フェルメール展

2019/03/30

大阪市立美術館で「フェルメール展」。昨年の上野の森美術館での展示も見ていますが、今回はそのとき展示されていなかった《取り持ち女》《恋文》を見るのが目的です。

花冷えの大阪市立美術館。桜の咲き具合もまだまだこれからという感じ。

エントランスにはこのディスプレイが置かれており、真ん中の穴から顔を出して記念撮影する来館者が列を作っていました。

上野の森美術館 大阪市立美術館
10/5〜12/20 12/21〜1/8 1/9〜2/3 2/16〜5/12
《マルタとマリアの家のキリスト》《リュートを調弦する女》
《手紙を書く女》《手紙を書く婦人と召使い》
《牛乳を注ぐ女》《真珠の首飾りの女》
《ワイングラス》
《恋文》
《赤い帽子の娘》   《取り持ち女》

上記の通りこの日展示されていたフェルメール作品は6点で、うち4点は東京で既に見ていますし、その他の作品も上野の森で見たものばかり。そうした中ではヤン・ウェーニクス《野ウサギと狩りの獲物》(1697年)の毛皮の質感の描写にまたしても目が釘付けになったのですが、ここでは次の2点についてのみ言及することにします。

《取り持ち女》(1656年)〔初来日〕
ドレスデン国立古典絵画館所蔵、初期の宗教画・物語画からフェルメールが風俗画へと転じた最初の作品。描かれている場面は、左から2人目の老婆の取り持ちのもとで、若い娼婦に金貨を渡しつつ既にその胸に手を伸ばしている赤い服の男と、その様子を示しながらこの絵を見る者に不品行の戒めを与えようとしている左端の男(フェルメールの自画像とも)の組み合わせです。ネット上の画像で見たときはこの作品の卑俗な雰囲気のためにさして興味を惹かれなかったのですが、実物に接して驚きました。まず画面の想像外の大きさ(143×130cm)がもたらす存在感に引き込まれ、画面手前にあるらしい手すりに掛けられた絨毯の質感や右の磁器の硬質な光沢、そして赤い服の男の右手に見えている金貨に効果的に置かれたハイライトに高度な技術を感じます。また、X線調査の結果によればフェルメールはこの絵の制作の過程で男たちに帽子をかぶせてその顔を影に沈め娼婦の姿をより浮き上がらせると共に、最初は娼婦の手のひらの上に描いていた金貨を消して男の手から落ちる寸前の状態とすることにより場面の緊張感を高めていたそうです。
《恋文》(1669-70年頃)
こちらはアムステルダム国立美術館所蔵。44×38.5cmと比較的小さく、しかも明るく描かれた面積が全体の3分の1くらいと狭いので一見すると地味な印象を受けますが、手紙の送り主が遠くにいることを示す海景画の前で恋の暗示である楽器(リュート)を膝に抱え手紙を手にした女主人の不安げな表情と、その手紙を持ってきたと思われるメイドのまるでそこに書かれた内容をお見通しだと言わんばかりの明るく励ますような表情の対比が面白く、その2人の様子をこちら側の暗い部屋から覗き見るこの絵の構図は、もしかすると手紙の中身を勝手に読んでしまったのかもしれないメイドとの共犯感覚と緊張感を鑑賞者にもたらします。

これら2作品のためにわざわざ大阪まで行く価値があったのか?と言えば、やはりあったというのが実感。特に《取り持ち女》は事前の想像と実物とにいい意味で大きな乖離があり、本物を見なければわからないものだと実感しました。

最後にここで、フェルメールの35作品(作品数には諸説あり)のこれまでの鑑賞実績と未見の作品の整理をしてみました。なお、日本語の作品名は展覧会によって揺らぎがあり、制作年も研究が進むにつれて変わることがあります。

  1. 《マリアとマルタの家のキリスト》(1654-55年頃):「フェルメール展(2008年)」「フェルメール展(2018年)」「フェルメール展(本展)」
  2. 《ディアナとニンフたち》(1655-56年頃):「フェルメール展(2008年)」「マウリッツハイス美術館展
  3. 《取り持ち女》(1656年):「フェルメール展(本展)」
  4. 《眠る女》(1657年頃):メトロポリンタン美術館(ニューヨーク)
  5. 《窓辺で手紙を読む女》(1657-59年頃):アルテ・マイスター絵画館(ドレスデン)
  6. 《小路》(1658-60年頃):「フェルメール展(2008年)
  7. 《士官と笑う娘》(1658-60年頃):フリック・コレクション(ニューヨーク)
  8. 《牛乳を注ぐ女》(1658-60年頃):「フェルメール展(2018年)
  9. 《ワイングラスを持つ娘》(1659-60年頃):「フェルメール展(2008年)
  10. 《中断された音楽の稽古》(1660-61年頃):フリック・コレクション(ニューヨーク)
  11. 《デルフトの眺望》(1660-61年頃):マウリッツハイス美術館(デン・ハーグ)
  12. 《ワイングラス》(1661-62年頃):「フェルメール展(2018年)
  13. 《青衣の女》(1663-64年頃):「フェルメールからのラブレター展
  14. 《天秤を持つ女》(1664年頃):ナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)
  15. 《音楽の稽古》(1662-65年頃):ロイヤル・コレクション(ロンドン)
  16. 《真珠の首飾りの女》(1662-65年頃):「ベルリン国立美術館展」「フェルメール展(2018年)
  17. 《リュートを調弦する女》(1663-65年頃):「フェルメール展(2008年)」「フェルメール展(2018年)」「フェルメール展(本展)」
  18. 《水差しを持つ女》(1664-65年頃):「フェルメールとレンブラント 17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展
  19. 《手紙を書く女》(1665年頃):「フェルメールからのラブレター展」「フェルメール展(2018年)」「フェルメール展(本展)」
  20. 《真珠の耳飾りの少女》(1665年頃):「マウリッツハイス美術館展
  21. 《赤い帽子の娘》(1665-66年頃):「フェルメール展(2018年)
  22. 《合奏》(1665-66年頃):1990年にイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から盗難後行方不明。
  23. 《絵画芸術》(1666-67年頃):「栄光のオランダ・フランドル絵画展
  24. 《少女》(1666-67年頃):メトロポリンタン美術館(ニューヨーク)
  25. 《婦人と召使》(1667年頃):フリック・コレクション(ニューヨーク)
  26. 《天文学者》(1668年):「ルーヴル美術館展
  27. 《地理学者》(1669年頃):「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展
  28. 《レースを編む女》(1669-70年頃):ルーヴル美術館(パリ)
  29. 《恋文》(1669-70年頃):「フェルメール展(本展)」
  30. 《ヴァージナルの前に座る若い女》(1670年頃):「フェルメール展(2008年)
  31. 《ギターを弾く女》(1670年頃):ケンウッド・ハウス(ロンドン)
  32. 《手紙を書く婦人と召使》(1670-71年頃):「フェルメール展(2008年)」「フェルメールからのラブレター展」「フェルメール展(2018年)」「フェルメール展(本展)」
  33. 《信仰の寓意》(1671-74年頃):メトロポリンタン美術館(ニューヨーク)
  34. 《ヴァージナルの前に立つ女》(1673-75年頃):ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
  35. 《ヴァージナルの前に座る女》(1675年頃):ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

本展までのところで35作品中20作品を見ているので半分強といったところですが、それらの中では《牛乳を注ぐ女》《真珠の耳飾りの少女》《絵画芸術》《天文学者》《地理学者》《手紙を書く婦人と召使》がとりわけ見応えがあったように思います。残る15作品については、ロンドンとニューヨークに行けばかなりの数を稼げそうですが、それは将来の楽しみにとっておくつもり。また盗難により行方不明になっている作品もあって、これはどうしようもありません。

他に《聖プラクセディス》(1655年)と《フルートを持つ女》(1665-70年頃)の2作品が真贋の決着がついていない作品として紹介されることがあり、前者は日本の国立西洋美術館、後者はワシントンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。前者が真作ならフェルメールの最初期の作品ということになり、日本にあるので見る機会を得ることも難しくないかもしれません。後者は《赤い帽子の女》と共通点があり真作の可能性もありますが、17世紀に修復を受けており厳密な真贋確定はできないと考えられているようです。もしもワシントンに行く機会が得られたらついでに足を運んでみてもいいかな、といったところでしょうか。