塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト 2020

2020/02/05

「アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト 2020」のAプロを、Bukamura オーチャードホールで観ました。この日は一連の公演の初日にあたります。

今回はフリーデマン・フォーゲルとセルゲイ・ポルーニンが加わり、Aプロはジョージ・バランシンの「バレエ・インペリアル」、Bプロはフレデリック・アシュトンの「マルグリットとアルマン」を中心とするプログラムになるということはアナウンスされていたのですが、私がチケットをとったAプロの詳細がなかなか決まらないなと思っていたら、初日の2日前の2月3日に主催のNBSから次のメールが届きました。

当初、コジョカルはAプログラムで『バレエ・インペリアル』に出演する予定でしたが、来日直前のリハーサルで怪我をし、身体に負担の大きい同作への出演ができなくなりました。そのため上演作品の変更を余儀なくされ、フリーデマン・フォーゲルと『マノン』より第1幕のパ・ド・ドゥを踊ることになりました。そして、コジョカルに代わって急きょヤスミン・ナグディ(英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル)が『バレエ・インペリアル』に出演することになりました。なお、『ドン・キホーテ ディヴェルティスマン』には出演できるよう調整しておりますが、最終的な出演の可否につきましては、当日の発表となりますことをお許しいただきたく存じます。

セルゲイ・ポルーニンにはAプログラムへの参加を依頼していましたが、芸術的な理由をもって固辞されました。弊財団からもポルーニンに説得を試みましたが、考えは変わらず、Bプログラムの『マルグリットとアルマン』のみの出演となりました。また、アリーナ・ソーモワは急な個人的な事情から来日することができなくなりました。

これら直前の変更のため、急きょ弊財団とゆかりの深いハンブルク・バレエ団、シュツットガルト・バレエ団から特別な配慮によって、A/Bプログラムに菅井円加(ハンブルク・バレエ団プリンシパル)、Bプログラムにエリサ・バデネス(シュツットガルト・バレエ団プリンシパル)という2人のプリンシパルを派遣してもらうことになりました。

あの問題児セルゲイ・ポルーニンが加わると聞いたときからなんとなく悪い予感がしていたのですが、怪我をしたというのならともかく芸術的な理由をもって固辞と言われるとなんとも理解し難いものがあります。アリーナ・コジョカル自身も自分の怪我を含め種々のアクシンデントによるプログラムの動揺には心を痛めたことでしょう。この日、公演の冒頭に通訳と2人で舞台上に現れたアリーナ・コジョカルは、人生山あり谷あり……と一連の混乱を抽象的に表現した上で代演者と代演者を送り出してくれたカンパニー、そして変更後のプログラムを受け入れてくれる客席への感謝の言葉を静かな口調で語ってくれました。

バレエ・インペリアル

バランシン作品に対する苦手意識を払拭しつつあることを確認した演目。音楽の方(本作ではチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番ト長調 op.44)から入りこんでいけばよかったのだと気付きました。主役は上述の通り急遽の代役となったヤスミン・ナグディ(英国ロイヤル・バレエ団)と、永遠の貴公子フリーデマン・フォーゲル(シュツットガルト・バレエ団)。オーケストラピットの下手に配置されたピアノの演奏と見事に息を合わせて、情感のこもったパ・ド・ドゥやそれぞれのソロを見せてくれました。フリーデマン・フォーゲルの空中で静止したかのような跳躍には息を呑みましたが、客席をさらに熱くしたのは中川美雪さん。たおやかにアームスを使って回り、跳び、輝きを放っていました。

海賊

菅井円加さん(ハンブルク・バレエ団)のメドーラとオシール・グネーオ(ミュンヘン・バレエ団)のアリによる技巧の応酬のようなパ・ド・ドゥ。ハープの調べに乗って下手から登場したアリが片足バランスを見せた後にアダージョでメドーラと息を合わせてから、アリのソロでは回転している中で複雑な腕の動きを加え、メドーラの大きな跳躍となめらかな回転からなるソロの後にはアリの高速マネージュ。これに対しメドーラが1-1-3のグランフェッテに腕を上げる形を織り交ぜると、アリのグランド・ピルエットは最初の一動作で数回転してスピードが緩んだところからそのまま足を下ろさず回転速度を速めていくというちょっと信じられない動きを見せました。

エディット

ナンシー・オスバルデストン(フランドル国立バレエ団)自身の振付によるソロ(世界初演)。下手からよろよろと出てきたダンサーが舞台に倒れ込むと、エディット・ピアフの「水に流して」が流れ出し、これを聞いて憑かれたように踊り出したナンシー・オスバルデストンの姿は白い膝下丈のシンプルなドレスの上に黒い胴衣。オレンジ色の照明の中で踊られるこの作品は3分ほどの短いものでしたが、不思議に印象的でした。

ABC

ヨハン・コボーはもう50歳に近いところにいるはず……と思っていましたが、見事にキレの良いダンスに驚きました。赤紫のシャツに黒いチョッキ、黒いパンツ、スキンヘッドでダンディーな存在感を発揮するヨハン・コボーが、MCがアルファベットの「A」から順番に繰り出される単語に合わせてさまざまな形や動きを見せるという作品です。「Kabuki」は隈取りの顔?「Nijinsky」では薔薇の精のポーズ?バレエ用語もたくさん出てきて、「Tchaikovsky」では「白鳥の湖」のメロディーに乗って踊り、どんどん高揚していって最後は「WXYZ」を端折って終わり。とても楽しい作品(エリック・ゴーティエ振付)でした。

マノン

アリーナ・コジョカルのマノンとフリーデマン・フォーゲルのデ・グリューによる「寝室のパ・ド・ドゥ」。舞台上は下手奥にベッド、上手手前に机と椅子、背景には半開きのカーテンを配して、やがて訪れる悲劇を前に束の間の幸福を愛おしむパ・ド・ドゥが美しく踊られました。アリーナ・コジョカルは怪我をしたということでしたが、この演目を見る限りではその影響は感じられませんでした。

ドン・キホーテ

ディヴェルティスマンと銘打って、ナンシー・オスバルデストン、菅井円加さんとオシール・グネーオにキム・キミン(マリインスキー・バレエ)が加わって祝祭感あふれるダンスが繰り広げられます。ここでもオシール・グネーオが大きな跳躍に複雑な足使いを加え、回転の速度変化と共に卓越した身体能力と技巧を誇示しましたが、さらに客席を沸かせたのはキム・キミンでした。東洋系とは思えない恵まれたスタイル(手足が長い!)でトゥール・ザン・レールを何度も繰り返し、最後は着地と同時にもう一度跳躍。マネージュでの高さも尋常ではなく、大きな拍手と喝采を集めました。これら4人の後ろにはドン・キホーテ、サンチョ・パンサ、ガマーシュが控えていて、菅井円加さんの颯爽としたアバニコダンスの後にドン・キホーテに促されて残りの2人が踊る場面があったのですが、サンチョ・パンサを演じる丸顔でにこやかな若者は玉川貴博だとして、対するガマーシュは木村和夫?いかにもな仕草のガマーシュに彼の芝居心を感じてうれしくなってきます。コーダはナンシー・オスバルデストンのグランフェッテの回りを菅井円加さんが大きく回り、男性2人がグランド・ピルエットに入ろうとしたときにサンチョ・パンサが参戦してきて2人は「えっ?」という感じ。それでも3人でグランド・ピルエットを回って、最後に男女2組が左右からフィッシュ・ダイヴを決めて終了です。

公演直前での出演者と演目の変更には少し驚きましたが、ベテランのヨハン・コボーも貴公子フリーデマン・フォーゲルも素晴らしいダンスを見せてくれましたし、初めて観たオシール・グネーオとキム・キミンにも感銘を受けました。さらに、これまで「4人の」「4羽の」といったかたちでしか観ていなかった中川美雪さんも堂々たるソリストぶりを示してくれた上に、いくつになっても可憐なアリーナ・コジョカルの肉声を聞くことができたのも思わぬ収穫です(ミーハーですが)。終わってみれば不満のない、楽しい公演でした。

配役

バレエ・インペリアル ヤスミン・ナグディ-フリーデマン・フォーゲル
中川美雪
宮川新大-生方隆之介
金子仁美-秋山瑛
東京バレエ団
海賊 菅井円加 / オシール・グネーオ
エディット ナンシー・オスバルデストン
ABC ヨハン・コボー
マノン
第1幕のパ・ド・ドゥ
アリーナ・コジョカル / フリーデマン・フォーゲル
ドン・キホーテ
ディヴェルティスマン
ナンシー・オスバルデストン / 菅井円加
オシール・グネーオ / キム・キミン
玉川貴博 / 木村和夫 / 森川茉央
指揮 井田勝大
演奏 シアターオーケストラトーキョー
ピアノ 今泉響平(「バレエ・インペリアル」)