塾長の鑑賞記録

ドン・キホーテ(英国ロイヤル・バレエ団)

2019/06/26

東京文化会館で、英国ロイヤル・バレエ団の「ドン・キホーテ」(演出・振付:カルロス・アコスタ)。キトリはナターリヤ・オシポワ、バジルはワディム・ムンタギロフ。

キューバ出身で英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとなったカルロス・アコスタが演出・振付を手がけたこのバージョンの初演は2013年。アコスタ版は、血の通った登場人物の造形(主役以外もよく動き、声を上げさえもする)やダイナミックな舞台装置(美術:ティム・ハットリー)によるスムーズな場面転換といった特徴があるとされていますが、この日観た舞台で、その特徴をまざまざと実感することになりました。

プロローグ
懐かしい旋律が次々に現れる序曲を置いてプロローグは、極度の遠近法でデフォルメされたドン・キホーテの部屋。ガウン姿のドン・キホーテの目の前に現れた幻のドゥルシネア姫は、全身白づくめにヴェールで顔を覆って、まるでウィリとなったジゼルのよう。影が踊り、ベッドやテーブルの下からぞろぞろと怪人が現れてひとしきりカオスの後に明るくなって現実に戻ると共に、鶏を持ったサンチョ・パンサが女たちに追われて部屋に逃げ込み、ドン・キホーテのとりなしでどうにか助かります。鎧を身に付け剣を腰に下げ、兜をかぶりベッドの柱を槍として、いざ出発!
第一幕:町の広場
町の広場のセットは、青い空を背景にくすんだ白壁とオレンジ色の屋根がスペイン的。町の人々の衣装もこのセットと違和感のない淡色系ばかりですが、そこへ元気はつらつ飛び込んでくるキトリのナターリヤ・オシポワの衣装はくっきりした赤と黒。派手めの顔立ちに加えて自信満々に高く上がる足から意志の強さがよく出ています。かたやバジルのワディム・ムンタギロフは、ギターを手に持っていようが町の娘たちにちょっかいを出そうがやっぱりノーブルで颯爽とした王子様キャラ。この二人が楽しげに踊るところへ周囲の人々が実際に掛け声や手拍子を浴びせるのが面白いところです。また、ガマーシュの登場の場面では下手の家屋が舞台中央へせり出してくるのもアコスタ版ならでは。
ロレンツォとガマーシュの隙をついて主役二人が逃げた後に闘牛士たちが登場。エスパーダはきりっとしたダンスで見事なマント捌きを見せましたが、妙に気合いが入っているなと思ったら第三幕で自己陶酔型(?)な性格設定がなされていることがわかりました。かたやメルセデスがパ・ド・ブレで蛇行しながら下がる場面は、ナイフではなくカップを床に置いたもの。闘牛の真似をしたガマーシュが粗末な身なりの若者たち(4人一組、この後随所で活躍)に連れ去られてしまうときにさらに建物がダイナミックに動いて、舞台下手手前から上手奥へガマーシュが消えた後に建物群の配置が左右反転して(ここはびっくりします)下手奥から上手手前への通路ができると、そこを堂々と馬の作り物(車輪つき)に乗ったドン・キホーテがサンチョ・パンサを伴ってやってきました。
お約束のサンチョ・パンサの角笛と(トランポリンではなく)胴上げに続いて主役二人が足を鞭のようにしなやかに振り上げながら戻ってきたのですが、その後二人が踊っているときも周囲の人々は小芝居でよく動いています。また、ふっと舞台上が暗くなって人々が静止しドン・キホーテの妄想が始まるとドゥルシネア姫が現れ、ドン・キホーテがその手に接吻しようとするとキトリの手をとっていた、といった演出が独創的です。
そしてキトリとバジルのパ・ド・ドゥは、サポートを受けての高速ピルエットや鮮やかなフィッシュ・ダイヴの後に若者4人組のキレのよいコミカルなダンスをはさんで、バジルがダイナミックなトゥール・ド・レン(背面跳躍)のマネージュの最後に540をみせれば、キトリはあの後ろ足を後頭部まで跳ね上げる特徴的な跳躍を続けざまに見せた後に、斜めに並んだ闘牛士たちの前ですごいスピードのペアテ(リエゾン・ド・ピルエット)を見せつけて、大きな歓声と拍手を集めていました(拍手に応えて下手袖からキトリが肩をそびやかしてのっしのっしと出てくるのが笑えます)。その後の片手リフトは一回目はちょっと不安定、二回目はぴたりと止まりましたがあまり長時間止めることはせず、町の人々が踊る中を荷車の荷台に仲良く腰掛けてバイバイと去ってゆき、ロレンツォとガマーシュ、ドン・キホーテとサンチョ・パンサが後を追って舞台上はフェードアウトしました。
第二幕第一場:ジプシーの野営地
遠くにはスペインらしい荒涼とした夕焼けの大地、その中央奥に風車小屋が見え、葉のない巨大な蔦のようなものが後景と前景を仕切っています。荷車を降りた二人のしっとりしたパ・ド・ドゥでバジルはキトリを床から軽々と引き寄せて宙を浮遊させ、夢見る雰囲気を醸し出していました。曲が変わって、ジプシーたち登場。それまで舞台上に点在していたもこもこの布の下に隠れていた男女が次々に立ち上がってくるのは、察しはついていても不気味です。マイムで事情を説明し、どうにか納得した様子のジプシーの首領は、後からやってきたロレンツォとガマーシュは追い返し、一方ドン・キホーテとサンチョ・パンサはなぜか旧知のように歓迎しました。
ジプシーダンスは男たちと女たちの駆引きのようなダイナミックな群舞ですが、見た感じ、一番前にいる首領のダンスが重たそう。それでも首領が片手をパートナーの女性の脇に入れてぶん回したり、投げ上げられた彼女が開脚した姿で首領の頭上を飛び越え後方に着地したりと意欲的な力技が盛り込まれていて見応えがありました。群舞が終わって皆が下手袖近くの焚火の周りに集うと、舞台上でギターの生演奏が始まったのがユニーク。掛け声を掛けたり手拍子をしたり踊ったりと楽しげに寛いでいるうちに背景の風車が下手に消え、ついでサイズが大きくなった風車が中景にせり出してきて、先ほどから時折不審な挙動を見せていたドンキがすっかり混乱してしまいます。折しも雷があたりを襲いだし、皆が右往左往する中をドンキは槍を持って風車に突きかかりましたが、あえなく跳ね返されてしまいました。さらに闇の中から現れた怪人たちがサンチョ・パンサを連れ去ってしまい、一人残されたドンキホーテは下手袖の岩の上に倒れ込んでしまいます。
この場面では、ジプシーダンスが憑依したかのような女性ソロではないこと、ギターの生演奏が舞台上で演じられること、人形が風車に引っかかってぐるぐる回されるといった子供っぽい演出はないことなど、これまでに観た演出との違いが随所に見られましたが、人形劇が登場しないのも特徴的です。カルロス・アコスタはこの点について意味がわからないし、進行の妨げになると考えて代わりにギタリストを登場させたとプログラムに書かれていました。もともとバレエの「ドン・キホーテ」は、原作であるセルバンテスの『ドン・キホーテ』のうち主人公が居合わせた結婚式での狂言自殺の場面を膨らませ、そこに原作での独立したエピソードである風車の場面と人形劇の場面を取り込んだ構成なのですが、アコスタは原作へのオマージュよりもその場のリアリティを重視し、同時に子供っぽい要素を排除する方向に改訂を加えたということなのでしょう。
第二幕第二場:森の精の庭園
ドリアードたちの場面では、背景の蔦に巨大なガーベラのような花がいくつも開いていてちょっと毒々しい感じ。オーケストラピットの左右に置かれた照明装置が水平に照らす光の効果で不思議な雰囲気が漂います。ドン・キホーテを起こすアムール(キューピッド)は子供の姿ではなく、したがってそのダンスも可愛らしさを強調しない行き届いたもの。ドリアードの女王のイタリアン・フェッテの優雅な佇まいに見惚れていると、ドゥルシネアの余裕たっぷりのバランスからいきなり急加速した高速ピケターン〜シェネに驚かされました。このいきなりの緩急は、あらかじめオシポワと指揮者との間に綿密な打合せがなされていることを想像させます。この夢の場面が終わったところで左右から幕が引かれ前景だけになり、正気に戻ったドン・キホーテはサンチョ・パンサと共に大団円に向けた歩みを進めたところで第二幕が終了しました。
第三幕第一場:町外れの居酒屋
広々してなにやらゴージャスな居酒屋で軽快な曲に乗ったエスパーダのソロは、音楽に合わせてキメのポーズを作ると迫られた女性がくらくらと後ろへ倒れるくらいのフェロモン全開ぶり。跳躍からの着地で一度ぐらつき手をついたのもものともせず、回る、跳ぶ、オレ!ついで登場したバジルとキトリは、上手と下手に置かれたテーブルの上で短いダンスの応酬、ついで入れ替わってまた踊り、そのたびに周囲の者は二人の足元でテーブルをばたばたと叩いて喝采。さらには背後の長テーブルの上にキトリとメルセデスが乗り、エキゾチックな曲に乗って女性二人でのムーディーなダンス。二人がテーブルから降りたところで全員での楽しい群舞、といった具合に次から次へとダンスが繰り広げられてとても賑やかです。
そこへガマーシュとロレンツォが登場し、ガマーシュから金の入った袋を渡されたロレンツォは気合いのポーズを作ってキトリをガマーシュの元へ押し込もうとしましたが、ここでバジルの狂言自殺。キトリとも偽りの諍いをしたあげくに、テーブル上に立ち上がって刃物を胸に刺し、皆がこの惨劇に思わず顔をそむけたすきにキトリとアイコンタクトをとると、テーブル上に仰向けに倒れました。このユーモラスな演技は、コメディアン・コメディエンヌとしての二人の魅力が満載です。ドン・キホーテのなかば強制もあって二人は結ばれることになり、騙されたと知ったロレンツォが混乱するうちに舞台を隠す幕が左右から降りて前景ではガマーシュがドン・キホーテに決闘を挑みましたが、もちろん勝負になるはずもありません。キトリに渡すはずだった指輪をどうするべきかとドン・キホーテに相談した結果、その指輪は上手の袖でおしゃべりをしていた酒場の女性に捧げられることに。
第三幕第二場:町の広場
幕が開いて再び町の広場。黒帽子にエンジ色の服の闘牛士たちと、白いスペイン風ドレスに白いアバニコの女性たちの群舞は色の対比がすてきです。そして白いチュチュ姿の女性8人によるダンスをアントレとして、いよいよグラン・パ・ド・ドゥの始まり。主役の二人は白地に金の刺繍を施した正装で、ことにワディム・ムンタギロフのノーブルさが引き立ちます。キトリのアティテュードバランスは静止の長さを強調するものではなく、一貫して優雅に踊られました。キトリの友人たちのダンスをはさんで、バジルのヴァリエーションが強烈。空中でダイナミックな180度開脚を見せたり、トゥール・ザン・レールから着地した瞬間に再び跳んで回転を繰り返したりとかなりのパワフルさです。コケティッシュな中にもすらりと上がる足のキレがすばらしいキトリのアバニコダンスに続いて、高く足を蹴上げるジャンプとアントルシャの組合せから高さのあるグラン・ジュテでの豪快なマネージュでバジルが客席を一気にヒートアップさせて、キトリのグラン・フェッテはのっけからダブルが連続するもの。映像では見ていましたが、現実に舞台上でやられてみるとその躍動感は圧倒的です。そしてバジルのまったく軸のぶれない強靭なグランド・ピルエットの後に、二人が舞台上でキメのポーズをとり音楽が止まった瞬間、ホールの中は熱狂的な拍手と歓声が一気に爆発しました。
大団円。神父が結婚の儀式を執り行い、ロレンツォも二人を祝福すると、紅白の紙吹雪がまかれて全員での賑やかな群舞になりましたが、鐘の鳴る音がして音楽が鎮静すると馬が引き出され、ドン・キホーテは人々に別れを告げて舞台の奥へと旅立って行き、ここで幕が下されました。

カーテンコールでは、一階席はスタンディングオベーション。熱い拍手がいつまでも鳴りやまず、最後に主役二人がさようならと手を振ってようやくホールを離れることができるようになりました。


カルロス・アコスタの演出は、なめらかな場面転換の効果が際立って舞台進行に流れるようなスムーズさがあり、振付面でもダンサーたちの身体能力を100%引き出すダイナミックなダンスが次々に繰り出されるのが印象的でした。主役二人のダンスはとりわけすばらしく、ナターリヤ・オシポワの回転の弾けるようなスピード感や、ワディム・ムンタギロフの優雅でいて力感に溢れる跳躍には目が釘付け。キトリの友人たち(メーガン・グレース・ヒンキス / アンナ・ローズ・オサリヴァン)も存在感がありましたが、粗末な身なりの若者4人組が元気一杯に踊りながら舞台を巧みに進めてゆく様子に感心しました。ドン・キホーテはときどき夢想に取り憑かれるところ以外ではまっとうな紳士ですし、ガマーシュも変にオカマっぽくなくて最後には救いが用意されているなど、いずれも血の通った人間として描かれているのもこの演出のよいところです。そして舞台上には笑顔があふれ、祝祭感が横溢していました。

演奏もすばらしく、レオン・ミンクスの美しい旋律を堪能しました。ところどころにこれまで聞いたことがない曲が聴かれたように思いましたが、プログラムの解説によれば、この版を制作するにあたって音楽を担当したマーティン・イエーツは初演後に挿入された楽曲をなるべく取り除いてミンクスの原曲に戻してからオーケストレーションをした上で、部分的に曲を補うこともしたそうです。そして、この日の指揮者はそのマーティン・イエーツ本人でした。

キャスト

ドン・キホーテ ギャリー・エイヴィス
サンチョ・パンサ フィリップ・モズリー
ロレンツォ クリストファー・サンダース
キトリ
ドゥルシネア姫
ナターリヤ・オシポワ
バジル ワディム・ムンタギロフ
ガマーシュ トーマス・ホワイトヘッド
エスパーダ ヴァレンティノ・ズッケッティ
メルセデス ベアトリス・スティックス=ブルネル
キトリの友人たち メーガン・グレース・ヒンキス / アンナ・ローズ・オサリヴァン
ジプシー(ソリスト) ロマニー・パイダク / ルカス・ビヨンボウ・ブランズロッド
ドリアードの女王 クレア・カルヴァート
アムール(キューピッド) イザベラ・ガスパリーニ
ドゥルシネア姫(第一幕) ヘレン・クロフォード
ファンダンゴ(ソリスト) ジーナ・ストーム=ジェンセン / リース・クラーク
指揮 マーティン・イエーツ
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団