塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

ジゼル(東京バレエ団)

2015/03/13

五反田のゆうぽうとホールで、東京バレエ団「ジゼル」(ラヴロフスキー版)。今回のポイントは客演のスヴェトラーナ・ザハロワ(ボリショイ・バレエ)です。彼女の舞台は2001年にレニ国の「バヤデルカ」で観たのが最初で、ついで2005年の「白鳥の湖」はアクシデントで休演でしたが、2009年2012年の世界バレエフェスティバルでも観ていますから、案外コンスタントにお目にかかっている感じ。しかし全幕物としては14年ぶりということになり、まだ30代半ばでプリマとして最盛期にあると思われる彼女がどのような踊りを見せてくれるかに期待していました。

以下、演出内容はアリーナ・コジョカル主演の2010年公演とほぼ同様なので細かい説明は省略し、ポイントのみを紹介します。

第1幕

アルブレヒト役のロベルト・ボッレはイタリア人。ミラノ・スカラ座バレエ団をキャリアの出発点として各地のバレエ団に客演し、今はABTのプリンシパルです。とてもハンサムですが、逆三角形の上半身と分厚い胸板、そして投げキッスの連発はいかにもラテン系(お話はオーストリアが舞台のはずですが……)。ついでジゼルのザハロワは、すらりとした肢体、細く長い首の上に乗った美神のような小顔が美しく、マイムもパも全てが滑らかです。小柄なアリーナ・コジョカルが可憐な村娘という感じだったのに比べて、ザハロワのジゼルは自然なノーブルさが漂う感じ。愛する人々に囲まれて踊れる喜びを表現するジゼルのヴァリエーションもその安定感は盤石ですが、それでも花占いでの嘆きやバチルド姫の衣装の美しさに吸い寄せられる姿には鄙びた純真さの表現が見られました。しかし、アルブレヒトがその純真を弄んでいたのだと知った後の錯乱の表現ではそれまですらりと伸びていた首が前に曲がり、倒れ込んでから再び立ち上がるとまとめられていた髪もほどけて別人のようになっていきます。しかし、あからさまに狂気にとらわれるような過剰な表現ではなく、気品を保ったまま生命の炎が激しく揺らめいて、やがて吹き消されていくよう。アルブレヒトを見てその胸に飛び込むかと思えたのに、その腕を伸ばしたアルブレヒトの姿が見えておらずすれ違いになったところで、既にジゼルの魂はウィリのもとに召喚されているのだということがわかりました。

東京バレエ団のダンサーたちは手慣れたもので、森番ヒラリオンの森川茉央さんはマイムの作法を守りながらもリアルな演技であったし、バチルド姫の吉岡美佳さんはジゼルに対し一見優しく接しているように見えても、お礼に手をとろうとするジゼルを振り払う仕草を見せるなど身分の違いをはっきり意識していて、そのことがその後のジゼルの悲劇への導線にもなっていました。そして、村の若者たちのパ・ド・ユイットも元気いっぱいでよかったのですが、終盤で女性2人が回転中に接触寸前になったのにははらはらしました。

第2幕

東京バレエ団の女性ダンサー陣のクオリティの見せ所。第1幕でのザハロワのすらりとした体型のイメージが強く残っているためにミルタの奈良春夏さんが子供体型に見えてしまったのですが、これは私の席が2階席だったせいもあるかもしれません。ドゥ・ウィリの乾智子さんと吉川留衣さんも綺麗な踊りで、さらにコール・ドによるアラベスクの交差とその後のミルタを前にした群舞の一体感は見応えのあるものでした。

そしてザハロワのジゼルは、そのノーブルさが第2幕で求められる浮遊感の中に生かされ、ファイイ・アッサンブレで漂う姿を見ると本当に体重がないかのようでした。アルブレヒトの真心を知ってウィリたちから守ろうと決意したジゼルの高潔さにも心を打たれるものがありましたが、さらにその浮遊感と透明感を強調したのがボッレのサポート。アルブレヒト登場の場面では、ジゼルの墓に花を手向けてその花束に倒れ込むような嘆きの姿にジゼルが死んで初めてジゼルへの愛の深さを自覚したといった様子が窺えましたが、そこへ気配を現したジゼルと、その姿が見えていない中で踊るパ・ド・ドゥでの胸の高さでのリフトでは無重力状態を実現しました。さらに、無慈悲なミルタの命じるままに強靭なジャンプ力を活かした完璧なアントルシャ・シスを繰り返すボッレに客席が湧きましたが、むしろザハロワに対する完璧なサポートこそ賞賛されるべきだと思います。最後は、独り残されたアルブレヒトが再びジゼルの墓の前に一旦は泣き崩れるものの、花一輪の中にジゼルの心を感じ取って静かに立ち尽くすところで幕。

高い技巧と芸術性とが豊富な運動量の上に結合した、素晴らしい舞台でした。コジョカルの健気なジゼル像とは一味違うザハロワの高貴なジゼルも、特に第2幕においては納得。機会があれば、また観てみたいものです。それにしても可哀想なのはヒラリオン。何度命乞いをしてもミルタに冷たく突き放され、その指揮で隊列を変えるウィリたちになぶり殺しにされてしまうのですが、ウィリたちはあたかもこの懲罰を楽しんでいるかのように見えました。恐ろしいことです。

配役

ジゼル スヴェトラーナ・ザハロワ(ボリショイ・バレエ)
アルブレヒト ロベルト・ボッレ(アメリカン・バレエ・シアター)
ヒラリオン 森川茉央
バチルド姫 吉岡美佳
公爵 木村和夫
ウィルフリード 岸本秀雄
ジゼルの母 坂井直子
ペザントの踊り 乾友子-原田祥博
吉川留衣-松野乃知
川島麻実子-梅澤紘貴
河谷まりあ-入戸野伊織
ジゼルの友人 小川ふみ / 加茂雅子 / 伝田陽美 / 二瓶加奈子 / 政本絵美 / 三雲友里加
ミルタ 奈良春夏
ドゥ・ウィリ 乾智子 / 吉川留衣
指揮 ワレリー・オブジャニコフ
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団