塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

大瓶猩々

2013/12/01

とてもいい天気の日曜日。午前中は1時間ほどジョギングをして、午後に観世能楽堂(松濤)に足を運んでハッピーアワーチケットをゲットしました。ハッピーアワーチケットというのは、三番立ての二番目終了後から(座席に空きがあれば)入場できるチケットで、一種の幕見席のようなものと思えばよいでしょう。この日の番組は、

  • 能「鉢木」
  • 狂言「禁野」
  • 能「野宮」
  • 仕舞四番
  • 能「大瓶猩々」

となっていて、ハッピーアワーチケットでは仕舞四番から観ることができます。13時半に観世能楽堂の受付で脇正面のチケットを購入したあと、いったん自宅に戻って休息してから、15時半に再び能楽堂へ向かいました。

仕舞四番は、勇壮・幽玄・悲愴・豪快とそれぞれに特色があって面白く、見応えがありました。そして続く「大瓶猩々」は「猩々」の類曲で、巨大な酒瓶の作リ物が登場するのと猩々がやたらいっぱい出てくるのが特色です。

大瓶猩々

まず登場するのは、ワキ/高風(梅村昌功師)。オレンジ色の明るい厚板と白大口の上に紫地金文様の側次を重ねて中国の話であることを示しています。孝行を重ねるうちに富を得るようになったこと、先頃から自分の酒を買い求めに来る童子がいるので名を尋ねてみようと思うこと、を語って脇座に着きました。

低く震えるような「お幕」の声と共に登場した前シテ/童子(寺井栄師)の出立ちは黒頭、紅地の縫箔の上に深い紺の絓水衣。〈一セイ〉は渡津海のそことも知らぬ波間より現れ出づる日影かな。舞台中央でのワキとの対話の中で、今日は御名をお名乗り下さいと問われたシテは、自分は猩々である、高風が孝行者であるので泉の壷を与えようとするのであると語ると、さっさと立ち上がって橋掛リに向かいました。そして舞台と橋掛リの境目に立つと笛の音を聞きながらしばし静止。その間、太鼓が「いやー」と掛け声を掛けて一打ちすると大小鼓も声を合わせて「よー」ポンという特徴的な手組を繰返しました。これは何を意味しているのか?詞章を読むと、立ち去りつつある童子の顔は夕陽の中に赤く染まり、その姿が猩々を思わせつつ市井の賑わいの中に紛れて消えていくというのですから、その心理的な遠近感のようなものを表現したものなのかもしれません。

アイは、ユーモラスな面を掛け芥子色の縷水衣を着た水神(遠藤博義師)。猩々がいかなる生き物であるか、猩々を呼び出すにはどうすればよいかなどを説明してくれました。そして、アイが下がった後に後見によって一畳台が持ち込まれて正先に置かれ、さらに一畳台の見所寄りの場所に大人一人がやっと抱えられるほどの大きさの大瓶(壷)が置かれました。紺地緞子で包まれ紅地金襴で蓋をされた大瓶は、脇正面から見ると見所側に向かって少し傾いて立つように作られているのがわかります。

囃子方が演奏を再開し、ややあって登場したのは潯陽の江のほとりで待つ高風を訪ねてやってきた猩々二人(二匹?)。赤頭、紅地の鮮やかな唐織壺折の下に緋大口でとても明るい出立ちの二人のツレが舞台中央に並んでしばし連れ舞。これだけでも華やかなのに、ツレ二人が扇をかざしてさらに仲間を呼ぶと、さらに三人の猩々が登場しました。赤頭の毛を長く垂らしているのは同じですが、そのうちの一人が同じ色調の法被半切出立で腰に柄杓を挿しており、これが後シテだろうということがわかりました。いったん五人が舞台上に揃い、頃は秋の夜月面白くの地謡に合わせて後ろの三人が半身になり赤い前髪を左手でつまむ所作を見せた後、前の二人が立って一畳台に乗りその内の一人が大瓶の蓋をとると、後ろから近づいた後シテが柄杓を腰から抜いて台の上に立ち、酒を扇に汲む様子を見せました。この汲めども尽きぬ泉の酒を前に、ここから〔中ノ舞〕が始まります。猩々がシテ一人でこの〔中ノ舞〕を特殊な舞にしたものが「」ですが、この日の〔中ノ舞〕はシテとツレ四人による合舞が眼目。最初に登場した二人のツレが橋掛リへ移り舞台上では後シテの左右にツレを配して合計五人の猩々の舞が、息を呑む程に見事な同期を見せて展開しました。扇の動き、足拍子のタイミング、すべてが完璧で、赤と金の衣裳を身にまとった猩々たちが囃子に乗って右に左に舞い遊ぶ姿は豪華絢爛です。この曲は、話の筋よりも猩々による舞の楽しさ、めでたさが主題で、その意味ではこの「大瓶猩々」は極めつけの演出と言えるかもしれません。

ひとしきりの合舞の後に、ツレ四人が正座して扇を前に手を突き、シテ一人の短い舞を経てワカ菊の露、積りて尽きぬ、この泉。最後にもう一度シテが酒を汲む所作を見せてから、地謡のいずれも足元はよろよろに合わせて後ずさり、扇をかざして位置を入れ替えてツレ四人が橋掛リ、後シテ一人が常座に立つと、千秋萬歳と御代を言祝ぐ詞章と共にシテが拍子を踏み、太鼓が留撥を打っての終曲となりました。

配役

仕舞 若布刈 津田和忠
杜若キリ 野村四郎
玉之段 武田宗和
船橋 武田尚浩
野守 前シテ/童子 寺井栄
後シテ/猩々
ツレ/猩々 小早川修
ツレ/猩々 下平克弘
ツレ/猩々 松木千俊
ツレ/猩々 大松洋一
ワキ/高風 梅村昌功
アイ/水神 遠藤博義
藤田次郎
小鼓 森澤勇司
大鼓 大倉栄太郎
太鼓 小寺真佐人
主後見 観世恭秀
地頭 武田志房

あらすじ

大瓶猩々

高風という孝行者の酒売りの前に童子が酒を求めに来る。童子は高風の孝行を称え、泉の壷を与えると告げて立ち去る。そして秋の夜に猩々が仲間を引き連れて現れ、いくら飲んでも尽きない酒の大瓶を与えると、猩々は酒を飲んでは舞い戯れ祝福する。