翁 / 鶴亀 / 鍋八撥 / 羽衣 / 岩船

2011/01/03

新年最初の観能は、観世会定期能。かつては正月の伝統芸能といえば歌舞伎だったのですが、昨年はとうとう一度も歌舞伎公演に足を運ばず、もっぱら能楽堂、たまに文楽という感じでした。果たしてこのまま、長年親しんできた歌舞伎を見捨てることになるのか?……それはさておき、年の初めの能と言えば、やはり「翁」です。

翁 

今日の「翁」では、二組の親子が同じ舞台の上に立ちました。観世流宗家清和師(翁)と三郎太くん(千歳)、狂言方野村萬斎師(三番叟)と裕基くん(面箱)。切り火の音が消えてしばらくしてから、面箱を先頭に、翁、千歳、三番叟の順で出てきて、清和師が正先にて礼拝。言葉には出さずとも、心に「天下泰平、国土安穏、五穀豊穣」と唱えているはずです。

笛柱近くに座した清和師、そのトンという膝の音に反応して裕基くんが面箱を清和師の前へ。白式尉の面を取り出して箱の上に置き、萬斎師は常座、二人の少年は脇座に下居すると、清和師による呪文とうとうたらりたらりら。たらりあがりららりとうが張りつめた能楽堂の空間に力強く満ちあふれてゆきます。続いて鳴るは滝の水から始まる千歳の舞は、きびきび。その間に面を掛けた翁は立って三番叟と向き合い、ここで萬斎師は後見座へ。ここからの翁の呪歌と舞は素晴らしい気迫に満ちたもので、とりわけ天下泰平、国土安穏、今日の御祈禱なりのくだりには聞き惚れました。また、脇座で前傾姿勢になって必死に静止を続けている少年たちの至近距離で踏まれた渾身の足拍子からは、二人に何かを伝えようとしているかのような一期一会の強い思いが感じられました。

舞納め、面をとって清和師と三郎太くんが小鼓による翁返りの無限のリズムに乗って幕の内に消えたところで、今度は烏帽子を着けた萬斎師がずいと膝を進め、大鼓も入っておおさえ、おおさえ、喜びありやから揉の段となります。この三番叟の舞も、激しいものでした。不思議な掛け声を掛けつつ緩急をつけて舞い、どんどんと床を踏みしめ、そして全力でのジャンプ三回(烏飛び)。高い!最後はシューッと息を吐いて、留め。そのまま緊張感をとぎらせることなく黒式尉の面を掛け、面箱との問答。舞え、なおれと親子押し問答の末に「鈴を参らしょう」と鈴の段になります。初めは厳粛に、しかし柱に近づいて鈴を鳴らす刹那、どこかエキセントリックな妖しさが漂いました。徐々に高揚した三番叟は、揉の段でも見せた左右の足を交差させる足遣いを見せ、強烈な足拍子で大地を鎮めます。そうした土俗的なエネルギーの爆発も、最後に正中にうずくまるようにして、留め。

このように、少年たちの目の前で清和師と萬斎師が渾身の舞を見せてくれましたが、この舞台は、二人の一生に残る体験になるのだろうなと思いました。彼らが能楽界を背負って立つようになる頃(50年後?)には、自分はもうこの世にいないでしょうけれど、ぜひ師である父から多くのものを受け継いで、大成してほしい。くれぐれも、人間国宝を詐称した某歌舞伎役者のようなことにはならないでほしい……。

こうして「翁」が終わり、萬斎師と裕基くんが静寂の中を下がり、脇鼓も下がって囃子方や地謡が常の配置に変わったところで、脇能「鶴亀」に移りました。

鶴亀

一畳台が持ち込まれ、引立大宮がその上に立てられて、中国風の丸い帽子をかぶった狂言方による口開。ついでシテ/皇帝、ワキ/大臣(野口敦弘師)、ワキツレ/従臣二人。シテ(坂井音重師)は玄宗皇帝なので、それっぽい唐冠を戴き唐団扇を持って直面。ワキとワキツレは洞烏帽子で、いずれも袷狩衣姿です。大宮の内に座したシテを中心に華麗な宮殿の描写が続き、ついでワキが奏上するには毎年の嘉例のごとく鶴亀に舞を舞わせ、その後に舞楽を奏するとのこと。亀は萬年の齢を経、鶴も千代をや重ぬらんと一声があって、ここから鶴亀の中之舞ですが、鶴は黒髪に緑の長絹、鮮やかな緋大口。優しげな女面をかけて、頭上に輪冠鶴戴。亀は白髪で薄い青灰色の狩衣に白大口、邯鄲男面に輪冠亀戴。この二人の舞は見事に息が合っていて見惚れていたのですが、途中で何かが床の上に落ちました。なんだ?と思ってみていたら、どうやら頭上の鶴の右翼がとれてしまった模様。後見座に座っていた後見もそのことに気づき、「おい、翼が落ちたぞ」「拾わないとマズいですよね?」(←想像)と緊張した様子です。鶴亀は何事もなかったかのように舞い続け、その舞が終わる頃合いに後見の一人が笛の横からすすっと舞台に入って翼を拾い上げ、袖に入れました。もし、足拍子を伴う舞で万一踏み付けていたらただではすまなかったでしょうが、そのおそれのある場所に落ちていた場合には、後見は舞が終わるのを待つことなくただちに拾いに行ったでしょう。ともあれ、鶴亀がめでたく舞い納めて笛前に下がると、シテは一畳台を下りて廷臣一同(見所)を見渡し、舞台をぐるりと回ってから唐団扇を構えてゆったりとした舞=楽が舞われました。太鼓も入って賑やかに、足拍子も多用された長大な舞ですが、皇帝自ら舞う舞楽なのであくまでも厳かです。一畳台の前で楽を舞い終えると、地謡に乗って常座で左袖を巻き上げ、最後に留拍子。その瞬間、ツレ、ワキ、ワキツレたちが揃って立ち上がって、その効果で舞台上がぱっと明るく華やかな様子となり、めでたく終曲となりました。

鍋八撥

続いて狂言ですが、囃子方はまだ舞台上に残ったまま。これはたいへんだ。新しい市の市司になりたいものは一番乗りをせよ、という高札を目代が常柱に掲げる仕種をした後に、棒に羯鼓をくくりつけた男が登場。この羯鼓売りは一の店いちのたなに着こうと夜をこめてやってきて、自分が一番に市に着いたことを知り「なうなううれしや」と喜ぶと脇座に座し、額の前に拳を重ねて眠る様子です。そこへ後からやってきたのが、鍋売りの万作師(!)。自分の商売にコンプレックスがあるらしく、今は賎しい商売だが一の店につけばいずれは金襴緞子など商いたいなどと言ううちに、既に先に並んでいる者があることに気づきました。しかしそれくらいではへこたれない万作師、抜き足差し足で羯鼓売りの前に鍋を置き、鍋の御用は自分へ!と名乗ってこちらも一寝入り。

この後は当然、羯鼓売りと鍋売りの喧嘩になって目代が仲裁に入って互いの言い分を聞くのですが、真面目に怒る羯鼓売りと飄々としつつも太々しい鍋売りの対比が笑えます。羯鼓にはめでたい詞、鍋にもめでたい歌があって埒が明かず、困った目代が何ぞ勝負を!と求めて、ここからは形勢逆転です。まずは棒振り。笛に乗って棒を弓取り式の弓のように左右に振るのですが、最初はゆっくり、だんだん速くなって最後はびしっと脇で止める見事な技。これに対して鍋売りは棒を貸して欲しいと言いますが、羯鼓売りに「めいめいの物で振れ」とにべもなく断られて仕方なく紐をかけた鍋を振りました。なにしろ大事な商売道具なので、落としでもしたら大変。これを見て目代は「振りにくいものをよう振った」と褒めて決着が着かず、次は羯鼓打ちとなります。羯鼓売りは紐を襷にかけて羯鼓を腹の前に構え、これまた笛に乗って細かい足拍子を見せながら実際に羯鼓を打って見せました。一方、鍋売りは羯鼓もないし撥もないのですが、何も貸さぬでは心ない者と思われるので撥を貸そうと上から目線の羯鼓売りに撥を貸してもらって、お腹の前に鍋をくくりつけた珍妙な格好でぴょんぴょん。鍋を打ったところで慌てて撥を放り出し、危うく割れるところだったと滝汗です。羯鼓売りが撥を貸したのは、実は意地悪だったのかも?ついで、二人で笛に乗って舞うのですが、撥を振るって見事に舞う羯鼓売りに対し、鍋売りの方は笹の束のようなものを手にして横目で必死に羯鼓売りの真似。ところが、最後に羯鼓売りが連続側転(見事!)を披露して、そのままくるくると橋掛リを下がっていってしまったのには鍋売りも見所も目が点。さんざんためらったあげく、鍋売りは床に手をついてぐるぐる、そして腹這いになった途端に鍋はばりんと割れてしまいました。これを見て鍋売りは一言、「数が多なってめでたい」。

脇狂言らしくめでたく留めて、ここでやっと休憩。ここまで連続3時間近く、囃子方はずーっと舞台上にいたのですから苦行以外の何ものでもありません。お疲れさまでした。

仕舞四番、独吟一番。幽雪師はこういうお顔だったのか、面が一体化したような平べったいお顔だな、独吟はたった一人の声が能楽堂の中を隅々まで満たしてゆくのが凄いな、などと勝手な感想を思っているうちに終わり、続いて世阿弥作「羽衣」です。

羽衣

小書《和合之舞》がついて、常の演出では立木台に松の作リ物が置かれるところをここでは一ノ松の欄干に紅の長絹が掛けられます。「お幕」の声が聞こえて、段熨斗目の上に茶の水衣肩上姿のワキ/漁夫白龍(工藤和哉師)と紺の無地熨斗目に薄青の水衣をこれも肩上げにしたワキツレ二人が竿を肩にして登場。一声の後、ワキツレは脇座へ、ワキは後見座へ竿を置いて二ノ松へ。これは三保の松原に……。ここからの詞章は謡本と見比べるとかなりの省略がなされていますが、「羽衣」の小書はだいたいにおいて短縮形に向かうようです。下歌・上歌も略されてワキはいきなり衣を見つけ、とりあげて脇座へ。そこへ幕が上がって中からシテ/天人(谷村一太郎師)がなうその衣は自分のだと呼び掛けます。ゆったり現れたシテの姿は、頭上には鳳凰天冠、若い女性の面、摺箔着付に縫箔腰巻で、これは半裸であることを示しています。ワキとの間で「返してください」「返さない」のやりとりがあり、とうとうシテが天上に帰れない身の上を悲しんで泣き出してしまう(シオリ)と、さすがにかわいそうに思ったワキは羽衣を返すことにします。しかしあら嬉しや此方へ賜はり候へと素直に喜ぶ天人に対し、ただでは返さないのが人間の悪いところで、有名な天人の舞楽をここで奏してくれたら返すよ、と条件をつけてきました。天人の方は、それでは舞うから衣を返して、と求め、これに対して白龍は先に返すと舞曲をしないでそのまま逃げるのでは?と疑いをかけますが、いや疑ひは人間にあり、天に偽りなきものをとまで言われては羽衣を返さないわけにはいきません。このあたりのやりとり、妙にリアルで面白いですね。常座で衣を受け取ったシテは、静かな物着アシライの内に紅の鮮やかな長絹を身に着けて大小前に出て、次第東遊の駿河舞、この時や始めなるらん。クリ、サシと謡われ優美に扇が振るわれて、クセは舞クセ。天つ風雲の通い路吹き閉ぢよ 乙女の姿暫し留まりてと僧正遍昭の歌を詠み込んで、やがて正中に下居して合掌し南無帰命月天子と祈ってから、常座で後見に装束を整えてもらって序之舞に入りました。ゆったりとたゆたうような美しい舞……の内にこちらの意識もつい朦朧としてきたのですが、ふと気づくと舞のスピードが上がっていました。これが《和合之舞》の本来の意味で、序之舞からワカが省略されてそのまま破之舞へ連続させるわけです。最後は、シテが左袖を頭上に掲げてゆっくりと天上に帰ってゆき、これを見送るワキによって常座にて脇留となりました。

ところで、何だか小鼓の打音が安定しないな(掛け声もやる気なさげだし)、でもプロなんだから気のせいかなと思っていたのですが、他のブログでも同様の感想が書かれていたところからすると、やはり小鼓は不調だったのかもしれません。

仕舞四番は、銕之丞師の「嵐山」が圧巻!もとより謡の迫力は別格だし、全体重が乗った足拍子、さらにあの巨体で飛ビ返リ!驚きました。「箙」は激しい打ち合いの修羅と虚無、「梅」は静謐な舞、そして「邯鄲」は梅若玄祥師の朗々たる謡、大らかな中にもぴんと筋の通った舞が見事でした。

岩船

観世流では後場のみの半能で演じられるようですが、とにかくめでたい祝言曲。凄い音圧のヒシギの笛で始まり、ワキ/勅使(御厨誠吾師)とワキツレ/臣下二人が向かい合って次第。名ノリ、待謡とさらさらと短縮形で進んで、早笛に太鼓も入って囃子方が高揚すると、さっと幕が上がり龍戴、赤頭、法被を右肩脱ぎにしたシテ/龍神(清水義也師)が登場。一ノ松で気迫のこもった名ノリ我はこれ下界に住んで神を敬ひ君を守る秋津島根の龍神なり。常座に出て舞台上をぐるぐると廻り、詞章も賑やかにえいさ、えいさらえいさ。持っていた竿を扇に変えて激しく足拍子を踏み、左袖を返すと高速回転。最後は常座で留拍子を踏みました。わずか15分の短い曲でしたが、とにかくシテも囃子方も元気一杯で詞章もめでたく、いかにも正月にふさわしい締めくくりでした。

この日の観能を皮切りに、今年もなるべくたくさんの能を観に行きたいものです。いろいろと勉強して、鑑賞眼も養わなくては。

配役

能「翁」 観世清和
三番叟 野村萬斎
千歳 観世三郎太
面箱 野村裕基
能「鶴亀」 シテ/皇帝 坂井音重
ツレ/鶴 武田宗典
ツレ/亀 坂井音晴
ワキ/大臣 野口敦弘
アイ/官人 高野和憲
一噌隆之
小鼓 大倉源次郎
脇鼓 鵜澤洋太郎
脇鼓 古賀裕己
大鼓 亀井広忠
太鼓 観世元伯
主後見 木月孚行
地頭 岡久広
 
狂言「鍋八撥」 シテ/鍋売り 野村万作
アド/羯鼓売り 深田博治
アド/目代 石田幸雄(野村万之介代演)
 
仕舞 老松 梅若吉之丞
草子洗小町 片山幽雪
隅田川 梅若万三郎
鞍馬天狗 山階彌右衛門
 
独吟 弱法師 藤波重和
 
能「羽衣 和合之舞 シテ/天人 谷村一太郎
ワキ/漁夫白龍 工藤和哉
一噌仙幸
小鼓 亀井俊一
大鼓 國川純
太鼓 三島元太郎
主後見 関根祥六
地頭 武田志房
 
仕舞 嵐山 観世銕之丞
観世芳伸
キリ 野村四郎
邯鄲楽アト 梅若玄祥
 
祝言 能「岩船」 シテ/龍神 清水義也
ワキ/勅使 御厨誠吾
杉信太郎
小鼓 森澤勇司
大鼓 柿原光博
太鼓 桜井均
主後見 観世清和
地頭 角寛次朗

あらすじ

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鶴亀

泰平の御代、宮殿では新年の節会が行われ、帝は参列した廷臣の拝賀を受ける。鶴と亀が舞って千年万年の長寿を捧げると、喜んだ帝も舞を舞い、国土繁栄を寿ぐ。

鍋八撥

目代は、新しい市に一番乗りした商人を市の代表に取りたてた上、免税にすると高札を出した。高札を見た羯鼓売りは一番乗りし、夜明けまでまだ間があるので一眠りして待つことにするが、そこにやってきた鍋売りは、羯鼓売りより前に陣取って寝る。目覚めた二人は言い争いを始め、仲裁に入った目代は二人に勝負をさせることにする。しかし、棒振り、鳴り物といずれも羯鼓売りに及ばない鍋売りは、ついに鍋を割ってしまう。

羽衣

漁夫・白龍が三保の松原で松に掛かった羽衣を持ち去ろうとすると、天女が現れ、返して欲しいと言う。羽衣がなくては天に帰れないと嘆く天女に同情した白龍が羽衣を返すと、天女は返礼に舞を舞い、天空高く帰って行く。

岩船

高麗・唐土の宝を求めるようにとの勅命を受け、住吉の浦に勅使が赴く。やがて龍神が現われ、金銀珠玉を積んだ岩船を守護し、御代を祝福する。