Steve Hackett

プログレッシブロックグループとしてのGenesisに思い入れがある者にとっては、Phil Collinsが牽引したポップ・グループとしてのGenesisをGenesisとは認めたくないという気持ちがあり、その分水嶺になるのが通常はPeter Gabriel在籍時の最後のアルバムである『The Lamb Lies Down on Broadway』ということになるのですが、ここで仮に50歩譲れば、Steve Hackettがギターを弾いていた『Wind and Wuthering』、そしてライブ盤『Seconds Out』までをプログレGenesisと認めてもよさそうです。

そのSteve Hackettは、さまざまなゲストミュージシャンを集めて2012年に『Genesis Revisited II』と題したGenesisセルフトリビュートアルバムを出し、次いで自分のバンドを率いて同名のツアーを展開中。ここ日本では、プログレの聖地(?)ことクラブチッタで3日間のライブを行うことになりました(ちなみに前作『Genesis Revisited』のリリースは1996年で、そのときはJohn WettonやらIan McDonaldやらを引き連れて来日しています)。以前、Steve Hackettのアコースティックセットのライブを観たことがあり、そのときはなんだかなという感じだったのですが、今回は思い切りよく全曲Genesisのエレクトリックセットとのことなので、このチャンスを逃すものかと抽選に応募したところ、金曜日と日曜日を首尾よくゲット。わくわくしながら当日を待ちました。

2013/06/07

終業時刻ぴったりに会社を出て、一路川崎へ。ここ数年、かなりの回数ここに足を運んでいます。

会場に入ると、舞台前列は上手に左利きベーシストのLee Pomeroyの立ち位置があり、足元には各種のペダルやエフェクター、そしてベースペダル。中央がSteve Hackettの立ち位置で、その後ろにはMarshallのアンプが2台。下手はフルート、サックス、キーボードのRob Townsendのポジション。Steve HackettとRob Townsendの間の後方に、リードボーカルのNad Sylvanのマイクが立っています。後列は上手側にGary O'Tooleのツーバス4タム2フロアタムのドラムセット、下手側にRoger King(上述のアコースティックセットのときにも参加していました)のキーボードが4台。後列の2人の間に一段高いステージがあって、そこにもボーカル用のマイク。定刻を少し過ぎたところで客席の照明が落ち、舞台上が青い光に包まれて、下手からメンバーが登場しました。そして、この曲からスタート。

Watcher of the Skies
白色のスポットライト3本の中に輝くキーボード群から分厚いメロトロンの白玉コードが鳴り響き、のっけから大歓声。ハイハットがリズムを刻み出し、ボーカルが望遠鏡で虚空をサーチする仕草を見せるうちにベースとバスドラが徐々に音量を上げながら入ってきて、神々しいボーカルパートへ。フェルナンデスのサスティナー&アーム付レスポール・ゴールドトップを操るSteve Hackettは一瞬の操作でキュイーン!とトリッキーにギターを鳴らし、中間部の荘重なコーラスにも参加していました。曲が終わった瞬間、会場が揺れるかと思うほどの歓声と拍手が湧き上がりました。
The Chamber of 32 Doors
アリガトウ。前日飛行機でやってきたばかりで、皆時差ボケでcomaだったよ、みたいなMCの後に、『The Lamb Lies Down on Broadway』からこの曲。イントロのギターのロングトーンが、もう最高。Nad Sylvanは後列中央の高いステージ上に立ち、Gary O'Tooleとのツインボーカルでこの曲を再現していました。
Dancing with the Moonlight Knight
それまでブラックのRickenbackerを弾いていたLee Pomeroyが、12弦ギターとベースとのダブルネックに持ち替えて、名盤『Selling England by the Pound』のオープニングナンバー。哀愁に満ちたボーカルからギターのナチュラルなリフが入り、不安に満ちたメロトロンの音が響く中、徐々に高揚感に包まれていって遂に全楽器全速力での演奏へ。Steve Hackettのタッピング奏法が炸裂し、巧みなボリューム奏法のフレーズの後に印象的なギターソロが展開します。もう、最高!
Fly on a Windshield〜Broadway Melody of 1974
昔々、初めて『The Lamb Lies Down on Broadway』を聴いたとき、この2曲の展開に身体が震えるほど感動したことを覚えていますが、まさかライブで聴ける機会が巡ってくるとは。この曲ではドラマーのGary O'Tooleがリードボーカルをとり、Lee Pomeroyのフットベースが存在感を示していました。そしてもちろん、Steve Hackettはボトルネックを駆使してスペイシーなロングソロを縦横に展開。
The Lamia
Genesisファン10人に聴けば10人が好きだと答えるであろう、哀感に満ちたピアノの美しい曲。ピアノとフルートの絡みも優しく、レエルの血によって死に瀕したラミアたちのWe all have loved you, Rael.という最期の言葉がGary O'TooleとLee Pomeroyのコーラスで歌われたときには、涙が出てきました。コーダ部分は、ギターとソプラノサックスとの短調によるソロの掛け合い。
The Musical Box
オルゴールの音が響き、Nad Sylvanが目を見開いて両手を上げぐらぐらと人形のような動きを見せると、通常の6弦ギターに持ち替えたLee Pomeroyの流麗なアルペジオで『Nursery Cryme』からこの曲。フルートが活躍し、美しいギターのアルペジオのパートの後に曲調が変わって、Lee Pomeroyが強力なコード弾きを展開。ダイナミックなドラムとベースペダルの上でSteve Hackettの音域の広いフレーズを重ねたソロ、そしていったん曲が静寂の中に溶け込みかけた後に、一転して全楽器最大音量での強力なインストパートに移り、ギターとキーボードが真っ向からソロをぶつけ合います。ラストはWhy don't you touch me, NOW NOW NOW!の絶唱。演奏が終了した瞬間、興奮した聴衆が何人も立ち上がっていました。
Blood on the Rooftops
白い粉を手につけて、この日初めてクラシックギターを持ち出したSteve Hackett。左手のハンマリングとプリングを組み合わせた印象的なフレーズに導かれるこの曲では、Gary O'Tooleがシャウトがかった力強いボーカルを聴かせ、またLee Pomeroyはメロディアスに歌い上げるベースフレーズは指で弾き、ドラムと共にリズムをキープするところではピックを用いて音質を使い分けていました。
Unquiet Slumber for the Sleepers in That Quiet Earth〜Afterglow
Steve HackettとRoger Kingが目を見合わせてカウントをとってスタートさせたのは、『Wind and Wuthering』収録の最後の3曲。アルバムではアコースティックギターと震えるようなシンセサイザーが絡み合うフリーテンポな「Unquiet Slumber for the Sleepers...」と跳ねるようなリズムの上でエレクトリックギターのロングサステインソロと緊迫感に満ちたシンセサイザーソロがパートを分け合う「...In That Quiet Earth」に曲が分かれて収録されていますが、もともとこの曲名はアルバム名からも推察できる通り『嵐が丘(Wuthering Heights)』の最後の方にロックウッドの言葉として出てくるI lingered round them, under that benign sky: watched the moths fluttering among the heath and harebells, listened to the soft wind breathing through the grass, and wondered how any one could ever imagine unquiet slumbers for the sleepers in that quiet earth.からとられた一連のフレーズです。「...In That Quiet Earth」でSteve Hackettがサックスとのユニゾンでテーマフレーズを弾いた後、音もフレーズも奔放極まりないギターソロ。再びテーマフレーズの後にシンセとサックスの刺激的なユニゾンを経て、ギターのアルペジオから穏やかなリズムが続く「Afterglow」へ移り、これもお約束、オレンジの光が客席をなめ上がって行きました。
I Know What I Like (In Your Wardrobe)
Genesisのライブでは定番の、コミカルな味わいを持った曲。少し速いテンポで演奏され、途中からリズムが跳ねるようなノリになり、Lee PomeroyがGary O'Tooleが向かい合ってリズムに合わせて何度もジャンプ!
Dance on a Volcano
ステージ上が赤い光に包まれて、この日初めて『A Trick of the Tail』からの曲が演奏されました。まさに堂々たる演奏、特にGary O'Tooleの大胆なシンバルワークが特筆もの。
Entangled
Gary O'Tooleがドラムセットの前に出てきたので客席が「?」という空気に包まれたところで、同じく『A Trick of the Tail』から、その曲名通り、ギターのアルペジオに美しいコーラスとシンセサイザーの咽ぶようなソロが絡みつく「Entangled」。中間部のコーラスが最も厚くなるところは、2人のリードヴォーカリストにLee PomeroyとSteve Hackettも加わった四声になっていました。
Supper's Ready
そして本編最後は、まさかの「Supper's Ready」です。『Foxtrot』のB面全部を使い七つのパートからなる20数分にわたる大曲であるこの曲を、よもやライブで聴ける日が来るとは!最初の「Lover's Leap」はSteve Hackettはアコースティック12弦、Lee Pomeroyもギター。「The Guaranteed Eternal Sanctuary Man」から入るベース音は、ベースペダルではなくRob Townsendのキーボード。童歌のコラージュの後に続く最も激しい「Ikhnaton and Itsacon and Their Band of Merry Men」でSteve Hackettの突き刺すようなソロが立ち上がり、キーボードとユニゾンのタッピングフレーズでNad Sylvanが客席を煽って手拍子。エコーがかった幻想的なギターのコードに導かれる静寂の「How Dare I Be So Beautiful?」の最後、A Flower?の声にあわせて客席前列からはいくつもの花束が掲げられました。一転してコミカルなリズムを持つ「Willow Farm」の女性ボーカルやホイッスル、爆発音といったサウンドコラージュは、Rob Townsendが弾くキーボード(Novation Impulse)本体上のパッドにアサインされていた模様。一転して曲が沈静化し、神々しいギターと印象的なフルートのソロの後に、この曲の最大の聴きどころとなる「Apocalypse in 9/8」のシリアスなリズムとオルガンソロが客席を圧倒し尽くし、奥の台上から聴衆を威嚇するような顔つきを見せたNad Sylvanの666 is no longer aloneから始まる最後のボーカルパートが入って、ラストは荘厳な音の洪水が場内を埋め尽くす「As Sure As Eggs Is Eggs」。コーダ部分でSteve Hackettの渾身のソロが輝かしく鳴り渡り、やがてフェードアウトして大団円。客席は総立ちになって、Steve Hackettとバンドに最大限の賞賛の拍手と歓声を贈りました。
Firth of Fifth
アンコールの1曲目は、有名なピアノのイントロからこの曲。最初のボーカルパートが終わってサイレンのような効果音をボトルネックのスライドで出したSteve Hackettは、サックスソロ(原曲ではフルートソロ)に続くリズムがはっきりしたパートで自ら手拍子をして客席を盛り上げ、続くスピーディーなシンセソロのパートではニコニコ顔で椅子に座ってまるで好々爺。そして待ってました!とばかりの歓声を受けて、恐ろしいほどにサステインの効いたSteve Hackettにしかできないギターソロを繰り出してくれました。
Los Endos
最後は、Steve Hackettのカウントでスピーディーなイントロ付の「Los Endos」で締めくくりました。ベースペダルの演奏をLee Pomeroyと分け合うなど、最後までサービス精神旺盛だったSteve Hackettに、もちろん客席もアンコール中ずっとスタンディングオベーションで応え続けていました。

とにかく、素晴らしいライブでした。選曲も文句なし、演奏もコーラスも最高。楽器担当の各メンバーの楽しげな演奏も見ていてうれしくなってしまうものでしたし、Peter Gabrielのシアトリカルな役回りを引き受けたNad Sylvanの役者ぶりもクセはあるものの見応えあり。また、照明も簡潔ながら曲調に沿って美しく変化し、何より特筆すべきは、ステージ上の6人の音がきれいに分離し、しかもバランス良く聞こえていた音響の良さです。そして会場を出るときには、あちこちから「よかった!」「すごかった!」といった声が上がっていました。

2013/06/09

日曜日、長野から川崎に直行して入ったクラブチッタ。最終日の今日ももちろん、指定券はソールドアウトです。

土曜日は「Horizons」がセットリストに追加されていたようですが、この日のセットリストは金曜日と同じでした。私の席はベーシストのLee Pomeroyの真ん前、前から5列目だったので、演奏中かなりの割合で彼のベースやギターを弾く様子を見つめていたのですが、彼の確実なリズムとニュアンスに富んだタッチと、そして常ににこやかな演奏態度とに惚れ込んでしまいました。ところが、見ているうちにどうやら彼のベースはレフティ仕様なのに、弦は上下逆に張られていることがわかってきました。つまり通常はベースやギターを構えると上側が低音弦、下側が高音弦になるのに、彼の場合はその逆。すなわち、右利き用ギターに普通に弦を張って引っくり返して左手で弾いているようなもので、実際、ベースこそRickenbackerもダブルネックもボディーはレフティ仕様でしたが単体ギターは右利き用をそのまま使っていました。道理で運指に違和感を覚えたわけだ……。

また、彼の演奏に注目し続けていると、Genesisの楽曲においてオリジナル・ベーシストのMike Rutherfordが果たしていた役割が見えてくるのも面白い体験でした。かつてインタビューの中でペアを組んだことがあるさまざまなベーシストについての感想を求められたBill Brufordが、Mike Rutherfordについては「彼はベーシストではなくギタリストだろう?」と語っていたのを覚えており、確かにこの日のLee Pomeroyの演奏の中でも随所にアルペジオやコード弾きでの適切なバッキングギターを弾く姿は見られました。しかし、全体を通して浮かび上がったMike Rutherfordの本領は、ギター、ベース、ベースペダルを適材適所で使い分けながら曲のバックグラウンドをしっかりと支えるトータルなミュージシャンとしてのそれでしたし、それでいてベース演奏については本職のベーシストならではのニュアンスに満ちたベースラインを聴くことができて、やはりMike Rutherfordのアイデンティティーはベースにこそあるのではないかとも思わせられました。

それはともかく、この日の演奏も金曜日に負けず劣らず素晴らしいもので、終演後に合流したカネコ氏は「Supper's Ready」に大感激。「34年前に見た本物のGenesisのコンサートより良かった」とまで言っていましたが、確かに!この日も「Supper's Ready」のエンディングで見せたSteve Hackettの渾身のソロは、Steve Hackett脱退後に初来日を迎えたGenesisのライブでは見ることがかなわなかったはずですから。

ところで、Steve Hackettって何歳なんだっけ?……というカネコ氏との会話からWikipediaで調べてみると、彼の生年月日は1950年2月12日(Peter Gabrielと1日違い)でした。ということは「Supper's Ready」レコーディング時はまだ22歳だったということにも愕然としますし、その若い頃に作曲し演奏した曲を63歳になった今でも当時に負けず劣らず情熱的に弾いてみせてくれたことも驚きです。この日の最初のMCでSteve Hackettは「次に来るときは日本の寺院なども見て回りたいし、来世には日本語が話せるようになりたい」と語って聴衆を笑わせていましたが、来世のことはともかく、Genesisのメンバーでほぼ唯一現役の演奏を繰り広げているその勇姿を、再び日本の(今回チッタに来ることができなかった)ファンの前に現してほしいものです。

ミュージシャン

Steve Hackett guitar, vocals
Roger King keyboards
Gary O'Toole drums, vocals
Rob Townsend saxophone, flute, percussion, keyboards, vocals
Lee Pomeroy bass, bass pedal, guitar, vocals
Nad Sylvan vocals

セットリスト

  1. Watcher of the Skies
  2. The Chamber of 32 Doors
  3. Dancing with the Moonlight Knight
  4. Fly on a Windshield〜Broadway Melody of 1974
  5. The Lamia
  6. The Musical Box
  7. Blood on the Rooftops
  8. Unquiet Slumber for the Sleepers in That Quiet Earth〜Afterglow
  9. I Know What I Like (In Your Wardrobe)
  10. Dance on a Volcano
  11. Entangled
  12. Supper's Ready
    -
  13. Firth of Fifth
  14. Los Endos