塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

内沙汰 / 龍虎

2008/12/19

国立能楽堂(千駄ヶ谷)の定例公演で、狂言「内沙汰」と能「龍虎」。

内沙汰

シテの右近は伊勢神宮に参詣しようとワキ/妻を誘いますが、誰と一緒に行くのかと聞かれて答えた同行者の中に左近の名前を聞くと、いやでござると断られてしまいます。だいたいここから雰囲気がアヤシイのですが、それに気付かない右近は、左近から牛を手に入れ、それに妻を乗せて行こうと考えます。左近の牛は自分のもの、と言われた妻が右近にそのわけを問うと右近は、牛が田の作物を食べてしまった代償にお前はうちのものだと言い聞かすと牛も道理がわかって「もう」と返事をしたといい、さらに左近に同じことを言うと左近も笑っていたと語るので、妻にあきれられてしまいます。それなら公事(訴訟)してでも、という右近に妻が提案したのは訴訟の稽古=内沙汰。脇座に立っていた妻は笛柱の近くに行って後見の手伝いを受けて烏帽子をかぶり、蔓桶と太刀を持ってもとの位置に。そして床几にかかると地頭役になって稽古を始めます。

まずは、左近の役から。左近はどうやら日頃から如才ない男らしく、地頭の屋敷でも家来たちに気軽に挨拶しながら臆することなく進み入って地頭の前に出て、右近から訴えられているが適切に判定してほしいと訴えます。地頭役の妻は、左近の牛による被害が大したことはないことを聞き、牛をとられるには及ばないと判定。左近を演じる右近も満足して一段落……していいのか!ともあれ、左近役の右近は口も振る舞いも実にスムーズで、日頃右近の口下手を見聞きしている妻はびっくりし、夫を見直します。

しかしこれで終わろうとした右近は、妻に自分の役の稽古をしていないことを指摘されてまことに、まだ身どもの番がと気を取り直しますが、途端に普段の弱気の虫が顔を出して胸がだくだくしてきます。先ほどは堂々と通った(つもりの)地頭屋敷の門も妙におどおど、玄関ではどもりながら来意を述べてなんとか通してもらいますが、先ほどの左近役のときと打って変わったこの辺りのびくびくぶりが真に迫っていて、笑いを誘います。なんとか地頭役の妻の前に出たものの、既に右近の頭の中ではここは本当のお白州。妻も声色を変え足を踏み鳴らして厳しく迫るものだから、右近はしどろもどろになって右近が左近で左近が蛸などと意味不明。とうとう目を回して仰向けに倒れてしまいます。

ここで芝居を止めた妻に介抱され正気を取り戻した右近ですが、妻にお前はどうしてここへ来た、地頭はどこへ行ったと問うて、まだ自分が置かれた状況がわかっていません。やっとこれは稽古だったのだと思い出した右近に妻は、いまのやりとりでは左近に道理があって右近の主張は無理ではないかと諭しますが、どうやら右近はこれにキレた様子。ここから、弱気なくせに反撃に出る右近がまた、笑えます。無理、無理、ふ〜ん。お前はいつもそうして左近の肩をもつ、と開き直った上に、左近と妻の浮気を目撃したことまでぶちまけて妻を指差します。どうやら当時、人を指差すことは大変な侮辱に当たるらしく、妻の方も憤激してもう一度指差してみろ!と凄みます。さすぞよ。させ!と大変な剣幕のやりとりの末に、こわごわ横を向きながら妻を指差した右近。妻は右近につかみかかり、ちぎるように舞台中央にぶん投げると、腹立ちやとわめきながら揚幕へ。これを見送った右近は、左近とおのれは夫婦じゃわいやい!と言い放ちます。

このエンディング、解説などでは「弱く惨めなおのれを笑い飛ばす」ことになっていますが、この日の右近にはそうした哄笑はなく、むしろ揚幕に去って行った妻を見送る右近の背中にペーソスを感じるほろ苦い狂言でした。

龍虎

喜多流と観世流のみで演じられる能「龍虎」は、観世小次郎信光作。中入をもつ複式の形をとってはいるものの、前シテと後シテとの間には関係はなく、とにかく後場の龍虎の戦いを見せるところに眼目がある曲です。

〈次第〉とともにワキ/入唐僧(工藤和哉師)と二人のワキツレ/従僧が現れ、舞台の上で向かいあって法の道にと思ひ立つ、浪路遥けき船路かな。まず、このワキの枯れた味わい深い声と削ぎ落とした風貌に魅了されます。この三人は仏法修行のために渡天=インド(天竺)を目指して唐に渡ったところであることが語られます。山人が来たので名所を尋ねてみようと言ってワキが脇座につくと〔一声〕となって前ツレ/男(大島輝久師)に続き、前シテ/老人(出雲康雅師)が杖を突き、柴を背負った姿で揚幕の前に現れ、一ノ松で振り返った前ツレと向かい合って折りを得て、春の薪に挿す花の、匂ひを運ぶ山嵐。それから二人は舞台に進みますが、見れば前ツレは若い頃の勘三郎丈に似たハンサム。前シテは舞台上の五人の中で唯一人、面をかけています。前ツレにワキが声を掛けて渡天の志を語りますが、前シテはよその光を尋ねても、何にかはせん目のあたり、見るを尋ぬる儚さよと地謡に謡わせてこれをとどめます。あっさり説得されてしまったワキは脇座に下居して、さらに向こうの竹林に雲が覆いあやしい気色だがこれはどういうことか?と尋ねたところ、前シテは正中に下居して杖と柴とを前に置き、あれは竹林の巌洞に棲む虎と雲より下り来る龍とが闘うところだと語った上で、ワキの求めに応じて龍虎の争いを物語ります。さてまた虎はかりそめにから〈クセ〉となりますが、囃子方と地謡とが高揚してくる中、しかし前シテはじっと下居のままの居グセ。そして委しくなほも見給はば、近くの岩陰に隠れて見るようにと教えて、日も傾いたからと立ち上がり柴を肩にかけて、ここから太鼓も加わった〔来序〕に乗って中入。

シテが揚幕の奥に入ったのを見た太鼓が拍子を変えるとすぐにアイ/仙人が登場して、龍虎の戦いのありさまを語ります。

アイは、いや何と申すぞ、はや龍虎の戦いの始まると申すかとそのときが来たことを告げて橋掛リを下がっていき、入れ替わりに一畳台と竹林の作リ物が持ち込まれて、囃子方の前に置かれます。そして竹林に不思議の気配が起こったとワキが語り、これを引き取って地謡があれあれ峯より雲起り、俄に降り来る雨の音、鳴神稲妻、天地に輝く光の内にと緊迫し、囃子方の演奏もアップテンポになるところへ龍戴赤髪の後ツレ/龍(狩野了一師)が駆け込んできて、一ノ松で打杖を振るい、拍子を踏みます。さらに舞台に進み入り、目付柱の近くに下居して竹林の作リ物をギロリと睨みつけると、作リ物が揺れて覆いが外され、中から竹笹を手にした白髪の後シテ/虎が物凄い形相で登場しました。龍はいったん一ノ松まで下がり、虎も一畳台から下りてきて、ここから龍と虎とが威勢を競い合う〔舞働〕。激しい立ち回りに「凄い迫力だ!」と喜んでいたら、龍はあっという間に揚幕の奥に引き上げてしまいます。えっ、たったこれだけ?とあっけにとられているうちに虎もまた橋掛リを進み、揚幕の中を窺いながら無念の勢ひを中腰で示して、すぐ近くにいた外国人のお姉さんに激写!(ただちに係員に注意されていましたが)されるうちに留の鼓、そして揚幕の奥へと消えていきました。

配役

狂言和泉流 内沙汰 シテ/右近 野村万蔵
アド/妻 野村扇丞
喜多流 龍虎 前シテ/老人 出雲康雅
後シテ/虎
前ツレ/男 大島輝久
後ツレ/龍 狩野了一
ワキ/入唐僧 工藤和哉
ワキツレ/従僧 大日方寛
ワキツレ/従僧 則久英志
アイ/仙人 小笠原匡
藤田朝太郎
小鼓 柳原冨司忠
大鼓 亀井実
太鼓 助川治
主後見 塩津哲生
地頭 粟谷能生

あらすじ

内沙汰

隣人の左近を訴えるため、右近は妻を相手に訴訟の稽古を始めるが、地頭役を演じる妻にやられっぱなし。怒った右近は、妻と左近の怪しい仲を咎める。

龍虎

舞台は唐土。仏法修行のために海を渡り天竺を目指す僧が、ある山で出会った老人の教えにしたがい岩陰に隠れて待っていると、黒雲の中から龍が現れ、竹林の岩洞に潜む虎と熾烈な戦いを繰り広げる。やがて龍は再び天に翔けのぼり、虎は竹林へ身を翻す。