第12回世界バレエフェスティバル

2009/08/02

第12回世界バレエフェスティバルのAプロを、東京文化会館大ホールで観ました。15時開演、終演は19時20分。

前回は30周年ということでどことなく華やいだ雰囲気がありましたが、今年も下の写真のようにバレエダンサーたちのパネルがロビーの中空に吊り下げられていて、これはこれで賑やかな感じ。ところが、この日は一人で(しかも「どうせガラじゃないし〜」とカジュアルな服装で)観に行ったのですが、座席についてみると周りは見事なまでに華やかな装いの女性ばかりで、少々肩身の狭い思いをしました。

演目は以下の通り。

演目 ダンサー 振付
「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」 マリア・コチェトコワ
ダニール・シムキン
ジョージ・バランシン
「くるみ割り人形」
 ピクニック・パ・ド・ドゥ
ルシンダ・ダン
ロバート・カラン
グレアム・マーフィー
「海賊」 マリアネラ・ヌニェス
ティアゴ・ソアレス
マリウス・プティパ
「エラ・エス・アグア - She is Water」 タマラ・ロホ ゴヨ・モンテロ
「くるみ割り人形」 ヤーナ・サレンコ
ズデネク・コンヴァリーナ
レフ・イワーノフ
「コッペリア」 アリーナ・コジョカル
ヨハン・コボー
アルテュール・サン=レオン
「ジゼル」
 第二幕のパ・ド・ドゥ
上野水香
マチュー・ガニオ
ジャン・コラーリ / ジュール・ペロー
「クリティカル・マス」 シルヴィ・ギエム
ニコラ・ル・リッシュ
ラッセル・マリファント
「ライモンダ」
 第三幕のパ・ド・ドゥ
マリア・アイシュヴァルト
フィリップ・バランキエヴィッチ
マリウス・パティパ
「スカルラッティ・パ・ド・ドゥ」 アニエス・ルテステュ
ジョゼ・マルティネス
ジョゼ・マルティネス
「ディアナとアクティオン」 シオマラ・レイエス
ホセ・カレーニョ
アグリッピーナ・ワガノワ
「オテロ」 エレーヌ・ブシェ
ティアゴ・ボァディン
ジョン・ノイマイヤー
「椿姫」
 第一幕のパ・ド・ドゥ
オレリー・デュポン
マニュエル・ルグリ
ジョン・ノイマイヤー
「フォーヴ」 ベルニス・コピエテルス
ジル・ロマン
ジャン=クリストフ・マイヨー
「白鳥の湖」
 黒鳥のパ・ド・ドゥ
スヴェトラーナ・ザハロワ
アンドレイ・ウヴァーロフ
マリウス・プティパ
「カジミールの色」 ディアナ・ヴィシニョーワ
ウラジーミル・マラーホフ
マウロ・ビゴンゼッティ
「マノン」
 寝室のパ・ド・ドゥ
ポリーナ・セミオノワ
フリーデマン・フォーゲル
ケネス・マクミラン
「ドン・キホーテ」 ナターリヤ・オシポワ
レオニード・サラファーノフ
マリウス・プティパ

演奏は例によって東京フィルハーモニー交響楽団でしたが、指揮者はワレリー・オブジャニコフさん。ソトニコフさんではないのか……。

以下、各演目に対して一言ずつコメントを。

チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ

バランシン振付なので端正できれいなだけのバレエなのだろうなと思っていた(←実は過去にも観たことがあるのに、覚えていませんでした……)ら、男性ヴァリエーションになった途端に血湧き肉踊る系になっていきなり会場興奮。女性ヴァリエーションでも腕を鞭のようにしならせてきびきびとしたピルエットが目をひきました。

くるみ割り人形

"ピクニック・パ・ド・ドゥ"って何?と思っていたら、オーストラリアの振付家によるアナザーストーリーで、ロシアに生まれたクララがその後流転の人生の末にオーストラリアに渡り、今(1950年代という設定)は夢うつつの中で若い頃のことを懐かしく思い出す、という話なのだそうな。オーストラリア・バレエ団のペアが葦笛の踊りの曲に乗って楽しげにピクニックデートをしているのですが、見た目とは裏腹にかなり力技が入っていそう。最後は雷鳴に追われて仲良く逃げて行きました。

海賊

なんかオーラがないなあ、かっちりしているけどフツーだなあと思っていたら、最後のグランフェッテでマリアネラ・ヌニェスがワンムーブ6回転を見せてくれて「おぉー!」という声が客席の随所から上がりました。

エラ・エス・アグア

タマラ・ロホのソロ。心にしみる作品です。下手に置かれたブルーの円盤上で白いレオタード姿のタマラが、ピアノとヴァイオリンの静かな曲によって大地に縛り付けられたようなダンスをしていましたが、やがて白い光が上手側に廊下のように伸びてタマラはその光に導かれるように移動し、上から降りてきた茶色のドレスをまとうと一転して舞台上が薄暗いオレンジ色に照らされ、スペイン舞踊のような激しく、物悲しい踊りを展開します。

くるみ割り人形

こちらは最後のグラン・パ・ド・ドゥの部分。とにかく美しい踊りでしたが、ここでもちらりとフェッテ4回転が出てきて、いまではこれはもう普通のことなのか?と呆気にとられるばかり。

コッペリア

ヨハン・コボーのサポートを得てアリーナ・コジョカルが存分にポワントでのバランスを見せてくれました。特に、中盤でポワントでのアラベスクから上げていた足をおろしてそのまま前へ持ち上げたり、アティテュードでの「わたし重力関係ありません」といった安定したプロムナードからの静止は貫禄もの。この二人は、二週間後にマラーホフ版「眠れる森の美女」でも観ることになっているので、どんなローズ・アダージョを見せてくれるか非常に楽しみです。

ジゼル

第二幕のパ・ド・ドゥ。上野水香は浮遊感を出せていたと思います。

クリティカル・マス

例によってラッセル・マリファント振付の不思議な作品をシルヴィ・ギエムとニコラ・ル・リッシュが踊るもの。真っ暗な舞台の中央に白色光の四角いステージが現れ、上手と下手から現れた二人がその中に入ってお互いに絡み合いながら格闘技の形のような動きを繰り返すのですが、うごめくような音楽に合わせてゆったり動いていたと思ったら、途中からリズムが入って動きが倍速になります。二人のダンサーの顔には光は当たっておらず、純粋に手足と身体の動きで見せるのですが、気がついてみれば光のステージに入るときと出るときを除いて、その激しい動きにもかかわらずニコラの両足は一歩も動いていませんでした。

ライモンダ

いまひとつすっきりしない振付でしたが、フィリップ・バランキエヴィッチのダイナミックな踊り(ジャンプ2回転3連続とか)は見ものでした。

スカルラッティ・パ・ド・ドゥ

ジョゼ・マルティネス自身の振付になる作品で、暗いステージ上でひとしきり無音でのダンスが続いた後に、舞台上でピアノ演奏が始まり、第一曲は内省的な穏やかなもの、第二曲は一転して軽やかな曲調に乗って身体能力を見せつけるもの。最後はまた、無音のダンスに回帰する不思議な作品でした。

ディアナとアクティオン

肉体賛歌みたいな感じで大胆に踊られましたが、なにしろキューバ出身(現在ABT)の二人が踊っているので、エーゲ海というよりはカリブ海という感じ。

オテロ

ノイマイヤー振付ですが、非常に印象深いものでした。シェークスピアのオテロを題材にしてはいますが、原作の激情型ではなく、ピアノの高音部での3拍子パターンと弦のメロディに乗って何か奥深い男女間の感情が踊られます。

椿姫

これもノイマイヤー振付。絨毯の上に置かれた長椅子、少し離れて姿見の鏡。これらの前で若いアルマンと、その求愛を受け入れるマルグリットの姿が、情熱的でいながら上品に演じられました。使用されている楽曲はショパンのピアノ協奏曲第2番第2楽章。ちなみに有名なバラード第1番を用いるのは、第三幕のパ・ド・ドゥです。

フォーヴ

「牧神の午後」の別解釈。舞台中央奥の木箱が縦にふたつに割れて登場した現代風の衣装の男女がさまざまに絡み、最後はお互いに自分の箱に戻っていきますが、半身を箱に入れてお尻を振る女性を見上げながら、箱の中に座り込んだ男性が最後に足を震わせるのは、やはり「あれ」をイメージしているんでしょうか?それにしてもジル・ロマン、いつまでたっても変わらないというか、もう年齢不詳の世界に入っていますね……。

白鳥の湖

おなじみ黒鳥のパ・ド・ドゥで、よくも悪くもボリショイらしい、おおらかで上品でケレン味のない、正統派の「白鳥」でした。ところで女性のヴァリエーションで使われた音楽が聞き慣れたものと違って一瞬「あれ?」と思ったのですが、「白鳥」は版によって使用曲がさまざまに変わるそうで、この日のここでの曲は、原曲でいうところのパ・ド・シスのヴァリエーション5でした。

カジミールの色

ディアナ・ヴィシニョーワとウラジーミル・マラーホフが黄色と黒や白を合わせたホットパンツ姿で、静かな曲に合わせて複雑に絡みあうダンス。しかし、マラーホフはますます老けたなあ。

マノン

どういうわけか「沼地のパ・ド・ドゥ」だとばかり思い込んでいた(プログラムにも「寝室」と明記してあるのに)ので、幕が開くとベッドが置いてあるのを見てびっくり。ともかく、美しい旋律と美しいバレエ、非の打ち所なし。

ドン・キホーテ

いよいよ最後は、「ドン・キホーテ」のグラン・パ・ド・ドゥ。これに関してはどうしてもアンヘル・コレーラの強烈な映像が記憶に残ってしまっており、なかなかこれを超えるものにお目にかかることはできずにいるのですが、コーダでの男性のマネージュは気合が入って途中に滞空時間の長いアティテュード・アン・レールを織り込み、女性のグラン・フェッテも連続2回転の中に3回転も交えたチャレンジングなものでした。

3年に一度のこのイベント、初めて観たのはたぶん1988年の第5回で、その後しばらく間があいて1997年の第8回からは欠かさず観ています。この間、いろいろなダンサーのいろいろな作品を観て、その都度感動してきましたが、今回は突出した個性を示すダンサーがいなかったかわりに、どの作品も高い水準で安定した、ある意味わかりやすいイベントだったような気がします。それだけに全体に満足度は高いのですが、何かこうパンチが欠けていたような感じ。フェッテの回転数をさらに競えなどと言っている訳ではなく、たとえばフィリップ・バランキエヴィッチが2003年に踊った「レ・ブルジョワ」のような、ダンサーの資質を活かした機智に富んだ作品があってもよかったと思うわけです。

そして次回は、2012年。ダンサーと振付家の顔ぶれがどのように変化するかわかりませんが、意欲的で勇気あふれる作品を演目リストに送り込んでくるダンサーの登場を待つことにしましょう。