棒縛 / 安達原

2008/06/20

国立能楽堂(千駄ヶ谷)の定例公演で、狂言「棒縛」と能「安達原」。どちらも歌舞伎ではよく知られた演目で、残念ながら「棒しばり」の方は見たことがありませんが「黒塚」なら猿之助丈の鬼女に瞠目した経験あり。

棒縛

先月観た「伯母ヶ酒」と同じく、大好きな酒を飲むためにシテが奮闘する話。前々から自分の留守中に酒を盗み飲みされていることに困っている主は、まず次郎冠者と相談して太郎冠者を呼び出し、近頃稽古しているという棒術の腕前を見せろと言います。一度はとぼけて断わった太郎冠者ですが、断わりきれずに後見から棒を受け取ると、常座から目付にかけて動きながら解説付きで棒の型をみせますが、これが颯爽として見事な腕前。主と次郎冠者も大いに感心していましたが、これはフェイントで、調子に乗ってさらに棒を使う太郎冠者ににじり寄ると、肩の上に棒を渡した瞬間をとらえて左右から腕を棒に縛り付けてしまい、太郎冠者は案山子状態。さらに、これを見て笑っていた次郎冠者も主の裏切り(?)にあい、後ろ手に縛られてしまいます。

主が出掛けた後、最初は座り込んで口喧嘩をしていた二人。常座の太郎冠者が脇座の次郎冠者に酒が飲みたいと言うと、次郎冠者はそちはまだ懲りぬのか!と呆れますが、匂いだけでもという太郎冠者に結局は同意することに。とは言っても酒は蔵の中ですが、めげない太郎冠者は案山子姿のまますっと立ち上がると、棒を使って蔵の扉をぴーん!ぎい、がらがらがらと開け、二人で酒のよき匂いをかぎます。匂いをかげば飲みたくなるのは自然の成り行きで、太郎冠者は杯をとって酒を汲みますが、案山子状態なのだから飲めるはずもありません。しかしここからが二人の共同作業で、まずはその状態で次郎冠者に飲ませてやると、今度は次郎冠者が杯を後ろ手に受け取って太郎冠者の前に立ち、反り返って太郎冠者に飲ませてやりましたが、この次郎冠者(井上靖浩師)が非常に体格がいいので、足を踏みしめて反り返る姿がそれだけでユーモラスです。すっかりうれしくなった二人は一二三四五六七八九献とは申せども十までは聞こし召されよと酌謡をユニゾンで謡うと、まずは太郎冠者の謡に合わせて次郎冠者が、後ろ手に縛られたまま口をとんがらせて楽しげに踊ります。次に次郎冠者の謡で太郎冠者が、これも棒を担った姿のまま巧みにきびきびと舞ってみせ、そうこうしているうちに次郎冠者の紐がほどけたことから二人は自由の身になって本格的な酒盛りとなり、ざざんざ浜松の音はざざんざ。二人のうれしい気持ちが伝わって来て、こちらもうきうきとしてくるところです。

そこへ主が戻って来て、謡の声がするのを訝しみシテ柱から常座を覗きます。その姿が杯に映っているのを見た太郎冠者はそれが本物だとは気付かず、主はしわい人なのでその執心が映っているのだろうと勝手に納得してうれしやここに酒あり。主は一人、影は二人。満つ汐の夜の盃に酒(主)乗せて、主(憂し)とも思わぬ汐路かなやとここは謡曲「松風」(月は一つ、影は二つ……)のパロディを楽しく謡っているところへ、とうとう怒った主に乱入されます。まず次郎冠者が揚幕へと追い込まれていきましたが、その隙に太郎冠者は脇座で杯に残った酒をこっそり飲み干し、見所は大笑い。もちろん最後は、太郎冠者も怒りまくった主に追い込まれました。

安達原

「安達原」は観世流の曲名で、他流では「黒塚」。神男女狂鬼の「鬼」、すなわち切能で、この日は《黒頭・急進之出》の小書がついています。

後見が萩小屋の作リ物に引回しをかけて大小前に置き、〔次第〕の囃子で山伏姿のワキ(工藤和哉師)、ワキツレとアイの能力が登場。アイは狂言座に着座し、ワキとワキツレは正先に向かい合って旅の衣は篠懸の、露けき袖やしをるらんと〈次第〉を謡います。この〈次第〉を地謡が低く、ゆったりと繰り返し、あたかも荒涼とした安達原を暗い風が渡るよう。巡礼廻国の阿闍梨・祐慶たちが奥州の安達原に着き、日が暮れて困っている所へ萩小屋の灯りを見て宿を借りようとします。ワキの宿を借らばやと存じ候にワキツレがもつともにて候と応じるところで引回しが下ろされ、萩小屋の中に着座しているシテ(長山禮三郎師)の姿が現れました。痩女の面で俯き加減のシテは〈サシ〉げに侘人の習ひほど、悲しきものはよもあらじ……。静寂の中に、シテの低く緩やかに、震えるような声音が染み渡っていきます。ワキが一夜の宿を求め、シテがためらいつつもこれを受けてさらば留まり給へと立って萩小屋の扉を開き外に出て、シテは正中に、ワキ・ワキツレは脇座に着座すると、それまで萩小屋の外と内とであったものが、舞台全体が萩小屋の中という設定に移り変わります。ワキは宿を貸してくれた礼を述べ、ふと角に置いてある枠桛輪(わくかせわ=糸車)に目を留めてそれは何かと問い、いやしき賤の女の営む業にて候との答に枠桛輪を使ってみせてほしいと所望。シテは立って枠桛輪の前へ行って着座し、地謡の真麻苧の糸を繰り返し、昔を今になさばやに乗って糸を繰り始めますが、あさましや人界に生を受けながら、かかる憂き世に明け暮らし、身を苦しむる悲しさよおぉ〜と呻くような声をあげながらシオリ。ワキ・地謡の仏果の縁を説く言葉に一度は救われた面持ちになって手を合わせますが、この後『源氏物語』を引いての糸尽くしの静かな〈ロンギ〉に都を偲ぶ老愁の無残が漂い、長き命のつれなさをで込み上げてくるものがあったのか枠桛輪を回す手が速くなったと思うと、ふっと思い切るように手を止めて音をのみ独り泣き明かすでモロシオリ。しかし、気を取り直したシテは、夜が寒いので山に上がって薪をとって来ようとワキを気遣い、立ち上がって常座へ行きかかりますが、ここでや、(…無音の間…)いかに申し候。わらはが帰らんまでこの閨の内ばし御覧じ候ふな。このや、の後、左回りにワキの方へ向きを変える間の静けさが不気味で、背筋に冷たいものを感じます。ワキとワキツレに念押しをしたシテは、一ノ松で一度振り返り、そこから足早に中入しました。

この曲では、老女の過去がいかなるものであったのか、なぜこの寂しい場所に老女が一人で暮らしているのか一切説明されていませんが、猿之助丈の歌舞伎版「黒塚」では、流罪となった父の供をして都から陸奥に下りさすらううち、契った男は程なく都に上ったまま音信不通。夫を恨み世を呪い、希望も失いあさましい姿に成り果てたと老女に語らせています。そして薪をとりに外に出た老女が、悪行を悔いて仏の法力に縋れば来世は救われるとの祐慶の言葉に永年の心のわだかまりを消し、月影に戯れ舞う美しい場面を置いていて、これは後段の鬼女の哀れを引き立たせる歌舞伎ならではの工夫です。

さて、舞台上ではずっと狂言座に座っていたアイの能力が立ち上がり、閨の内を覗こうとします。これまで観た曲での間狂言は土地の謂われや昔語りを説明する役に終始していましたが、この曲ではワキに三たび止められながらも好奇心に勝てず閨の内を覗いてしまうコミカルな役回り。アイはこっくりこっくりするもののこれはフェイントで、とにかく閨の内が見たくてたまりません。二度目に咎められたときはワキに近頃騒がしき者にてあるぞとよと怒られましたが、それでもめげずに扇の骨の間から様子を窺い、今度こそワキが寝入っていると知って大喜びで閨の内を覗きます。そこに山のような人の死骸が積み上げられているのを見たアイは仰天して転び下がり、ワキに事の次第を注進します。

アイが揚幕へ逃げ去った後、ワキとワキツレも閨の内を確認してここが鬼女の棲み家であったと知り、足に任せて逃げて行こうとしたとき、存在感のある太鼓が囃子に入ります。早笛の〔出端〕に乗って現れた後シテは柴を負い打杖を手にした鬼女の姿で、《急進之出》の小書によりいったん三ノ松まで出て舞台を見つめた後、一度揚幕の奥へ下がり、再び走り出てきました。理を尽くす阿闍梨の言葉にこれまでの罪業を捨てて来世の成仏の希望を抱いたのも束の間、見てはならないと言いおいた閨の内を見られた裏切りへの絶望と羞恥に鬼と化し、〔祈リ〕の囃子、掛合いの謡、地謡に合わせて舞台から橋掛リまでを縦横に動きながら、懸命に数珠を揉むワキ・ワキツレと激しく戦います。しかし、ついに祈り伏せられ常座に崩れ落ちると、地謡に乗って弱り果てた態で舞い、身を恥じつつ橋掛リを下がり、三ノ松で留拍子を踏んで揚幕の中へ消えます。このとき地謡はまだ最後の一節を残しており、夜嵐の音に失せにけりで大鼓がカーンと高らかに打ち鳴らされて、その余韻とともに印象深く曲を終えました。

配役

狂言和泉流 棒縛 シテ/太郎冠者 佐藤融
アド/主 佐藤友彦
アド/次郎冠者 井上靖浩
観世流 安達原
黒頭
急進之出
前シテ/女 長山禮三郎
後シテ/鬼女
ワキ/阿闍梨祐慶 工藤和哉
ワキツレ/同行の山伏 大日方寛
アイ/能力 井上菊次郎
寺井宏明
小鼓 大倉源次郎
大鼓 安福光雄
太鼓 三島卓
主後見 浅見真州
地頭 観世銕之丞

あらすじ

棒縛

主人は、酒好きの二人の家来が留守番中に蔵の酒を飲まないよう、棒や縄で縛ってしまう。それでも酒が飲みたい二人は、協力し合って酒盛りとなる。酔うほどに楽しく、お互いに不自由な身で舞い謡い、心地良い酒宴を続けるが、そこに思いの外早く主人が帰ってきてしまう。

安達原

熊野の山伏が、陸奥の安達原で宿を借りる。荒れ果てた侘しい一つ屋で糸を紡ぐ主の女は親切にもてなしたが、山伏が女との約束を破って女の閨をのぞいたため、怒った女は本性を現し、鬼女となって山伏を威嚇する。しかし、山伏によって祈り伏せられて消え失せる。