塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

ジゼル(レニングラード国立バレエ)

2010/12/28

Bunkamuraオーチャードホール(渋谷)で、毎年この時期になると渡り鳥のように日本にやってくるレニングラード国立バレエの「ジゼル」。9月にも東京バレエ団の「ジゼル」を観ていますが、このときはアリーナ・コジョカルとヨハン・コボーの組み合わせによる超絶技巧が見どころ。これに対してこの日のレニ国ジゼルはオクサーナ・シェスタコワとファルフ・ルジマトフの組み合わせ。ルジマトフ、まだ踊れるのか!という新鮮な驚き(←失礼)の中、2階席左の一番前というオーケストラピット内がよく見える席で開演を待ちました。

第1幕

従者に続いてルジマトフのアルベルト(東京バレエ団のときの版では「アルブレヒト」)が颯爽と登場、拍手。ルジマトフはやっぱり貴公子然としていて、ジゼルの家へ近づこうとするアルベルトを諌める従者の声に耳を塞ぐと、うるさいよお前、と指差して追い払う仕種にも自己中心的な性格が表れているように思えます。ルジマトフの解釈は、アルベルトは村娘ジゼルを戯れに愛する尊大な貴族、ということなのかな?そんなやりとりがあったとは知らずに、ドアをノックする音につられてシェスタコワのジゼルが出てきました。レニ国はあまり観ていないのですが、調べてみると私が初めてシェスタコワを観たのは2001年の「バヤデルカ」ガムザッティ役、次いで2003年の「海賊」メドーラ役。つまりほぼ10年前から主役級を踊っているわけですからベテランということになるのですが、目の前のシェスタコワは愛らしい少女という感じで舞台上をぱっと明るくさせています。

村娘たちの柔らかい振付のパ・ド・ドゥ、ジゼルの母、そして公爵一行の登場。9月の東京バレエ団ではバチルドのことをアルブレヒトのお母さんと勘違いした客がいましたが、今回は大丈夫、オリガ・セミョーノワは十分若くかつ気品のある貴族の女性で、素朴な村娘ジゼルとの対比が鮮やかでした。しかし、ふと見ると主役たちの向こうでボウガンや鎗を持った衛兵たちが指を何本か立てて勝手に楽しげなおしゃべりをしている様子なのが何気におかしいのですが、この人たちは何なんでしょうか?

一行が舞台上から一時的に姿を消した後に村人たちの踊りとなり、男女ペア(男性はタンバリン持参)8組、6人のピンクの娘たちが賑やかに踊ります。そしてジゼルのとても安定したポワントでのソロに続いて、紅白が鮮やかな衣装の男女によるペザント・パ・ド・ドゥが見事でした。アダージョでのサポーテッド・ピルエットの鋭さに目の覚める思いもしましたし、ヴァリエーションでは男性は跳躍系が強く、最後に崩れそうになっても「えぇい!」と声を出しながら強引に決めのポーズを作る力強さがありました。また女性の方も最初のヴァリエーションは細かい足遣い、2度目のヴァリエーションは優雅に足の美しさを見せる踊り。そしてピンクの6人娘が息の合ったダンスを見せた後に村人たちが全員で楽しく踊るクライマックスに、森番ハンス乱入。つっかかるハンスにアルベルトは相変わらず上から目線でしたが、証拠の剣を見せられて徐々に表情が変わるところが、さすがにルジマトフ、いい演技です。角笛を吹かれてその場を立ち去ろうとするアルベルトですが、行く手に次々に公爵一行が現れて万事窮す。開き直った(?)アルベルトは、貴族階級の一員の顔を取り戻してバチルドの手にキスします。ここからジゼルの狂乱が始まるのですが、シェスタコワのジゼルは鬼気迫るというものではないながら、迫真の演技。地面にうずくまっていたジゼルが後ろに立つアルベルトを見上げたときに「ひっ!」と小さい悲鳴を上げたのには観ているこちらもぎくりとさせられました。ついにジゼルが息絶えたとき、アルベルトはハンスに突っかかりはするものの、あくまでもノーブルにその場を逃れさって行きます。

第2幕

霧がたちこめる暗い夜の森。下手最前方に蔦の絡まる十字架が立っていて、これがジゼルの墓(真新しい墓に蔦が絡んでいるのはなぜ?)。まず森番ハンスがやってきて十字架に跪くものの、周囲に妖しく明滅する稲光に怯えて逃げて行ってしまいます(東京バレエ団のように和風の人魂が飛んだりはしません)。そこに悠然と登場するのは、オリガ・ステパノワのミルタ。このミルタは素晴らしかった!手足の長さを活かした優美で気品溢れるソロには惹き付けられました。さらに舞台左右からの24人のウィリたちの登場は、最初に列の半分くらいが舞台に姿を現し、頭の上に掛けられていたベールがさっと袖へ引き抜かれて全員が出てくるという演出でした。ドゥ・ウィリは目立つ場面がなかったもののの、揃いも揃って長身のウィリ全員によるアラベスクでの交差は、さすがレニ国、ゴージャスです。そしてジゼルの出は、十字架がくるりと回るとそこにジゼルが立っているというもの。直後の高速回転はアティテュードと言えるほど足は上がっておらず右膝を伸ばしたままでの回転でしたが、ファイイ・アッサンブレは浮遊感に満ちたものでした。

ウィリたちが消えたところにやってきたのは、マントに身を包み、手に白い花束を抱えて徹頭徹尾貴公子のアルベルト。いやいや付いてきた従者の制止を退けて十字架に花を捧げるその姿は自己陶酔の極みで、稲光に怯えた従者が懇願すると先に帰りなさいのポーズ。なんだかアルベルト自身が幽界に漂っているのでは?と思えるほど浮世離れした動きでジゼルとの再会を果たし、パ・ド・ドゥ。第1幕では省エネモードだったルジマトフも、この辺りから跳躍に高さと大きさが出始めました。ジゼルが去ったところではっと我に返ったような表情になり、ジゼルに託された花を十字架に手向けたところで、ウィリたちに追い詰められたハンスが登場。翻弄されたハンスはミルタにたびたび許しを乞うものの空しく、踊り死にさせられてしまいます。ついでアルベルトの番ですが、お約束通りジゼルが庇ってビオラの独奏からジゼルのソロ、そしてゆったりと流麗なパ・ド・ドゥ。跪いたアルベルトの背にジゼルが寄り添って、続くパートでジゼルが重力を感じさせない足技を見せると、アルベルトのヴァリエーションも前方へ跳んで2回転とやればできるじゃないかの頑張りようですが、倒れて肩で息をしているルジマトフの姿はあながち演技とばかりは言い切れません。さらに下手奥から上手手前、ミルタの位置に向けて渾身のブリゼを二度見せたアルベルト、それでも許されずひたすら踊らされて本当に息も絶え絶えになったところで、夜明けの鐘が鳴り始めました。

ウィリたちは姿を消し、ジゼルに助け起こされたアルベルトは最後の力を振り絞りジゼルを抱き上げて舞台中央後方に運ぶと、ジゼルとの永久の別れとなります。虚ろな目で十字架の立つ下手に辿り着いたアルベルトは、やおら蔓草もろとも花束を抱え上げると、下手手前から上手奥へと走りながら花を落として斜めに続く白い花の道を作りましたが、これは鮮烈!そしてアルベルトは上手奥からその白い道に沿って逆方向に跳びながら十字架へと戻ると、墓の前に崩れ落ちて幕となりました。最後の最後に、アルベルトが人間性を取り戻した一瞬だったのかもしれません。

カーテンコールでもルジマトフはそのキャラクターを崩すことなく、あくまでもノーブル。シェスタコワを自分の胸に寄り添わせながら、1階席前方に陣取ったおばさま方からの熱い声援を静かに受け止めていました。しかし、第1幕での自己中心的な貴族の若者が、最後にあらゆるものをかなぐり捨てて十字架にすがりつくラストは、その背後に見事に形づくられた白い花の道の視覚効果と共に非常に印象的で、なるほど、さすがルジマトフだな、と感動させられました。シェスタコワも、技巧をひけらかす踊り方ではありませんが、第1幕での愛らしさ、第2幕での浮遊感などを流麗に踊ってみせて、いかにもジゼルらしいジゼルであったと思います。それに座った位置が最前方だったおかげで音楽が生々しく聴けたのもかえってよく、指揮者が舞台上のダンサーと見事に緩急を合わせて舞台を盛り上げたのも特筆ものでした。

終演後、この日一緒に観ていたY女史曰く「森番ハンスは悪くない!何で彼が踊り死にさせられるんですか?」。それはそうだけど、これはそういうお話なんだから。「みんなきれいですよね、容姿が。やっぱりバレエは西洋人でなきゃ」。うーん、そう言われるとそうかもしれない……。

配役

ジゼル オクサーナ・シェスタコワ
アルベルト ファルフ・ルジマトフ
ミルタ オリガ・ステパノワ
森番ハンス ウラジーミル・ツァル
ペザント・パ・ド・ドゥ サビーナ・ヤパーロワ / アンドレイ・ヤフニューク
ベルタ(ジゼルの母) アンナ・ノヴォショーロワ
バチルド(アルベルトの婚約者) オリガ・セミョーノワ
公爵 アレクセイ・マラーホフ
アルベルトの従者 ロマン・ペトゥホフ
ドゥ・ウィリ マリア・グルホワ / ユリア・カミロワ
指揮 パーヴェル・ブベルニコフ
演奏 レニングラード国立歌劇場管弦楽団