塾長の鑑賞記録

神鳴 / 遊行柳

2018/06/15

国立能楽堂の定例公演で、狂言「神鳴」、能「遊行柳」。

中央線が遅れたため、開演時刻ぎりぎりでの入場。時間にゆとりがあれば、この庭のどこかに柳の木がないかどうか確認したのですが。

神鳴

空から落ちてきた神鳴(雷)の腰の痛みを藪医者が治療し、神鳴はその代金代わりに日照りや水害を防ぎ、医者の出世も約束するという、理屈抜きに楽しくめでたい狂言。


次第の囃子に乗って登場した医者(大藏吉次郎師)は、角頭巾に水衣の姿でひょこひょこと舞台に進み「薬種も持たぬ薮医師くすし、黄檗きわだや頼みなるらん」(後見が「なるらん」と地取リ)。自ら藪医者だと衒いもなく名乗った医者は、都には上手な医者が多くて自分のような下手では仕事にならないので東国で稼ごうと思うと旅立ちの理由を語りましたが、道行の中で不本意な東下りをぼやき、いつかはまた都に戻ろうなどと言っています。やがて武蔵野に出た医者がその広さに目を見張っているうちに夕立の気配となり、ここへ、揚幕から「ぴっかりぴっかり、ぐゎらりぐゎらり」と大声を出しながら、赤頭・黒紅段の法被に白い武悪面を掛け身体の前に鞨鼓をさげて両手に撥を持った神鳴が登場して、医者が逃げ惑ううちに舞台中央で見事にごろんばたりと転がって大の字になってしまいました。

したたかに腰を打った様子の神鳴は、そこにいるのが医者だと知ると治療をするように命じ、神鳴の治療をしたことがないと断る医者を脅します。仕方なく医者は「くわばらくわばら」と雷除けの呪文を唱えながら神鳴の後ろに立ち、赤頭の中に手を入れて神鳴の頭をぐるんぐるんと回します。これが神鳴の脈を見る方法だということを聞いていた神鳴は異形の顔にも似ずおとなしくされるがままになっていたのですが、最後に頭を前にどつかれて怒りました。しかし、医者の見立てを聞いた神鳴は医者が勧める針治療を受けることにしたのですが、医者が懐から取り出した針の大きさに仰け反ってびっくり。それでも医者から言われるがままにまず右腰を上にして舞台上に横になったところ、医者が槌で針を腰に打ち込むその痛さに手足をばたばたさせて大騒ぎし、その滑稽さに見所は大笑いになります。ところが針を抜かれてみると具合がよくなっているので、今度は反対の腰にも針を打ってもらいましたが、またしても痛さにじたばた。

ついに腰の痛みがとれた神鳴はそのまま天上に帰ろうとしましたが、今度はあわてた医者が神鳴を止めて、治療台を払ってくれと要求しました。それももっともと思うものの持ち合わせがない神鳴は、医者の今宵の宿へ持ってゆく、あるいはこの撥や太鼓ではどうかと提案しましたが、医者は頑としてここで払えと譲りません。超自然の力を持つ神鳴が薬代を払えなくて困るというこの世俗的な構図もおかしみを誘いますが、ふと思いついた神鳴が何か望みはないかと尋ねると医者は、近頃、旱損(日照り)・水損(水害)のせいで薬代を払ってもらえないからこれらのないように守って欲しいと求めました。それはやすいこと、いつまで守ればよいかといったところで駆け引きがありましたが、最後は八百年間で手を打ち、あわせて医者を典薬頭にしようと約束して、ここで神鳴は地謡の「降っつ照らいつ、八百年がその間、旱損水損もあるまじや」という謡に乗って、力のこもった足拍子や飛び返りを含む勇壮な舞を舞いました。そして最後は天に登る神鳴の「ぴっかりぴっかり、ぐゎらりぐゎらり」に、医者も「くわばらくわばら」と追い込まれて終わりました。

遊行柳

観世信光作の三番目物。時代の要請に応じ華やかな作風の現在能を得意とした信光が、晩年になって世阿弥の「西行桜」を意識しながら夢幻能に挑んだのが、この作品だと言われています。桜を柳に、春を秋に、西行を遊行上人に置き換え、そしていずれも太鼓入リ序ノ舞を老体のシテに舞わせる点が共通し、パンフレットの解説は「まるで和歌の本歌どりのよう」と記しています。


舞台上、大小前には薄い黄土色の引回シを掛けた塚が置かれ、蔦の葉に覆われたその屋根からは柳葉が垂れています。寂びたヒシギから次第の囃子となり、大口僧出立のワキ・遊行上人(宝生欣哉師)がワキツレ二人を伴って登場し、舞台に進んで惚れ惚れするほどのシンクロ度で各自の位置を定めると、次第帰るさ知らぬ旅衣、法に心や急ぐらん。「遊行上人」とは一遍上人(1239-1289)が開いた時宗(浄土教の一宗派)における指導者に対する尊称ですが、ワキの名乗りにも一遍上人の教えを受けて諸国を遊行し念仏札(「南無阿弥陀仏 決定往生六十万人」と記した札)を配っている(賦算)ことが述べられています。そして、上総の国からさらに陸奥を目指す道行は夕暮れに白河の関に達し、ここで分かれ道となったので広い方へ行こうと語り合うワキとワキツレが脇座方向へ移動を始めたところに、揚幕が上がって鏡の間から前シテ・老人(坂井音重師)の重々しい声が呼び掛けました。札を所望か?とワキに問われて橋掛リに出てきたシテの姿は着流尉出立、面は三光尉、茶の水衣に杖と数珠。かつてこの地を訪れた別の遊行も古道を通ったので、あなたにも昔の道を教えようと来たのだと語りつつ橋掛リを進むシテは、かつて川岸を通っていたその古い道には朽木の柳という名木があるとワキに教えました。今は踏む人もないその道を覆い乱れる草をかき分けてみれば昔を残す古塚に、朽木の柳枝さびて風のみが渡る様子。蕭条たる情景描写が地謡によってしみじみと謡われた後、シテは常座から塚を見やってこれこそ朽木の柳であると説明し、ワキもその荒れた様子に感嘆しつつ、シテに由来を尋ねます。シテが語るには、この柳の木は西行が白河の関に下って来たときにその下に立ち寄って歌を詠んだもので、シテの心を託された地謡が詠じたその歌は、新古今集に収められた次の歌です。

道の辺に清水流るる柳蔭 暫しとてこそ立ち止まりつれ

詞章では立ち止まりから言葉を継ぎ、正中に杖を静かに置きワキに向かって下居したシテは涼みとる言の葉の末の世々までも、残る老い木は懐かしやと地謡によって謡われる中にこの世の者ならぬ気配を示し、上人の十念を得て合掌ののち再び杖をとって立ち上がると、脇正面に寄って杖を捨て朽木の柳の古塚に、寄るかと見えて失せにけりと2-3歩後ずさってから、塚の中へ消えました。

間狂言が朽木の柳の謂れを改めて語り、ワキに逗留しての読経を勧めた後、ワキとワキツレによる待謡から出端の囃子となって、塚の中から後シテ・老柳の精の声が力強く響き渡りました。朽木の柳が時を得て、弥陀の教えに草木までも仏果に至る、と謡われる内に引回シが下ろされると、そこには床几にかかった後シテの姿がありました。その姿は風折烏帽子の下に石王尉面、白髪を長く左右に垂らし、薄青色の狩衣に茶の色大口。忽然と現れた柳の精の姿に驚くワキに対し、自分は夕暮れ時に道案内をした老人であると明かした上で、阿弥陀の教えに接し非情無心の草木たる自分も浄土に往生することができたことを感謝して合掌します。

ついでクリ・サシはシテは床几に掛かったままで、サシにおいては黄帝による船の発明や玄宗の華清宮といった柳にまつわる中国の故事が謡われ、一方、シテが塚を出ての舞クセでは清水寺の楊柳観音、宮中の柳の下での蹴鞠、源氏物語の柏木の恋といった日本におけるエピソードが示される中で、蹴鞠の型(暮れに数ある沓の音)や猫の紐を引く型(手飼ひの虎の引き綱も)が登場しました。しかし、そうした華やかなイメージもついには色あせ、これは老いたる柳色の、狩衣も風折も、風に漂ふ足もとの、弱きもよしや老い木の柳気力なうして弱々とと作リ物の柱につかまり立つ形になります。そのようにして朽ち果てるばかりであった柳の精は、今こうして弥陀の教えに接することができた感謝を、序ノ舞として舞い始めます。小書《青柳之舞》は、「青柳」が春夏秋冬の春を示すとしてこの序ノ舞を一段で終えるものですが、その出だしに本当に朽ち倒れるかと思われるほど身体を震わせたシテは、しかし舞が進むにつれ老精の喜びを典雅に示して美しく舞い続けました。

報謝の舞を終えてワキに向かい下居したシテは、地謡との掛合いの内にこれまでなりと名残りのシオリを見せてワキに暇を乞うと、キリの詞章よろよろ弱々と倒れ伏しで数歩後ろずさって右袖を掲げて膝をつき、さらに西吹く秋の風打ち払ひと揚幕を指してから二度羽根扇。その秋風に露も木の葉も散り果てて、詞章の最後残る朽木となりにけりが地謡の極めてデリケートなデクレッシェンドで謡い納められる中、シテは常座に立ち両袖を前に合わせて俯いた後、面を上げて遠くを見る姿になって留撥を聞きました。


晩秋の夕暮れの古道の物寂しい情景描写がしみじみとした空気感を漂わせる前場、朽ち果てる時を待つばかりだった柳がたまさか得た仏果への感謝の舞に見る華やぎ、そして終曲と共に再び訪れる荒涼とした情景の虚無と深い余韻。シテ・坂井音重師の味わい深い声による謡と丹念に奏され謡われた囃子・地謡とによって、夢幻能のひとつの到達点を観たように思います。上演時間はほぼ2時間でしたが長さを感じることがなく、最初から最後まで詞章の世界の中にしみじみと没入できた舞台でした。それにしても、この情趣あふれる「遊行柳」があの「紅葉狩」「船弁慶」といったゴージャスな曲と同じ作者の手になるとは、驚き以外の何者でもありません。

配役

狂言(大蔵流)「神鳴」 シテ・神鳴 大藏基誠
アド・医師 大藏吉次郎
小野寺竜一
小鼓 岡本はる奈
大鼓 原岡一之
地頭 大藏教義
能(観世流)「遊行柳青柳之舞 前シテ・老人
後シテ・老柳の精
坂井音重
ワキ・遊行上人 宝生欣哉
ワキツレ・従僧 則久英志
ワキツレ・従僧 野口能弘
アイ・所の者 大藏彌太郎
一噌庸二
小鼓 観世新九郎
大鼓 亀井忠雄
太鼓 小寺佐七
主後見 観世恭秀
地頭 観世銕之丞

あらすじ

神鳴

広野に落ちて腰を打った雷が、通りかかった医者に鍼で治療してもらい、治療代のかわりとして水害・日照りのない天候を保つことを約束して、天上に帰る。

遊行柳

遊行上人が従僧たちを伴って白河関にやって来ると、そこに一人の老人が現れ、昔の遊行上人が通った古道を教え、そこに生えている名木「朽木柳」に案内する。老人は、むかし西行がこの柳のもとに立ち寄って歌を詠んだ故事を教えると、その柳の蔭に姿を消してしまう。夜、一行が念仏を唱えていると、老柳の精が現れ、上人の念仏に感謝の意を述べる。老柳は、華やかなりし昔を恋い慕って柳にまつわる様々な故事を語り、弱々と舞を舞っていたが、夜明けとともに、上人に暇乞いをして消えてゆく。