塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

ジゼル(英国ロイヤル・バレエ団)

2016/06/22

東京文化会館(上野)で、英国ロイヤル・バレエ団の「ジゼル」(ピーター・ライト版)。主演のジゼルはマリアネラ・ヌニェス、アルブレヒトはワディム・ムンタギロフ、そして5日前の「ロミオとジュリエット」でジュリエットを踊ったフランチェスカ・ヘイワードもパ・ド・シスに名前を連ねています。

第1幕の舞台は、上手に杣小屋、下手に2階建てでかなり大きいジゼルの家、背後の森は秋の色。そしてストーリーの進行と共にアルブレヒトとジゼルが登場するのですが、どちらもすらりとした長身で上品そのものです。ジゼルは村娘なのですが、後述するように貴族的な要素もあって他の村娘たちとははっきりと違う存在感を前面に出しています。母ベルタが「そんな男と関わりあったら不幸になるぞ」とジゼルを諌める長大でおどろおどろしいマイムに舞台上も客席も怯えきった後には楽しいパ・ド・シス(6人中2人がプリンシパル!)があって、そのメインは優美な崔由姫と元気いっぱいのアレクサンダー・キャンベルのペアだったのですが、私の目はフランチェスカ・ヘイワードに釘付け。どうも彼女のリズム感は前ノリ気味で、身体が小さい分その動きはひときわ大きく、やはり目立ちます。ついで、ちょっと不安定なホルンに導かれてクーラント公爵が登場してからのジゼルのヴァリエーションは、優美なホッピングと軽やかなピケターンがどこまでも安定していてやはり別格。アルブレヒトの正体をヒラリオンに知らされてからの場面では、髪を振り乱して不安定にのけぞる姿に狂気が宿りますが、それでもやはりどこかに上品さが残っているように感じられました。なおこのピーター・ライト版では、狂気の場面の中でジゼルがアルブレヒトの剣を拾い、周囲の者を怯ませた後に自分の胸を突くということをプログラムであらかじめ読んでいたのですが、思い切り突き立ててそのまま息絶えるというものかと思っていたらそうではなく、狂気の最初の段階で剣を前に捧げ持って跳んでいる拍子に一瞬胸を突いてしまい、剣を捨ててからもその痛みに耐えながら舞台上を走り巡った挙句に力尽きて崩れ落ちる、という演出でした。

第2幕は暗い森の中で、空中にも枝が横にかかっているために森の深さがリアルに伝わります。ジゼルは上記のように自殺という大罪を犯したために、正式な墓地への埋葬を拒絶されウィリの領分に埋葬されています。墓の前にぬかずくヒラリオンが白い幽霊の影に怯えてその場を去った後に月明かりが森の中を照らし、まずミルタ、そしてベールをかぶった24人のウィリとモイナ、ズルマという名を持つ2人のウィリが登場してゆらゆら。ところがこのウィリたちによるアラベスクでの交差は、私が見る限り少し重く、シューズの音も高かったしリズムにも乗れていないように感じます。ともあれ、その後にウィリたちが墓石の前を囲って隠し、再び散ったときにはジゼルの霊が墓の前に立っていました。ここでベールが後ろから引き抜かれるマジック的な演出をよく見ますが、この日は舞台中央に進んだジゼルのベールをミルタが外すという至極まっとうなもの。その後に続くアティテュードからの高速回転、ファイイ・アッサンブレ……といずれも宙に浮いているような錯覚を覚えます。そしていよいよ復讐の時。ヒラリオンの踊り死には、実はそれほど激しく踊ったわけではなく、適当にジャンプして適当に回って舞台下手奥へ突き落とされた感じでしたが、それはアルブレヒトのダンスを引き立てるための抑制だったかもしれません。ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥはどこまでも静謐なものでしたが、その後のアルブレヒトのソロでのアントルシャ・シスでムンタギロフが見せたバネの強靭さはすさまじく、あのスピーディーな足の交錯をまったく余裕をもってこなしているさまには圧倒されました。ラストは、ジゼルが残した小さな花を拾い上げたアルブレヒトがその花を捧げ持って舞台を前方に歩いてくるところで幕。

何といっても主役の2人の安定した技巧と身体のラインの美しさ、文句なしの美貌、そしてどこまでもノーブルな品性がこの作品のロマンティックバレエの代表としての地位を確固としたものにしていましたが、周辺の登場人物も含めて全員が演技者としても高いレベルに達しており、ピーター・ライト言うところの登場人物を信じられるものにすることにも成功していました。舞台装置も衣裳も農村や森の中の雰囲気を見事に再現していましたし、演奏も(ところどころに「あれ?」というところはありましたが)ダイナミクスがはっきりついて登場人物の心理状態を説得力をもって表現していたと思います。

なお、ピーター・ライトの解釈では、登場人物たちは次のような性格を持っているとのこと。バチルドの人間性についてさんざんな評価ですが、何もそこまで言わなくても……とは思うものの、確かにそういう演技がなされていて、この舞台は演劇としても質の高いものであったことを再認識しました。

アルブレヒト
自分の愛していない相手(バチルド)と婚約せざるを得なかった、血の通った青年。うわべばかりの決まりごとの多い宮殿での生活から逃げ出し、ジゼルに完全に恋をしてしまった。
ヒラリオン
村のたくましい男で、心からジゼルに恋しており、彼女を救いたいと思っていた。しかし、アルブレヒトの正体を公衆の面前で晒したなら、ジゼルがどんなことになるか気付くような知性を持ち合わせていなかった。
ジゼル
私生児だが、貴族の血が流れているのかもしれない。つまり、ジゼルの母ベルタもまた、かつて貴族(もしかしたら公爵)に捨てられた過去を持つのかもしれない。
バチルド
気取り屋で自分勝手な女性。甘やかされた嫌な女で、いつも注目の的になっていないと気が済まない!
ウィリたち
邪悪ながら魅惑的な若い女性の幽霊で、かつて自分を裏切った男性に復習することを心に誓っている。

配役

ジゼル マリアネラ・ヌニェス
アルブレヒト ワディム・ムンタギロフ
ヒラリオン(森番) ベネット・ガートサイド
-第1幕-
ウィルフリード(アルブレヒトの従者) ヨハネス・ステパネク
ベルタ(ジゼルの母) エリザベス・マクゴリアン
クールラント公 ギャリー・エイヴィス
バチルド(その令嬢) クリスティーナ・アレスティス
狩りのリーダー アラステア・マリオット
パ・ド・シス 崔由姫-アレクサンダー・キャンベル
フランチェスカ・ヘイワード-マルセリーノ・サンベ
ヤスミン・ナグティ-アクリ瑠嘉
-第2幕-
ミルタ(ウィリの女王) イツィアール・メンディザバル
モイナ(ミルタのお付き) オリヴィア・カウリー
ズルマ(ミルタのお付き) ベアトリス・スティックス=ブルネル
指揮 クーン・ケッセルズ
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団