女流義太夫の新たな世界(妹背山婦女庭訓 / 壺坂観音霊験記)

2010/02/24

ときどき参加している「風貴銘酒会」で、昨年11月にご一緒した和服シスターズが太棹三味線を習っているという話題になった流れで、彼女たちの先生も出演するという「女流義太夫の新たな世界」を観に行くことにしました。場所は、初見参の紀尾井ホール。四谷駅から徒歩数分という便利な場所にあるこのホール、一階の室内楽用ホールでは「ショパン生誕200年記念年オープニング・コンサート in Japan」でポーランド関係者など国際色豊かなお客さんがたむろしていましたが、五階のその名の通りこじんまりとした小ホールは、思い切り和風。

女流義太夫は250年くらいの長い歴史を持っているそうですが、ほとんどが素浄瑠璃として演じられるもの。しかし、ここ紀尾井ホールでは二年前から人形付きでの女義公演を上演しているのだとか。そして今回人形を遣わはるのは、吉田文雀、吉田和生、吉田玉女といった錚々たるメンバーです。

妹背山婦女庭訓

「道行恋苧環」。緞帳が上がると舞台正面奥に緋毛氈の台があって、太夫と三味線が4人ずつ。若葉色の明るい裃が目にまぶしい感じ。上手には春日大社の鳥居が立っています。出だしの太夫4人での斉唱(?)を聞いたときは、タイミングはばらばらだし低音は出ないし声量は足りないしでがっくりきたのですが、詞の部分で各人のソロになると、おっ、聞かせるじゃないですか。それに三味線は見事な演奏、そして人形は何しろ和生さんと玉女さん。舟底前の手摺が低くちょっと違和感がありはしますが、喜怒哀楽のはっきりした里娘のお三輪、そのお三輪に打ちかかられてきゃあと袖で顔をかばう巫女姿の橘姫、この二人に両側から袖を引っ張られて往生するモテ男の求馬という三角関係を短時間ですが楽しく聴き、見ました(ただし、この後ストーリーは悲劇へと転じてゆくことになります……)。

休憩時間の間に、私の後ろに座った母娘の会話。
娘「次の太夫は『駒之助』っていうことは、男なの?」
母「女だよ。それ(女流義太夫)を聴きにきてるんじゃないの」
私「(絶句)」

壺坂観音霊験記

「沢市内より山の段」。こちらは上手に床が出て本格的文楽の世界。人間国宝竹本駒之助に三味線の鶴澤津賀寿が組んで、「と〜ざ〜い」の黒衣さんの声も心なしか気合が入っている様子です。座頭の沢市の家では、妻のお里が針仕事中。吉田文雀師のお里は、針を選び、糸を切り、針穴に糸を通すひとつひとつの仕種に血が通っています。上手の障子が開くと、そこには和生さんが遣う沢市が三味線を構えていて、床の三味線と完全にシンクロ。和生さんはもちろんですが、左遣いさんも実にいい仕事しています。お里の不義を疑う沢市とお里のやりとり、そして有名な三つ違いの兄さんとのお里のクドキは語りも三味線も見事ですが、どちらかというと沢市の詰問と、その後真実を聞かされての泣きながらの詫びの方が聴きごたえあり。

場面が変わって壺坂寺の近く、萌黄幕が引かれると断崖を持つ高台が上手寄りにあり、背景は黒幕。お里と一緒に壺坂寺に開眼祈願のためにやってきた沢市は、お里にこれ以上苦労をかけまいとする心を隠してお里に先に帰るよう告げますが、ここもしみじみとした語り、絶妙の三味線。そしていよいよ沢市が身を投げる場面では語りも最高潮に達し、ここで沢市の人形が手を合わせたかと思うと、和生さんの手を離れて合掌したまま宙に飛びました(!)。胸騒ぎがして壺坂寺へ戻ってきたお里は、谷底に夫の死骸を見つけて驚愕。髪を振り乱しどうせう/\どうせうぞいなと絞り出すよう。聴いているこちらも泣けてきます。そして文雀師のお里もまた、沢市の後を追って谷底へ……。人形が人形遣いの手を離れて宙を飛ぶというのは、今回初めて見ました。

背後の黒幕が開いて、暗い谷底の情景。ここに観世音が現れて、日ごろの信心とお里の貞節のゆえに寿命を延ばし与える旨を告げます。生き返ったお里と沢市。喜び合う二人ですが、ふと気づいた沢市はお里に向かってところでアノ、お前はマアどなたじゃえ。ずっこけたお里がお前の女房だと言うと沢市はヤ、コレハシタリ初めてお目にかかりますとまるでチャリ場。最後は観世音の功徳を讃えながら手拍子足拍子も賑やかに二人で踊って、めでたく幕となりました。

女流義太夫というのは今回初めて聴いたのですが、さすが故越路大夫師の唯一の女弟子だった竹本駒之助、違和感がないどころか、いつの間にかぐいぐい引き込まれてしまいました。また、和服シスターズのお師匠さんでもある鶴澤津賀寿も、音も姿も凛として美しく、見事としか言いようがありません。ひょんなきっかけからいいものを聴くことができて、ラッキーでした。

配役

妹背山婦女庭訓 道行恋苧環 お三輪 竹本土佐子
橘姫 竹本土佐恵
求馬 竹本越浩
  竹本綾一
鶴澤駒治
鶴澤駒清
鶴澤津賀花
鶴澤弥々
〈人形役割〉
橘姫 吉田和生
藤原淡海(求馬) 吉田玉女
お三輪 吉田清三郎
 
壺阪観音霊験記 沢市内より山の段 竹本駒之助
鶴澤津賀寿
  ツレ 鶴澤三寿々
〈人形役割〉
女房お里 吉田文雀
座頭沢市 吉田和生
観世音 吉田玉彦

あらすじ

妹背山婦女庭訓

布留の社頭で巫女に追いついた求馬は、本名を明かせと迫る。そこへお三輪が追いつき、恋人の奪い合いになる。巫女が戻ろうとするので、求馬は赤い糸の苧環を巫女の袖に付けて跡を追い、お三輪は求馬の裾に白い糸を付けて跡を追う。

壺坂観音霊験記

座頭の沢市は、壺坂寺のほとり土佐町に妻のお里と二人で住んでいる。沢市は箏や三味線を教え、妻のお里は近所の洗濯や針仕事で、貧しいながら仲良く暮らしている。沢市がこのところ気になるのは、毎晩七つ過ぎになるとお里が家にいないこと。問いただしてみると、沢市の目があくように壺坂の観音様に願かけに参っているという。それを聞いた沢市は、自分もお参りしたいといって夫婦そろって寺にでかける。

寺へ着いた沢市は、三日間断食をするといってお里を帰し、治る見込みもないのに祈願するより、死んだならばお里にこれ以上の苦労をかけまいと、谷底へ身を投げる。胸騒ぎがして急いで寺へ戻ったお里は、夫の死骸を見つけ、盲目の身ではあの世へ行っても手を引いてくれる人がいなければ不自由だろうと、夫の跡を追って飛び込む。すると観世音があらわれ、日ごろの信心とお里の貞節に感じて、二人の命を助け、沢市の目も治してくれる。二人はご利益に感謝し、万歳を舞ってお礼参りにでかける。