転がって「悲しや、悲しや」。驚いた主が駆け寄ると太郎冠者は(仮想)追っ手を振り返り、動悸を静めて主に、清水を汲もうとすると鬼が出たと説明しました。ところが、そのとき主から預かってきた家宝の桶を鬼に喰われたと説明したものだから、主は激怒。お前よりも桶が大事だと叱りますが、どうも合点のいかない主は自分で清水へ行くことにします。

困ったのは太郎冠者。それならと鬼の面と杖を用意し、先回りをして清水にやってきた主をさんざんに脅かし、命乞いをする主に、太郎冠者に夏には蚊帳を吊らせろ、まだある、夏は冷や、冬は燗で酒を飲ませてやれ、と都合のいい約束を主にさせます。ほうほうの態で帰ってきた主は太郎冠者と行き逢うと最初は強がっていましたが、袖に土がついていることを指摘されて鬼に会った顛末を話しますが、それにしても太郎冠者を贔屓にするのが合点がいかぬ、お前の親類に鬼はいないか?と聞くと、そう言えばいとこ鬼・はとこ鬼がいたが、昔のことだと煙に巻こうとする太郎冠者。ところで、太郎冠者は鬼に会って何と言われたのか?と聞かれて無防備に鬼の脅し文句を声色もリアルに太郎冠者が再現したところ、自分が聞いた鬼の声と今の太郎冠者の声は同じだ!と主は気づきます。もう一度語るように命じる主に、太郎冠者もさすがに警戒して、まずは小さくて抑揚のないおよそ狂言らしからぬ発声で再現して、見ているこちらもにやにや。そうじゃないだろう、と主に言われて今度は高い声での凄い早口で語って、見所の爆笑を誘いました。しつこく求められて仕方なく、太郎冠者は鬼の声色を再現したところでどうやら主は真相を理解した様子です。

主はまだ合点がいかないともう一度清水に行くことを太郎冠者に告げ、太郎冠者も、仕方ない、もう一度脅そうと清水に向かいます。もとをただせば野中の清水に行くのを面倒がって鬼に襲われたという「狂言」を仕組んだのに、その嘘を通しきるために二度も清水に行く羽目になった太郎冠者は訳のわからないことになっているのですが、太郎冠者自身、主を脅すことが目的と化しているのでそうした矛盾に気づいていないという点が、この狂言の筋書き上のおかしみです。最後は清水で脅しにかかった太郎冠者の鬼の面を主にとられてしまい、やるまいぞと追い込まれました。

仕舞は、狂言「清水」に引き続いて休憩前に三郎太くんの「菊慈童」、休憩の後に「高砂」「西行桜」「花筐」「天鼓」の四番。三郎太くんはぐっと背が伸びて謡に力が出てきたなあと思いましたが、休憩明け最初の「高砂」の観世芳伸師を見れば、やはり舞のキレ、構えの安定感はレベルの違いがまざまざ。三郎太くん、がんばりましょう。「西行桜」の関根祥六師は今日は手が震えることもなく枯れた味わい、「花筐」の野村四郎師は重厚、そして「天鼓」の山階彌右衛門が飛ビ返リなども交えたキビキビした舞で締めました。

また、宗家清和師による舞囃子「羽衣」は、少女は衣を着しつつ、霓裳羽衣の曲をなし……と羽衣を返してもらった御礼に天人の舞楽を舞い、次第に天上に消えて行くさまが舞われました。盤渉調の高い笛に乗ってゆったりと舞われる序ノ舞は、面を掛け天冠を戴き、長絹をまとって舞われれば優美そのものですが、こうして裃姿で舞われると、優しげな面の下に隠されていた厳しい表情、美しい装束の下の厳しい身体の線が見えて、この曲に対する印象を新たにします。

道成寺

いよいよこの日のメインイベント、武田宗典師による「道成寺」の披き。これまで「道成寺」は桑田貴志師(観世流)、谷本健吾師(同)、金剛龍謹師(金剛流)のそれぞれの披きと、浅見真州師(観世流)の舞台とを観ていますが、結論から先に言うとこの日の「道成寺」は、最初の三人の披きのいずれにも勝るとも劣らない、完成度の高い「道成寺」でした。

囃子方と地謡が舞台に入り、鐘は前後に二人、鐘の横にも二人がついて運び込まれて、滑車へ吊り綱をかける作業は幸先よく一発で決まり、いよいよ名ノリ笛。ワキ / 道成寺住僧(宝生欣哉師)の名ノリに続き、そのワキの命を受けたアイ / 能力の女人禁制の触れ、そして静寂そのものの中での山本東次郎師が舞台をゆっくりと廻る姿は、緊迫感に満ちたものとなりました。

鋭いヒシギが入って空気が一変、習ノ次第は大小の鼓が高く、低く、唸るよう。妖しい笛が加わって鼓のボルテージが上がる内に、幕が上がってシテ / 白拍子が登場。幕の前に佇んだシテは、ややあってゆっくり橋掛リを進み始めましたが、その立ち姿は多少着膨れた感があるもののすらりと高く、舞台に入ってからの次第作りし罪も消えぬべし、鐘の供養に参らんも明瞭な発声でじっくりと謡われました。地謡陣による地取もとりわけゆっくりと謡われ、続いてサシ、道行の中で急ぐ心かまだ暮れぬはとりわけ高く、強く、舞台上を圧するよう。能力とのやりとりの後、物着の間に鐘はより高く吊り上げられ、そして烏帽子を戴いてすっと立ち上がった後ろ姿は、既に妖しい雰囲気を漂わせています。橋掛リに出て、一ノ松でゆっくりと振り返って鐘を見上げた次の瞬間、シテがきっと姿勢を変えると共に大鼓・亀井広忠師が最大音量での咆哮!一気に舞台に走り込んだシテは嬉しやさらば舞はんとて。そして再びの次第花の外には松ばかり暮れ初めて鐘や響くらんを聴くうちに小鼓・大倉源次郎師がシテと向き合うように身体の向きを改めました。

いよいよ乱拍子。大倉流の長く引く目一杯の掛け声を伴って打たれる小鼓とシテとの一騎打ち。意思を持って白拍子を引き寄せようとしているかのように舞台上に吊り下げられている鐘の目付側を小さく鱗型に回るシテは、足の上げ下げや身を静める型は最小限の動き、しかし一瞬でささっと数歩前進する動作の中に逸る気持ちがこめられ、緊迫感の内に20分間で一周を終え、ついに強い足拍子から扇を前にかざして道成の卿へと入ります。そして道成寺とは名づけたりやから突如テンポアップして、乱拍子で貯めに貯めたエネルギーを一気に解き放つような急ノ舞へ。ダイナミックに舞台上を駆け回る急ノ舞の最後、シテが常座に立ったところで後見(宗家)がつと立ってシテの烏帽子の紐を直したのにはちょっと驚きましたが、委細構わずシテは前場最後のワカを地謡との掛け合い謡いながら、ついに扇で烏帽子を飛ばし、鐘の真下に入ると足拍子の連打。渾身の跳躍と鐘が落ちるタイミングがぴたりと合って、シテの姿はきれいに鐘の中に吸い込まれました。凄い!完璧!

山本東次郎・則俊両師というぜいたくな組み合わせの能力二人の押し付け合いは、とりわけ東次郎師の「頼むよ〜」という感じの情けない演技がコミカルでしたが、あら助かりやと下がっていった後は舞台上に再び緊張が戻り、ワキによる鐘の由来譚に続いて囃子方がリズミカルな囃子を奏しだすと、ワキとワキツレは鐘に向かってさらさらと数珠を揉み始めます。かすかに鐘が上がって回りだすとともに太鼓の打音が加わり、いったん鐘が降りて囃子がテンポアップすると、鐘の中からジャンジャンと鈸の音。再び鐘が薄く上げられて左右に激しく揺れ、ついで完全に引き上げられると、そこには後シテ / 蛇体の姿がありました。般若面、長鬘、鱗摺箔、黒地丸紋尽縫箔腰巻のノーマルな姿で、身に唐織を巻き付け赤い打杖を持って立ち上がり、ワキたちとのバトル開始。激しく渡り合い、押されて橋掛リにさしかかるところで唐織を落とす鱗落とし、幕前まで引いてから逆襲に転じシテ柱の手前で鐘を見上げる執心の目付、シテ柱に背中を預けて巻き付くように舞台に入る柱巻キのいずれもくっきりとした型を見せて、さらに舞台上では一気に崩れ落ちるような安座、さらに目付柱をめがけての飛ビ返リと大胆な型の連続。最後は鐘を見上げて怨みを残しつつ、橋掛リを一目散に下がって幕の内へ大きく飛び込んで消えました。蛇体のおどろおどろしさを示すというよりは、清々しいまでにきびきびしたバトルを見せてくれて、実に思い切りのいい後シテでした。最後はワキが常座で留拍子を踏み、附祝言は「淡路」千秋の秋津島。治まる国ぞ久しきです。

配役

能「安宅 勧進帳・瀧流之伝 シテ / 武蔵坊弁慶 武田宗和
子方 / 源義経 武田章志
ツレ / 義経ノ郎等 松木千俊
ツレ / 義経ノ郎等 清水義也
ツレ / 義経ノ郎等 佐川勝貴
ツレ / 義経ノ郎等 武田祥照
ツレ / 義経ノ郎等 角幸二郎
ツレ / 義経ノ郎等 坂口貴信
ツレ / 義経ノ郎等 武田文志
ツレ / 義経ノ郎等 坂井音隆
ツレ / 義経ノ郎等 武田友志
ワキ / 富樫某 森常好
アイ / 強力 山本泰太郎
アイ / 従者 山本則孝
松田弘之
小鼓 森澤勇司
大鼓 亀井忠雄
主後見 坂井音重
地頭 浅見真州
狂言「清水」 シテ / 太郎冠者 山本則重
アド / 主 山本則秀
仕舞 菊慈童 観世三郎太
高砂 観世芳伸
西行桜 関根祥六
花筐 野村四郎
天鼓 山階彌右衛門
舞囃子「羽衣 彩色之伝 シテ / 天人 観世清和
地頭 岡久広
藤田貴寛
小鼓 住駒充彦
大鼓 原岡一之
太鼓 小寺真佐人
能「道成寺」 前シテ / 白拍子
後シテ / 蛇体
武田宗典
ワキ / 道成寺住僧 宝生欣哉
アイ / 能力 山本東次郎
アイ / 能力 山本則俊
杉信太朗
小鼓 大倉源次郎
大鼓 亀井広忠
太鼓 助川治
主後見 観世清和
鐘後見 上田公威
地頭 武田志房

あらすじ

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清水

主人から、茶会で使う水を野中の清水へ汲みに行くように命じられた家来の太郎冠者は、面倒なので、七つすぎると、あのあたりは鬼が出るから嫌だと断るが、主人は承知せず家宝の桶を持たせて追い出す。太郎冠者が鬼に襲われたふりをして帰ってくると、主人は家宝の桶を惜しみ、みずから清水へ行くといいだす。先回りした冠者が鬼の面をかぶって脅すと、主人は命乞いをして逃げ出すが、冠者に都合のいいことばかり言う鬼の言葉や、冠者そっくりの鬼の声など不審な点が多いので、もう一度清水へ確かめに行く。冠者はもう一度鬼に扮して脅すものの、今度は正体を見破られてしまう。

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