塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

Roger Waters

2002/03/28

Roger Watersのライブを、東京国際フォーラムで観ました。Roger Watersは言わずと知れたPink Floydのベーシストであり、バンドのコンセプトをリードしていた頭脳です。あまたのプログレッシブロックバンドの中でもYes / King Crimson / Emerson, Lake & Palmer / Pink Floydは4大プログレバンドなどと呼ばれることが(その妥当性は疑問としても)よくありますが、技巧誇示を志向しない楽曲、サウンドエフェクトを楽器と同等に重視する発想、内向的かつ具体的なメッセージ性をもつ歌詞、しかしながら魅力的なヴォーカリストを擁しない点(Pink FloydはベースのRogerとギターのDavid Gilmourがボーカルも担当しています)など、Pink Floydは他のバンドとは一線を画す存在です。このコメントに対しては異論もあるかもしれませんが、私がKing CrimsonやYesなどに比べてPink Floydをあまり聴き込んでこなかった理由がこれらの点にあり、自分でレコードを買ったのは『Meddle』『Dark Side of the Moon』の2枚だけ。友人からテープに録音してもらったのが『Wish You Were Here』『Animals』『The Wall』で、恥ずかしながら『Atom Heart Mother』も聴いていません。2枚組の大作『The Wall』ではほとんど全ての曲と詞を書きバンドに対する支配力を強めていたRoger Watersも、1983年に実質的に彼のソロと言われることもある『The Final Cut』を世に送りだした後バンドが分裂すると、しばらくはひっそりとソロを出したり自殺未遂が報じられたりしていましたが、やがて私にとっては忘れられた存在になっていました。ところが世紀末の2000年に、久しぶりにPink Floydの曲を大々的にフィーチュアしたライブの模様を収録した『In the Flesh』が発表され、さらに同じフォーマットで2002年にツアー開始。今回の来日は2月27日から6月27日まで4カ月に渡って地球を一周するこのワールドツアーの一環であり、大いに期待しながらチケットを購入しました。

東京国際フォーラムには開演30分前に入りましたが、ステージ上ではスタッフが機材のチェック中。「IN THE FLESH」と大きく書かれたピンクのブタのシルエットが後方のスクリーンに映し出されており、その下に両脇から階段で登れる高い段があって、段の下の真ん中には観音開きになる扉がついています。Rogerの立ち位置はその前方で、近くには多くのギターがスタンドに立て掛けられているのでギタリストが1人Rogerの後ろに立つ模様。上手側にはキーボードが二セットとコーラス用のマイクが3本、下手側にはドラムセットの前にギター2人分のスペース。念のため頭上を見上げてみましたが、ケーブルが張られてはいないので、どうやらブタや戦闘機が会場内を飛ぶということはなさそう(少々落胆)。

やがて定刻の19時にブザーが鳴って、会場が暗くなると袖から出てきたバンドメンバーに盛んな拍手が送られます。ゆっくりと後方の段に登ったRoger Watersがドイツ語(?)でカウントして始まったのが『The Wall』の「In the Flesh」で、しかも歌詞の内容が超やばい(ユダヤ人や黒人は出ていけ、みたいな歌詞)リプライズの方。赤い柄のハンマーが大行進するアニメーションが映し出されて凄い迫力です。続いてヘリの効果音が流れ、サーチライト状に会場のあちこちが照らし出されてRogerが低音で歌う「The Happiest Days of Our Lives」から分厚いコーラスが入って「Another Brick in the Wall, Part 2」へ。We don't need no educationという歌詞が『The Wall』の中でも特に有名な曲の一つです。ここは一緒に大声を出して歌いたいところですが、どうも今日の会場は皆おとなしくて盛り上がりません。平日の夜で、スーツ姿のサラリーマンばかりだからだろうか?かたや黒いプレベを肩から下げたRogerは体型がほとんど変わっておらず、うらやましいくらいに下半身がすらっとしています。ついでRogerがベースをアコギに持ち替えて、やはり『The Wall』から母親の過保護を歌う3拍子の「Mother」。コーラスの女性の1人が途中でリードボーカルをとり、背後にはバルタンママの映像が徐々に巨大になっていきます。Bring the boys back homeと歌う曲(同名の曲が『The Wall』にあるがそれとは違う)をはさんで、今度は後方のスクリーンが例の巨大な発電所の4本の煙突とブタ風船の空撮映像(改めて見ると本当にこの建物はでかい)になって『Animals』から「Pigs on the Wing」とギターのカッティングが緊迫した「Dogs」。伸びやかなシンセソロからゴールドトップのLes Paulでのギターソロの後、ドラムのリズムキープとシンセによる白玉の長いパートがあって、そこではRogerと3人のギタリストが後ろのテーブルでトランプ、コーラスの女性3人はロッキングチェアーにくつろぐ場面が見られました。『The Wall』『Animals』とさかのぼったら、次は当然『Wish You Were Here』で、「Shine On You Crazy Diamond, Parts 1-5」「Welcome to the Machine」「Wish You Were Here」と続きます。ここらあたりまでの曲はリアルタイムで聴いていた曲で、特に『Animals』が出たときはそのポップさに賛否両論だったことを懐かしく思い出しましたが、やはりDavid Gilmourのプレイを知っているとサポートメンバー(Chester KamenとベテランSnowy White)のギターでは物足りないし、MCをほとんど入れずに曲がどんどん進むので聴衆も拍手の入れ場がなくただ座って一方的に聴かされるだけ。それでもエフェクトのかかったベースの3連から『Wish You Were Here』のラストである「Shine On You Crazy Diamond, Parts 6-9」で、David Gilmourならスティールギターを使うであろうソロをChester Kamenがボトルネックで30フレットあたりで弾いてみせ、ミラー円盤がきらきら光って第1部が終了。

休憩中も会場内には、鳥や羊の鳴き声、車のエンジン音などのSEがやかましく流れていました。

15分のインターバルを置いてバンドがステージ上に戻っての第2部最初の曲は、聴こえてきた歌詞からどうやらPink Floydの2作目である『A Saucerful of Secrets』の「Set the Controls for the Heart of the Sun」でしょう。スクリーンにはSid Barretを含む若い頃のPink Floydのメンバーの写真が映し出され、古くからのファンには感涙ものに違いありません。ここから今度は『Dark Side of the Moon』のコーナーに移り、ハートビートのSEで聴衆がわっと沸くと期待通り「Breathe in the Air」で、サポートギタリストがボーカルをとります。そういえばこの曲は私がベースを始めたばかりの頃によく練習したものだ、と懐かしく聴きました。レコードではこの後にSEによる「On the Run」が入りますが、ここではすぐに目覚まし時計の音が鳴り響いて「Time」へ。イントロのパーカッションソロは、ドラマーが立ち上がって後方のタムを乱打していましたが、ずいぶん忙しく音を詰め込んでおり、歌のパートに入るとドラマーが走りまくってずいぶんスピードアップしてしまいました。この曲ではRogerの他に、彼の背後にいるギタリスト(Andy Fairweather Low:Eric Claptonのツアーで日本でもおなじみ)もベースをもっていて、Rogerがボーカルをとるところでベースパートをスイッチしていました。曲は7拍子の「Money」に移り、Chester Kamenのボーカルはお世辞にもうまいとは言えなかったのですが、ずっとバッキングに徹していたAndy Fairweather Lowが初めてギターソロに参加し、ピックを使わない奏法で印象的なソロを聴かせてくれました。しかし、多くの聴衆にとってついていけたのはここまで。この後、彼のソロ作品から「Every Strangers Eyes」や「Perfect Sense」が披露されたあたりでは、Rogerの音域の広いボーカルやタイトな演奏に感心させられたのですが、徐々に会場を後にする人も目立ち始め、「Amused to Death」あたりでふと両隣を見るとどちらも腕組みをして聴いている状態(歌われている歌詞の重さがそうさせたのならいいのですが)。

ドラマーが珍しくカウントを入れたと思ったら、『Dark Side of the Moon』から最後の方のパートである「Brain Damage / Eclipse」になって、Rogerがステージ上を左右に歩き回り聴衆に呼び掛けるとそこだけ異様に盛り上がります。日食のアニメーションで曲が終わり、ようやくメンバー紹介。これでいったん終わるのかな?と思っていたら、突如として始まったのが『The Wall』の名曲「Comfortably Numb」。原曲では医師役をRogerが、患者役をDavid Gilmourが歌っていましたが、ここでもDavidのパートはChester Kamenが担当。この曲は私も大好きで、周囲の沈黙をよそに高音のコーラスパートをしっかり歌わせてもらいました。しかしSnowy Whiteの姿がステージ上に見えないのを不思議に思っていたら、ギターソロのパートで後方の段上に上手側から上がりソロを弾きはじめました。Chester Kamenもその間に下手側から段上に上がってSnowy Whiteとギターソロの応酬になり、最後の最後に大いに盛り上げてくれました。曲が終わって聴衆もやっと総立ちで拍手。アンコールを求める手拍手を聞きながら「後は『Run Like Hell』なんかやってくれれば気分よく終わるのだが……RogerのことだからDavid色の強い曲はやらないだろうなぁ」と思っていると、あまり時間を置かずに戻ってきたRogerの手にはアコースティックギターが。「これは新しい曲だ」というコメントがあってI shall be freeと歌う穏やかな曲。聴衆も肩透かしをくらった感じで立ち尽くすしかなく、曲が終わってメンバーが引っ込んだ後一応アンコールを求めてはみたのですが、予想通り(?)客電がついてしまうと皆なんとなく割り切れないような表情で出口に向かいました。

終わってみれば22時で、この後徹夜仕事が待っている会社に戻りながらこのライブを心の中で反芻し「最後くらいもっと気合の入る曲をやればいいのに。しかし、こういう聴衆に媚びないところがRogerらしいのかもしれないな」とおかしくなってしまいました。思うに、彼の音楽はPink Floydからソロに至るまで一貫して切迫したメッセージなのであり、そこに聴衆が心地よいアミューズメントを求めるのは動機不純というものなのでしょう。それに、たとえ聴衆の何割かが『今ここで行われたこと』に充足されないものを感じたとしても、「Comfortably Numb」が終わった後の総立ちの拍手は、『彼がこれまで成し遂げてきたこと』に対する心からのリスペクトを表明していたことは間違いのない事実なのです。

ミュージシャン

Roger Waters vocals, bass, guitar
Andy Fairweather Low guitar, bass, vocals
Chester Kamen guitar
Snowy White guitar
Andy Wallace keyboards
Harry Waters keyboards
Graham Broad drums
Norbert Stachel saxophone
PP Arnold vocals
Katie Kissoon vocals
Linda Lewis vocals

セットリスト

  1. In the Flesh, Part 2
  2. The Happiest Days of Our Lives
  3. Another Brick in the Wall, Part 2
  4. Mother
  5. Get Your Filthy Hands Off My Desert
  6. Southampton Dock
  7. Pigs on the Wing, Part 1
  8. Dogs
  9. Shine On You Crazy Diamond, Parts 1-5
  10. Welcome to the Machine
  11. Wish You Were Here
  12. Shine On You Crazy Diamond, Parts 6-9 / -
  13. Set the Controls for the Heart of the Sun
  14. Breathe in the Air
  15. Time
  16. Money
  17. 5:06 AM - Every Stranger's Eyes
  18. Perfect Sense, Part 1
  19. Perfect Sense, Part 2
  20. The Bravery of Being out of Range
  21. It's a Miracle
  22. Amused to Death
  23. Brain Damage
  24. Eclipse
  25. Comfortably Numb
    -
  26. Flickering Flame