Sense of Wonder

2007/06/03

難波弘之のSense of Wonderと言えば、1980年代の日本のプログレシーンに燦然と輝いたバンドだ……と言い切っていいのかどうか不安になるのは、手元にあるベスト盤『2001:A Wonder Odyssey』のライナーで吉留大貴氏が書いているようにプログレと呼ぶにはポップ過ぎ、ポップスと呼ぶには難し過ぎる難波氏の音楽性のゆえで、さらにその不安を増幅するのが難波氏自身のボーカルの叙情性(というより「弱さ」)だったでしょう。それでも、当時の勤め先の研修で1985年の夏に1カ月研修所に泊まり込んでいたときには、食堂での夕食の時間に放映されるNHK教育テレビの「ベスト・サウンド」に講師として出演していたSOWの模範プレイに夢中で、そうる透のツーバス・ロールに度肝を抜かれたり、U.K.の「Rendezvous 6:02」のカバー曲に赤面したりしたものです。そうそう、「ベスト・サウンド」での難波氏のキーボードは毎回曲に合わせた異なるセッティングになっていて、CASIOのシンセサイザーを組み込んだセットで演奏した曲の変拍子のイントロは今でも覚えています。

さて、その難波氏の音楽生活30周年プラスワン記念ライブが行われるというニュースが私のアンテナにかかりました。「30周年」というのは難波氏のプロとしてのキャリアのスタートとなった「金子マリ&バックスバニー」のレコードデビューから数えたもので、「プラスワン」というのは本当は昨年30周年イベントをするはずだったのにSOWのベーシスト松本慎二の骨折で1年繰り延べを余儀なくされたからだそうです。今回のイベントでは、SOWとしてのライブ以外にも金子マリ+土屋昌巳や上野洋子+仙波清彦+鬼怒無月+Mottoといった面々との組み合せがアナウンスされていましたが、やはり本命はSOW。というわけで、SOWライブのチケットを手にshibuya eggmanへと足を運びました。

会場内にはステージ前に椅子席が若干用意されており、比較的早めにチケットをゲットした私は最後列の椅子に座ることができました。最後列といってもステージからは10mも離れておらず機材もよく見えて、ステージ下手の難波氏のキーボードはいつものコの字型ではなく、その一辺を省略して客席側に下からKORG Λ、Prophet-5、KORG Triton、ステージ中央側に下からKORG OASYS、CX-3、miniKORG(!)。上手側のそうる透の豪勢なドラムセットもかなりのスペースを占めており、キーボードの台数が少ないのは中央にベースとギター(ゲスト)の立ち位置を確保するためだったそうですが、それでもベースとギターは横に並ぶことができず斜め縦にマイクスタンドが配置されています。

定刻をわずかに過ぎて、ステージ上にSOWの3人が登場。そうる透のカウントで始まったのは、Tritonのイントロがきらびやかな「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」。リズム隊の激しいビートに乗って効果音的なProphet-5やminiKORGのポルタメントのかかった印象的なフレーズが繰り出され、難波氏のボーカルも松本慎二のコーラスもぐいぐい前に出てきます。おお、いい演奏じゃないか!と思いましたが、どうもところどころでベースの音が拍を外しているような気がします。難波氏もそうる透も苦笑いしながら演奏を続けましたが、曲が終わったところで難波氏が開口一番「頭っからトラブっています!」。ベース周りに接触不良がある模様で、スタッフがまずはシールドを交換したもののやはり不調。難波氏「昔、Prophetの公開修理をやったことがありますけどね」そうる透「お客さんの中でシールドをお持ちの方は?」などと笑いをとりながら、なんとか復旧。ではもう一度最初から、となり松本氏も「お願いします」と低姿勢で2度目の「ブルジョワジー」が始まりましたが、すぐに演奏ストップ。松本氏「すいません、間違いなく本体です」と肩から下げた'76ジャズベを諦め、リザーブの'74プレベに交換したものの、3度目もうまく行かず、途方に暮れる松本氏の足元でスタッフが今度は疑わしいコンプレッサーを外そうとすると「えっ、コンプ外しちゃうの?」。それでも覚悟を決めた松本氏がそうる透に向かって身構え「さぁ4度目、こい!」と開き直るようにスタンバって、今度こそ演奏成功。結局はエフェクターの不調だったわけですが、そうしたバグ出しをするためのリハーサルがあいにく(?)完璧な出来だったそうで、そうる透の「今回、リハがうまくいっちゃったんだよね」にまたも会場爆笑。

そんなアクシデントから始まったステージでしたが、その後の演奏は素晴らしいものでした。バロックコーナーでの正確無比な鍵盤さばき、「百家争鳴」でのレズリーの細かいオンオフによるニュアンス豊かなオルガン、「飛行船モルト号」でのリズム隊が一体となった鮮やかなテンポアップなど、見どころ聴きどころ満載。もともと演奏技術が高い人たちばかりで、シンセサイザーやオルガンの能力を120%引き出す難波氏や、終始譜面を見ながらもパワフルなフレーズを叩き出すそうる透、この2人と存分に組み合ってグルーヴを生み出す松本氏のベース(惚れ惚れするような演奏でした)と、3人いずれも互角の演奏を繰り広げている上に、SOW最大の弱点だったボーカルも20数年前に比べ見違えるほどうまくなっていて、いずれの楽曲も新たなエナジーをもって眼前に立ち上がってきます。これこそが、ライブの醍醐味です。

しかし、そんな白熱の演奏の合間にはところどころ長めのMC(リズム隊の2人のタバコ休憩も兼ねる)が入って、昨年骨折で入院した松本氏が「車椅子を見掛けたらぜひ押してあげて下さい」と熱弁をふるい、松葉杖の人に対する路線別親切度分析を披露し(山手線は親切で西武新宿線と東武東上線は×なのだとか)、あげくの果てにモスのフィッシュバーガーとアイスコーヒーを絶賛してゲストギタリストの北島健二氏(Fence of Defence)に「どこがプログレバンドなんですか?」と突っ込まれる始末……。それにしても難波氏は、四半世紀前とまるで変わっていません。1953年生まれだからもうかなりいい歳なのですが、柔和な笑顔でキーボードを操る姿も穏やかな語り口でのMCも、30代と言っても通じるくらの若々しさ。そうる透もスリムな無駄のない体型で、知的な眼鏡と二の腕の刺青とのアンバランスが不思議。一時スキンヘッドにしていた頃は電車に乗ると周りに乗客が寄って来なかったとギャグを飛ばしていましたが、そのやんちゃな口調もドラミングと同様に饒舌でした。

アンコールではまずTotoの「子供の凱歌」、そしてキレの良いギターのカッティングでFocusの曲がオリジナルよりもはるかに引き締まった演奏で再現され、最後に3人編成に戻ってEmerson, Lake & Palmerでもおなじみの「ナットロッカー」が「オクラホマ・ミキサー」の一節を交えて超高速で演奏されて、3時間近くのすこぶるつきで楽しかったステージは終演となりました。

ミュージシャン

難波弘之 keyboards, vocals
そうる透 drums, vocals
松本慎二 bass, vocals
guest - 北島健二 guitar

セットリスト

  1. ブルジョワジーの秘かな愉しみ
  2. パーティ・トゥナイト
  3. ホスピタル
  4. アルマンドとメヌエット
  5. スーパー・バロック・プリンセス
  6. ロミオとジュリエット
  7. 静寂から五番目の革命
  8. 廃墟の鳩 (ザ・タイガース)
    -北島氏登場-
  9. メッセージ
  10. 百家争鳴
  11. ソラー・ラヴ / ドラムソロ
  12. 飛行船モルト号
  13. 渇きの海
  14. 夢中楼閣
    -
  15. Child's Anthem (Toto)
  16. Sylvia (Focus)
    -北島氏退場-
  17. ナットロッカー

こちら、モスのアイスコーヒーとフィッシュバーガー。確かにうまい。特にフィッシュバーガーは、マヨネーズとマスタードがいい感じですが、ふと見るとメニューに似た商品名の「フレッシュバーガー」というのもありました。もしかして、絶賛されていたのはそちらかも?