隠狸 / 巴

2012/01/20

国立能楽堂(千駄ヶ谷)の定例公演で、狂言「隠狸」と能「巴」。この国立能楽堂も、1月とあって舞台には注連飾りが施されていました。

隠狸

野村万作・萬斎父子による、理屈抜きで楽しい狂言。主に隠れて狸を獲っては市で売っていた太郎冠者は、主から狸を所望されてしらばくれますが、「狸汁をふるまうつもりで客を招いたから、市で買ってくるように」と命じられます。売っているかどうかわかりませんよ、いくらかかるかわかりませんよ、と渋ってはみたものの、それなら次郎冠者をつかわすとまで言われては仕方なく、どうして自分が狸釣りの名手だと知れたのだろうと不思議に思いながらも市場へ向かいます(いったん退場)。

舞台に残った主は隠し事とはけしからん、しかし太郎冠者は酒を飲ませれば何でもしゃべるからな、などと独白して市場へ行く形。すると再び登場した太郎冠者は、肩にかわいい狸のぬいぐるみをかけて「狸は狸、大狸」と呼ばわりながら舞台にやってきます。自分があらかじめ獲ってあった狸を市で売るつもりなのですが、主に見つかってしどろもどろになりながら苦しい言い訳をします。そそくさと帰ろうとする太郎冠者を呼び止めた主は、太郎冠者にここで酒を飲もうといいますが、太郎冠者はこんなところで酒盛りをしては笑われるのでは?と困惑。それでも強いてという主に逆らえない太郎冠者は狸のぬいぐるみを袖や懐に隠そうとするもののうまく納まらず、腰の後ろにぶら下げることにしますが、この辺りのじたばたした仕種が見所の笑いを誘います。

主の寝酒だという遠来の酒を酌み交わす主と太郎冠者。元来酒好きの太郎冠者は、勧められればぐびぐび、かっ、ふ〜と気分良く飲み干すものの、まだ理性が残っているので狸を隠すことに余念がありません。気にせず主人は、肴に一差し舞えと命じ、またまた人が笑いますと渋る太郎冠者に強いて小舞「兎」を舞わせます。「あの山からこの山へ……」と楽しく謡われる「兎」は、最後にくるりと回るところで太郎冠者があらぬ方角を指差して「あれあれ!」と主の注意をそらすうちに無事に一回転。しかし主もさるもの、今の小舞、兎ではなく狸も見えたような気がするとジャブを打ってきます。それに無防備で乗った太郎冠者はつい狸の獲り方を身振り手振りを交えて夢中になって解説し、ずいぶん詳しいな、と突っ込まれるとあわてて「……と聞いています」。ふーん、という顔の主に太郎冠者は「しかとしたことは存じません」と立ち直った表情で取り繕いました。この辺りの呼吸、最高です。

また酒を酌み交わした主従、軽く注いでと口では言いつつ、なみなみに注がれてしまえばうれしそうに飲み干す太郎冠者は、だんだん目がすわってきました。今度は主が「あはれ一枝を」と小舞「花の袖」を舞いますが、舞いながら太郎冠者の背後を覗き込もうとする主とそれを阻止しようとする太郎冠者との間に神経戦。しからばと主は太郎冠者に連れ舞を命じ、「この川波にばっと放せば」と二人で「鵜之舞」を舞います。この舞、二人がユニゾンで息の合った連れ舞を見せてくれて、これだけでも十分見ものと言えるほどでしたが、その途中で太郎冠者の背後に回った主は狸を奪い取ってしまい、続いてもう一度「兎」を連れ舞で舞った最後に「兎」ではなく「狸」と謡って太郎冠者に狸を示します。南無三宝!太郎冠者はバツの悪そうな顔をして主に追い込まれていきました。

万作師の味のある芸、萬斎師の朗々とした謡、そして二人のぴったり息のあった連れ舞と掛合い。至芸でした。

巴御前は、木曽義仲の愛妾にして無双の女武者。この「巴」は、義仲の最期に供をすることができなかった恨みを執心として巴の霊が旅僧の前に現れ、長刀を振るって奮戦の様子を再現して見せる修羅物です。修羅物の中で女性がシテとなるのはこの曲だけですが、作者は不明とのこと。時間も80分と比較的短いものでしたが、シテ=辰巳満次郎師の、前場の抑制された動きの中にも、後場の躍動的な立ち回りの中にも本当に巴が憑依したかのような情動が横溢していて、見応えのある舞台でした。

木曽の深い山道を連想させる寂びた笛の音、淡々と打たれる大小の鼓。明るい茶色の水衣に緑の角帽子のワキ/旅僧(高井松男師)と深緑の水衣に濃茶の角帽子の二人のワキツレ/従僧による〈次第〉は行けば深山も麻裳よひ、木曽路の旅に出でうよ。思い立って都へ上る一行は、木曽、美濃、尾張と歩いて近江路に入り、江州粟津の原(今の大津)に到着します。〔アシライ〕出シというやや淋しげな囃子に乗って登場した前シテ/女(辰巳満次郎師)は、柄は華やかながら品のある色調の唐織を着流しにし、静々と舞台に進みました。面白や鳰の浦波静かなると謡いだしたシテの抑揚の深い、よく通る声は、見所の隅々にまで沁み渡ります。粟津が原の神事に参詣して常座に下居し手を合わせたシテが昔の事の思ひ出でられて候と述懐するのを見咎めたワキがなぜ涙を流すのかと不審を告げると、シテは何事のおはしますとは知らねども 忝さに涙こぼるるという歌を引いて不審はないと説明します。なおこの歌、詞章の中では行教和尚が宇佐八幡に詣でたときに詠んだ歌とされていますが、実際は西行が伊勢神宮に参詣した際の歌です。

さて、ワキが木曽から出てきた旅僧であることを知ったシテは、ここは木曽義仲の祀られているところである、拝みなさいと告げ、ワキの心情を地謡がしみじみと謡ううちにシテは正中に下居し、経を読誦して義仲の霊を慰めるワキに向かって手を合わせましたが、入相の鐘の音にはっと振り返ると、自分の名を知りたければ里人に聞くようにという言葉を残して去っていきました。この場面、わずかに向きを変える、かすかに伸び上がる、ワキを見下ろす……など、一つ一つの所作は大仰なところが一切なく、地謡のゆったりしたリズムに乗った穏やかなものなのですが、にもかかわらず揺るぎない重みと劇的と言っていいほどの説得力があり、圧倒されました。これは凄い。

間語リではアイ/里人がワキに義仲と巴の離別、義仲の最期を語りましたが、その内容はおおむね『平家物語』に即したもの。その巻第九「木曾最期」は、木曽義仲が都を追われ大津で討たれるまでの奮戦の様子を、悲愴感を漂わせつつもダイナミックな描写で記しており、読んでいると目の前に戦場の光景が浮かんでくるようです。その中で、義仲方の武者が次々に討ち取られ、ついに三百騎が五騎を残すばかりとなったところで、巴が義仲から戦線離脱を命じられる場面を引用してみます。

五騎が内まで巴は討たれざりけり。木曾殿、「おのれはとうとう、女なれば、いづちへもゆけ。我は打死にせんと思ふなり。もし人手にかからば、自害をせんずれば、木曾殿の最後のいくさに、女を具せられたりけりなンど言はれん事もしかるべからず」とのたまひけれども、なほ落ちもゆかざりけるが、あまりに言はれ奉て、「あッぱれ、よからうかたきがな。最後のいくさして見せ奉らん」とてひかえたるところに、武蔵国に聞えたる大ぢから、恩田の八郎師重、卅騎ばかりで出できたり。巴その中へかけ入、恩田の八郎におし並べてむずととッてひき落し、わがのッたる鞍の前輪におしつけて、ちッともはたらかさず、頸ねぢきッてすててンげり。其後、物具脱ぎ捨て、東国の方へ落ぞゆく。

この後、奮戦空しく今井四郎兼平(巴の兄)と主従二騎になった木曽義仲は、兼平の勧めで松原に入り自害しようとしたものの、馬が泥田に足をとられて立ち往生するところを雑兵に討ち取られてしまいます。こうした過去の出来事を語ったアイは、旅僧の前に現れた女性こそ巴であろうとワキに弔いを勧めました。

間語リの終盤から笛が入り、ワキとワキツレが弔いを始めたところに笛のヒシギが重なって〔一声〕となります。正面席の最後列にいた私の耳にもはっきり聴こえるほどの力強い「オマク」の声と共に幕が揚げられ、登場した後シテ/巴御前は白大口、唐織壷折、烏帽子を戴き、面は白さが際立つ孫次郎。一ノ松で朗々とイッセイを謡うとドンドンと力強く拍子を踏みました。旅僧の弔いを感謝する言葉を述べつつ舞台に進んだシテは、主・義仲の最期に際して女であるがゆえに捨てられた怨みにシオルと、長刀を構えたまま正中で床几に掛かり居グセ。五万余騎を率いて木曽を出て、数次の合戦を勝って功名を欲しいままにしたのも束の間、この粟津野の草の露霜となった義仲。ワキの求めに応じてその最期を語るシテの人格は、馬上の義仲その人へと変わっていきます。死に場所を求めて馬を進める義仲の様子を、地謡は次のように謡います。

雪はむら消えに残るを、ただ通ひ路と汀をさして、駒を知るべに落ち給ふが、薄氷の深田にかけ込み弓手も馬手も、鐙は沈んで、下り立たん便りもなくて、手綱に縋って鞭を打てども、引く方も渚の浜波前後を忘じてひかへ給へりこはいかにあさましや。

泥田に馬が沈んで身動きがとれなくなった様子を、「弓手も馬手も」で左右を見下ろす型で示し、なんとか脱出しようと鞭を振る姿は足拍子を重ねて見せ、その緊迫感と焦燥感は迫真。そして床几を立ったところで巴に戻ったシテは舞台を廻ってから正先に下居し、長刀を置いて深手を負った義仲に共に自害することを告げたものの、義仲は女である汝はこの守小袖を木曽に届けよと命じ、従わぬなら主従三世の契りを絶つとまで言います。この地謡の詞章を下居のまま面を伏せてじっと聞いていたシテは、ついに面をあげてシオル悲痛な姿を示しましたが、ついで長刀をとって立つと、最後のひと戦のために追手を引き寄せ、次の瞬間、長刀で四方八方を薙ぎ払う型を見せます。流れるような見事な足捌きと長刀捌きで舞台を縦横に駆け巡ったシテは、敵を追って三ノ松まで進みましたが、その間に後見が正先へ白い衣を置きました。

一ノ松で今はこれまでなりと最後の言葉を発したシテは、舞台に戻るところで後見に長刀を預けて正先に進み、そこに置かれた白衣(義仲の遺骸)の傍らに下居すると、衣と守り刀を捧げ持って立ち、常座で再度捧げると後見座に向かいます。この間の詞章今はこれまでなりと、立ち帰り我が君を、見奉れば痛はしや、はや御自害候ひて、この松が根に臥し給ふ御枕の程に御小袖、肌の守を置き給ふを、巴泣く泣く賜はりて、死骸に御暇申しつつ、行けども悲しや行きやらぬ、君の名残をいかにせんが、実に泣かせます。そして、ここからが二人の後見の腕の見せ所。詞章にするとわずかに粟津の、汀に立ち寄り、上帯切り物具心静かに脱ぎ置き、梨打烏帽子同じく、かしこに脱ぎ捨てとある間に、シテの唐織と烏帽子を脱がせ、白練を着せるという早業を見せてくれました。全身真っ白に姿を変えたシテは黒い笠を手に立ち上がり、静かに角へ進むと常座で回って下居。ただひとり落ち行きし後ろめださの、執心を弔ひてたび給へとワキに合掌してから立ち上がって、自らの執心に区切りをつけるかのように留拍子を踏みました。

配役

狂言和泉流 隠狸 シテ/太郎冠者 野村万作
アド/主 野村萬斎
宝生流 前シテ/女 辰巳満次郎
後シテ/巴御前
ワキ/旅僧 高井松男
ワキツレ/従僧 大日方寛
ワキツレ/従僧 野口能弘
アイ/里人 深田博治
寺井義明
小鼓 住駒匡彦
大鼓 内田輝幸
主後見 宝生和英
地頭 大坪喜美雄

あらすじ

隠狸

太郎冠者が内緒で狸を捕っているという噂を聞いて、主人が問いただすと、冠者は捕ったことなど無いとしらを切る。そこで主人は、既に客を招き、狸汁をふるまうつもりなので、市場で狸を買ってくるよう命じる。実は昨夜も、狸を捕えた冠者は、主人に内緒で売ってしまおうと市へ出掛けるが、様子を見に来た主人に見つかってしまう。狸を隠して取り繕うのだが、主人に酒すすめられ、興にのって舞ううちに主人に狸を見つけられてしまう。

木曽の僧が都に上る途上、琵琶湖のほとりの粟津が原というところに差し掛かる。そこで神前に参拝に来た女と出会うが、女が涙を流しているので不審に思う。女は古歌を引き、神前で涙を流すのは不思議なことではないと述べ、僧が木曽の出だと知るや、粟津が原の祭神は、木曽義仲であると教えて供養を勧め、自分が亡者であることを明かし消えてしまう。夜になり、僧が供養をしていると、先ほどの女が武者姿で現れ、自分は巴の霊であることを知らせ、主君の義仲と最期を共に出来なかった恨みが執心に残っていると訴える。そして義仲との合戦の日々や、義仲の最期と自らの身の振り方を克明に描き、執心を弔うよう僧に願って去って行く。