ローリング・ストーン(NODA・MAP)

1998/04/29

渋谷Bunkamuraシアターコクーンで、NODA・MAPの「ローリング・ストーン」。会場に入ると舞台上は既に暗く、鉄錆色を浮かべた石人形が思い思いのポーズで散在し、PPMのフォークソングが流れています。定刻5分前からスモークが流れ始め、BGMが「Puff」になったところで舞台上が暗転。再び明るくなると人形が役者たちに入れ代わっていて、芝居がスタートしました。

そこは積み上げられた石でできた崩れかかった塔が立つ国境。その国境で石を積むロダンたち住人、そして彼らがたびたび巻き込まれることになるロックの国の王妃マカリ(キムラ緑子)とフォークの国の王妃ブリュヌオー(羽野晶紀)の争いが表面上のストーリーの軸ですが、その中にあって人の心を持つようになった「石」(野田秀樹)の悲しい物語が描かれ、戦争のきっかけを作りついにはブリュヌオーを滅ぼす姉フタゴの言葉が人の心の闇をあばきます。

国境に転がる「石」はプラグがつながった人間とは意思を通じることができるものの、初めのうちは住人たちの営みに対して多くは独白のかたちをとって論評を加えるにとどまりますが、ブリュヌオーの求める風呂の軽石としてフォークの国の王宮に入り美しい宝石フロムブリュヌオー(人形・声は羽野晶紀)のそばにいるうちに、恋、嫉妬、喜びといった人間の感情を学習していきます。しかし、ロックの国に嫁いだフタゴの死をきっかけに起きた戦争へ投石用に駆り出された「石」はなぜかマカリの子・こうた石となって出陣することになり、フォークの国へ攻め入ってフロムブリュヌオーと再会したときに自身のプラグが抜けて、ブリュヌオー=人を愛することを知ってしまいます。しかしロックの王宮に連行されたブリュヌオーを救うために人を騙すことを覚えた「石」は、ブリュヌオーの偽りと拒絶を知って塔の中で開けてはならない小箱を開け、孤独という毒を仰ぎます。

ロダンたちのもとに戻った「石」の亡骸は、二つの国の軍の激突のさなかに塔の上で神となり、その塔を擁するブリュヌオーがマカリを孤立させたと思えたものの、実は生きていたフタゴによって「石」を殺したのがブリュヌオーであることがあばかれ、戦場は再び混沌。一騎打ちの果てにマカリとブリュヌオーは共に斃れ、死の静寂の中、ロダンたちは「石」(の亡骸)を伴って凍りついた川面を渡っていきます。辿り着いた岸辺でもう一度石を積み、手のひらに伝わる石の声を聞くために。

ラストシーンは、前景に折り重なるマカリとブリュヌオーを置き、石人形を背負って背景の壁を登っていく数多くの兵士たち。そしてその手前で「石」を背負ったロダンに壁を見上げさせて暗転します。

姉が妹に、マカリがフタゴに、そしてブリュヌオーが「石」に「開けないで」と渡す箱には悪意がこもり(しかし劇中では「夕鶴の法則」と笑いを誘う道具となり)、繰り返し崩される国境の塔にはバベルの塔と賽の河原のイメージがないまぜになります。憎しみ合うマカリとブリュヌオー、妹へのコンプレックスの憎悪を募らせる姉という二重の愛憎劇のはざまにあって「石」の純粋な愛が美しく、哀しみが際立ちました。

装置はいたってシンプルで、平らな舞台上に開口部が3カ所。この開口部があるときは部屋に、あるときは戦場に向かう荷駄車に、またあるいは「成り上がりの塔」の頂上部に見立てられます。背景には斜めに傾いた壁面にフリークライミングのジムのように無数の足場が設けられ、役者はこの足場を使って恐ろしいほどの高度感のある壁を自在によじ登るダイナミックな動きを見せます。そして、この舞台上を駆け回るのは全てオーディションで選ばれた役者たちですが、なかでも二つの国の王妃を演じるキムラ緑子(マカリ)と羽野晶紀(ブリュヌオー)の存在感が他を圧倒していました。この羽野晶紀の例のように、TVの通俗的な世界での姿とは別世界の住人のようなオーラを感じさせてくれるから、舞台俳優は決して侮ることができません。

配役

イシーリー 阿部サダヲ
タイシ 安藤洋子
侍女 1 一谷真由美
タタミ 入絵加奈子
王シジュベール 植本潤
モノトレス 及森玲子
兵士 2 恩田括
シルデベルト 加藤貴子
マカリ キムラ緑子
兵士 1 草野徹
シシャ 佐伯新
第五王妃 坂田今日子
トイシ / 神父 進藤則夫
ナイン 鈴木浩司
パラケルスス 貴山侑哉
フタゴ 多田慶子
ケイシ 田中智寿
第七王妃 田中利花
第六王妃 / フローリング 富樫真
ジャック 永森英二
ロダン 西川忠志
野田秀樹
ブリュヌオー 羽野晶紀
ブルービアド 平沢智
コイシ / 侍女 2 船田千詠
モノトリー 松村武
テン 水谷誠伺
アイシ / 侍女 3 宮下今日子
兵士 3 矢沢誠
ミズーリー 八嶋智人