塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

Yes

2014/11/25

2年ぶりのYesの来日は、前回=2012年と同じくJon Davisonがボーカル、Geoff Downesがキーボードという布陣。Chris、Steve、Alanの3人はもちろん不動のラインナップです。コンサート会場はこのところ急速に知名度を上げているTOKYO DOME CITY HALLで、私がゲットした席はアリーナ席の後方中央。ボーカルのJonを真正面に見る絶好の位置でした。そしてこの日のライブのポイントは、「『こわれもの』『危機』完全再現」です。

私の一生の音楽的指向(「嗜好」ではなく「指向」とあえて書く)を決定づけたアルバムは、King Crimsonの『Larks' Tongues in Aspic』とYesの『Close to the Edge』だと断言します。その『Close to the Edge』の邦題が『危機』(『Larks' Tongues in Aspic』の邦題『太陽と戦慄』もすごいネーミングセンス)。Yesのメンバーがどれだけ高齢化していても、聴きに行かないわけにはいきません。

会場の外では、立見席への入場を待つ人々の列ができていて、このコンサートのチケットの売行きが良好であることを伺わせました。そしてチケットのチェックを受けて中に入ると、今日の公演のライブ音源をiPhone等にダウンロードできる「Re-Live」というサービスが紹介されていました。ライブCDを作成する代わりに音源データとして配信しようというこのサービスはなるほどアイデアだと思いましたが、お値段が3,500円とかなり高め。1,000円なら出してもいいかなと思いましたが、この値段ではちょっと……。物理的な製作費や物流費はない代わりに「会場限定」ということで裾野の広がりが見込めないため、どうしても割高になるのでしょう。

ホール内に入ると、中央奥にはAlan Whiteのドラムセット。その左にGeoff Downesのキーボードがコの字型に9台組まれており、MacBookが3台とiPadが1台、背後に並んでいるのが見えました。キーボードブースの手前はSteve Howeの立ち位置で、下手袖近くにスティール・ギター、マイクスタンド近くにはスタンドに固定されたLINE6 Variax700。前列中央のJon Davisonの立ち位置にはスタンド上にエレクトロニックパーカッション、そして右にはChris Squireの立ち位置ですが、Chris側のスペースがかなり広くとられているため、全体にセットが左に寄っている印象を受けます。

今回もまた、オープニングにはブリテンの「The Young Person's Guide to the Orchestra」が流れはじめ、背後のスクリーンにYesの昔から現在までの作品群のジャケットやライブ写真、プログラム中にも紹介されているライブポスターなどYesの歴史を伝える映像が次々に示された後に、上手からメンバーが登場しました。そして「The Young Person's〜」が終了すると共に、あのイントロSEが鳴り響き始めました。

Close to the Edge
『Close to the Edge』のタイトルナンバーで約20分に及ぶ大作。イントロから第1楽章「The Solid Time of Change」まで、Chris SquireのトレードマークであるRickenbacker 4001ベースががんがん前に出てきていますが、Steve Howeのギターがもたつき気味。シタール音はVariax700で出しており、高音が出にくくなったChrisはコーラスを1オクターブ下で歌っています。面白いと思ったのは、第2楽章「Total Mass Retain」で急速にフェードインするオルガン音をGeoff Downesがフットペダルで出していたこと。Asiaでもそうですが、彼はサンプリング音をフットペダルを用いて絡ませることでライブでの原曲再現度を飛躍的に高めることに貢献しています。その割にはオルガンの音色の選択にあまり気を使っていないように思えるのは、本質的に彼がオルガン弾きではないからなのか?幻想的な第3楽章「I Get Up, I Get Down」では、左右に立つSteveとChrisの2人のマエストロが上からのライトに照らされて陰影の深い表情を見せながら歌うコーラスがとりわけ印象的。このパートでのJon Davisonは、長い紐に多くの鈴を連ねたものをゆらゆらさせながら、Jon Andersonを彷彿とさせる情感のこもったボーカルワークを聴かせました。そして「Seasons of Man」へと続くオルガンソロがこの曲での大きな聴かせどころになりますが、うーん……もう少し運指の技巧を見せてほしかったな。全体に、曲名にもかかわらず緊迫感が不足気味の演奏で最初の1曲が終了しました。
And You and I
イントロの12弦ギター音は、前の曲でシタール音を出していたVariax700。いつ聴いても、このイントロはすてきです。Minimoogでのテーマがほぼそのままの音色で再現され、中間の雄大なストリングスもメロトロンのサンプリング音ですし、Chrisのフットベースによる持続音の上でSteveのスティールギターも飛翔します。もともとゆったりした曲調だけに、これは原曲再現度MAXと言ってよさそうです。
Siberian Khatru
引き続きMCなしでこの曲。Steveのイントロはずいぶんゆっくりでしたが、Alan Whiteのドラムが入るとかなりの高速演奏に。その後、パート毎にテンポをずいぶん変え、時折は危うい破綻を見せつつも、基本的にはロックらしい活力を保ちました。Geoff Downesのハープシコードソロははっきり言ってミスタッチだらけでしたが、最後の4-4-4-3拍子によるアウトロはSteveらしいクリーントーンでの長大なソロの後にぴったりリズムを合わせて終了。この曲は、勢いさえあればなんとか形になるものです。ところでここまで聴いてみて改めて気付いたのは、『Close to the Edge』に収められた3曲はすべて、メインボーカルと二声コーラスが異なる歌詞とメロディを重ね合わせるパートを持っているということです。つまり、Yesにとって『Close to the Edge』は、コーラスワークの冒険を試みた作品であったと言えるのかもしれません。
Believe Again
8弦ベースに持ち替えたChris SquireのMCが入り、最新アルバム『Heaven and Earth』から「Believe Again」。Steve HoweもそれまでのセミアコのGibson ES-345をソリッドボディのFender Stratocasterに持ち替えて、印象的なイントロを聴かせます。CDで聴いたときはずいぶん甘口だなと思ったこの曲ですが、実際に目の前で演奏されてみると中間に緊張感を持つパートもあって普通にいい曲だと思えました。白玉の合間にシンセサイザーで細かいオブリガートを繰り出していたGeoff Downesは、最後には足元のTaurus Bass Pedalsまで駆使。この人、どこまで自分を忙しくできるかを突き詰めているような感があります。
The Game
Jon Davisonの「アリガトウ、トキオ」。タバコサンバーストのGibson ES-175による持続音から始まり、エレピのアルペジオが不安を奏でた後にAlan Whiteの持ち味であるタイトなリズムがドライヴする曲。Rickenbackerも高音でメロディアスなフレーズを聴かせます。シンプルながらライブ映えするいい曲です。
Roundabout
黄色いフルアコボディーのES-5 Switchmasterに持ち替えたSteve HoweのMCに客席から「スティーヴ!」と声が掛かると、Steveも「Yeah!」。Variax700によるアコースティックギターのイントロは微妙にフレーズを変えていたのが気に入りませんでしたが、あのベースリフががんがん入ってくるともうゴキゲンで、ここから『Fragile』の再現コーナーに移ります。Jon DavisonとChris Squireの二声コーラスによるメインテーマ部はJonが高音パート、Chrisがメインラインという具合に役割を入れ替えていましたが、Geoff Downesのオルガンソロもこれなら及第点。それよりも、Steveの演奏がスピード感を回復してくれたのがgood pointです。
Cans and Brahms
Geoff Downesによるソロ演奏。自動演奏との組合せによるもので、彼の背後にあるiPadはこの曲の演奏のために設置されていたものではないかと思います。ある意味、完璧な演奏でした。
We Have Heaven
サンプリングによるボーカルのリフレインの上で、Jon Davisonが伸びやかな声を聴かせました。
South Side of the Sky
Bill BrufordによるイントロのドラムをAlan Whiteが再現してくれて、Chris SquireがグリーンのCSベースでぐいぐいと押してくる曲。中間のピアノソロの間、風のサウンドイフェクトはJon DavisonがGeoffのキーボードブースの上手側一番上のキーボード(6月のAsiaでの来日時はRoland Gaia SH-01があった位置ですが、今回は特徴的な形状の黄色いボディを持つStudiologic Sledge)のキーを後ろから押さえて出していました。
Chris Squireのコーラスも冴え、再びドライヴするパートに移ってからギターとシンセサイザーの掛け合いになる間、アコースティックギターを抱えたJonとベースのChrisが舞台上を練り歩きましたが、全体にスネアの音がもっと前に出てきていたらもっとこの曲が生きただろうという気がしました。
Five Per Cent for Nothing
Alan Whiteがヘッドホンを着けたので「さては」と思っていたら案の定、打込みのガイドリズムが入ってきました。それでも演奏がバラバラになってしまったのですから難曲なのでしょうが、この曲は4人の楽器演奏者がリズムのタペストリーを織りだすところにポイントがあるのですから、堂々と自前のリズムだけで臨んで欲しかったところ。作曲者のBill Brufordがこの演奏を聴いたらなんと評したかを想像すると、恐ろしいものがあります。
Long Distance Runaround
これは綺麗に破綻なくまとまりました。Rickenbackerならではの音色によるベースリフは、Yesファンのベーシストなら誰しもコピーしたことがあるでしょう。
The Fish
Steve Howeのギターがハーモニクスによる7/8拍子のリフを奏でて、オクターバーやフランジャー(?)をかけたベースが自由自在に動き回ります。通常のYesのライブではこの曲がAlanとChrisのデュオでかなり長く演奏されることが多いのですが、この日はレコードの再現なので短め。Geoff Downesもカウベルを持って参戦していましたが、Alanがヘッドホンをしていたので、ここでもバックに原曲のサンプリング音源が使用されていたのかもしれません。それでもChrisの演奏には非の打ち所がなく、演奏終了後にはChrisに対する大拍手が湧きました。
Mood for a Day
Steve Howeによるアコースティックギターソロ。さすがSteve、文句のつけようがありません。「The Fish」に引き続き、この曲の終了後にも練達の楽器演奏家に対するリスペクトの拍手と歓声がホールを埋めました。
Heart of the Sunrise
この日の本編最後の、そして白眉となった曲。素晴らしいドライヴ感とテクニック。ピアノのパッセージにわずかにもたつきが聴かれたものの、この複雑な曲をほぼ完璧に再現しました。そしてJon Davisonによる終盤での最高音は惜しくもそこだけファルセットになりましたが、ラストのリズムのキメをばっちり決めた瞬間、客席は総立ちになりました。
I've Seen All Good People
ここからアンコール。前半のアコースティックパートでは、ポルトガルの12弦ギターによる優しいコードカッティングとリコーダー音によるオブリガート、ゆったりしたコーラスに癒されます。そして荘厳なオルガンから、リズムが入ってきてダンサブルなロックパートへ。鉄壁のナンバーです。
Owner of a Lonely Heart
「(このあと大阪等を回って)土曜日に東京に戻ってくるよ」とMCでさりげなく宣伝したSteve Howeが赤いStratocaster、対するChris Squireが緑のCSベースなので「ははあ、アレだな」と思ったら、Alan Whiteが何を思ったか4カウントで「Starship Trooper」の最初の二拍!もちろんこれは間違いで、会場内に笑いが広がり、Chrisが「おいおい」とAlanに話し掛けている間にSteveがディストーションの効いたリフを繰り出して、一気にこの曲に入りました。原曲でのTrevor Rabinによる印象的なギターソロをSteveもオクターバーでそれ風に再現していましたが、アウトロでのペキペキした音域の広いギターソロの方が彼らしく、SteveはどこまでいってもSteveなのだと思わされました。

Alan Whiteが間違えて叩きかけた「Starship Trooper」も演奏してくれないかな、とわずかに期待しましたがさすがにそれはなく、以上で終演となりました。残念、この曲は聴きたかった。

こうしてみると、この日の演奏の中で最もまとまっていたのは「Heart of the Sunrise」、それに加えて意外にも新譜からの2曲。これら以外の曲は、聴き手の思い入れの深さもあって一音一音に対し「あそこが違う、ここがおかしい」といった聴き方になってしまった面もあります。ここが長い歴史のある時期に全盛期を持っているバンドの宿命で、アレンジを大胆に変えて曲に新しい命を吹き込めば違った評価もできるのですが、「完全再現」と銘打つとそうもいかなくなるのが難しいところ。しかし、そうした聴き手に対して正面から今のバンドの演奏力をぶつけてきた今回のライブをバンド自身のチャレンジなのだと考えれば、その勇気には拍手を送るべきでしょう。そして、時折綻びをみせかけた超ベテランたち(還暦越えばかり)の演奏を軌道に戻し続けたボーカルのJon Davison(ただ1人の40代)の、2年前に比べてぐっと精悍さを増した存在感にも、さらなる拍手を送りたいと思います。

さて、毎度の疑問というか不安というか。次の来日は、果たしてあるのでしょうか?

ミュージシャン

Jon Davison vocals, guitar, percussion
Chris Squire bass, vocals, harmonica
Steve Howe guitar, vocals
Geoff Downes keyboards
Alan White drums

セットリスト

  1. Close to the Edge
  2. And You and I
  3. Siberian Khatru
  4. Believe Again
  5. The Game
  6. Roundabout
  7. Cans and Brahms
  8. We Have Heaven
  9. South Side of the Sky
  10. Five Per Cent for Nothing
  11. Long Distance Runaround
  12. The Fish
  13. Mood for a Day
  14. Heart of the Sunrise
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  15. I've Seen All Good People
  16. Owner of a Lonely Heart