御存鈴ヶ森 / 京鹿子娘道成寺 / 江戸育お祭佐七

2008/03/02

歌舞伎座で、三月大歌舞伎の初日。お目当ては、藤十郎丈喜寿記念で團十郎丈が「押戻し」でつきあうという「京鹿子娘道成寺」。「藤十郎」と「團十郎」が東京で共演するのは史上初めてだそうです。

御存鈴ヶ森

以前七之助丈の白井権八を見て前髪の美少年振りがぴったりはまっているのに感心した記憶がありますが、今回はなんと昭和3年生まれの芝翫丈が白井権八を演じるのだからびっくりです。途中の立回りは、雲助たちの切られ方にいろいろ工夫があって初見なら面白いですが、二度目なのでなんということもなし。そしてお若えの、待たっせやしと白井権八を呼び止める幡随院長兵衛の富十郎丈は、こちらも昭和4年生まれながらさすがの貫禄。声の通りもよく、南無阿弥陀仏の碑の前に立つ姿は侠客らしい隙のないものです。しかし、初日でセリフが入っていないからでしょうか、プロンプターの声が三階席まで届いていたのは残念。かたや芝翫丈も富十郎丈とのやりとりになると気合が乗って来て、特にお尋ね者となった白井権八の探索を求める手配書を幡随院長兵衛が提灯の灯りで読む間、横向きに片膝を立てて待ち構える殺気に満ちた姿の緊迫感が圧倒的。これで二人合わせて157歳とは、とても思えません。

京鹿子娘道成寺

期待にたがわぬ素晴らしいものでした。暗い「御存鈴ヶ森」から一転して、春爛漫の道成寺はあくまでも明るく、左右の袖の桜、後方の紅白横縞の幕に囲まれて所化たちが鐘供養は和尚の読経の長いのが嫌だななどと呑気なことを言っています。すると花道に白拍子・花子の山城屋、七三での踊りもほれぼれするほどの美しさ。あれが77歳?遠目には(さすがに17歳は無理ですが)37歳と言っても十分通る若々しさです。鐘を見せてもらう代わりに舞いを所望された花子がいったん引っ込み、所化たちの舞談義がこれまたコミカル。今回はまだ10歳の中村虎之介くん(扇雀丈の長男)がアメノウズメから舞いの起源を説き起こして「浅田真央さんのお姉さんは浅田舞」などと立て板に水の舞い尽くしを語り、会場の大喝采を浴びました。見事な舞台度胸、将来が楽しみです。そうこうするうちに後ろの幕上がって金の烏帽子に赤振袖姿の藤十郎丈が現れ、囃子方の鼓や笛に合わせて荘重な舞いを披露したのち、烏帽子をとってくだけた踊りに変わり、以下たびたびの引抜きで姿を変えながら次々に踊ってみせます。その流れるような動きやひとつひとつの型のきまり具合など、指先から着物の裾まで行き届いた神経としなやかな身体能力とに裏打ちされた見事なもので、感動してしまいました。花子が鐘の中に入った後、所化たちが数珠を揉みながら真言を唱えているところへ腰に桜の枝を挿した鱗四天が現れて、今度は「とう」尽くし。ポカリスエットやロッテのチョコレートなど特定商品の宣伝もあれば、ブラックコーヒーは無糖なんていうのもありました。その鱗四天が化粧声とともに鐘を引き上げると、赤地に金の鱗で恐ろしい顔つきの花子が登場。鱗四天を圧倒したところへ、「待てー、待ちゃーがれー」の声がかかって、團十郎丈が火焔隈、蓑笠に高下駄、大竹を抱えたお約束の姿でどすどすと現れ、荒事の威圧感満開で蛇体の花子と押し合った後、蛇の姿に居流れる鱗四天たちを従え二人並んで見得となります。いいものを観せてもらいました。

江戸育お祭佐七

最後は菊五郎丈・時蔵丈の「江戸育お祭佐七」。時蔵丈は見事な演技で、とりわけ裏河岸小糸内で臍の緒書を見せられる前の内心の動揺、一人残されて袖をくわえ忍び泣くところなどは感情移入させられましたし、仁左衛門丈の鳶頭もセリフを発する前、佐七の家の戸口に立つ姿が既に粋。序幕の鎌倉河岸での祭礼の様子(劇中劇「道行旅路の花聟」付)なども江戸世話物のイキの良さを見せてくれて楽しかったのですが、肝心の菊五郎丈が十分にセリフが入っておらず、気づいただけでも3箇所とちっていました。そんな状態なので芝居に乗り切れていなかったのか、錦之助丈との芝居の受け渡しもおかしく(「おう、膳持ってきな」の前に錦之助丈が既に膳をとりに動いていたり)、小糸を殺してしまった後に小糸の書置きで自らの誤解に気づいた後、小糸に手を合わせての「堪忍してくれ」も口先だけで情がこもりません。これで江戸育ちと言われても……というのが率直な感想ですが、もっとも、セリフから推察すると筋書きが端折られている可能性があり、悲劇として盛り上げきれないうちにあたふたと終わってしまった感もあります。いずれにせよ、残念な出来でした。

富十郎丈のプロンプターといい、菊五郎丈の不出来といい、いかな名優でも初日というのはこういうものなのでしょうか?

配役

御存鈴ヶ森 白井権八 中村芝翫
東海の勘蔵 市川左團次
飛脚早助 市川段四郎
北海の熊六 坂東彦三郎
幡随院長兵衛 中村富十郎
 
京鹿子娘道成寺 白拍子花子 坂田藤十郎
所化 中村翫雀
中村扇雀
片岡進之介
中村孝太郎
片岡愛之助
中村壱太郎
中村虎之介
坂東吉弥
大館左馬五郎照秀 市川團十郎
 
江戸育お祭佐七 お祭佐七 尾上菊五郎
芸者小糸 中村時蔵
すだれの芳松 河原崎権十郎
三吉 中村錦之助
鳶重太 中村松江
同柳吉 市川男女蔵
同長蔵 坂東亀三郎
同辰吉 坂東亀寿
同仙太 尾上松也
同佐助 中村萬太郎
同勇次 坂東巳之助
娘お種 中村梅枝
女髪梳お幸 中村歌江
箱廻し九介 片岡亀蔵
おででこ伝次 片岡市蔵
矢場女お仲 市川右之助
おてつ 市村家橘
倉田伴平 市川團蔵
吉野屋富次郎 市村萬次郎
世話人太兵衛 澤村田之助
鳶頭勘右衛門 片岡仁左衛門

あらすじ

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江戸育お祭佐七

お祭佐七と仇名される鳶の佐七は、以前から芸者の小糸と恋仲で、鎌倉河岸の祭礼でも、世話人の太兵衛が引き連れてきた踊り屋台で踊りが披露される中、束の間の逢瀬を楽しんでいる。小糸に言い寄る侍の倉田伴平は、力づくで小糸に迫るが、小糸はその場から逃げ出し、そこへ通りかかった佐七が小糸を救う。そしてふたりは佐七の家で夫婦同然の生活を始めるが、佐七の頭である勘右衛門が、小糸の養母おてつの頼みで、小糸を取り返しにやって来る。勘右衛門の頼みとあっては佐七も断ることも出来ず、またいつもは佐七に邪険なおてつがその態度を改めるので、佐七は小糸を帰す。ところが伴平とおてつは偽りの臍の緒書で小糸が佐七の親の仇である加賀藩士の娘であると小糸を騙し、そのために小糸は佐七と添い遂げられない運命を嘆いて別れを決意する。そこへ小糸逢いたさにやってきた佐七に小糸は臍の緒書を見せたが、佐七は小糸が別れたいばかりに作り話をするのだろうと怒り出し、間に入った伴平たちに表へ突き出されてしまう。その意趣返しに柳原土手で小糸を待ち受けた佐七は、ついに小糸を殺してしまうが、虫の息の小糸が読んでくれと渡した書置きを読んで自分の誤解に気づく。