角力場 / 魚屋宗五郎

2007/04/21

今月の歌舞伎座は、二代目中村錦之助襲名披露。初代中村錦之助=萬屋錦之助についてはその全盛期を知らないのですが、1981-82年にTVの12時間時代劇で演じた宮本武蔵や坂本龍馬の重厚な演技は今も強く印象に残っています。中村信二郎丈にとっては叔父にあたりますが、もちろん初代は歌舞伎界から離れ映画でスターになった人なので、歌舞伎俳優としてこの名を継ぐのは、相当悩ましい決断だったのではないでしょうか。ともあれ、この日は幕見席で「角力場」と「魚屋宗五郎」を観ることにしました。

角力場

まずは「双蝶々曲輪日記」から「角力場」。中村信二郎改め錦之助丈は山崎屋の若旦那・与五郎と相撲取りの放駒長吉の二役で、和事の「つっころばし」(上品だがなよなよした優男)役の典型とされる与五郎と丁稚あがりで一本気な長吉とを演じ分けるところが見どころです。

この演じ分けは成功していて、冒頭の与五郎と遊女吾妻とのやり取り、茶屋亭主金平に長五郎を褒めそやされてうれしくなり持ち物を次々に与えてしまう様など、若旦那らしい人の良さと頭の弱さが素直に伝わってきますし、かたや長吉も、濡髪との取組みを終えて上気した様子ながらいかにもうれしそうに贔屓筋の祝儀を受けたものの、手締めにタイミングが合わなかったりもらったばかりの着物のしつけ糸を外すのを忘れていたりと世慣れぬところを見せながらも、濡髪がわざと負けたことに気付くと縁台に馬乗りになって悔しがり一途なところを見せます。役柄は異なっていても、いずれも観客に好感をもって見守られる好人物の造形になっているのが、新錦之助丈の仁なのでしょうか。もちろん周囲のサポートも見逃せません。遊女吾妻の福助丈がつっころばしの相手役にうってつけなのはもちろんのこと、彌十郎丈・獅童丈コンビが長吉に強引に頼み事をして「頼む!」と手を合わせながらちらりと長吉の様子を伺う、その息がぴったりと合っていて弱り切った長吉に自然に芝居が渡ります。

襲名披露興行ならではのくすぐりも入っていて、丁稚上がりの長吉がへこへこと去ろうとするところで、彌十郎丈の郷左衛門が濡髪に勝ったのならもっと堂々と歩けと歩き方の稽古をつけるものの、やはり最後は丁稚走りで花道を去っていく長吉に、彌十郎丈は「せっかく二代目を襲名したのじゃ。いばって歩け!」。また、茶屋の亭主が与五郎にいま話題の中村錦之助にそっくりだと追従を言うと、当の錦之助丈は先代の錦之助は好きだったが「二代目は、わしゃ好かん」。まぁここまではよかったのですが、さらに濡髪が歌舞伎座の中村錦之助に楽屋見舞を届けさせようとするあたりはさすがに過剰サービスのような気がします。だいたい舞台上は大坂(大阪)という設定ではないのでしょうか?もっとも新錦之助丈は天王寺屋に師事しているので、ある意味自然な振舞いではあるのですが。

なお、濡髪の後ろについていた黒衣の一人がどうやら子供で、もう一人のベテランらしい黒衣にタイミングを指示されながら小道具を天王寺屋に手渡したり舞台から下がったりしていましたが、あれは何だったのだろう?

魚屋宗五郎

これまでに三津五郎丈幸四郎丈の宗五郎を観ていて、とりわけ大和屋のどんどん目がすわっていく演技にノックアウトされた記憶があったので、これを勘三郎丈がどう演じるかが興味の的でした。結論から言うと、酔いの深まりで宗五郎の人格が変わっていくあたりは、三津五郎丈の方が上。もちろん勘三郎丈の演技も素晴らしかったのですが、酒の力で目に狂気にも似た光を宿して見せた大和屋には及びませんでした。ただ、勘太郎丈の三吉が生世話狂言とは言え歌舞伎っぽくなく、あえて言えば現代演劇風の個性を出し過ぎていたように感じられたことも、序幕(魚屋内の場)の印象を左右したかもしれません。続く磯部屋敷玄関先での「酔って言うんじゃございませんが」の長台詞はさすが見事に聞かせてくれて、台詞の途中での大笑いが次第に悲痛さを帯びて聞こえてくるあたりは、やはり勘三郎丈ならでは。

そして、庭先の場では磯部の殿様を新錦之助丈が勤めましたが、これが好演。座敷へ入ってくるときの足取りの早さ、手をついて宗五郎に詫びる姿に誠実さが表れていて、これを聞いた宗五郎が妹も浮かばれると泣く。これがあって初めて、宗五郎が磯部を許し、妹の非業の死を乗り越えられるということに観ている側としても納得がいきます。本来は最初に描かれるお蔦殺しの件(「庭先」での台詞から殿様も酒に心乱されたらしいことがわかります)がカットされていることもあって、これまでどうして最後に宗五郎がころっと殿様を許す気になれるのか理解に苦しんでいたのですが、三度目の正直で、どうにか黙阿弥のこの狂言に得心することができました。

配役

角力場 放駒長吉 中村錦之助
山崎屋与五郎
藤屋吾妻 中村福助
平岡郷左衛門 坂東彌十郎
仲居おたけ 中村歌江
角力弟子閂 中村隼人
三原有右衛門 中村獅童
茶屋亭主金平 中村東蔵
濡髪長五郎 中村富十郎
魚屋宗五郎 魚屋宗五郎 中村勘三郎
女房おはま 中村時蔵
小奴三吉 中村勘太郎
召使おなぎ 中村七之助
父太兵衛 松本錦吾
磯部主計之助 中村錦之助
浦戸十左衛門 片岡我當

あらすじ

角力場

大坂堀江の角力小屋。負け無しの大関濡髪長五郎と小兵の放駒長吉の一戦は、意外にも放駒に軍配が上がる。濡髪びいきの山崎屋の若旦那与五郎は悔しくてならないが、実は、与五郎と深い仲の遊女吾妻に横恋慕する平岡郷左衛門が放駒びいきであることを知る濡髪は、放駒に勝ちを譲ることで、郷右衛門に吾妻の身請けを諦めてもらうつもりだった。しかし、濡髪の口からそのことを聞かされた放駒は怒り、遺恨を残しつつ他日の勝負を誓う。

魚屋宗五郎

→〔こちら