シルヴィ・ギエム・オン・ステージ 2013

2013/11/15

東京文化会館(上野)で「シルヴィ・ギエム・オン・ステージ 2013」。東京バレエ団による「エチュード」とシルヴィ・ギエム他による「カルメン」(マッツ・エック振付)を観ました。

エチュード

チェルニーの練習曲によってダンサーの練習風景が描かれる作品で、私は昨年「アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト」の中で観ています。一糸乱れぬバーレッスン、幾何学的な群舞と続く前半はこちらの意識が集中せず何となく眺めていただけだったのですが、男性エトワールの身体能力を固辞する力強い回転が披露され始めたあたりから意識が覚醒し、舞台上にX字に設けられる光の廊下を駆け抜けるダンサー達のダイナミックな跳躍に強い高揚感を覚えました。

エトワールの奈良春夏さんはとても優美、梅澤紘貴さんは力強く安心して観ていられましたが、もう1人の男性はやや不安定なところも。後日ネットで検索してみたところ、全体に東京バレエ団の男性ダンサーの層の薄さを指摘する声が多いようでした。

カルメン

マッツ・エック作品はいくつか観ていますが、直近では2011年にシルヴィ・ギエムが踊った「アジュー」が記憶に新しいところです。この作品ではストーリーもオリジナルでしたが、今回の「カルメン」はよく知られたあのカルメンの話に独自の振付を施したというもの。音楽は、シチェドリン版「カルメン組曲」が用いられています。

舞台装置は、下手手前に固定された黒い直径1mほどの玉。奥にはアバニコの形を模した壁があり、穴あきチーズを連想させるような水玉模様が施されていますが、同時に大きな格子縞も入っていて閉塞感を醸し出しています。そして、最初に描かれるのはホセの銃殺の場面で、暗いストリングスの和音とチューブラーベルズによるハバネラのメロディの中で、黒玉に座り込んだホセに死神のようなロングスカートの女性(「M」)が昆虫を思わせる不自然に硬直した手足の動きで絡むと、執行吏に呼び出されたホセが舞台下手奥へ移動し、手前にできた光の帯の中に銃殺のための狙撃手が並びます。そしていままさに処刑されようとする瞬間、「アラゴネーズ」が高らかに鳴り響いて舞台上は明るく賑やかな市井の喧噪へと変わります。黒い制服姿の男たちと、原色光沢素材のスペイン風ドレスの女たち。そこへ滑り入る赤いドレスのカルメン、ホセとの出会い。これから、処刑直前のホセの回想が展開することを示す鮮やかな演出です。

死神はホセの婚約者ミカエラに変わり、「前奏曲」の緊迫した響きの中でホセの変節が暗示されます。ホセの孤独のイメージ、そして「ハバネラ」をバックにダンサーたちが実際にマッチで火を熾して葉巻を口に舞台上に横たわる中を踊り巡る蠱惑的なカルメン。男女の群舞、カルメンの投獄とホセの誘惑。カルメンがホセの掌に指を突き立てた途端にホセの口から発せられる叫びと、彼の胸からカルメンの手によって引き出されるスカーフの赤さが鮮烈です。ホセの痛切な心情が伝わってくるかのようなパ・ド・ドゥ。にもかかわらず、ホセを置いてその場を立ち去るカルメン。

続いて、美しい旋律を持つ「第3幕への間奏曲」に乗って優美に展開するホセとミカエラとのパ・ド・ドゥと、上司との諍い。輝かしい「ファランドール」(「アルルの女」の曲)に乗って女性たちが踊り、そこへ男性たちが高く遠く投げ入れる長いリボンの鮮やかな色彩と躍動感。そこへ舞台奥から「闘牛士の歌」に乗って堂々と登場する闘牛士エスカミリオの身体能力と、彼を露骨に誘惑するカルメン。この群舞の中でのエスカミリオの身体能力を誇示するようなクラシカルな技巧でのダンスも圧巻でしたが、その後に続くカルメンとエスカミリオの緊迫した雰囲気の中での静かなパ・ド・ドゥが、2人のダンサーの絡みの中に重力を克服して不可思議な動きを現出させるマッツ・エックの身体言語全開という感じです。

ホセとミカエラの別れ、再びの「前奏曲」に乗ってのホセの痛切なまでの懇願とカルメンの無視。ところが、倒れこんだホセの手をとったカルメンは、2人で輝かしいパ・ド・ドゥを踊ります。愛し合い、抱き合う2人。これはいったい何なのか……。しかし、幸福のうちに横たわるホセを置いて、カルメンはエスカミリオと共に去ってしまいます。その後にやってくるパ・ド・トロワ、決闘。カルメンとホセとの決別。

舞台上は一転して明るい闘牛場に変わり、それまで舞台後方に壁となって立っていたセットが前進して闘牛場の外壁となります。曲はもちろん「闘牛士の歌」。セットの上に立って下界を見下ろすカルメンと見上げるエスカミリオ、そこへ激高して飛び込んでくるホセ。そして、彼は不敵に葉巻をふかすカルメンを遂に刺殺し、舞台は冒頭の処刑シーンに戻りました。チューブラーベルズの葬送の響きの中、銃弾を浴びて無声の叫び声をあげたホセが暗闇の中にゆっくり崩れ落ちて、幕。

この作品の中でのカルメンについて、タイトル・ロールを演じたギエムはこのように語っています。

彼女は選び取る。自分の生き方を、愛し方を、そして死に方を。動物的な本能を持つ女性……どんな束縛も耐えられず受け入れないような、誇りに満ちた、勇敢な女性。

真の「カルメン」、メリメの「カルメン」がいる。マッツ・エックが振付と演出のために行った作品解釈のなかに。私たちがそこに見出すのは、力、愛、優しさ、激しさ、性急かつ貪欲に生きる必然、そして誇り高く死ぬ決意。

「カルメン」は時間の流れとさまざまなオペラやダンスの存在によって彼女の真実を失い、彼女の本質は、きらびやかだがうわべだけの、深みの無い、かなり単純なイメージにかえられてしまったのです。

まさに、蠱惑的というよりむしろ貪欲と言った方が正しいカルメンと、そのカルメンに一度は魅入られ、そして捨てられて運命を変えられてしまったひ弱なホセという印象の舞台でしたが、なんだか他人事とは思えないような……というより、登場人物の誰に感情移入できるかと考えたときに考え込んでしまうような作品でした。ともあれ、マッツ・エックの独特な振付とコラージュのような演出がストーリーや音楽の起伏に見事にマッチして、時間をまるで感じさせない(実際は50分間)舞台となりました。

シルヴィ・ギエムとマッシモ・ムッルはもちろんですが、エスカミリオの柄本弾も十分な存在感を示していました。そして何より、ミカエラ、母、死のイメージの三役をこなし、マッツ・エックの身体言語を完全に会得して体現していた高木綾さんは賞賛に値すると言えると思います。

配役

エチュード エトワール 奈良春夏 / 梅澤紘貴 / 入戸野伊織
白の舞踊手(ソリスト) 沖香菜子 / 河合眞里
カルメン カルメン シルヴィ・ギエム
ホセ マッシモ・ムッル
エスカミリオ 柄本弾
M 高木綾
オフィサー 木村和夫
ジプシー 岡崎隼也
女性たち 奈良春夏
矢島まい / 川島麻実子 / 河谷まりあ / 伝田陽美 / 三雲友里加
兵士たち 氷室友 / 松野乃知 / 岸本秀雄 / 入戸野伊織 / 岩村暁斗