塾長の鑑賞記録

NHK交響楽団(R.シュトラウス / ベルリオーズ / ヤナーチェク)

2019/04/14

NHKホールで、NHK交響楽団の定期演奏会。指揮のヤクブ・フルシャは1981年チェコ生まれ、2011年に英グラモフォン誌で「巨匠となる可能性の高い10人の若手指揮者」に選ばれた気鋭の指揮者で、N響とはこれが初共演です。

ホール内に入ると、上手のパイプオルガンの演奏席あたりに照明がついていました。このホールのパイプオルガンに火が入っているのを見るのは、これが初めてだと思います。

R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」作品30
ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』は、私も高校生のときに手を出してあっという間に挫折した哲学書。その書からR.シュトラウスが八つの教説を選んで再構成した交響詩(1896年初演)がこの曲です。その〈序奏〉は映画『2001年宇宙の旅』であまりにも有名ですが、全曲を通して聴いたことはないという人も意外に多いかもしれません(私もそうでした)。オルガン奏者は指揮者を直接見ることができませんが、どうやら多段の鍵盤の左上にモニターが設置されている様子です。
コントラバス、コントラファゴット、オルガン、大太鼓といった低音総動員の地響きのようなハ音の持続音(楽譜はpp指定にも関わらず音量がはっきり大きい)から黎明を示すトランペットの自然の動機、そして全楽器が一斉に奏する曙光の描写と大迫力のティンパニ。この〈序奏〉冒頭の数小節で、ツァラトゥストラの高揚が実感をもって伝わってきます。最後に分厚い倍音構成のオルガンが神々しい全音符の和音を響かせて、曲は低音の卓越した経過部から宗教的な穏やかさをたたえる〈背後の世界の住人について〉。続く〈大いなるあこがれについて〉では囁きかけるようなオルガンの響きが象徴的。やがて曲は金管の響きから緊張の度合いを高めてティンパニのクレッシェンドと共に感情が波打つ〈歓喜と情熱について〉。〈墓場の歌〉でヴァイオリンやチェロの痛切なソロが聞かれた後、コントラバスの低音が演奏の全体を底から支える〈科学について〉。ハープと共に高いヴァイオリンの音が入って曲調が華やかなものに変わり、自然の動機が顔を覗かせてから突如高揚した演奏に変わって大音量で自然の動機を再現する〈病が癒えつつある者〉へ。いったん全楽器が完全に休止してから、駆け上がる弦に導かれて耳障りなサイレンのようなフルート、トランペットの警報音、おどけたようなクラリネット、さらにトライアングルやグロッケンシュピールの活躍などこれまでとはがらりと変わった曲調になり、ついでワルツのリズムに乗ったヴァイオリンのソロが美しく浮き立つような雰囲気の〈踊りの歌〉(そういえばこの日のコンサートマスターはいつもと違う……と思って調べたところ、ウィーン・フィルの元コンサートマスター、ライナー・キュッヒル氏でした)。そして終曲〈夢遊病者の歌〉では鐘の音が12回鳴り響き、最後にフルートのロ長調和音(人間)とコントラバスの低いハ音(自然)とが交互に鳴らされて、静かに終わりました。
この曲がこのように多彩な内容を含むものであったとは知りませんでしたが、初めて全曲通して聴いたことは実に興味深い音楽的体験でした。R.シュトラウスの楽曲とニーチェの原作との間にどれほど緊密な関係があるのかはわかりませんでしたが、指揮のヤクブ・フルシャは、小柄ながら曲中至るところでエネルギッシュにオーケストラを牽引し、超人思想を流布しようとするツァラトゥストラを代弁していたに違いありません。その証拠に、演奏が終わると客席からは熱い拍手が送られていました。
ベルリオーズ:叙情的情景「クレオパトラの死」
P.A.ヴィエイヤールのフランス語詩〈クレオパトラの死〉は、アクティウムの海戦での敗戦をうけてクレオパトラが毒蛇の毒で自殺する場面を、クレオパトラの独白というかたちで描くもの。独唱のソプラノ歌手ヴェロニク・ジャンスは鮮やかな朱色のドレスを身にまとい、指揮台の上に立つヤクブ・フルシャとほぼ頭の位置が並ぶほどの長身で死を覚悟したクレオパトラのオーラを放ちながら、ベルリオーズの劇的な音楽に乗って悲痛に歌います。歌詞の前半はオクタヴィアヌスからの拒絶に絶望するさまを描写し、後半はエジプトが滅ぼされることを祖先の王たちに詫びた後、最後にクレオパトラはこの世を離れて、再びカエサルにふさわしくなるのよと死に赴く心を波打つ鼓動のようなコントラバスの二拍子のパターンの上で消え入るように歌い、クレオパトラの命の火が消えてゆく様子をデクレッシェンドで描写する弦楽の最後の一音までじっと立ち尽くしました。
すべての音が消えてもホール内はしばらく水を打ったように静かでしたが、やがて指揮者とヴェロニク・ジャンスが身じろぎしたのを機に熱狂的とも言える拍手と喝采が湧き上がり、二人は何度も下手袖から舞台上に戻ってこなければならなかったほど。最後はヴェロニクのみが出てきて歓呼の声に応え、コンサートマスターに声を掛けて下がったところでようやくオーケストラが休憩のために引き上げていきました。これがなかったら、聴衆は永遠に拍手を送り続けていたかもしれないと思えるくらい、圧倒的な歌唱と演奏でした。
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
もともと軍楽として作曲された〈シンフォニエッタ〉は、ヤナーチェクの祖国チェコスロバキアへの愛国心と少年時代を過ごしたモラヴィアの町ブルノ(ヤクブ・フルシャの故郷でもあります)の回想とを織り交ぜて五つの楽章に散りばめたもの(1926年初演)。私はこの曲にイリ・キリアンが振り付けた同名タイトルのバレエ作品を見ていたく感動したことがあるほか、Emerson, Lake & Palmerの「Knife Edge」の原曲として広くロックファンにも知られています。
曲は、舞台後方に横一列に並んだ13人の金管楽器奏者とティンパニとで演奏される第1楽章〈ファンファーレ〉で荘重に幕を開けます。第2楽章〈城〉、木管楽器中心の軽快なリズムと旋律の展開から再び金管によるファンファーレの動機が顔を出しそこにコントラバスの重厚な低音が絡んだ後、コントラバス群の中にひそかに席を占めていたハープが木管の優しいフレーズを引き出しました。弦楽器のマイナースケールでしめやかに開始された第3楽章〈王妃の修道院〉は、重々しいホルンから耳障りなほどに動き回るフルート、強靭な音圧のトロンボーンの支配を経て静かに締めくくられ、次の短い第4楽章〈街路〉へ。トランペットの柔らかい音色による明るいファンファーレが祝祭の雰囲気を醸し出した後、最後の第5楽章〈市庁舎〉は美しいフルートの音色とこれを木霊のように音を重ねて追う弦楽器によって美しく開始され、徐々に細かいフレーズが重ねられてついに第1楽章のファンファーレが全楽器の参加を得て再現され、圧倒的な感情の爆発と共に終曲となりました。
終演後の聴衆の興奮ぶりは、今までに見たことがないほどのレベル。まるでこの場にいるすべての人が一時的にチェコ人になったかのような高揚感がホールを満たしていました。

この日のプログラムは、どの曲もそれ自体が魅力的なものでしたが、やはりヤクブ・フルシャの情熱的な指揮とこれに機敏に反応したN響の演奏は別格です。この組合せでの次の機会がアナウンスされれば、間違いなくチケットを手に入れることでしょう。