塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

くるみ割り人形(東京バレエ団)

2009/11/20

東京文化会館(上野)で、東京バレエ団がアリーナ・コジョカルとヨハン・コボーをゲストに迎えての「くるみ割り人形」。この2人の組み合わせは8月の「第12回世界バレエフェスティバル」やその全幕プロの「眠れる森の美女」でも観ていますが、私生活でもパートナーなんだそうです。同じくアリーナ・コジョカルがクララを踊る姿を見ることができる英国ロイヤル・バレエ団の『くるみ割り人形』(DVD)はピーター・ライト版で、むしろ吉田都さんの金平糖の精にポイントがありますが、この日はワシリー・ワイノーネン版。よってクララがどこまでも主役で、クララ自身がグラン・パ・ド・ドゥも踊ることで思春期の少女の成長を描くために、金平糖の精は出てきません。なお、東京バレエ団は他にモーリス・ベジャール版もレパートリーとしていますし、他にマシュー・ボーン版という異色作もあったりして、一口に「くるみ割り人形」と言っても奥が深いものがあります。

例によってオープニングは、クリスマスパーティーに向かう人々が、寒さに震えつつ、おしゃべりに夢中になったり、ぐずる子供を叱りつけたりしながら、次々に上手から下手へ通り過ぎていく情景から。最後にドロッセルマイヤー(後藤晴雄)が醜い人形を持って現れ、その姿を照らしていたスポットライトが消えると、幕が上がって明るい広間のパーティー会場。そこに他の子供たちに混じって普通に登場するクララ役のアリーナ・コジョカルは、しかしその端正な一挙手一投足と少女らしい可愛らしさが際立っていて、目が釘付けになります。この場では、ドロッセルマイヤーもよかったですが、ピエロ(平野玲)、コロンビーヌ(高村順子)、ムーア人(小笠原亮)の人形3人組が人形振りのユーモラスな踊りで拍手を集めました。また、大人たちのダンスの場面では、井脇幸江さんの表情や視線の使い方などに洗練された芝居心が感じられます。やがて夜になり、パーティー会場を後にした人々は眠気や酔いと戦いながら去っていき、暗くなった広間にそっと戻ってきたクララがくるみ割り人形に夜着をかけて眠り込むと、大きなフクロウ時計の中からドロッセルマイヤーが現れ、深夜0時の鐘と共に人形3人組も登場。驚いて目を覚ましたクララの背後でクリスマスツリーが巨大化して、ねずみの軍隊とおもちゃの兵隊たちの戦いへ。途中で撃ち放たれた大砲の煙が赤や黄色の光に照らされて幻想的な雰囲気に包まれ、スリッパによるクララ参戦(!)の後にヨハン王子登場。ねずみたちが退散した後のクララの表情には大人びた輝きが生まれ、王子との恥じらいと歓喜のパ・ド・ドゥはとても美しく、滑らかでスピーディーなシェネには息を呑みました。

雪の国。下手の袖に白い修道服姿の合唱隊21人が立ち並び、優美なメロディが流れます。ヨハン・コボーのマネージュもさすがに高さと安定感のあるものでしたが、何といってもアリーナ・コジョカル。私の席は1階席の前から5列目だったのですが、彼女ひとりが無重力の中で踊っているみたいで、どんなに飛んだり跳ねたりしてもまったくシューズの音が聞こえてきません。

休憩時間に私の後ろに陣取っていたおばさま方の会話。「ヨハンさぁ、もさもさ踊ってるように見えたけど」「それより(頭髪が)やばくない?今日はヅラではなかったみたいだけど」。ヨハン・コボー37歳、まさか極東のおばさま方にこんなあれこれを言われているとは夢にも思っていないでしょう……。

第2幕は舟旅からで、クララと王子の舟、人形3人組の舟に続いてねずみの舟が下手から現れましたが、望遠鏡でクララたちを見つけて「あっ、いた!」といった仕種のねずみの王様が家来たちを督励して追いつこうとするものの一向に舟足が速まらず、キレた王様が望遠鏡で家来たちをぽかすか殴りつけて客席大爆笑。

ふしぎの国の城の庭は、5年前に観たときと同様に壁面に暖色系のクレヨンでダイナミックな文様が描かれており、そのときは『クリムゾン・キングの宮殿』のジャケットを連想しましたが、今日はマヤのレリーフを思い浮かべました。ねずみの王様の襲撃を撃退した後のディヴェルティスマンは、スペインの木村和夫のシャープな回転、アラビアの西村真由美さんの柔軟さ、中国の高橋竜太のちょっと小振りなトゥール・ド・レン(背面跳び)、ロシアの松下裕次の腰を落としてのコサック風回転と見せ場が続きました。フランスは、ベジャール版の小林十市によるフェリックスの踊りが目に焼き付いてしまっていて「なんで猫パンチが出ないんだ?」と思いかけましたが、高村順子さんが踊っているのでノープロブレム。しかし、配役表では高村順子さんはコロンビーヌも踊っていて、そのコロンビーヌは第2幕の冒頭でも出ていますが、どうなっているんだろう。それはさておき、このバレエを代表する曲の一つである花のワルツが群舞によって踊られて、ティアラをつけたクララと白い衣装に着替えた王子のグラン・パ・ド・ドゥ。アダージョはヨハン・コボーが安全運転に終始した感じで休憩時のおばさま方の論評の通りかと思わせましたが、男性ヴァリエーションでは滞空時間の長さを見せて挽回。女性ヴァリエーションではアリーナ・コジョカルのタメを利かせたダンスが情感豊かで、コーダの最後、飛び込んでのフィッシュも決まりました。そしてエピローグは、元の夢見る少女で終わります。

うわ、凄い!というテクニックを見せつけるバレエではありませんが、チャイコフスキーの美しい音楽に乗ってアリーナ・コジョカルの端正で、しかし心のこもった踊りが見られて幸せ。1カ月早いクリスマス気分に浸りました。

当初王子役にはスティーヴン・マックレーが予定されていたため、フライヤーには彼の写真。英国ロイヤル・バレエ団の事情でヨハン・コボーが代役になったそうですが、アリーナ・コジョカル自身もそれを望んだのかも?

配役

クララ アリーナ・コジョカル(英国ロイヤル・バレエ団)
くるみ割り王子 ヨハン・コボー(英国ロイヤル・バレエ団)
クララの父 柄本武尊
クララの母 井脇幸江
兄フリッツ 青木淳一
くるみ割り人形 氷室友
ドロッセルマイヤー 後藤晴雄
ピエロ 平野玲
コロンビーヌ 高村順子
ムーア人 小笠原亮
ねずみの王様 梅澤紘貴
スペイン 乾友子-木村和夫
アラビア 西村真由美-柄本弾
中国 佐伯知香-高橋竜太
ロシア 田中結子-松下裕次
フランス 高村順子-吉川留衣-長瀬直義
花のワルツ 矢島まい / 渡辺理恵 / 川島麻実子 / 日比マリア-宮本祐宜 / 梅澤紘貴 / 安田峻介 / 柄本武尊
指揮 デヴィッド・ガーフォース
演奏 東京ニューシティ管絃楽団
児童合唱 東京少年少女合唱隊