塾長の鑑賞記録

石神 / 調伏曽我

2018/11/30

国立能楽堂の企画公演で、狂言「石神」と能「調伏曽我」。

能の曽我物は以前「夜討曽我」を観たことがありますが、そのときの林望先生の解説をおさらいすると敵討と言えば、かつては曽我兄弟。能の曽我物には「夜討曽我」の他に「調伏曽我」「元服曽我」「小袖曽我」「禅師曽我」などがあるということです。このうち「元服曽我」は十郎が五郎を敵討ちの輩とすべく箱根権現から連れ出して元服させる話、「小袖曽我」は敵討ちに向かう途中で兄弟が母のもとを訪ねる話、「夜討曽我」はまさに敵討ち前夜から当夜にかけての話、「禅師曽我」は敵討ち後の余波を描く話。他にも幼き日の兄弟を描く「切兼曽我」や後日譚として虎御前の前に兄弟の霊が現れる夢幻能「伏木曽我」といった曲もあったそうですが、これらはいずれも廃曲。こうしてみると、曽我の仇討ちがいかに人気のある題材であったかということがわかります。

この日の「調伏曽我」は、時系列的に言うと「切兼曽我」と「小袖曽我」の間に位置し、まだ少年時代の曽我五郎=箱王を主人公として将来の敵討ちの成就を不動明王が予言するという怪異な内容です。

この日は、国立能楽堂がときたま実施する蝋燭能です。後述するように「石神」は夜の話、「調伏曽我」は後場が護摩壇での調伏祈禱の場面ですから、まさにぴったり。

石神

最初に出てきたのは男(茂山忠三郎師)。わわしい(口うるさい)が良くできた妻をいいことに遊び歩いているうちに、妻についに家を出られてしまった、ついては妻が挨拶に伺うであろう仲人に引き止めてもらおう、と手際よく状況を説明して舞台をひと廻り。後ろに控えていた仲人(大藏彌右衛門師)を訪ね呼び出して事の次第を語ると、仲人はそりゃ妻の言うことがもっとも、これまでも何度も止めたが堪忍袋の緒が切れたのだろう……と一旦は突き放したものの、重ねての頼みに思案があると言って男を控えさせました。ついで出てきた妻(大藏彌太郎)は常座で同様の顛末を語り、仲人のもとへ挨拶に向かいます。来訪を受けた仲人は妻に、日が暮れたら出雲路の夜叉神に参詣して離婚の良否を占うように勧めました。

ここで言う「出雲路の夜叉神」とは鞍馬街道の京都からの出口にある幸神社さいのかみのやしろに今もある石神をさすようですが、実はこの幸神社(主祭神は猿田彦大神)は縁結びの神であるというところにすでにおかしみがある仕掛けです。

さて、妻がいったん狂言座に控えたところで仲人は男に対し石神になりすますよう指導すると、男の求めに応じて変装を手伝います。舞台上の物着により、裃を脱ぎ白っぽい麻地(?)の水衣を着て帽子をかぶり石神になりすました男は、仲人の見送りを受けて出雲路への道行。夜叉神に着いた態の男は脇座に置かれた鬘桶から石神(実物はなし)を重たそうに「やっとな」とどける形を見せ、床几に掛かり面を掛けて石神になりすましました。

やがてやってきた妻。日も暮れた出雲路を目指す妻の心細さが伝わってきますが、それでも「このたびこそは思い切って」と離婚の覚悟を口にしつつ石神のところにやってきて、口調を改め離婚に賛成なら上がれ、上がらなければ夫に添おうと祈って「上がれ、上がれ」と謡いながら男の背後に回って持ち上げようとしましたが、男はひょこひょこ動くだけ。キレて「上がらせられ!上がらせられ!」と叫んでみても石神(に化けた男)は上がらず、妻はついに泣き出してしまいます。引き直しはしないものだがどうしても戻りたくないので、と言い訳をして逆の願をかけた妻が石神に再び謡いながら石神に手を掛けると男はひょこんと立ち上がったため、「上がらせられた!」と驚いて再び泣き声。

これで仕方なく諦めをつけた妻は、ご苦労をかけた石神への御礼に自分は巫女の子孫であるからと言いつつ神楽を舞い始めました。笛と小鼓が入り、鈴を振りながら舞われる神楽は三番三の鈴ノ段をアレンジしたもので、これが10分程も続きますが、神聖な舞でありつつも鈴を捧げ振る姿はなかなかキュート。そしてこの間に男は妻が舞う神楽に徐々に惹かれてゆき、面を外して覗きこんで足拍子を合わせてみたり、妻にばれそうになって慌ててかしこまったり。妻が一ノ松で舞っているときには男は脇正まで出てきて覗き込むほどに惚れ込んだ様子でしたが、とうとう片足跳びを真似てしまって正体がばれ、男は怒った妻に追い込まれてゆきました。


こうなると、結局のところ妻は男と別れることになったのか?という質問をしたくなりますが、そこは言わぬが花というところなのかもしれません。黙って別れればよいものを妻が仲人の言葉に従って神意を確かめようとしたことや、最後に追い込まれてゆく男の飄々とした様子を考え合わせれば、なんとなく結論は見えてくるような気がします。だからといって、男が仲人に誓ったように態度を改めるとも思えないのですが。

調伏曽我

前半は箱王が工藤祐経と対面し敵討ちの覚悟を固めるさまを描く現在能、後半は護摩壇に現れた五大尊明王が祐経の形代を調伏して本望達成を予言する霊験能。蝋燭の灯りだけで照らされた暗い舞台上で異様な緊張感を湛えて演じられました。


次第の囃子と共に登場したのは、ツレ・源頼朝(島村明宏師)、立衆5人、そしてシテ・工藤祐経(大坪喜美雄)。暗い上に遠いので出立がよくわかりませんが、掛直垂に白大口の姿であっただろうと思います。舞台上に向かい合って次第海山かけて行く雲の、箱根の寺に参らんの後、ツレの名乗リから道行となって、鎌倉を立ち足柄山を分け過ぎて箱根山に着いたところでツレは脇座へ、立衆も居並び、直面のシテ一人が正中に着座しました。

ついで、子方・箱王(水上嘉くん)とワキ・箱根別当(福王茂十郎師)、アイ・能力(大藏吉次郎師)が登場。このとき、箱王は稚児として箱根権現の別当のもとに預けられているという設定です。箱王が一ノ松、別当が二ノ松で向かい合い、箱根権現に参詣にきた頼朝一行をこの寺の、老若の衆徒児童、数を尽くして我も我もと見に出るのに合わせて箱王も講堂の庭に立ったという情景が謡われて、ここで子方が別当に供の人々の名前を訊ねます。鎌倉殿(頼朝)、北条殿、宇都宮の弥三郎、小山の判官、小笠原、所司の別当梶原父子、和田の左衛門、秩父の庄司重忠。朗々と問い掛ける箱王に別当も立て板に水の調子で教え続けましたが、ここでシテがユウケンして箱王の方をじろり。あの扇使いは誰か、との問いに別当が何の気なしにあれこそ工藤一臈(「一臈」は長老とか筆頭職といった意味)と答えたところ箱王が口調を変え祐経候ふかといきり立ったので、別当は慌てて暫く、某が見誤って候、急いで御坊へ御帰り候へと自ら動いて箱王をその場から遠ざけようとしましたが、そのときシテがあら珍しや箱王殿。ここから立ち上がって橋掛リに進んだシテと箱王との、劇的な対話が繰り広げられます。シテ曰く、箱王の父・河津殿が矢に当たったのは自分の仕業との風聞があるが、自分は知らないことである。何とか食い下がろうとする箱王の反論も虚しく、古武者のシテに言いくるめられてしまいます(このやりとりのうちそれをも承引し給ふなとをシテが絶句し後見がプロンプト)。

ここでシテは舞台に戻ると頼朝に向かって両手をつき、箱王は後見座へ。そして地謡のさて頼朝は御座を立ちを聞きながら頼朝一行は去っていきました。敵の跡を見送りて泣くより外の事はなしと常座でシオリながら一行を見送った箱王はよくよく物を案ずるに好機を逃してしまった、今ここで祐経の手にかかろうと、笛前で後見に刀を佩かせてもらい(常座に立った時点で刀を腰にしていたようにも見えたのですが、このあたり暗くてよく見えていません)、脇座あたりから橋掛リに向かって跡を追おうとしたところで、常座で別当にああ暫くと止められてしまいました。一人で追ってもたやすく討たれてしまうだけ、そのかわり形代を作り護摩壇で調伏して箱王の憤りを達せさせるから、ここはひとまず帰りなさいと理を尽くして諌める別当の言葉に、箱王も納得して中入。子方の出番はここまでです。

その後、別当は能力を呼び出して祐経調伏のための護摩壇を用意するよう命じて下がり、能力はこれまでのいきさつを独白してから、護摩壇を飾ろうと言って下がりました。そして、後見が持ち込んだ一畳台は2枚。ひとつは脇座あたりに護摩壇に見立てたかたちで縦に置かれ、その上には壇上を結界するような紐が囲い渡されています。また、もうひとつは大小前に横に置かれて引廻シを掛けた祠のような小屋を載せています。

一ノ松から呼びかける能力の声に応じて再び登場した別当は、正装らしき大口出立。別当が常座に立ち、これに続いて登場した従僧5人が橋掛リにずらりと並ぶ様子は壮観です。儀式の厳粛な雰囲気の中で囃子が始まり、別当は護摩壇に一礼したのち祠に向かってそもそも仏陀のご誓願と謡い出すとワキツレたちも言葉を交互につないで敵を亡ぼしてほしいと一心に祈りました。その祈りの言葉を地謡が引き取って護摩祈禱の模様を謡い続ける間に、別当と従僧たちの舞台上での様式美と言ってよいほどに見事な隊列変更がなされて、数珠を揉むじゃりじゃりという音の中で別当は護摩壇上へ。別当が護摩壇から降りて足拍子を響かせたところでふと気づくと、護摩壇上には黒頭に白い鉢巻を巻いたような(美容院のマネキンの首にも見える)不気味な形代が置かれていました。そしてワキの東方を合図に出端の囃子となり、僧たちは笛前に密集。やがて祠の中からそもそもこれは、中央に立って悪魔を降伏し衆生を守る、大聖不動明王……とシテの声が響き、引廻シが外されて姿を表した後シテは、インパクト十分の「不動」面(出目杢之助・作)の頭上に白い牡丹を載せた唐冠を戴き、装束は金と黒のツートーンの狩衣半切です。

右手に剣を持ち護摩壇の形代を見やってからゆっくりと舞台を巡るその姿は、護摩の煙不動の火焔光明赫奕と続く呪術的な情景描写の中であら有難や恐ろしや。舞台下の蝋燭の光が護摩を焚く炎のようにすら見えてきます。シテが足拍子を何度となく踏み、剣を振りながら舞台を進み、沈み、あるいは回る中、詞章の中では降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉の四明王がよってたかって悪魔を責めたてる姿が描かれ、ついに大聖不動明王たるシテが護摩壇に上がると形代を縛り倒して剣を貫き通しました。遂には黒頭(切り取った首)を取り上げて立つと、これを捨てて護摩壇を降り、常座で回って袖を返し、留拍子を二度踏んで終曲となりました。


科白劇・心理劇としての前場の登場人物間のリアルなやりとりは見応えがあり、中でも、シテとワキの重厚な演技に対峙して膨大な量の詞章を謡いながら箱王の心の振幅を演じきった子方の水上嘉くんの活躍は実に見事。一方、後場の調伏の場面は蝋燭の灯りの中での重厚な舞と儀式の再現を伴いいかにもおどろおどろしく、その対照性が極端でした。この後場のシテは、事前の予想ではなんとなくもっと暴れまくるタイプなのかなと思っていたのですが、実際にはあくまで重厚。ただ、後から詞章をしっかり読み返してみるとそこに描かれているのは五大明王による凄まじいまでの責め苦の描写で、密教の世界観を把握した上で謡の言葉に耳を傾ければ、そこに描かれている情景の恐ろしさがより実感できたかもしれません。

このようにその特徴をつかんだ上であらためて「調伏曽我」を観ることができれば、もう一段深い印象を得ることができるに違いありませんが、この曲はその登場人物の多さもあって上演機会が極めて稀なのだそうです。

配役

狂言(大蔵流)「石神」 シテ・男 茂山忠三郎
アド・妻 大藏彌太郎
アド・仲人 大藏彌右衛門
能・宝生流「調伏曽我」 前シテ・工藤祐経
後シテ・不動明王
大坪喜美雄
ツレ・源頼朝 島村明宏
子方・箱王 水上嘉
立衆 / 頼朝の従者 広島克栄
立衆 / 頼朝の従者 東川尚史
立衆 / 頼朝の従者 佐野弘宜
立衆 / 頼朝の従者 佐野玄宜
立衆 / 頼朝の従者 高橋憲正
ワキ・箱根別当 福王茂十郎
ワキツレ・従僧 福王和幸
ワキツレ・従僧 福王知登
ワキツレ・従僧 喜多雅人
ワキツレ・従僧 矢野昌平
ワキツレ・従僧 村瀬慧
アイ・能力 大藏吉次郎
赤井啓三
小鼓 久田舜一郎
大鼓 飯島六之佐
太鼓 小寺佐七
主後見 佐野由於
地頭 武田孝史

あらすじ

石神

夫の酒好きが過ぎて離縁を望む妻と、引き留めたい夫。夫は仲人のもとへ相談に行くと、仲人は霊験あらたな出雲路夜叉神の石神へ祈願に行くよう妻に勧めるので、先回りしてその石神に成りすますよう提案する。妻は石神のもとにやってきて、石神を持ち上げて離縁の是非を占うが、二度試しても託宣は離縁すべからず。妻は石神へのお礼に神楽を舞うが、これを見て夫は我を忘れて浮かれ出し、石神に扮していたことがばれてしまう。

調伏曽我

源頼朝が工藤祐経らを従えて箱根権現へ参詣した。箱王は箱根別当とともに頼朝の威光を拝しに現れるが、父の仇である祐経を見て復讐心を起こす。祐経は箱王を呼び寄せて、父河津殿を射殺したのは自分ではない、と言い逃れをする。箱王は、頼朝に従って帰る祐経を追いかけるが、別当に連れ戻されてしまう。別当は箱王の志に同情し、護摩を焚き不動明王に祐経調伏の祈願をする。やがて護摩壇上に不動明王が現れ、祐経の形代の首を切って、箱王が本望を遂げるであろうことを予言する。