塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

与話情浮名横櫛

2003/03/21

「いやさお富、久しぶりだなぁ」♫粋な黒塀、見越しの松に、あだな姿の洗い髪〜(春日八郎)で有名なお話。与三郎を仁左衛門丈、お富を玉三郎丈、それに蝙蝠安に勘九郎丈が初役で絡むのだから人気が出ないはずがなく、今日の幕見席は満員の立ち見となってしまいました。歌の方は「源氏店」の場ですが、芝居は与三郎とお富の木更津海岸での出会いを描く「見染」、与三郎のお富との逢瀬と切られを見せる「赤間別荘」を前に置いて三幕で演じられます。

幕開けは海岸での潮干狩り。といっても土地の親分の妾お富が催しているものだから、無頼の雰囲気が漂ってなんとなくコワイ。そんなお富の立場をさりげなく見せて玉三郎丈が引っ込むと、入れ違いに出てきた仁左衛門丈の与三郎はいかにも若旦那らしい軽さと品の良さですが、実は養子で入った江戸の大店伊豆屋に後から実子ができたので、そちらへ相続させようとわざと放埒を尽くし親類へ預けられているという設定で、ただの阿呆というわけではありません。その与三郎と江戸から手紙をもってきた鳶頭が、海岸へ行こうとするところでなんと花道と反対側の位置にしつらえられた階段を使って舞台から客席へ下りました。一階席の観客は大喜びで、どうやら二人が時折観客にサービスしているらしく笑い声と拍手が湧くのですが、こちらは最上階の幕見席だから何が起きているのかよくわかりません……。そうしている間に舞台上では茶店のセットが横に引かれて舞台袖に消えていったのですが、それらが全部紐でつながっていたことに初めて気付かされて笑ってしまいました。そうこうしているうちに、与三郎と鳶頭は一階席を横断して花道に上がり再び舞台に近づくと、そこで酒に酔った無頼衆の一人に突き当たりからまれますが、「お前、誰かに似ているな?」でこれはやるな、と思ったらやっぱり「わかった、15代目片岡仁左衛門!松嶋屋〜!」とやって大ウケ。そんなどたばたの後に与三郎とお富が海岸で出会い、互いに一目惚れするところがこの幕の見せ場で、行き当たって会釈、見つめ合ってふと視線を外し、別れ際に「そんならあれが」「噂に聞いた」と知って、お富が「いい……景色だねえ」とはぐらかし、与三郎が放心したまま肩からはらりと羽織を落とすところまで、今度は固唾を飲んでしまいます。

休憩なしで入った「赤間別荘」は夜の場面。暗い別荘での与三郎とお富の逢瀬は、覚悟が定まっていない与三郎を別室に誘い、簾越しに行灯の明かりで着物をするすると脱いで与三郎と一つになるお富の積極さと色気がエロティックで、こんなに艶っぽい場面を歌舞伎で観るのは初めてです。しかし、ここで廻り舞台を使っての場面転換から赤間源左衛門一行の戻り、与三郎のなぶり斬り、お富の海への身投げと大掛かりに場面が進みます。

「源氏店」は、黒塀から出た見越しの松の下、門口で雨宿りしている和泉屋番頭藤八を湯屋から帰ってきたお富が家の中に案内するところから始まりますが、お富の湯上がりの風情がしっとりしていて、これに藤八がそそられるのも仕方ないかと納得してしまいます。この藤八(松之助丈)がとぼけた役で、下心ありありで「笑ゥせぇるすまん」こと喪黒福造そっくりの声を出して迫るのですが、いまひとつ迫りきれず、なぜか嬉々としてお富に白粉・紅をつけられる羽目に。このとき玉三郎丈が何かぶつぶつ言いながら白粉をつけているのが妙に面白く、どうもそれは「肌のきめが細かくて白粉のノリがいいわ」みたいなことであるようで、一階席ではくすくす笑い声が漏れていました。この芝居に関してはやはり一階席で見た方がいいようです。そしてお待ちかね、勘九郎丈の蝙蝠安と与三郎の登場。勘九郎丈の蝙蝠安が下手に出ながら金をせびる小悪党ぶりを見せた上で、仁左衛門丈の「しがねぇ恋の情が仇」からの名台詞はもう少しドスがきいてもよさそうですが、そこは元大店の若旦那なのできき過ぎても良くなく、さらに威しではなくて恨みを込めた台詞なので難しいところです。どういうわけか二人とも声の通りが悪かったのが気にはなるのですが、「松嶋屋!」「待ってました!」などと大向こうからの掛け声も賑やかな、歌舞伎鑑賞の必修科目らしい見どころたっぷりの楽しい舞台でした。

配役

与三郎 片岡仁左衛門
蝙蝠安 中村勘九郎
赤間源左衛門 坂東弥十郎
鳶頭金五郎 片岡芦燕
和泉屋多左衛門 市川左團次
お富 坂東玉三郎

あらすじ

木更津海岸見染 江戸の小間物問屋の若旦那与三郎は、木更津の浜辺で、元深川の芸者で、今は土地の親分赤間源左衛門の囲われ者となっているお富と出逢い、一目で恋に落ちる。
赤間別荘 与三郎は、お富の誘いで赤間の留守宅に呼ばれ、ひととき逢瀬を楽しむが、そこへ鎌倉へ行ったはずの赤間が踏み込んでくる。長襦袢のまま外へ逃げ出すお富。残った与三郎は赤間とその子分に体中斬りつけられ、半殺しのまま海へ放り投げられる。
源氏店 それから三年、今は和泉屋多左衛門に囲われる身のお富の妾宅に、ごろつきの蝙蝠安が金をせびりに来る。その連れは、体中に傷跡がある与三郎。お富ゆえに死ぬ思いをしたのに、そのお富が安穏と暮らしていることに恨みつらみを口説きたてる。そこへ帰ってきた主の多左衛門は与三郎に小判を与え、蝙蝠安のなだめもあって与三郎は多左衛門を後にする。店からの迎えに出掛けていった多左衛門が残した守り袋の臍の緒書から、多左衛門がお富の実の兄であることがわかり、立ち戻った与三郎とお富は多左衛門の厚情に感じ入る。