死者の書

2006/03/05

神保町の岩波ホールで、川本喜八郎の人形アニメーション「死者の書」。

川本喜八郎の作品には以前から親しんでいて、著名な「鬼」「道成寺」はもとより、初期のモノクロ作品や切り絵アニメーションの傑作「旅」など印象的な作品の数々を目にしてきています。特に、能の「求塚」に題材をとった傑作「火宅」を初めて観たときは、その様式美に圧倒されたものです。そんなわけで、折口信夫の難解と言われる小説『死者の書』をアニメーション化した今回の長編作品にも大いに期待したのですが……。

監督・脚本:川本喜八郎
声の出演:宮沢りえ / 観世銕之丞 / 三谷昇 / 新道乃里子 / 榎木孝明 / 江守徹 / 黒柳徹子 / 岸田今日子

見終わって会場は一様に「?」に包まれた感じ。私自身も、これをどう解釈してよいのかちょっと戸惑いました。人形の操演はあいかわらず素晴らしく、美しく流れゆくイメージの数々にも見惚れましたが、ストーリーには大きな起伏がありません。強いてまとめれば、かつて非業の刑死を遂げた大津皇子の執心が郎女の純粋な信仰心によって鎮められるお話。で、二上山當麻寺の中将姫蓮糸曼荼羅縁起が下敷きということになるのですが、主人公の藤原南家の郎女のキャラクターもあまりにも浮き世離れし過ぎていて感情移入しにくいし、途中に顔を出す大伴家持や恵美押勝の役割が不明(これは原作を読んでいないせいかもしれません)なのも、最後に郎女が蓮糸の上帛に俤びとの姿を描き表したことで何がどう変わるのか一切の説明がなされないままに終わってしまうのも、困惑を深めます。

これが西洋の話だったら、ここに氏神に仕える常処女である郎女の性的願望の浄化といったフロイト的解釈を加えることもできるかもしれませんが、それも穿ち過ぎのような気もします。それとも、このように淡々とした時間と事物の移ろいそのものを天平の世のありようとして描きたかったということなのでしょうか?