塾長の鑑賞記録

クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム

2017/07/23

松濤美術館で「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム」を見ました。クエイ兄弟のアニメーション作品で最も有名なのは「ストリート・オブ・クロコダイル」になると思いますし、私自身も最も深い印象を受けているのはこの作品です(ただし、これを私の自宅で開いたホームパーティーで部屋を暗くして上映したところ来客全員をドン引きさせてしまったのは、20年ほども前の若気の至り)。クエイ兄弟の作品では他にもMTVとして制作された「スティル・ナハト II」「同 IV」などは独特の世界観が観る者の背筋を凍りつかせますが、これらの作品を含むDVDを2008年に手に入れたときは狂喜乱舞したものです。

スティーブンとティモシーの一卵性双生児として1947年にアメリカ・ペンシルベニア州に生まれたクエイ兄弟は、1965年にフィラデルフィア芸術大学に進み、最初イラストレーションを専攻、 この後、1969年に英国に渡り、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進学。カフカの文学やヤナーチェクの音楽、ヤン・シュヴァンクマイエルの映像作品など東欧文化の影響を受けつつ、短編アニメ映画制作などに才能を開花させていきます。日本でもアニメーション作家としてカルト的な人気を持っているのですが、この展覧会ではアニメーションにとどまらず、クエイ兄弟がこれまでに取り組んできたイラストレーション、各種映像作品、舞台デザインなどを広く紹介していました。展示の構成は、次の通りです。

  1. ノーリスタウンからロンドンへ
  2. 映画
  3. ミュージック・ヴィデオ&コマーシャル
  4. 舞台芸術&サイトスペシフィック・プロジェクト
  5. インスタレーション&展覧会

まず美術館の一階に入ると、真っ先に目に飛び込んでくるのは「ストリート・オブ・クロコダイル」のデコール(作品のワンシーンを再現した模型)です。この何とも言えないダークさはまさに、ブルーノ・シュルツの故郷ドロボヴィチの地図上の空白地帯にある大鰐通りの再現です。

このデコールに限っては、撮影が許可されていました。

ついで二階に上がると、初期のイラストレーションが並んでいます。モノクロームを中心に暗い色調の作品群の中には、早くも《幻想―外したゴールのペナルティ》《切断手術を受けても意欲的な人のための自転車コース》などシュールなテーマが展開し、フランツ・カフカへの傾倒を示す《夢》《兄弟殺し》が20代前半にしてすでに完成された表現力を手に入れていたことを見せつけます。さらに鉛筆で描かれた「黒の素描」と呼ばれる一連のドローイング、架空のポスター原画や図録の表紙等の原画が並びましたが、それらの中に『Blood, Sweat & Tears』のレコードジャケットを見つけたときは驚きました。また、同じフロアにはクエイ兄弟が学生時代に衝撃を受けたというポーランドのポスターも並んでいましたが、それらは神奈川県立近代美術館のコレクションの中からクエイ兄弟が選んだものということでした。

地下一階は彼らのキャリアの中心をなすストップモーション・アニメーションとその後の活動を紹介するコーナーですが、素晴らしいのは代表的なアニメーションの一場面を示すデコールがいくつも展示されていたことです。たとえば以下のように。

  • 「ヤン・シュバイクマイエルの部屋」から《プラハの錬金術師》:グレーの部屋、テーブルの中央に立つ異形の錬金術師と語り合う右手の開頭した少年。
  • 「ギルガメッシュ叙事詩を大幅に偽装して縮小した、ハナー・ルウスの局長のちょっとした歌、またはこの名付け難い小さなほうき」から《この名付け難い小さなほうき》:電線に引っかかるテニスラケット、三輪車に乗るキュビスム顔のギルガメッシュとテーブルの罠にかかるエンキドゥ。
  • 「ストリート・オブ・クロコダイル」から《仕立屋の店内》:虚ろな目の人形がテーブルの上に油紙を広げピンで止める。
  • 「失われた解剖模型のリハーサル」から《おお不可避的運命》:醜い骨と筋だけの人形が毛髪の生えた疣を偏執狂的にいじる。
  • 「同」《彼らは自分たちが孤独だと思っている》:部屋の中で一切の希望が見放された二人の人物。
  • 「カリグラファー」から《BBC2のアイデント》:天井から供給される羽根ペンとテーブルに向かって線描に勤しむ男。
  • 「変身」から《変身》:薄汚い空疎な部屋の隅のソファの下に蠢く虫。

大ぶりな箱に収められたこれらの作品のいくつかは魚眼レンズを通して見るようになっていて、そこから生まれる強烈な遠近感にはくらくらするほど。そしてあの「スティル・ナハト」の女の子とウサギのパペットも展示していたのは、これ以上ないほどに喜ばしい驚きでした。

このフロアには、パネルによってその他の映像作品(コマーシャルフィルムやミュージックヴィデオ)が紹介され、舞台デザインの写真もパネルによって多数示されていてそれぞれに興味深いものでしたが、とは言うもののやはり映像作品は映像として観なければ意味が通りませんし、舞台デザインはそこで演じられてどのような効果を発揮しているかを目の当たりにしなければ価値がわかりません。このあたりは、映像を写真で、あるいは三次元を二次元で紹介することの限界かもしれません。

この日、地下二階のホールでは次の3作品が上映されました。

  • 「失われた解剖模型のリハーサル」(1988年 14分)
  • 「ファントム・ミュージアム―ヘンリー・ウェルカム卿の医学コレクション保管庫への気儘な侵入」(2003年 12分)
  • 「エウリュディケー、彼女はかくも愛されり」(2007年 14分)

「失われた解剖模型のリハーサル」は過去にも観ているものの、その群を抜く不条理テイストに今回も打ちのめされました。続く「ファントム・ミュージアム」はもう少しわかりやすく、巨万の富を築いた製薬企業家サー・ヘンリー・ウェルカム(1853-1936)の医学コレクションを紹介する大英博物館の展覧会用に制作されたもの。プロムナード的に階段を上がる実写風の男は粒子の粗いモノクロームで、そしてコレクションの紹介は落ち着いたカラーで撮られており、人形を用いた男女の和合、子宮の中の胎児を取り出せる人形の解剖、各種医療器具、ミイラなどのイメージが展開します。最後に男が靴と靴下を脱ぐと、その足はやはり木の義足。そして「エウリュディケー」は男女の俳優と暗い雲のアニメーションが交錯するオルフェウス神話。最後の瞬間の女の表情の変化がショッキングでした。

あわせて短編集の紹介映像(約20分)も流されましたが、1作品数分ずつのダイジェストなのでここで事細かに紹介する必要はないでしょう。ただしそこには「ファントム・ミュージアム」「さほど不思議ではない国のアリス」「カリグラファー パート1,2,3」「ワンダーウッド」といった自分の手元にない作品も少なからず含まれており、入手すべきかどうか迷わせるに足りる魅力があったということを記しておきます。

いずれにせよ本展は、クエイ兄弟の懐かしい作品群に久しぶりに触れることができたことと共に、自分の知らなかったクエイ兄弟のフィールドの広がりを知ることもできて、たいへん有意義な展覧会でした。