絶望と希望の半世紀 / 世界報道写真展 2006

2006/07/22

たまには写真でも観に行くかと東京都写真美術館のサイトを見てみたら、ちょうど「世界報道写真展 2006」をやっていて、さらに世界報道写真財団(アムステルダム)設立50周年記念展ということで「絶望と希望の半世紀」という凄いタイトルの写真展を同時に開催していました。では、と出無精の腰を上げて恵比寿へ。

三階で展示されている「絶望と希望の半世紀」は、1955年から2005年までの半世紀を10年ごとに区切って、『ライフ』に代表される写真雑誌が果たした役割とそれがテレビにとってかわられるさま、戦争と報道写真とのかかわり、東西冷戦の終焉によるカメラマン達の活動の変化、より身近な社会事象や風俗に読者の嗜好が傾斜していく近年の傾向、そして現代のデジタル・メディア隆盛のもとで、カメラ付き携帯電話によって誰もが対象の目の前でただちにカメラを構えられる時代の訪れへの恐れを表明して展示を終わります。ケネディ大統領の暗殺の瞬間の映像もショッキングですが、やはりベトナム戦争が報道写真家たちに与え、その報道写真家たちが写真を通じて世界に与えた衝撃は大きかったのだと再認識。

それにしても、この50年を振り返るとあまねく存在する暴力、飢餓、貧困の実相に、慄然とします。そして、報道写真の宿命として、写真は単体として鑑賞の対象となるのではなく、それを掲載する媒体(メディア)=雑誌、新聞〜インターネットの消長にいやおうなしに影響を受けることを明らかにしている点でも、本展示は出色の企画だと思いました。

キュレイター
クリスチャン・コージョル、世界報道写真財団国際審議会委員パリ「Vu」(エージェント、ギャラリー)ディレクター

展示構成
1955〜64「雑誌がビッグだったころ」アンリ・カルティエ=ブレッソン等
1965〜74「ベトナム戦争の時代」ラリー・バロー、エド・ヴァンデル・エルスケン等
1975〜84「ヒーローとアンチヒーロー」リチャード・アヴェドン等
1985〜94「新しい世界秩序」セバスチャン・サルガド、ウォルフガング・ティルマンス等
1995〜2005「報道アーティストの出現」ジェイムズ・ナクトウェイ、マーティン・パー等

続いて二階で「世界報道写真展 2006」。こちらはプロの写真家が前年1年間に撮影した報道写真の中から事件、事故、紛争やスポーツなど10部門の分類で短写真と組写真を選ぶものです。今回の大賞は、チラシの表面を飾っているニジェールでの《緊急食料支援センターの母と子》(フィンバー・オライリー)。会場の入口に一番近いところに掲示されていました。

続いて2005年の大きな出来事を撮ったものとしては、ガザ入植地の撤退、各種自爆テロ、アチェの津波、カシミールの地震、ニューオーリンズのハリケーン。いずれの写真にも、我々の日常とは「別世界」のような悲惨に嘆き悲しむ人々や、嘆き悲しむことすらかなわない死者の姿が鮮明にとらえられています。しかし、別世界?実際には被写体も、それを撮ったカメラマンも我々と同じ地上にいて、この1年の間にこのような目に遭ったのです。決して、遥か彼方のお話ではありません。

他のコーナーでは、絶滅危惧種となったホッキョクグマが流氷の上で寂しく食事をしているかと思えば、干上がりつつあるアマゾン川が白い川床をさらし、カメルーンの22歳の若者が苦心惨憺の末ヨーロッパに渡って新たな生活を手に入れる一方で、ウクライナの32歳のアルコール依存の男性が川べりで自家製のウォッカに酔っぱらってひっくり返っています(彼の村はチェルノブイリから30km)。そして、会場の出口近くのモノクロの組写真は、ダイヤモンド鉱山での一日12時間2交替の厳しい肉体労働で掘り出された原石がブローカーの手を経てニューヨークの宝石商の店頭へ渡る様子を追い、最後の1枚は最終消費者が集うロンドンの社交パーティー。きらびやかなダイヤモンドを身にまとった淑女や紳士でごったがえすパーティー会場の中央には、どういうわけか白人女性による握り寿司の女体盛りが……。搾取のピラミッドの頂点の、なんという頽廃!

もし自分が良心的に生きたいと願うのなら、なにも難しいことを考える必要はありません。年に一度、この報道写真展を観ればよいだけです。