塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

ドン・キホーテ(グルジア国立バレエ)

2007/07/28

グルジアというのは黒海とカスピ海に挟まれた地域、コーカサス山脈の南麓にあってロシアやトルコと境を接しています。私のこれまでのグルジア体験というと、串田和美演出の「コーカサスの白墨の輪」ではグルジアワインが観客に振る舞われたし、エウリピデスの悲劇「メディア」の主人公の出身地コルキスも今のグルジアのこと、といった程度。つまり、早い話が自分はグルジアのことを何も知らない、ということです。

さて、今日の東京文化会館はかつてのボリショイの名花ニーナ・アナニアシヴィリが自ら芸術監督を務めるグルジア国立バレエ団を率いての公演。ニーナ自身、グルジアのトビリシ出身なのだそうですが、果たしてバレエ団の実力はいかに?またしばらく舞台から遠ざかっていたニーナは見事復活を遂げているのか?という関心を持つならニーナが踊るプログラムを選択すればよさそうなものですが、今日観たのはゲスト出演のアンヘル・コレーラによる「ドン・キホーテ」です。つい先日タマラ・ロホのキトリ、ホセ・カレーニョのバジルでドンキを観たばかりですが、アンヘル・コレーラが踊るとあっては観ないわけにはいきません。その相手役には当初レティシア・ジュリアーニがアナウンスされていましたが、都合によりグルジア国立バレエの第一プリンシパル、ラリ・カンデラリキに差し替わっていました。ラリ・カンデラリキって聞いたことないなあ、まあ今日はコレーラが目当てだからいいか、と思っていたのですがとんでもない。蓋を開けてみれば、ラリ・カンデラリキの実力に驚かされることになりました。

プロローグは、序曲に合わせて幕の上に影絵風(ただし黒地に白い絵)のアニメーションでドン・キホーテとサンチョ・パンサの道行が描かれるしゃれた演出。そして幕が上がると港町(設定はバルセロナ)の広場で、空や水面の青と船の帆のオレンジや黄色が明るく鮮やか。そこに駆け込んできたキトリは、黒髪をまとめ元気溌溂で、その出だけでいっぺんに観客をつかんでしまいました。第1幕の中では随所にバジルが回転と跳躍の技術を誇示する場面が設けられていて、特にまるでフィギュアスケートのスピンのようにスピードをぐんぐん上げる高速回転はDVDで見慣れたアンヘル・コレーラの十八番ですが、生で観るとやはり凄い迫力です。しかし、キトリのラリ・カンデラリキもバネの効いたダンスで十分に存在感をアピールしており、中でもペアテでの疾走感は特筆もの。この辺り、場面とダンサーに合わせてテンポを自在に操る指揮者(見た目は冴えないおじさんなのですが)の腕も、それに素早く反応するオケも見事です。

もちろん他のダンサーもとても良くて、メルセデスのナイフの踊りではほとんど足元を見ずにパドブレで円を描いていく姿が美しく、エスパーダのマント捌きや群舞の躍動感も楽しいものでした。また、2人で踊る場面でのアンヘル・コレーラのキトリに対するパートナーぶりも見逃せません。高く投げ上げるようなリフトや、キトリの高速ピルエットを引き出すサポート、フィッシュ・ダイヴの安定感。パ・ド・ドゥの終わりの片手リフトでは、バジルの頭上高く差し上げられたキトリが客席に向かって笑顔を見せる余裕まであって、場内は完全にヒートアップ。第1幕が終わっても客席やロビーには興奮の余韻が感じられました。

第2幕は、ジプシーの野営地〜ドリアードの森〜酒場がテンポよく続きます。特にジプシーの野営地のくだりではバジルもキトリも登場しないので、この場と続くドン・キホーテの夢の場とはストーリーの本筋からは完全に離れてしまいましたが、時間を短縮してテンポをアップするには効果的でもあります。森の精の女王が流れるようなピルエットで拍手を集めた後の、酒場の場も楽しく、ここではキトリの大胆なダイヴと高さのあるグラン・ジュテ、メルセデスの大きく背中を反らせた妖艶なソロが見どころとなりました。

第3幕の舞台は、第1幕と同じ港の広場。しかし第1幕のときにいた帆船がいなくなっており、背後の空や海の青い広がりが強調されて開放感に満ちています。そこで繰り広げられる祝祭の主役2人によるグラン・パ・ド・ドゥは、キトリのバランス技こそほとんど静止が見られなかったのですが、アンヘル・コレーラの180度開脚ジャンプや回転に客席から歓声が上がり、コーダのキトリによるグランフェッテは1-1-2回転から連続回転に移った後に客席から沸き起こった手拍子に応えるようにダブルの連続(!)、そしてアンヘル・コレーラの手の込んだピルエットで締めくくられました。

カーテンコールでの客席の興奮ぶりは大層なもので、その熱狂は舞台上に黒いドレスと白いショールのニーナ・アナニアシヴィリが現れると最高潮に達しました。そのニーナが手にしたマイクで「Surprise for you.」とアナウンスすると舞台上は再び暗くなり、火の入った皿が四つ舞台上に置かれて、その向こうで女性5人がピアノ、サックス、打楽器、ボイスからなる音楽に乗ったモダンな小品が披露されるという、まさにサプライズがありました。そして再び明るくなった舞台上に、上から色とりどりのテープやきらきら輝く紙片がこれでもかというくらい落ちてきて、「また会いましょう」の横断幕が掲げられました。今日が東京での公演の最終日であることによるサービスですが、これだけ素晴らしい舞台を見せてくれたのですから、グルジア国立バレエの次回来日公演は、もちろん見逃せません。

配役

キトリ ラリ・カンデラキ
バジル アンヘル・コレーラ(アメリカン・バレエ・シアター)
ドン・キホーテ ギオルギ・タカシヴィリ
サンチョ・パンサ ベサリオン・シャチリシヴィリ
ガマーシュ エフゲニー・ゲラシメンコ
ロレンゾ ユーリー・ソローキン
キトリの母 テオーナ・チャルクヴィアーニ
キトリの友人 マリアム・アレクシーゼ
テオーナ・アホバーゼ
ルチア ニーノ・オチアウーリ
エスパーダ ダヴィド・ホザシヴィリ
メルセデス マイヤ・イリュリーゼ
ボレロ ヴェーラ・キカビーゼ
ラシャ・ホザシヴィリ
ジプシーの男爵 アルチル・クヴィツィナーゼ
森の精の女王 ショレナ・ハインドラーワ
3人の森の精 アンナ・ムラデーリ
ニーノ・ゴグア
エカテリーナ・シャヴリアシヴィリ
4人の森の精 ニーノ・サナーゼ
ニーノ・マグラーゼ
ニーノ・マハシヴィリ
ラナ・ムゲブシヴィリ
キューピッド ツィシア・チョロカシヴィリ
酒場の主人 アルチル・クヴィツィナーゼ
カルメンシータ マイア・アルパイーゼ
第1ヴァリエーション ニーノ・オチアウーリ
第2ヴァリエーション アンナ・ムラデーリメルセデス
指揮 ザーザ・カルマヘリーゼ
演奏 東京ニューシティ管弦楽団