七騎落 / 文蔵 / 井筒 / 紅葉狩

2009/11/01

観世能楽堂で、観世会定期能。自宅から徒歩10分と至近距離にありながら、この能楽堂を訪れるのは今回が初めてです。近いといっても私の住まいは目黒区青葉台、こちらは渋谷区松濤。街並みはあくまで閑静で、一軒一軒の敷地が段違いに広い!そんな雰囲気の中にひっそりと建つ、外観は案外シンプルな建物が観世能楽堂でした。

この日の番組は次の通り、動〜静〜動とタイプの異なる能の間を狂言と仕舞でつなぐ構成です。

七騎落

まずは、源平盛衰記に題材をとった「七騎落」。作者不明。次第の囃子とともに、弓矢をたばさんだ武者が出てきて、これがツレ / 頼朝(観世芳伸師)。以下、ぞろぞろと武者や法師姿、それに子方も登場して、舞台上で二列に並び向かい合って身は捨小舟恨みても、かひなきや浮世なるらんと次第。これだけの人数が一度に舞台に上がるのは、例えば「攝待」でも見ましたが、やはり迫力があります。しかし、場面は石橋山の合戦に敗れた頼朝主従が真鶴から安房へと船で落ち延びようとしているところ。一同が脇座から大小前まで居並んだところで、頼朝は同行の人数を確認して、八人というのは祖父・為義、父・義朝とも不吉の例なので一人下ろせと、シテ / 土肥実平(野村四郎師)に命じます。ひどい主君だ……。しかし、詞章はこの頼朝の非道な命令を咎めだてることは一切せず、実平の苦悩を語り継ぎます。

実平はまず、白髪の武者・岡崎義実(岡久広師)に降りてくれないかと頼みますが、もちろん答はNO。老体だから役に立たないというのか、と憤る義実に対し最も陸側にいるからだと苦しい言い訳をするシテですが、義実は、自分は昨日の石橋山の合戦で息子の佐奈田与一義忠を討たれたのだから、子の遠平を連れて命二つ持ちたらんずるシテの方こそ、親子いずれかが船を降りるべきだと指摘します。ちなみにこの佐奈田与一討死の逸話は、源平盛衰記でも有名な場面らしく、石橋山に佐奈田霊社が今でも残っていますし、この後の狂言「文蔵」でも存分に語られることになります。それはさておき、義実の反論に尤もにて候。余りの道理に物なのたまひそと一言もないシテは子方 / 遠平に急いで降りろと命じますが稚く候とも、君の御大事に立たん事、誰にか劣り候べきとこれまた船から降りようとはしません。子方は観世宗家の三郎太くん。変声期前の高い声で、シテに対し一歩も引かない堂々たる応接。押し問答の末についに怒ってその儀ならば人手には掛けまじいぞと刀に手を掛けたシテでしたが、これは義実に押しとどめられます。この一連のやりとりは非常に緊迫したもので、特に遠平を斬ろうとするシテを横から義実が割って入ってとどめる一瞬の動きは目が覚めるようでした。ともあれ、追い詰められてとうとうシテ自ら船を降りようとしたところで、一転してそれなら私がと遠平。烏帽子を留めたピンクの鉢巻が背中に垂れて鮮やか。これにげにげに今こそ某が子にて候へと褒めはしたものの、その遠平を一ノ松に連れて行ってあれを見よ、敵大勢うち出でたり。構えて某が子と名乗って尋常に討死せよと言い聞かせる姿はいかにも辛そう。シテが船(舞台)に戻ると、遠平は遠ざかる船を見送って佇むロンギを地謡と共に謡い、揚幕の中へ。地謡は遠平が敵大勢に飲み込まれる様子を謡い、それまで振り返りもしなかったシテもついに腰を浮かして振り返り心のままならばあはれ遠平と一所に討死せばやと悲痛な表情を見せます(シテは直面)が、やがて別れぞ哀れなりけるにがっくりと座り込んでしまいます。ここも実に劇的な表現で、子別れの痛切な哀しみが伝わってきます。

さて、揚幕から現れたアイ / 船頭が作リ物の船を橋掛リに置き、ワキ / 和田義盛(森常好師)の登場。和田義盛は三浦一族のひとりで、酒匂川の増水のために石橋山の合戦に参戦できなかったものの、安房で頼朝と合流し、後には初代侍所別当になった武将。ここでは海上で頼朝たちが乗る船に追いつき、シテとの問答が始まります。ワキは内々に頼朝に同心する旨を申し越してあったのですが、用心深いシテはまづ謀つて心を見うずるにて候昨日の暮ほどより我が君を見失ひ申し、かように浮かれ船となってしまったと告げます。その言葉に絶望したワキはこの上は命ありても何かせん、いでいで自害に及ばんと手にしていた弓矢を橋掛リの床にばしっと叩き付けて腰の刀に手をかけたところで、後ろのアイと前のシテが二人あわてて制します。ここもまた、動きが早く緊迫感に満ちた一瞬。シテがこれは戯れ言にて候と頼朝が船にいることを告げ、ワキも喜んで対面のために陸に寄せることにします。このとき、アイがシテに向かって戯れ言も時によるものにて候と捨て台詞を吐いて作リ物の船を下げていったのにびっくりしました。狂言方の台詞だからか謡本には載っていないし、シテはノーレスポンスだしで、何とも不思議。

めでたく頼朝と対面したワキは、ここでシテになぜ御子息・遠平がいないのか、と問います。このとき子方の三郎太くんは、切戸口から後見座へ。そしてさっき自分を試した返報に今まで黙っていたがいで土肥殿に引出物申さんと船底から遠平を引き出して目付の位置に立たせると、シテは夢か現かこは如何にとて、覚えず抱きつき泣き居たりと子方に駆け寄り両手を掛けてしばし感涙に咽ぶ形となると、子方を笛前へ連れていきました。ここ、ぐっと感情移入させられる場面です。よかったよかった。

ワキから遠平救出の顛末を聞いて嬉し泣きのシテ、酒宴となって頼朝とワキとに扇をもって酒を注ぐと、ワキの求めに応じて勇壮な男舞を舞います。強く激しい足拍子を伴うスピーディーなこの男舞は、膝を突く音も高らかに、いかにも武者らしい力強さに満ちた見応えのある舞が展開してぐいぐい引き込まれ、最後に地謡がシテ / 実平の忠勤を讃えるうちに、留拍子が踏まれました。

静寂の内に、シテは主君・頼朝に向かって平伏。頼朝を先頭として一同は橋掛リを下がり、最後に囃子方が下がろうとするところで拍手が湧き上がりました。まずこの日の一番目、一瞬たりとも弛むことのない緊迫感と躍動感とを堪能できて大満足。

文蔵

シテは狂言界のスター野村萬斎師で、こうしてじかに見るのは初めてです。やっぱりハンサム。ちなみに、萬斎師を初めて知ったのはNHKの大河ドラマ「花の乱」(1994年)。この作品では歌舞伎界からも團十郎丈・幸四郎丈に加えて新之助丈、そして松たか子も出演していましたが、これがTVデビューの松たか子(当時17歳)は可愛かった……という話はおいといて。

この狂言のシテ / 主人は、自分に内緒で旅行してきた太郎冠者をとっちめようとするものの、アド / 太郎冠者が都見物をしがてら主人の伯父のところへも挨拶に立ち寄ってきたというのでこれを許すのですが、その伯父の家でご馳走になったものの名前を思い出せない太郎冠者にだんだんイライラ。太郎冠者は叱られると一応恐縮するのですが、基本は蛙のツラになんとかという感じで一向に堪えません。野村万之介の飄々とした風情が実にいい味です。しかし、主人がよく読む本で語られるものの名前であったと太郎冠者がいうので、自分が好むのは源平盛衰記、それも「石橋山の合戦」を好いて読むが?と主人が返すと「その合戦のところを下されました」。これには呆れた主人が「さてさて、手ひどいところを食ろうたなあ」。

それではと主人は床几に掛って「石橋山の合戦」(ここで、先ほどの「七騎落」とつながります)を語り始めます。この物語りがこの狂言の眼目で、朗々とした主人の語りに段々熱がこもってきて聴いている方も引き込まれているうちに、主人はいきなり素に戻って「……というところを食ろうてあるか?」と太郎冠者に問い掛け、太郎冠者はすまし顔で「いーや」と否定。この何とも言えない弛み具合に笑いが広がりますが、主人の方は、む、そうか、といった顔で続きをまた朗々と。こうしたことが繰り返されるうちに物語りはますます熱を帯び、夢中になった主人は太郎冠者のことも忘れて身振り手振りを交え、佐奈田与一の奮戦と討死を語るところで出てきた「真田の与一が乳人親に文蔵と答ふる」の名に、いきなり太郎冠者が「あっ、もうし、その文蔵を下されました」。これには主人はびっくり、「文蔵と言うは人の名で」食べられるものではない、などとしかつめらしい顔でたしなめたものの、そこでハタと気づいて「薀槽粥のことであろう」「薀槽粥のことでござった」「それはうんぞう。これは文蔵」。結局、太郎冠者は主人に「しさりおれ!」と怒られて終わります。

オチだけとればただの洒落ですが、萬斎師演じる主人の物語の芸、そして絶妙の間で差し挟まれる太郎冠者の飄々とした応接が呼応して、これまた楽しい一番でした。ここでようやく休憩。

井筒

伊勢物語の二十三段、井筒の女の挿話に題材をとったこの曲を「複式夢幻能の極北」と紹介する記事をネット上で読みましたが、世阿弥自身が「上花」と自ら評価した、まさに能を代表する曲のひとつです。それだけに初心者にとっては鑑賞が難しい(あまりにも幽玄な世界なので……)曲でもありますが、まずは体験してみないことには始まりません。今回、二日連続で能を観ることにしたのは、この日、この「井筒」を観ておきたかったからでもあります。

すすきを立てた井筒の作リ物を正先に置いて、名ノリ笛とともにワキ / 旅僧(宝生閑師)の登場。名ノリの後、着キゼリフもなく在原寺に立ち、風吹けば沖つ白波龍田山と美しく朗詠します。囃子方もひときわ幻想的。この歌の下の句は「夜半にや君がひとりこゆらむ」。伊勢物語で井筒の女が歌ったとされる歌で、高安の別の女のもとへ通う夫を送り出し、恨むこともなくその夜道を案じる女の心情がこめられ、これを聞いた夫が「限りなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり」となります。このように伊勢物語では報われることを求めない女の愛がこの段の主題となっていますが、しかしこのエピソードはこの曲では重要ではなく、やがて現れた前シテ / 女(観世清和師)に対するワキの求めに応じ、地謡によって謡われる夫=在原業平と女=紀有常の娘の馴れ初めから添い遂げるまでの話がクセ。二人は幼いときから仲良く井戸に映した影を見合って育ったのですが、やがて成人した二人は

筒井筒井筒にかけしまろが丈 生ひにけらしな妹見ざる間に
比べ来し振分髪も肩過ぎぬ 君ならずして誰か上ぐべき

と詠みあって、ついに結ばれたのです。ここは居クセで、中央に着座したシテ、脇座のワキとも微動だにせず、聞いているこちらの意識も幽明の境を彷徨いかけたのですが、ついにシテは紀の有常が娘とも、または井筒の女とも呼ばれたのは自分であると述べて、常座で井筒を見やり二歩後ろずさると、静かに中入しました。

アイ / 櫟本の者が在原寺に日参していることを述べてワキと言葉を交わし、業平と紀有常の娘のことを語って二人を弔うことを勧めてアイ座に退くと、ワキは夜になった在原寺で夢の出会いを期待しつつ苔の筵に臥しにけり。そして一声の囃子に導かれて登場した後シテ / 井筒の女は、紫色の地に金の花の大紋が非常に美しい長絹、頭上にはくるりと巻いた初冠。

あだなりと名にこそ立てれ桜花 年に稀なる人も待ちけり

と伊勢物語十七段の歌を謡ったのち、真弓槻弓年を経て、今は亡き世に業平の、形見の直衣身に触れてとはるかの昔に亡くなってしまった業平を偲ぶ様子。やがて業平が乗り移った形でゆったりと、小さく拍子を踏みながら序之舞を舞います。その安定した舞の途中にも、常座で右袖を頭上へ高く掲げる形が現れて思わず息を飲みましたが、その舞姿は恋しい男との一体化願望の成就を示しているよう。そしてシテと地謡の掛け合いで再び「筒井筒」の歌が謡われますが、その生ひにけらしなに重なる老いにけるぞやは年を経て愛する男と共に生きた時が遠い昔となってしまった哀しさを告げています。

クライマックス、シテは感極まったように井筒に駆け寄り、左手で薄を横に払って井筒を覗き込むと、水の面に業平の似姿を認めてしみじみと見ればなつかしや。静寂の中に、井筒の女の情感が極まる場面です。これを受けて地謡がわれながらなつかしやと続け、ここで井筒の女は再会したと思えた業平の姿がやはり自分であったことに気づいてシオリ、大小前に膝をついて扇で面を隠します。最後は、夜明けとともに足拍子を踏み、扇を掲げて小さく舞うと常座で留めて夢は破れ明けにけりとなりました。

このように、時を超えて業平を愛し続けた女の真心を、女性であるシテが男装し、舞ううちにそれが女としての自分か、恋する男なのかわからなくなっていくという不思議な展開の中で描き出す「井筒」を、観世清和師はよく通る声と安定した舞、行き届いた所作とによって優美に、しかもドラマティックに見せてくれました。

こちらはJR東日本の「大人の休日俱楽部ポスター(佐渡の能篇)」。吉永小百合さんが眺めている舞台の上には、まさに井筒を覗き込む後シテの姿があります。薄の位置が右手側にあるのが、この日の舞台との違い。井筒の高さや薄の位置は、演出によっていろいろあるようです。

仕舞四番は、「江野島」「俊成忠度」「玉鬘」「鵜飼」から。神・男・狂・鬼ということで、仕舞だけで略式ながら番組が成り立っているわけ。さすがに「玉鬘」は優美なものでしたが、後の三番はダイナミックで、特に関根祥人師による「江野島」は跳んだり高速回転したり、まるでここはローザンヌか?という感じ。能役者の身体能力がいかに高いものであるかを見せつけられました。

紅葉狩

最後の「紅葉狩」は、歌舞伎にも移植されているのでストーリーとしてはおなじみのものです。作者は観世小次郎信光。囃子方、地謡に続いて大小前に一畳台が置かれ、その上に地謡側に寄って紅葉を戴いた岩山の作リ物。

ヒシギがあって次第の囃子とともに金や紅の唐織もゴージャスな女性たちと美男鬘をつけたアイが登場し、女性たちが舞台上に豪勢に勢揃いすると時雨を急ぐ紅葉狩、深き山路を尋ねんと次第。これをなぞる地取にも独特の抑揚がありました。シテ / 女(武田尚浩師)とツレ三人が一糸乱れぬ動きで脇座に展開して酒宴の形となったところで一声の囃子となり、梨打烏帽子、鴬色の長絹の下にオレンジの着付、白大口姿で弓矢をたばさんだワキ / 平維茂(村瀨純師)が、ワキツレ / 従者を三人連れて橋掛リに現れました。遠くにシテ一行を認めたワキはワキツレの一人に遠くの人影の正体を尋ねてくるよう命じ、舞台上でワキツレとアイとの問答となりますが、アイは「さる御方」としか明かしません。復命を受けたワキは、誰とはわからなくとも高貴な女性の酒宴の妨げをしてはなるまじと馬から下りて通り過ぎようとしたところで、シテに声を掛けられます。このあたりのシテの謡はなんとも美しい旋律で、そんな美女に袂をとられて引き留められたら断れないのは、いつの時代も変わらぬ男のサガ。大剛の維茂もさすが岩木にあらざれば、心弱くも立ち帰ることになり、脇座に進んだワキと正中に立ったシテとは、見つめ合ったまま微妙な緊迫感を保ってゆっくり着座。このときにはアイとワキツレは切戸口から退場しています。サシに白楽天の『送王十八帰山寄題仙遊寺』から「林間煖酒焼紅葉」を引用してクセ。シテは立って胸がどきどきしているワキに酒を注ぐと美しく舞い、このときの地謡はワキの心を代弁して酒を飲んでしまうことの言い訳や恥ずかしさをあれこれと謡っていますが、シテの方は前世の契り浅からぬゆえ仕方ないのよ、と蠱惑的です。やがてシテは常座でワキを見やり静止、不穏な雰囲気を漂わせつつ笛に乗って徐々に目付へ移動し中之舞を舞いますが、ワキがいつの間にか寝入ってしまったことを見届けると、舞はいきなり急調に変わります。そしてワキを見下ろすと地謡に夢ばし覚まし給ふなよと謡わせて、作リ物へ後ろから中入。ツレ三人もそっと退場し、舞台上には作リ物と寝入ったままのワキとが残されます。

ここへやってくるアイは、武内の神。多くの能ではアイは単に「所の者」で、ワキの求めに応じてその場所の由来を語る(ことによってシテの着替えの時間を稼ぐ)だけという役柄ですが、ここでのアイは前場では明らかになっていなかったワキの使命(戸隠山の鬼神退治)やシテの正体を観客に告げ、さらにワキに神剣を授けるという重要な役割を与えられています。

足拍子をどんと踏んでアイが退場した後に、ワキは目を覚ましてあらあさましやわれながら、無明の酒の酔心と反省。授けられた太刀をとりあげ、烏帽子と長絹を脱ぎ鉢巻をして作リ物をはったと睨むと、赤頭に顰しかみの面、紺地に金襴の法被と金茶地の半切の後シテ / 鬼神が現れて、一畳台に飛び乗ると打杖を振るいワキを威嚇します。これに対して維茂すこしも騒がず八万大菩薩の加護を祈って太刀を構えると、台から飛び降りてきたシテと激しく斬り結びます。おお、これは凄い!と思っていたら意外にあっけなくシテは斬り伏せられ作リ物の前に伏せるように安座して、ワキが常座で太刀を担げて留拍子を踏みました。

配役

能「七騎落」 シテ / 土肥実平 野村四郎
ツレ / 源頼朝 観世芳伸
ツレ / 田代信綱 坂井音晴
ツレ / 新開次郎 武田友志
ツレ / 土屋三郎 木月宣行
ツレ / 土佐坊 坂口貴信
子方 / 土肥遠平 観世三郎太
ツレ / 岡崎義実 岡久広
ワキ / 和田義盛 森常好
アイ / 船頭 深田博治
一噌幸弘
小鼓 大倉源次郎
大鼓 柿原弘和
主後見 山階彌右衛門
地頭 角寛次朗
狂言「文蔵」 シテ / 主 野村萬斎
アド / 太郎冠者 野村万之介
能「井筒」 前シテ / 女
後シテ / 井筒の女
観世清和
ワキ / 旅僧 宝生閑
アイ / 櫟本の者 石田幸雄
一噌庸二
小鼓 観世新九郎
大鼓 亀井忠雄
主後見 関根祥六
地頭 谷村一太郎
仕舞 江野島 関根祥人
俊成忠度キリ 寺井栄
玉鬘 坂井音重
鵜飼 観世恭秀
能「紅葉狩」 前シテ / 女
後シテ / 鬼神
武田尚浩
ツレ / 同行の女 坂井音隆
ツレ / 同行の女 武田文志
ツレ / 同行の女 野村昌司
ワキ / 平維茂 村瀨純
アイ 高野和憲
アイ 竹山悠樹
藤田次郎
小鼓 幸信吾
大鼓 高野彰
太鼓 桜井均
主後見 木月孚行
地頭 坂井音重

あらすじ

七騎落

石橋山の合戦に敗れた源頼朝は、船で落ち延びようとするが、主従八騎というのは不吉な先例があるので土肥実平に一人を下ろすように命じる。選びかねた実平はやむなく、我が子遠平を下船させ、一行は親子の別れに同情しつつも、船を沖に進める。翌日、沖合で和田義盛が頼朝の船を捜し出し、声を掛けてくる。実平は義盛の心を試すため、主君はいないと偽ると、義盛はそれでは生きているかいがないと腹を切ろうとするのでこれを止め、近くの浜辺に船を寄せて頼朝に対面させる。そこで、義盛は実平に向い、遠平は自分が助けて来たと言い、父子を引き合わせる。一同は酒宴を催し、実平は勧められて喜びの舞を舞う。

文蔵

太郎冠者が自分に内緒で旅行してきたことを怒った主人は、叱ってやろうと太郎冠者の家に行く。太郎冠者が都見物をしがてら、都に住む主人の伯父のところへも挨拶に立ち寄ってきたというので、主人は許し、都の様子を話させる。太郎冠者は、伯父の家で珍しいものをご馳走になったがそれが何であったか思い出せない。ただ、主人がよく読む源平盛衰記で語られるものを食べたというので、主人が石橋山の合戦を語ると、「真田が乳母に文蔵と答うる」のところで、その「文蔵」を食べたという。主人はそれは「温糟粥うんぞうがゆ」の間違いであると気づき、思い出すのに手間をかけさせたことを怒る。

井筒

ある秋の日、諸国を旅する僧が、初瀬参りへの途中に在原業平建立と伝えられる大和の国の在原寺に立ち寄る。僧が業平とその妻の冥福を祈っていると、仏に手向ける花水を持った里の女が現れる。女は、僧の問いに、在原業平と紀有常の娘の恋物語を語る。幼い頃、井戸で背比べをした二人は、成人して歌を詠み交わして結ばれたのだった。女は自分がその有常の娘であると告げて、古塚の蔭に姿を消す。夜も更ける頃、僧が仮寝をしていると、夢の中に井筒の女の霊が現れ、業平の形見の冠・直衣を身に付けて業平を恋い慕いながら舞い、さらには井戸の水に自らの姿を映して、そこに業平の面影を見るのだった。やがて夜が明け、井筒の女は姿を消し、僧も夢から覚める。

紅葉狩

平維茂は戸隠山に鹿狩に出掛け、山中で紅葉狩の酒宴をする女たちに出会う。もてなしの酒に酔い、美しい舞を眺めつつ寝入る維茂を見下ろした女たちは、維茂を残していずことなく去っていく。武内の神が現れ、その女たちが鬼神であることを告げ、太刀を置いていく。目を覚ました維茂が支度をして待ち構えるところへ正体を現した鬼神が襲いかかるが、維茂は授かった神剣を振るい、鬼神を退治する。