塾長の鑑賞記録

生誕130年記念 奥村土牛

2019/03/10

1966年に日本橋兜町に開館した山種美術館が三番町を経て現在の広尾に移転したは2009年。つまり今年は広尾開館10周年ということになります。この10周年を記念して開催されているのが、山種美術館の所蔵品の中核をなす奥村土牛(1889-1990)のコレクション135点の中から約60点を公開する「生誕130年記念 奥村土牛」です。実は9年前にも「生誕120年 奥村土牛」で奥村土牛の主要作品を見ており、今回展示される作品の多くは既見なのですが、久しぶりにあの穏やかな色彩感覚を味わうのもいいだろうと思って山種美術館に足を運びました。

山種美術館の公式サイトにこの展覧会に出展される「主要作品」として紹介されていた作品だけでも《甲州街道》《雨趣》《枇杷と少女》《餌》《雪の山》《啄木鳥》《兎》《花》《舞妓》《水蓮》《城》《踊り子》《浄心》《鳴門》《茶室》《醍醐》《ガーベラ》《吉野》《富士宮の富士》《犢》《白寿記念》と膨大ですが、ひと通り見て回った中で深い印象を得た作品をいくつか取り上げると……。

《醍醐》(1972年)
展示の冒頭に置かれ、チケットやフライヤーにも描かれている、この展覧会のシンボル的な作品。遠目にはぼうっと霞んだような桜のピンクは、よく見るとひとつひとつの花弁がデフォルメされた大きさで描かれ、花びらの先端の切れ込みまで描かれています。枝垂桜の木の足元には盛り上がった白い点々が散りばめられていましたが、これは玉砂利を表現したものなのでしょうか。
《雨趣》(1928年)
雨の一日、しっとり霞む家々の屋根とその間の草木を描いた作品ですが、画面の上半分はどんより曇った空になっており、そこに空から落ちてくる無数の雨だれが白く長く描かれています。絵の横に掲示されていた解説によれば、当時新聞評で「何も一本一本描くことはあるまい」と言われ、後年の画家本人も「今なら描かないだろう」と思ったそうですが、この執拗なまでの描写が雨の日の無聊を表現しているようで、私は気に入りました。
《鳴門》(1959年)
緑・黄・白の色彩が溶け合いながら渦を描き、躍動するさまが素敵。9年前に見たときにも感激した作品です。
画面奥の島を描くべきか否か、奥村土牛は最後まで悩んだということが解説に書かれていましたが、確かに、これがあることで写実であるこの絵も、遠景がなければ抽象に近づいてゆくことでしょう。面白いものです。
《那智》(1958年)
非常に大きな縦構図で那智の滝を描いた作品。岩肌のパターンは大まかに省略され、落ち口から一直線に落ちてくる水が高さを下げると共に様相を変えるさまを表現していて迫力があります。ところで、那智の滝は実物を2017年に見ているのですが、そのときの印象と比べると仰角が強い、つまり滝により近づいた状態で描かれ、そのことによって滝の高さと水の勢いとが強調されているような印象を受けました。これはおそらく、滝の下三分の一ほどを大胆にカットした構図になっているからだと思いますが、そうしたフレーミングにした画家の意図を知りたいものです。
《吉野》(1977年)
この絵だけは、写真撮影が許されていました。
紀伊半島特有の重畳たる山並みを遠景として、桜色に霞む吉野の雰囲気を描いた作品。近景に山桜の赤みを帯びた葉を置くことで、ここが吉野以外ではありえないことが表現されているようです。
《山なみ》(1987年)
富士山を描いた作品は複数展示されていて、それぞれに味わいがあったのですが、墨の黒と金とで描かれた近景の尾根に胡粉の白い霧が谷筋から這い上がり、その向こうに超然と巨大な白富士が金色の後光を放ちながら鎮座するこの作品には、心を打たれました。99歳のときの作品にも関わらず、画家は今までにやったことのない新しい試みをこの作品にこめたのだそうです。

表面:《醍醐》
裏面:上段《鳴門》 / 中段(左→右)《雨趣》《兎》《舞妓》 / 下段(同)《枇杷と少女》《茶室》
《白寿記念》