バレエ・フォー・ライフ(モーリス・ベジャール・バレエ団)

2002/04/10

「バレエ・フォー・ライフ(または「司祭館の美しさはいささかも薄れず、その庭のみずみずしさもまた同じ」)」(モーリス・ベジャール・バレエ団)を、東京文化会館で観ました。「ボレロ」で有名な不世出のダンサー、ジョルジュ・ドンと、Queenのヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーの二人の天才に触発されてできた作品(ベジャールの言葉を使えば「若くして逝ってしまった者たちについての作品」)です。私自身、ジョルジュ・ドンはバレエを見始めた初期にそのオーラに接して以来、舞台やビデオなどで繰り返しそのカリスマ的なダンスを追っていたことがありますし、Queenもファーストから『The Game』あたりまでは全て聴いていてけっこう惚れ込んでいました(どちらもex-wifeの影響)ので、ジョルジュ・ドンとフレディ・マーキュリーが1年の間を置いていずれもエイズで亡くなったときはずいぶんショックを受けたものです。それから10年程後の今日、Queenの音楽をバックにベジャールのバレエが見られるというのですから、一も二もなくチケットをゲットしました。

結論から先に言うと、前半は「これは、はずしたかも」と不安だったのですが、終わってみれば滂沱の涙、他の観衆とともに10分以上もカーテンコールの拍手を続けていたのでした。

ステージの上に真っ白な四角い布が何枚も敷き詰められ、その下に寝ているダンサーたちが徐々に起き上がって群舞に移っていく幕開け、曲はQueenのラスト・アルバムとなった『Made In Heaven』から「It's A Beautiful Day」。その後もQueenの曲が大半を占め、そこに一部モーツァルトの曲が挿入されて場面がどんどん展開していくのですが、実は最初のうち曲と振付けとの意味するところがなかなか伝わってこずフラストレーションがたまっていました。しかし、モーツァルトの「協奏曲第21番」が流れる中、医師と看護婦に曵かれたふたつのベッドの上の男女というモチーフが現れたときに、何の前触れもなくそれまで断片的に心の中に残っていた各場面の記憶のかけらが突如として像を結びはじめました。思えばジョルジュ・ドンもフレディ・マーキュリーも、表現者としてまだまだ多くの可能性を残したままで、自分の意思に反して黄泉へ連れ去られてしまったのですが、このバレエでは、生きていたときの彼等の輝かしいパフォーマンスが再現され、しかしそれが今や二度と本当に蘇ることはなく永遠に失われてしまったという事実と、さらにそのことをどうしようもない運命として受け容れざるを得なかった当の二人の苦悩と諦めとが、さまざまな曲と振付けのコラージュを通じていつの間にか観る側の感情レベルの閾値の影に蓄積されていく仕掛けになっていたのです。そうしてみると、いかにもあっけらかんと明るい「Sea Side Rendez-vous」の位置も絶妙で、この明るさはフレディの絶頂期の屈託のなさですが、そのフレディはこの明るさを享受することはもはやできないし、だからこそ水着姿のダンサーたちは曲が変わるとステージの上を苦しげに這いずるようにして退場していかなければならなかったのでしょう。悲しく美しい「Love Of My Life」が流れる頃には観ているのがつらくなるくらい感情移入してしまい、それは「Brighton Rock」のギターオーケストレーションソロから「Bohemian Rapsody」を経て、「I Want To Break Free」でステージ上の巨大なスクリーンにジョルジュ・ドンの姿が大写しになったときに最高潮に達しました。最初は喜んだファンが拍手をしていましたが、映し出されたジョルジュ・ドンは「ボレロ」などでの輝かしい姿ではなく、道化師の姿で十字架に釘付けにされ、あるいは悲痛な表情でのたうち回るように踊る凄惨なもので、映像の出典を知ってはいてもこの「バレエ・フォー・ライフ」の中に置かれてみると目を覆いたくなるほどです。そして最後は「Show Must Go On」をバックに白布を用いた群舞から、その白布が冒頭と同じようにステージ上に敷き詰められ、音楽と照明がフェードアウトして1時間40分の舞台は終了しました。

終演と同時に、会場内は割れるばかりの拍手の嵐。何度か照明がついたり消えたりして、ステージ上にはついにモーリス・ベジャールその人が登場。一階席はほとんど総立ちで拍手を送り、悲鳴とも叫びともつかない歓声が上がっています。これほど会場が興奮したバレエというのは、本当に久しぶりです。

なお、全体の進行役は重鎮ジル・ロマンで、彼の恐ろしいほどにキレのいいダンスは至高の域に達している感じがしました。また、フレディへのオマージュということなので、バリライト風のライティング、柄つきのマイク、ユニオンジャック模様の衣裳といった小道具も泣かせました。